本稿は、関西社会学会第75回大会シンポジウム「関西における〈社会〉の発見と自由な知の創造」における報告を加筆修正したものである。
兵庫県豊岡市は、絶滅したコウノトリを再生させるプロジェクトに挑戦し、野生復帰事業を契機に独自の環境経済政策を展開している。また「深さをもった演劇のまちづくり」をめざし、演劇と観光を専門に学ぶ公立大学を開学し、演劇祭を開催する等、演劇を活用した若者の移住促進と観光促進に取り組んでいる。これら豊岡市の政策の先進的意義とその困難を理解するためには、そこに育まれようとしている価値とその価値を支える社会的・文化的なしくみを把握する必要がある。そのために本稿が参照するのが作田啓一の価値理論である。
第1節では、作田の価値理論を検討したうえで、これを地域文化の分析のために再構成する。第2節では、この理論的視座から豊岡の環境経済政策および演劇によるまちづくりを分析する。この分析を通じて地域の文化と価値の創造を実現するには次の二点が重要であることが示される。第一に、「過剰な富」や地域の資源を活用し、有用価値の支配に抗しうる新たな価値意識(共感価値+原則価値)を創造することである。第二に、「法外な情熱」を昇華させる物語の創出や多元的な〈動機調整〉によって、共感志向・原則志向・有用志向が並び立つ平衡状態、個人・文化・社会の〈全体的調和〉を実現することである。