ラテンアメリカ・レポート
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論稿
2021年ニカラグア総選挙
浜端 喬
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2022 年 39 巻 1 号 p. 46-59

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要約

2021年11月7日、ニカラグアで総選挙(大統領選挙、国会議員選挙、中米議会議員選挙)が実施された。2018年4月に発生した全国規模の反オルテガ抗議活動以降初めてとなる大統領選挙で、現職のダニエル・オルテガ大統領は75%を超える得票率で、再選を果たした。国会議員選挙でも、与党サンディニスタ民族解放戦線は議席を増やしたことで、彼が国民から強い支持を得たことを「証明」したかのようにみえる。他方、彼は投票日までに野党の有力な大統領候補者を逮捕し拘留してきた。

オルテガは、これまでの発言のなかで、2018年の社会動乱は反体制派によるクーデターであるとしたうえで、彼らを「テロリスト」と呼び、自身が行ってきた抑圧を正当化してきた。しかし、世論調査で、ほとんどの反体制派の候補者が彼より支持を集めていることが明らかとなった。与党の支持率やこれまでの選挙での経験から、選挙での敗北を恐れた結果、抑圧に至ったものとみられる。またオルテガは、政権寄りの国内企業家団体、福音派教会、ロシアや中国など新たなパートナーとの関係を深めることで、権力の維持を図っている。

はじめに

ダニエル・オルテガ(Daniel Ortega)は、第1次政権(1984~90年)、第2次政権(2007年~現在)と、ニカラグア史上最も長く大統領を務めている。しかし、2018年4月の社会保障改革を発端とした全国規模の反オルテガ抗議運動により、彼に対して不満をもつニカラグア国民の存在が表面化した。それ以降初めてとなる大統領選挙が、国会議員選挙、中米議会議員選挙とあわせて2021年11月7日に実施された。

結果は、オルテガが75%を超える得票率で再選を果たし、連続4選5期目を決めた。国会議員選挙でも、彼が率いる与党サンディニスタ民族解放戦線(Frente Sandinista de Liberación Nacional: FSLN)の議席は前回から5議席増え、91議席中75議席となった1。中米議会議員選挙では、前回と変わらずFSLNが、20議席中15議席を維持した2。このような結果からすれば、彼が国民からの強い支持を得たことを「証明」したかのようにみえる。しかし、投票日までのあいだ、主要な野党候補者を逮捕し拘留したことで国内外から強い批判を浴びている。

本稿では、まず2021年ニカラグア大統領選挙を選挙日の様子を含めて概説する。つぎに、なぜ反体制派はオルテガ政権に抑圧されたのかという問題意識を軸に、2018年の反オルテガ抗議運動以降以降のおもな内政の動きについて述べる。その後、これまでのオルテガの発言をもとに彼が反体制派への抑圧をいかに正当化するのかという「表向きの理由」と、世論調査をもとになぜそうせざるを得なかったのかという「実際の理由」について考察する。最後に、なぜオルテガは、2018年までの重要なパートナーであった国内企業家諸団体、カトリック教会、米国と関係修復に向かわないのかといった点についても考察する。

写真1 ダニエル・オルテガ大統領と妻ムリージョ副大統領(新華社/アフロ)

1.ニカラグア大統領選挙

(1)大統領選挙制度概要

まず、ニカラグアにおける大統領選挙制度について簡単に説明する。決選投票はなく、相対多数制で決まる。大統領の任期は5年で、選挙実施年の翌年1月に就任式が行われる。2014年の憲法改正により、大統領の無期限再任が可能となった。有権者は16歳以上である。被選挙資格として、無所属からの出馬はできず、いずれかの政党の推薦を受けて出馬しなければならない。

特徴的なルールとして、各政党は大統領と副大統領を男女ペアで擁立せねばならない。オルテガは、妻であり現職の副大統領であるロサリオ・ムリージョ(Rosario Murillo)とともに出馬した。

選挙は、委員長1名を含む委員7名と委員代理3名の計10名で構成される最高選挙管理委員会(Consejo Supremo Electoral: CSE)が取り仕切る。なお、今回の選挙に向けて2021年5月に同委員10名が国会で選出されたが、委員長を含めて6名が与党FSLNの推薦であり、その他4名も実質的にはオルテガ政権の支持者だとする批判がある3

(2)大統領選挙の結果および現地の様子

大統領選挙には6名が出馬した。オルテガが75.87%の得票率で、次点候補である立憲自由党(Partido Liberal Constitucionalista: PLC)のウォルター・エスピノサ(Walter Espinoza)に圧倒的な差をつけて再任を果たした(表1)。

(注)本稿で明記されていない各政党の正式名称は以下のとおり。ニカラグア・キリスト教の道(Camino Cristiano Nicaragüense: CCN)、ニカラグア自由同盟(Alianza Liberal Nicaragüense: ALN)、共和国同盟(Alianza por la República: APRE)、独立自由党(Partido Liberal Independiente: PLI)、母なる大地の子(Yapti Tasba Masraka Nanih Aslatakanka: YATAMA)、民主革命党(Partido de la Revolución Democrática: PRD)、農民運動(Movimiento Campesino: MC)。

(出所)CSEウェブサイトをもとに筆者作成(2022年3月15日閲覧)。

後述のとおり2021年6~7月にかけて、有力な野党候補者は軒並み国家警察に逮捕された。5名の野党候補が立ったとはいえ、彼らは、「多党制による自由競争選挙」の見せかけを誇示するための単なる「嚙ませ犬」であった。彼らは、反オルテガ抗議デモが盛んに行われた2018年でも政権批判をしなかった。また、出馬が決定した後、市民にアピールすることはほとんどしなかった。市中では、与党FSLNが積極的に選挙キャンペーンを行う一方、野党側は道沿いにポスターを貼る程度で、多くの市民にとって彼らのことを知る機会はほとんどなかった。

選挙自体はこれといった混乱はなく、平和裏に実施された。投票率は、CSEの発表では65.23%となっている4。他方、選挙監視を行った反政府系市民団体のUrnas Abiertasは、563カ所の投票所での1450名以上のボランティアによる調査にもとづき、投票率は18.5%程度であったと推測している5

選挙当日、筆者はマナグア市内の投票所を視察したが、午前中は一定数の市民が投票所にいることが確認できたものの(写真2)、午後は閑散としており、政府発表値ほど投票率は高くない印象を受けた。

反体制派は、国民に対して、選挙に行かず自宅にとどまるよう求め、SNS上ではボイコットを呼びかけるハッシュタグ(#YoNoBotoMiVoto)が拡散された(Largaespada 2021)。また、蔓延する新型コロナウイルス(COVID-19)も投票をためらう要因になったと考えられる。ニカラグア国内で初めて感染が確認された2020年3月18日以降、保健省の発表するCOVID-19関連データは現状と大きく乖離しているとして国内外から批判されている(浜端 2021)。結果がわかりきった選挙のために、人が密集する投票所にわざわざ出向き、感染したくないと考えた国民も少なくなかっただろう。

写真2 マナグア市内の投票所の朝の様子(2021年11月7日 筆者撮影)

今回の選挙に向けて、オルテガ政権は、米州機構(Organización de los Estados Americanos: OEA)から、国際選挙監視団の受け入れを求められていたものの、それを断固として拒否してきた。その一方で、世界27カ国から、232名の国際選挙同行団(Acompañantes Electorales)を招待した6。この団体は、OEAが求めた国際選挙監視団に代わり、選挙プロセスに正当性を与えるためオルテガ政権が招いた「よき理解者」とされている。実際、選挙当日の現地TVでは、どのメンバーも口をそろえて、「今回の選挙は、透明性ある素晴らしい選挙である」と公言する様子が幾度も映し出された。同様に、The New York Timesなどの海外プレス関係者の入国が拒否された一方、同じく「よき理解者」とされた国内外のプレス関係者600名が招待された。

(3)オルテガ政権に対する批判

選挙後すぐ、バイデン大統領は「オルテガ大統領夫妻が本日実施した選挙は、自由でも公正でも、確実に民主的でもない見せかけの選挙であった」との声明を発表し7、ヨーロッパ連合(EU)も同様の非難声明を出した。

第51回OEA定例総会においても、ニカラグアでの選挙が民主的正当性をもたないとする決議が採択された。その後、デニス・モンカダ(Denis Moncada)外務大臣は、「OEAは中南米諸国に干渉する米国の操り人形である」と非難し、同機構からの離脱を要請する書簡を通告した8

こうして、単に形だけの選挙であり正当性がないとして非難を浴びたものの、ニカラグア総選挙は、オルテガおよび与党FSLNの圧勝という結果で幕を閉じた。

2.2018年4月以降のおもなニカラグア内政の動き

つぎに、反オルテガ抗議運動以降のおもな内政の動きについて述べる。2018年4月、突如発効した社会保険法改革に激怒した年金受給者や学生らが中心となり、反政府抗議デモを起こした。それ以前にも、両大洋間運河建設に抗議するデモなどは局地的かつ断続的に行われていた(Klein, Cuesta, and Chagalj 2022)。しかし、2018年のデモは、政権側が国家警察や与党FSLNの下部組織を用いて暴力的な鎮圧を行い、それに対抗する市民らによって瞬く間に全国規模に拡大していった。

その結果、300名以上の死者が生じ、多くの抗議者が政治犯として捕まった。また、デモ発生時から隣国コスタリカには10万人近くの難民が流入した(上谷 2021)。デモが拡大するなか、政権側は社会保険法改革を撤回し、カトリック教会を介して反体制派と国民対話を行ったものの、両派の関係は改善されなかった。時間の経過とともに、デモは徐々に沈静化し、2020年以降はCOVID-19の影響もあり、大規模な形での衝突はほとんど生じなかった。

2018年の混乱の最中、反オルテガ政権を掲げる人々の受け皿として、正義と民主主義に向けた市民同盟(Alianza Cívica por la Justicia y la Democracia: AC)や、青と白の国民連合(Unidad Nacional Azul y Blanco: UNAB)が結成された(上谷 2019)。

さらに2020年1月、これら2グループの幹部らが、大統領選挙に向けて、国民連合(Coalición Nacional: CN)という反体制派連合の結成を発表し、その後、PLCら5つの野党および反体制派組織の代表がCNへの加入を発表した9。この発表を行った2月25日は、1990年の大統領選挙で、国民野党連合がFSLNに勝利した記念日であり、反体制派にとって重要な日であった。当時現地にいた筆者の印象では、ニカラグア国内の打倒オルテガの機運はこの時期がピークであったように感じた。しかし、その後、CNは内部分裂していった。

CN結成の一端を担ったACは、2020年10月に離脱を発表し、その後、自由のための市民たち(Cidadanos por la Libertad: C×L)とともに、新たな政治グループを創設した10。また、2020年11月には、PLCが、政権側と良好な関係があることを理由に、CNから除名された11。その後も、CNから離脱する政党が続いた12

CNの内部分裂の原因として、PLCの存在が挙げられる。2000年、当時の与党であったPLCは、FSLNと政治協定を結び、両政党に有利に働くよう憲法改正や選挙法の改正を行った(田中 2013)。CN内には、オルテガが長期政権を築いた原因はPLCにあるとして、彼らと議論することを嫌がる反体制派が存在していた。一方で、最大野党のPLCの協力は、選挙で勝利するために必要と考えるメンバーもいた。一丸となれないCNは、オルテガに勝利することを国民に訴えるだけで、統一候補者の擁立や選挙後の具体的な政策などを打ち出すことはできないまま、分裂していった。

分裂後も、各グループのリーダーらは、結束することの重要性を訴えてはいたものの、誰もリーダーシップを発揮して反体制派をまとめ上げることはできなかった。2021年に入ると、彼らそれぞれが大統領選挙への出馬を表明するだけにとどまっていた。

その一方で、オルテガ政権は着実に彼らに対する「法の整備」を進めていた。CSEだけでなく政府やその他国内の主要機関はオルテガの手中にある(Close 2016)。そのため、彼はきわめて容易に抵抗勢力に対する法案をとおし、取り締まることが可能である。選挙日までに、反体制派の選挙活動を事実上妨害する「平和のための独立・主権・自立の国民権利保護法(以下、国民権利保護法)」などの法案が採択された(表2)。

さらに2021年5月、オルテガ政権は、選挙法を改正した。オルテガ政権は、2020年10月、OEAから公正な選挙のために、選挙改革および国際選挙監視団の派遣受入れを求められていた13。しかし、新たに選挙法に追加されたのは、抵抗勢力を取り締まる条文だけで、OEAの求めるものとはまったく異なるものであった。もちろん、反体制派はこの改正を批判していたものの、その批判は虚しく、のちに彼ら自身に適用されることになった。

(出所)ニカラグア国会ウェブサイトをもとに筆者作成(2022年4月27日閲覧)。

3.オルテガ政権による抑圧

2021年6月、野党大統領候補者のひとりであるクリスティアーナ・チャモロ(Cristiana Chamorro)は、「財産管理の乱用およびマネーロンダリングにかかる虚偽申告」によって検察庁に告発され、その後、国家警察に逮捕された。当時の彼女は、無所属であったが、1990年の選挙でオルテガに勝利したヴィオレタ・チャモロ(Violeta Chamorro)の実娘であることから、反政府系メディアなどでオルテガの有力な対抗馬として扱われていた。

彼女は、2021年2月まで独立系ジャーナリストを支援する財団の代表を務めていた。しかし、外国エージェント規制法をもとに同財団の資金に関する調査が行われ、それにより逮捕されることを危惧し、同財団を閉鎖していた14。このような対応をしたにもかかわらず、彼女は財団に絡むマネーロンダリング容疑で逮捕された。

その後も大統領選挙に出馬を表明していた有力候補者らは続々と逮捕された。チャモロを除く候補者6名は、国民権利保護法にもとづき、逮捕された(表3)。その結果、オルテガに勝利するという目標はおろか出馬すら叶わなかった。

大統領選挙への出馬を表明していた者だけでなく、政権に批判的な人々も同様に逮捕された。その数は、選挙日までに40名程度とされる(浜端 2021)。経済界からは、国内最大の経済団体である民間企業最高審議会(Consejo Superior de la Empresa Privada: COSEP)の幹部らが、国民権利保護法にもとづき、逮捕された。

(注)PRDおよびMCの正式名称は、表1(注)にて明記。

(出所)国家警察ウェブサイトをもとに筆者作成(2022年4月3日閲覧)。

このような状況下で、残された反体制派は逮捕を恐れ、その多くが国外に逃亡した。その結果、2021年7月以降、オルテガに対抗できる真の意味での野党候補者は現れず、投票日を待たずして誰もが彼の勝利を予想していた。

オルテガ政権による抑圧だけでなく、野党同士の争いについても付言しておく。政権寄りであるとしてCNから除名されたPLCのマリア・オスナ(María Osuna)党首は、2021年8月、C×Lのキティー・モンテレイ(Kitty Monterrey)党首が米国籍との二重国籍であるとして、CSEに訴えた。その後、CSEは、選挙法違反を理由に、C×Lの政党資格の剥奪およびモンテレイのニカラグア国籍の剥奪を決定した15。オスナは、オルテガの勝利がわかりきった選挙において、実質的なライバルであるC×Lの政党資格を除外することで、PLCの野党第1党のポジションを確実に確保したかったと思われる。このような野党同士の争いが、国民の野党不信を招き、結果としてオルテガの勝利をより確実なものにしたのかもしれない。

4.オルテガによる抑圧に関する考察

(1)いかにオルテガは抑圧を正当化しているか

つぎに、オルテガの過去の発言をもとに、いかにして彼が反体制派への抑圧を正当化してきたのか考察する。エリカ・フランツ(Erica Frantz)は、抑圧の定義を「国家の支配領域内にある個人または組織に対し、特定の活動を抑止するだけでなく、対象者にコストを課すために、実際の物理的制裁かそうした脅威を与えること」としている。また、権威主義体制が抑圧する目的として「自らの支配に対する脅威を少しでも減らそうとするから」と述べている(フランツ 2021: 130-131)。

では、オルテガが考える自身に対する「脅威」とはなんだろうか。選挙当日、オルテガは、以下のような演説を行った16。つまり「テロリズムを助長する者、戦争に資金を投じる者、経済を危機に陥れる者らは、我々に死や憎しみ、恐怖をもたらす者である。彼らをテロリストとみなし、政治裁判を行うのは正当であり、我々の決定はニカラグアの主権と自決を守るための行為である」と。

また、2021年6月、彼は一連の拘束について以下のように発言している17。「彼らが大統領候補者であるなどという作り話はやめてくれ。正式に登録された大統領候補はまだいない。そもそも、彼らのなかで合意できる統一候補はいなかったではないか。(中略)我々は政治家や大統領候補を裁いているわけではない。国家転覆を企んだ犯罪者を裁いているのである。彼らは、国の治安と国民の命を危険に晒し、彼らが言うところの政権交代を行うために、2018年4月18日と同じクーデターを再び企んでいた犯罪者である」。

つまり、オルテガは、反体制派という「テロリスト」が彼の「脅威」であるとしている。また別の演説では、反体制派に対して、「ニカラグア人ではなく、憎しみに満ちた悪魔の子」と発言している18。彼にとっては、「テロリスト」を拘束することは国と国民を守る行動であるとして、自身の抑圧を正当化している。

「独裁政権」として国内外から批判されるオルテガ政権ではあるが、2018年以前までの第2次オルテガ政権は、COSEPなどの国内企業家諸団体やカトリック教会、さらには米国とも良好な関係を築いていた。その結果、貧困削減などの一定の「成果」を出してきた(Feliciano 2019; Thaler 2017)。また、その時期のオルテガ政権は、1936~79年のあいだ、独裁政治を続けていたソモサ一族とは異なり、抵抗勢力に対する暴力行為や抑圧をほとんど行わなかった(Puig 2019)。

しかし、2018年の社会動乱での暴力的な弾圧を機に、国内企業家諸団体やカトリック教会は、政権側から離れていった。欧米諸国からは非難され、オルテガ政権の要人らは制裁を受けた。それまで着実な経済成長を遂げてきた国内経済は、2018年を機にマイナスに転じた(Feinberg and Miranda 2019)。オルテガは、これまでの演説で、経済の悪化は反体制派による道路封鎖によるものだと主張している19。当時の反体制派は、抗議の手段として道路封鎖を最も多く実施し(FUNIDES 2019)、その結果、国内経済に被害が生じた。また、社会動乱時の死亡者の多くは反体制派ではあるが、政権側からも死亡者が出た20。彼にとって反体制派は、2018年以前までの「素晴らしきオルテガ政権」を破壊した「テロリスト」に映るのだろう。オルテガは、国内企業家諸団体、カトリック教会、米国に対しては、「テロリストの支援者」として強く批判している。

(2)なぜオルテガは抑圧を行ったのか

オルテガにとっての本当の意味での「脅威」とは、大統領の座から引きずり降ろされることだろう。反体制派は、すでに国家警察に逮捕されたか国外逃亡したため、国内で暴動を起こす人物は見当たらない。また、政権内部からクーデターが起こる様子もない。国際社会からの批判を「内政干渉」として耳を傾けない彼にとって、数少ない権力から放逐される手段として選挙が挙げられる。もちろん、オルテガが素直に選挙結果を受け入れられるかは疑問符がつくものの、彼自身選挙の重要性について説いており21、1990年の選挙では素直に敗北を受け入れた。

与党FSLNの支持率は、以下で詳しくみるように30~35%程度とみられている。チャモロは、逮捕以前に行われたインタビューにて「国民の65%は大統領選挙で政権交代を求めている」と発言している(Larios 2021)。

過去の選挙を振り返ると、1990年の大統領選挙では、投票結果が判明するまで、オルテガは自身の勝利を信じていたとされる(田中 1990)。彼が再び大統領として返り咲いた2006年の大統領選挙では、野党が統一候補の擁立に成功していれば、彼の再任は不可能に近かった(田中 2007)。それ以降の選挙では、オルテガは、自身に有利に働くよう不正を行った(Puig 2019)。

ニカラグア国内では、M&R Consultores社と、CID-Gallup社が世論調査を実施している。しかし、両者の調査結果は大きく乖離している。前者では、与党FSLNの支持率は50~60%であるのに対し、後者の調査ではよくてその半分ほどである。国内人権NGOのあるメンバーは、M&R Consultores社の調査結果は政府の都合のよいものしか発表せず、信頼性に欠けると批判している22。実際、同社の調査結果は、政府広報サイト(「El 19」)で大々的に公表され、オルテガ政権が国民から強く支持されているというアピール材料として利用されているようである。

2021年5月28日、CID-Gallup社の世論調査結果が、リーク情報として反政府系メディアで報じられた23。同月実施したとされる「好感度が高い政治家」についてのアンケートであり、結果はクリスティアーナ・チャモロが最も高く53%であり、それに対しオルテガは39%で7位であった(表4)。

この調査結果によって、オルテガ政権はチャモロを「脅威」として感じたと推察される。大統領選挙で敗北する可能性を排除するため、彼女は国家警察に逮捕されたのだろう。彼女を皮切りに、その他の野党候補者らも続々と逮捕された24

(出所)2021年5月28日付現地ネットニュースサイト(100% Noticias)をもとに筆者作成(2022年4月3日閲覧)。

(3)オルテガ政権によるパートナーの再構築?

野党候補者に対する抑圧は「政敵潰し」であるとしても、なぜオルテガは、以前のパートナーであった国内企業家諸団体、カトリック教会、米国との関係修復に向かおうとしないだろうか。2018年までの「オルテガ政権の成果」を再び発揮するためには、彼らとの関係修復が重要ではないのだろうか。

C×Lから出馬を表明し、のちに逮捕されたアルトゥーロ・クルス(Arturo Cruz)は、2018年までの第2次オルテガ政権の取組みを、「財政責任型ポピュリズム」と表現している(Cruz 2018)。そこでは、オルテガが長期政権を築くうえで取り組んだ4つとして、①支持者に対するバラマキ、②財政健全化、③治安の維持、④国内企業家諸団体との良好な関係を挙げている。2018年以降も、オルテガ政権は、上記の「④国内企業家諸団体との良好な関係」を除く3つの項目は取り組んできた(浜端 2022)。また、国内企業家諸団体同様、カトリック教会、米国とも良好な関係を築くことは、2018年までの「素晴らしいオルテガ政権」のために重要であった。

オルテガは、社会動乱の際に国内のパートナーと国民対話を実施するなど、関係修復の道を模索していた。また、2021年初めには、選挙後に大規模な国民対話を実施すると述べていた25。2018年以降の厳しい経済状況から、米国とも一定程度歩み寄る可能性があった。しかし、オルテガからはそのような様子はみられず、彼らとの関係修復ではなく、新たなパートナー関係を構築しているように思われる。

2018年までの第2次オルテガ政権は、COSEPなどの国内企業家諸団体と経済問題について議論するなど一定の協力関係にあった。しかしすでに述べたとおり、社会動乱を機に政権側から離れたCOSEPの幹部らは、国民権利保護法にもとづき、逮捕された。その後、セサル・サモラ(César Zamora)がCOSEPの臨時代表を務めている。彼は政権寄りとされており、実際これまでの代表らと異なり、政権批判をしていない。また、政権寄りの経済団体が、COSEPに代わり台頭している(Olivares 2021)。オルテガ政権は、国内企業家諸団体を、これまでのような良好な協力相手から、単なる政権に都合のよい相手に変えたいのだろう。

カトリック教会は、「テロリスト」と一貫して批判されており、2022年3月には駐ニカラグアバチカン大使が国外追放された26。ニカラグア国内では、近年カトリック信者数が減少し、その一方で福音派の信者数が増加している。M&R Consultores社の世論調査によると、2007年4月のカトリック信者は、62.9%であったのに対し、2020年7月には43.5%と減少している。一方で、福音派信者は、同時期で、25.3%から38.1%と増加している27。福音派教会は政権に友好的な立場で、政権も国民から支持を伸ばす彼らからのサポートを模索しているとされている。実際、草の根レベルでは、政府のイベントに協力している(Feliciano 2021)。今後、カトリック教会に代わり、福音派教会が新たなパートナーになる可能性がある。

オルテガは反米国家との関係構築・強化に取り組み、それらの国々からの支援増加や貿易活性化によって、経済における米国依存からの脱却を目指していると推察される。ロシアは2018年以降、COVID-19ワクチンやバスの供与など対ニカラグア支援を積極的に実施している。一方で、オルテガは、ウクライナ情勢におけるロシア側の対応を擁護するなど28、両国は良好な関係にある。

また、選挙から約1カ月後、オルテガ政権は台湾と断交し、中国と再び外交関係を樹立すると発表した。中国で行われた外交関係再開の署名式は、モンカダ外務大臣ではなく、ニカラグア投資振興機構(ProNicaragua)顧問のラウレアーノ・オルテガ(Laureano Ortega)(オルテガ夫妻の息子)やイバン・アコスタ(Iván Acosta)財務・公債大臣といった経済分野に強い政権幹部が出席しており29、中国からの支援を渇望するオルテガ政権の意図が感じられる。本稿執筆時点では、中国によるCOVID-19ワクチン100万回分の供与が行われ、5億ドルを超えるエネルギーセクターへの投資が決定している30。また、アコスタ財務・公債大臣は、2021年5月時点で、ニカラグアの1次産業成長戦略として、中国の市場開拓を目指すと発表していた(Ortiz 2021)。ほかにもオルテガ政権は、イランとの関係も良好である。今後もオルテガ政権は、反米国家との関係を深めることで、経済における米国依存の脱却に取り組むのだろう。

おわりに

2022年1月10日、大統領就任式が行われた。キューバのディアス・カネル(Díaz-Canel)大統領、ベネズエラのニコラス・マドゥロ(Nicolás Maduro)大統領といった同じ価値観を共有するオルテガの「親友たち」が出席した。また、「新たな友人」として、中国特使の曹建明が駆けつけた。欧米諸国からは批判が続くオルテガではあるが、就任式では、「友人たち」によって祝福され、これからもニカラグアを統治していく強い意志を国民に伝えた。

選挙後も逮捕された反体制派は解放されず、それどころか2022年3月には野党候補者7名に有罪判決が下された31。「国民の団結と融和の政府」をスローガンに掲げるオルテガ政権だが、反体制派と融和し、団結する意志は今のところ感じられない。

(2022年5月30日脱稿)

付記

本稿は筆者の個人的見解にもとづくものであり、筆者が属している組織の立場や見解とは一切関係ない。

本文の注
1  国会議員選挙におけるその他の政党の獲得議席:PLC 10議席、PLI 2議席、ALN 2議席、APRE 1議席、YATAMA 1議席。各政党の正式名称は、本稿文または表1(注)にて明記。

2  中米議会議員選挙におけるその他の政党の獲得議席:PLC 2議席、PLI 1議席、ALN 1議席、APRE 1議席。

3  “Asamblea Nacional juramenta a magistrados sandinistas electorales.” 100% Noticias, 6 de mayo, 2021.

5  “Noveno informe: Radiografía de la farsa electoral.” Urnas Abiertas website, 22 de nobiembre, 2021.

7  “Statement by President Joseph R. Biden, Jr. on Nicaragua’s Sham Elections.” The White House website, November 7, 2021.

8  “Gobierno de Nicaragua denuncia la Carta de la OEA.” El 19, 19 de noviembre, 2021.

9  “Opositores nicaragüenses lanzan Coalición Nacional.” 100% Noticias, 25 de febrero, 2020.

10  “Alianza Ciudadana.” AC website, 26 de enero, 2021.

12  その後、CN所属のMCおよびPRDも離脱した。

15  “CSE cancela personería de C×L y nacionalidad de Kitty Monterrey.” 100% Noticias, 6 de agosto, 2021.

17  “Acto 85 Aniversario Natal del Comandante Carlos Fonseca.” El 19, 23 de junio, 2021.

20  政権側の正確な死亡者数は不明だが、警察官の死亡は確認されている(Feliciano 2021: 10)。

21  選挙日の演説で「投票こそがニカラグアに平和をもたらす唯一の方法である」と発言。

22  “Encuestadora “rocololas” así tilda abogado de CPDH a M&R.” 100% Noticias, 17 de enero, 2020.

23  この調査では、回答者数などの詳細は明らかにされていない。“Filtran encuesta de Cid Gallup, estas son las personalidades políticas de mayor simpatía.” 100% Noticias, 28 de mayo, 2021.

24  表4における反体制派は、コスタリカに亡命したカルロス・F・チャモロを除く全員が逮捕された。同世論調査では、ノエル・ビダウレは選択肢に含まれていない。

27  “Sistema de Monitoreo de la Opinión Públicoa SISMO LXII.” M&R Consultores, Julio de 2020.

31  彼ら7名に対して、8~13年の刑期が下された。“Ortega completa condenas contra los siete precandidatos presidenciales opositores.” Confidencial, 22 de marzo, 2022.

引用文献
 
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