抄録
【目的】動作における体幹機能の重要性が指摘されている.体幹機能の評価方法については,観察や触診での評価がよく行われている.定量的な評価方法の中でよく知られているものには,脳卒中機能障害評価SIAS(Stroke Impairment Assessment Scale)の体幹項目がある.他にも幾つかの報告があるが,本研究では臨床的体幹機能検査FACT(Functional Assessment for Control of Trunk)を用いた.本テストは簡便で10種類の小項目より構成されている.体幹機能の評価,分析に向いていると考えたからである.体幹機能に関する先行研究では,体幹機能は移動動作との相関があることが報告されている.しかしその報告は,脳血管障害などの症例を対象にしたものが多く,通所リハビリテーション利用者(以下,通所利用者)を対象にしたものは少ない.そこで本研究の目的は,通所利用者におけるADL能力が,どのような運動機能と関係しているのかを明確にし,一定の指針を得ることである.
【方法】本研究は,2006年5月から2007年5月末までの期間,通所利用者をカルテより後方視的に検討した観察研究である.対象者は、当院の関連施設である介護老人保健施設の通所利用者99名,男性36名,女性63名で,平均年齢は83.0歳(59~100歳)であった.内訳は,要支援1および2は27名,要介護1~5は75名,平均介護度は1.8,3名が経過中に要介護から要支援へ変更となった為,重複して数えている.全利用者中,認知症高齢者の日常生活自立度2~Mが32名,内訳は2が27名,3が5名であった.ADL能力と運動機能との関係をみるための検討項目として,FACT合計,FIM運動項目合計(以下,運動),FIM移動項目(以下,歩行),大腿四頭筋筋力の徒手筋力検査で左右を比較し強い方の下肢の値(以下,大腿四頭筋筋力),の4項目とした.なお,MMTは0~2,3,4,5レベルの4段階に分類した.また,すべての項目への計測は,同一検者にて行った.さらに,上記期間に同一利用者が複数回の検査を行っている場合は,その平均値を用いた.4項目間の関係をみるために,統計処理には,スピアマンの順位相関係数の検定を用いた.有意水準を5%未満とした.
【説明と同意】本研究は既存資料を後方視的に検討した観察研究である.対象者に新たな侵襲性はなく,説明と同意は省略した.データは個人情報とは無関係な番号付与による匿名化により研究者が責任を持って管理することとした.
【結果】4項目間での関係をみると,FACTと FIM運動,FIM歩行との間には,中等度の相関(それぞれ,r=0.62,r=0.58,すべてp<0.00) が認められた.大腿四頭筋筋力とFIM運動,FIM歩行との間には,軽度の相関(それぞれ,r=0.34,r=0.38, すべてp<0.00) が認められた.また,FACTを構成する要素別では,動的端座位保持能力や前方への重心移動,立ち上がりなどをみる構成要素(FACT4)において,FIM歩行,大腿四頭筋筋力との間に中等度の相関(それぞれ,r=0.49,r=0.43,すべてp<0.00)が認められた.動的端坐位保持能力や左右への重心移動をみる構成要素(FACT5) ,動的端座位保持能力や後方への重心移動をみる構成要素(FACT7)では,FIM歩行との間に中等度の相関(それぞれ,r=0.42, r=0.44,すべてp<0.00)が認められた.また,体幹伸展位での回旋をみる項目(FACT9)と、脊柱の最大伸展をみる項目(FACT10)では全員が不能であった.他の項目については相関係数r=0.4未満であった.
【考察】今回の結果から,動作や歩行自立度の関係は,大腿四頭筋筋力よりもFACTの方が高いといえる.このことから,通所利用者におけるADL能力は,体幹機能との関係があることが示唆された.大腿四頭筋筋力と歩行の関係についても多くの報告がある.今回の結果で軽度の相関にとどまったのは,左右を比較し強い下肢の結果としたために片麻痺のように左右差の大きい症例で相関が出にくかったことが考えられる.FACT各項目においては,FACT4は立ち上がりの要素を含むために歩行や大腿四頭筋筋力との相関を認めたと考える.FACT5およびFACT7は体幹の立ち直りや股関節周囲の支持性を反映している.安定した歩行のために必要な体幹機能と考える.そして,FACT9およびFACT10は全利用者が何らかの脊柱伸展障害を来していることを示している.脊柱の伸展が困難であると言うことは立ち直りにも影響を与える.つまり,円背を抱えながら立ち直り動作を行う難しさを示していると考える.理学療法士は,体幹機能についての評価を十分行い,必要な指導や取り組みを進めていく必要がある.
【理学療法研究としての意義】介護保険分野での理学療法士の活動が進む中,簡便に体幹機能や歩行能力の関連を評価できることは重要と考える.今回の調査結果は,歩行能力を評価する際の一定の指標と基盤になるものと考える.