抄録
【目的】
歩行時の上下肢による律動的運動はリズム生成機構(central pattern generator)よって駆動されており、これらは上位運動中枢と感覚フィードバック情報、及び反射出力の調整による運動制御を可能としているとの「common core仮説」が提唱されている(Zehr 2007)。本仮説から、代償動作が残存する症例の自律歩行獲得には、上下肢の律動的運動を明示的に学習する過程を介して、注意を一定のリズムへと焦点化し、感覚情報処理の負担を軽減する必要があるものと考えた。今回、上記訓練方針にて良好な結果が得られた慢性期中枢疾患、整形疾患の治療経験を報告する。
【方法】
立脚後期における上肢の前方移動を伴った同側下肢前足部への荷重感覚の獲得を目的に、立位で前方への上肢の振りを他動~自動介助にて実施する際、腕振りの方向、及び前足部への荷重感覚を明示的に学習させた。更に、上肢を振る際の荷重感覚、及び振らない際の荷重感覚を経験させ、前者の有益性を認識させた上で、上肢を振る速度をパラメータとして運動学習を実施した。また、注意を個々の体性感覚ではなく、同一距離移動時の速度に限局するよう言語的に誘導した。
症例A:脳出血(部位・範囲不明)発症後23年、大腿骨頸部骨折受傷後2年が経過した80代女性。屋内四点杖歩行近位監視。Timed up to go Test 32秒。患側立脚後期における母趾への荷重が認められず、体幹側屈による逃避姿勢、Double knee actionの消失、上肢共同運動を認めた。患側の機能評価として、Brunnstrom stage 上肢_IV_ 下肢_V_ 手指_V_、modified Ashworth scale上肢2 下肢3 手指1、上下肢各関節の位置・運動覚は軽度鈍麻であり、母趾への荷重、及び触・圧覚刺激により疼痛が誘発された。
症例B:大腿骨頸部骨折術後4カ月が経過した80代女性。屋内四点杖歩行近位監視。Timed up to go Test 34秒。歩行時、患側上肢の前方への振りが認められず、患側立脚時に体幹側屈、杖への過剰な荷重を認めた。患側片脚立位1秒未満、平常立位時の左右荷重比率1:3。著明な疼痛、可動域制限は認めず、下肢筋力はMMTにて3~4-レベルであった。
【説明と同意】
本治療方針、及び研究発表の同意を得た。
【結果】
症例A:1ヶ月(2~3回/週)の訓練にて、代償動作、共同運動、疼痛の軽減を認め、屋内四点杖歩行自立となった。Timed up to go Test 17秒へと向上が認められたが、他の評価項目に数値上の変化は認めなかった。
症例B:2ヵ月(2回/週)の訓練にて、腕振りの出現、代償動作軽減を認め、屋内独歩、屋外T字杖歩行自立となった。Timed up to go Test 12秒、片脚立位5秒、平常立位時の左右荷重比率1:1、下肢筋力4~5レベルへと改善を認めた。
【考察】
運動学習を実施する際、認知段階において、個々の体性感覚の経時的変化に対して注意を適切に分配し、運動シークエンスを修正する必要があるが、注意対象が統合されていない状態では、認知的姿勢制御が優位となる為、統合・自動化段階への移行による自律的運動制御の獲得が困難となるものと思われる。また、自動歩行に必要な外的注意能力の獲得には、内的注意負荷量の軽減、及び運動シークエンス簡略化が必要となる為、注意対象を複数の体性感覚の経時的変化のような複雑なものではなく、外部対象との距離感や移動速度など、外部環境と自己身体の時空間的関係性に向けることが有効である(Wulf 2003)。しかし、運動学的・現象学的に肢節間協調を内在した運動シークエンスが未形成な状態では、姿勢制御に必要な情報が適切に統合されず、常時認知的姿勢制御が必要となり、内的注意過多の状態から脱却できないものと思われる。今回の両症例においては、肢節間協調による知覚内容を欠いた運動シークエンスによる誤学習が継続された結果、筋緊張異常、疼痛等の症状が出現していたものと思われる。神経生理学的知見、及びcommon core仮説から、上下肢律動的運動と差異認識による予測的姿勢制御、及び即時的誤差修正経験は、大脳皮質-基底核系、小脳系の両運動制御機構を同時に活性化させ、リズム生成・CPG形成を促す可能性がある。また、患者の筋緊張評価や動作分析などの外的評価のみではなく、注意分配能力や運動感覚の言語化能力などの内的評価から、運動学習が適切に統合段階・自動化段階へと以降可能か留意する必要がある。上記考察から、自律歩行の獲得には肢節間協調を内在した運動シークエンスを用いた運動学習が有効である可能性がある。
【理学療法学研究としての意義】
代償動作が残存する症例の自動歩行獲得に対する訓練方法の1モデルの提案