抄録
地球内部での水の存在と挙動は、様々な地質過程を検討する上で重要な鍵となっている。そのため、多くの研究で、どの物質にも適用可能な信頼度の高い水素分析法が求められている。通常の分析法では、物質の組成や構造に依存して水素の信号の出方が異なるため、定量分析には目的試料に特化した手法と適切な標準物質の準備が必要で、汎用性に乏しかった。そこで、下部地殻及びマントル深部の鉱物や流体包有物中の水素量を明らかにする目的で、陽子弾性散乱同時計測法による汎用的な水素定量法を開発した。今回、この手法を用いて石英斑晶中のガラス包有物の水濃度を決定したので報告する。 陽子弾性散乱同時計測法は、高エネルギーの陽子線を試料中の水素に衝突させ、水素により弾性散乱される陽子と、同時にはじき飛ばされる試料中の水素を同時計測して試料中の水素量を決定する。この衝突過程は試料の組成や構造に依存しないので、目的試料と組成・構造が異なる標準物質を用いても水素濃度の絶対定量ができる。また、この手法では、目的試料を水素の標準物質であるプラスチックフィルム(マイラー膜)で挟み、目的試料と標準物質を同時計測するため、測定に伴う誤差を相殺でき、高精度の定量ができる。幾つかの標準物質を測定した結果、wt % レベルのH2Oを誤差5%以下で定量できることが分かった。検出限界は約50 wt. ppm H2Oで、この値は検出器の条件により更に改善できる。 分析に使用した試料は、宮城県蔵王町円田の火山噴出物の石英斑晶中のガラス包有物で、直径100ミクロン程度の楕円形ないし球形、無色透明と茶色透明の2種類があり、娘結晶の析出したものも認められる。この石英斑晶を厚さ200ミクロンの両面研磨薄片にし、標準試料となる2枚のマイラー膜で挟むことで測定試料とした。測定は、筑波大学研究基盤総合センターのペレトロン加速器による20 MeVの陽子線を用いて行われた。 分析の結果、多数の斑晶中のガラス包有物は2-6 wt.% H2Oの水濃度を示し、多くの場合、斑晶内部の複数の包有物は一定の濃度であるが、異なる濃度を示すこともあった。これは、斑晶の成長過程でのマグマ中の水濃度変化が解読可能なことを示唆する。色の異なるガラス包有物では、水濃度に違いは観察されなかった。更に、包有物中の気泡や亀裂の有無によっても系統的な水濃度の違いは認められず、今回の試料では亀裂や気泡による揮発性成分の逸失は生じていないと考えられる。また、この手法では、娘結晶の析出による不均質な包有物や微晶質の包有物の水素濃度を測定することもできる。娘結晶を含む包有物では結晶部分に水の濃集が観察され、微晶質の包有物の水素濃度は透明なガラス包有物とほぼ同じであった。今後は、マグマの揮発性成分を推定するのに適切なガラス包有物の判別と、日本列島各地の火山岩斑晶中のガラス包有物の水濃度の測定を行い、島弧の酸性マグマの揮発性成分量を検討する予定である。