抄録
この研究の目的は、明治期の図画教育と地域産業との連関及び、初等教育における専門的技能訓練の実体を知ることにある。本発表では特にこの時期注目された普通教育における毛筆画の導入及びその教授法について、京都での実践を取り上げる。京都府では、明治2年、番組小学校が開設された。番組小学校は、地域自治組織の町衆により出資運営された小学校であり、学校教育は地域づくりと密接に関連する。京都の毛筆画教育はフェノロサによる日本美術の奨励とは異なる経緯があり、望月玉泉や幸野楳嶺らによって、明治13年には京都府絵画学校設立が設立され、普通教育における毛筆画の普及に、この学校は積極的に働きかけている。本発表では、明治21年に発行された指導書『小學日本画初歩』を取り上げ、指導方針及びその思想背景について考察する。著者の伴虎之助は、運筆訓練を重視し模写を学ばせているが、明治27年度版では「工夫画」と呼んだ図形の案出にもその内容を展開している。日本画初歩とあるが、その内容は図学などの内容を多く含んだものであった。