抄録
はじめに 炭酸カルシウムCaCO3は、calcite、aragonite、vateriteなどの多形をもつことが知られている。これらの生成条件を明らかにすることは、地球科学、生命科学のみならず工学の分野においても重要な課題であるが、数多くの研究にもかかわらず一般的な物理的解釈は得られていない。我々はこれまで、低過飽和な条件下において温度と過飽和度を系統的に変化させた合成実験を行って各準安定相の生成条件を調べてきた。本研究においては、核形成の駆動力に着目して各相の生成条件との関係を示すダイアグラムを導入し、実験結果と定常核形成頻度から導かれる理論的な計算結果を比較して、多形の形成条件を考察した。実験と結果 炭酸カルシウムの合成は、CaCl2水溶液とNa2CO3水溶液との混合によって行った。高過飽和な条件下においては非晶質相が最初に生成することが報告されているため、本研究においては非晶質相の影響を考慮しなくてよい低過飽和な条件のみを対象とした。この条件下で各相(calcite, aragonite, vaterite)の生成条件を調べた結果、低温および核形成の駆動力が小さい領域においては小球状のvateriteが、高温および核形成の駆動力が小さい領域においては柱状のaragoniteが、高温および核形成の駆動力の大きい領域においては柱状のaragoniteと六角平板状のvateriteが共存して生成することが明らかになった。また、これらの条件よりさらに低温で過飽和度が低い実験においては、小球状のvateriteに加えてcalciteが生成していることがX線回折実験により確認された。核形成頻度による考察 上記のような実験結果を、核形成の駆動力に対する定常核形成頻度の比に基づいて理論的に考察すれば、成長単元が溶液中から結晶中に取り込まれる際の活性化エネルギーと、各相の表面エネルギーの関係によって、実験結果が説明可能であることがわかった。さらにこの考察により、活性化エネルギーや表面エネルギーが異なる環境では、各相の出現する領域が大きく変わることが示唆された。従来まで、溶液中の不純物の影響によって出現する相が変化することが指摘されてきた。本研究によればこの現象は、不純物の効果により、活性化エネルギーや表面エネルギーが変化して生成条件が変わることによって起こっていると理解される。さらにこの議論は、無機的なCaCO3の形成のみでなく、生体鉱物としてのCaCO3多形の生成にも適用できる可能性がある。