抄録
台湾の木工芸製品は、日本による50年余りの統治の中で、台湾は本来の漢文化中心指向から転換し、一般住民層で生産、使用されてきた。だが、台湾の木工芸製品に対する印象の認知と変化は過去の学者と専門家の立場や認識に大きく影響され、賛否両論が存在すると一般的に認識されていた。本論で設定した研究目的は、この賛否両方の変化の軌跡とその差異、特徴を説明することである。結論から言うと、清朝統治の末期まで、中国漢人風の木工芸製品の様式は台湾本島の住民に認知された唯一の木工芸製品スタイルと言われていたが、日本の台湾統治を経て、日本式、西洋風の木工芸製品と様式が多く導入されたため、台湾の木工芸製品経の評価や方向性に分岐が生じ始め、更にナショナリズムに沿った評価に影響され、本島中国式の製品は日本人と本島人の認識が更なるズレが生じ、様々な論議と観点が生み出された。