マーケティングジャーナル
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マーケティングケース
健康経営ブランディング
― サンスターの「健康道場」の取り組み ―
高橋 千枝子
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2019 年 39 巻 1 号 p. 119-130

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Abstract

従業員への健康投資により企業価値向上を実現する経営スタイルとして健康経営が注目され,流行の経営手法として多くの企業が取り組んでいる。サンスターは健康経営の取り組みそのものからイノベーションを生み出し企業価値向上に活かしてきた。早くから従業員の健康に投資しており,従業員向け健康増進施設で提供する玄米菜食を基本とした健康メソッドから「健康道場」ブランドを創出した。当初から健康経営を本業に取り込み,経済的価値を得ることを念頭に置いていた。同社の取り組みには,従業員の健康増進とその健康メソッドを活かしたビジネス創出を両立するCSVの視点と,モノ(健康道場ブランド)とサービス(健康メソッド)とを一体化して価値共創するサービス・ドミナント・ロジックの視点がみられる。

Translated Abstract

A health-oriented management approach is attracting the attention of many companies to increase their corporate value through investment in employees’ healthcare as a management fashion. Sunstar, a personal care company, has created innovation directly with their health-oriented management approach, and has improved their corporate value. The company has invested in employee’ healthcare from an early stage, and has created the brand “KENKO DOJO”, which is based on brown rice and vegetable meals and vegetable juices, which their healthcare facility provides for employees. From the start, top management decided to seek some profit by utilizing their health-oriented management approach. In this case, there are two important points. The first is that of creating shared value: the company balances employees’ healthcare and business creation by utilizing their healthcare method. The second is service-dominant logic: the company integrates goods and service and also co-creates value.

図1

サンスター心身健康道場および健康道場ブランドシリーズ

(出所)サンスター提供

I. はじめに

近年,従業員の健康投資により企業競争力・企業価値向上を実現する経営スタイルとして「健康経営」が注目されている(健康経営®はNPO法人健康経営研究会の登録商標)。健康経営とは,従業員の健康こそが重要な経営資源と位置付け,従業員の疾病予防や早期治療に投資することで,結果として医療費抑制や業務生産性向上につながり,企業価値向上を実現する経営スタイルである。

健康経営が注目されるようになった背景にはいくつかの要因がある。一つは健康面で課題がある従業員が多いと生産性が低下するからである。病気による欠勤だけではなく出勤していてもウツ状態や体調不良で仕事に身に入っていない状況(プレゼンティーイズム)による労働損失も問題になっている。また慢性的な人材不足に対応するために,従業員の健康を重視して人材定着と生産性向上を図る必要がある。そして長時間労働など従業員の健康に配慮しない企業はブラック企業と烙印を押され,企業ブランドが大きく毀損するリスクがある。つまり健康経営は企業ブランディングとも大きく関係している。

健康経営を浸透させる為に,経済産業省と東京証券取引所は共同で2015年より東証上場企業の中から健康経営の取り組みが特に優れた企業を「健康経営銘柄」と選定している。また2017年より経済産業省は優良な健康経営の取り組みを実践している企業等を「健康経営優良法人」として認定している1)。他にも日本政策投資銀行は健康経営に取り組む企業を評点化して融資条件に反映する評価認証型融資「DBJ健康経営(ヘルスマネジメント)格付」を2012年より始めており,青森銀行や広島銀行などの地方銀行も健康経営に取り組む企業に対して優遇金利を適用している。

もはや健康経営は,環境経営や女性活躍推進と同様に,企業が取り組まざるを得ない経営テーマになっている。CSVやSDGsなど新しい経営テーマが次々と台頭しているが,健康経営を含め流行性を持った経営手法はマネジメントファッション(Management Fashion,以降MF)と呼ばれる。MF研究の第一人者であるAbrahamson(1996)は,MFを「特定の経営手法が合理的な経営の進歩を導く相対的に一過性な集合的信念」と定義している。つまり企業が導入することで経営改善・企業成長などにつながる流行性のある経営手法といえる。MFの流行プロセスは,新しい服飾デザイン等が上位社会階層から下位社会階層に伝播するように上位企業が特定の経営手法を最初に取り入れ下位企業が模倣して取り入れることで,ファッションとして伝播していくMF論と,強い制度的圧力(例えば資格認証・許認可・取引条件等)による組織構造の同型化によって経営手法が普及していく新制度派組織論がある。つまり大企業が導入しているから,取引条件だからといった理由で,MFを導入している企業は少なくない。大企業との取引の為に,多くの企業がISO認証取得に取り組んだのは記憶に新しい。

MFは流行性がある経営手法の為,多くの企業に普及した後,衰退いずれは沈静化していく。現在,多くの企業がMFとして健康経営に取り組んでいるが,いずれは沈静化して,また別の新しいMFが台頭してくる。現在の健康経営の取り組みはまだ成長・普及段階といえるが,健康経営の真の目的・期待成果を果たしているとは言い難い。健康経営の期待成果とは,従業員が心身ともに健康になることで活力が高まり,生産性向上やイノベーション創出により,業績・企業価値が向上することである。つまり将来的に業績・企業価値が向上することが健康経営の最終目的である(図2)。しかし近年の健康経営の取り組みは従業員の健康増進の文脈で語られることが多い。例えばノー残業デイやテレワーク推奨などの長時間労働削減対策,ウォーキングイベントや運動器具設置などの生活習慣病予防対策,事業所内禁煙や禁煙外来補助などの禁煙対策の取り組みである。実際こういった取り組みがブラック企業ならぬホワイト企業として従業員にも採用市場にもプラスの効果を与えていることは確かである。健康経営銘柄(2018・2019)である株式会社丸井グループは従業員の健康と企業業績との関係性について分析しており2),健康経営の取り組みが将来的に業績・企業価値に寄与する研究はこれから本格化するだろう。

図2

「健康経営・健康投資」とは

(出所)経済産業省資料より筆者作成

健康経営で業績・企業価値向上につながるメカニズムは,心身ともに健康な従業員が増えて,仕事に前向きに取り組み,生産性が上がったり,イノベーションを生み出すとされている。本稿で取り上げるサンスター株式会社の事例は,健康な社員がイノベーションを生み出す(であろう)という考え方だけではなく,健康経営の取り組みそのものからイノベーションを生み出してきた新しい企業価値向上の姿である。同社は健康経営という言葉がMFとして世間に浸透する以前から,従業員の健康に投資を行い,そこからビジネスへの展開をはかり,『健康道場』ブランドとして新しい事業を創造・発展させてきた。

II. サンスターの健康経営の取り組み

サンスターグループはスイスに本社をおく(日本法人は大阪府高槻市),G・U・M(ガム)やOra2(オーラツー)などのオーラルケア製品を主力とした化粧品・トイレタリー製造販売企業である。実は同社の起源は歯磨ではなく自転車部品販売である。創業者である金田邦夫氏が1932年に大阪で金田兄弟商会を設立し自転車部品の販売を始め,のちに自転車用ゴム糊(タイヤ・チューブ用接着剤)の自社製造販売で成功をおさめた。当時そのゴム糊を充填していたのが金属チューブであり,その中に歯磨剤を充填して,1946年に「サンスター歯磨第1号」が誕生した(1950年にサンスター株式会社設立)。年月を経て,自転車用ゴム糊から合成接着剤やシーリング材などの化学品分野へ,自転車部品は金属部品分野へと商品分野は拡大している(サンスター技研株式会社の現事業分野)。サンスターグループ全体では,前述の金属チューブが契機となり,自動車部品から歯磨剤・歯ブラシなどのオーラルケア製品へと広がり,その後ヘアケア,スキンヘアへと事業分野を広げていった。

同グループは「常に人々の健康の増進と生活文化の向上に奉仕する」ことを目指して,4つの事業分野「Mouse&Body」「Health&Beauty」「Healthy Living Environment」「Safety&Technology」を展開している。このうち「Health&Beauty」分野の健康・美容食品の中に,本稿で取り上げる健康経営の取り組みから生まれた『健康道場』ブランドが含まれる。『健康道場』とは青汁・野菜飲料・玄米などの健康食品シリーズブランドである(図1)。健康志向の高まりとともに,同社に限らず,現在数多くの企業が参入している商品分野であるが,同社の『健康道場』ブランドのルーツは1971年にまで遡る。

1. 「サンスター健康開発室」の誕生~従業員への健康投資

同社の従業員への健康増進への取り組みは進んでいた。創業時から創業者・金田邦夫氏の出身地(広島)と同郷の社員が多く,寮や食堂を整備するなど家族のように従業員の健康に配慮してきた。

そしてその方針を受け継いだ金田博夫氏(創業者長男,現在はサンスターグループ会長)が,従業員の心身の健康づくりを目的とした組織として1971年に設置したのが「サンスター健康開発室」(以降,健康開発室)である。健康開発室は健康保険組合および人事部門から独立した組織として設置された。昨今の健康経営ブームで多くの企業が「健康経営推進室」等の組織を設置して従業員の健康増進を進めているが,同社の組織的な従業員への健康投資は既に1970年初頭から始まっている。同社の健康開発室の役割は,全ての従業員が心身ともに健全な姿で安心して仕事に専念できる為に,疾病予防・早期発見・治療から一歩進んだ個人の体力づくりまで踏み込んでいる。口腔健診を含めた健康診断や体力テストを実施し,その結果によって治療推奨,健康意識啓発や体力増進指導が行われた。例えば成人病(現在の生活習慣病)の要管理社員を集めた「成人病友の会」の結成により自発的な生活習慣改善を啓発・促進したり,高血圧の症状がみられる社員の配偶者を集めて献立調理指導会を実施した。まだ生活習慣病という言葉が生まれる前の1970年代から,従業員およびその家族にまで,生活習慣改善の重要性および具体的な方法を啓発していたのである。

同社の健康増進施策の特徴となったのは「トリム運動」と「食事療法」である。トリム運動とは日常生活に適度な運動を定着させるべく運動量に応じた点数合計を表彰する取り組みである。運動の習慣化に向けて1984年にはサンスター本社およびサンスター技研本社に社員が体力測定・体力づくりに活用できるトレーニングセンター(ヘルス&ビューティクリニック)が開設され,測定機器や運動機器,ビデオなどが設置された。その後,営業所・工場等の各拠点にも運動機器等が配備された(表1)。

表1

年表:サンスターの健康経営の取り組み

(出所)同社インタビュー・提供資料より筆者作成 ※網掛けは会社沿革

もう一つの食事療法については,成人病予防には食事療法が不可欠との考えから,成人病の勉強会では減塩食を対象社員に試食させるなどの取り組みが実施されていた。特に金田博夫社長(当時)は予防・健康増進への問題意識が高く,玄米食と無農薬野菜による食養生に取り組んでいた竹熊宜孝氏(公立菊池養生園診療所長,現在は名誉園長)3)や,菜食の食事療法を主体とした甲田療法を確立した甲田光雄氏(故人,元・甲田医院院長-現在は閉院)との交流により,食生活の見直しによる予防医学への造詣を深めていった。竹熊宜孝氏および甲田光雄氏が提唱する食生活の見直しによる健康づくりについては,社内報での社長との対談や,家族を含めた社員向けのイベントでの講演などを通じて,繰り返し社員(家族含む)へ伝えていった。この甲田光雄氏が提唱する甲田療法は,のちに健康経営の取り組みから「健康道場」ブランドを生み出すこととなった,社員向け福利厚生施設「サンスター心身健康道場」の開設につながる。

2. 「サンスター心身健康道場」の開設

1985年4月に社員向け福利厚生施設として開設されたのが「サンスター心身健康道場(以降,心身健康道場)」である。場所は本社(大阪府高槻市)から少し離れた土室(はむろ)事業所がある敷地(6,500平米)に開設された。土室事業所はサンスター本体およびサンスター技研の研究開発拠点であったが,手狭になってきた為,拠点増強のために既に手当していた土地・建物(もとは別の会社の研修センター)をこの心身健康道場とした。

心身健康道場を開設するにあたり,甲田光雄氏が提唱する甲田療法をベースとした福利厚生施設を立ち上げるための発起人会が設置された。金田博夫社長(当時)より発起人会メンバーとして指名された社員達は自ら甲田医院(大阪府八尾市)に出向いて甲田療法を学び,メンバーの配偶者(妻)達が集まり玄米の炊き方や肉の代わりにグルテン(植物性たんぱく食品)を使ったレシピなどを栄養士の指導のもと学んだ4)。社員だけでなく社員の家族まで巻き込んで,開設準備が行われた。

甲田療法とは甲田光雄氏が確立した菜食の食事療法であるが,西勝造氏が始めた西式健康法をベースとしている(西式甲田療法)。西式健康法は生野菜食を中心に摂取し,上下運動と扇形運動で血液循環を促す運動,温冷浴や裸療法による皮膚・内臓の排毒,左右揺振(背腹)運動による精神統一などからなる健康法である。甲田療法はこの西式健康法を改良したものであり,生野菜をすり潰したものを濾した青汁や玄米生菜食によるカロリーを抑えた食事やたっぷりの水分摂取,毛管運動・金魚運動・合掌合蹠運動・背腹運動などの運動法,温冷浴や裸療法,さらに就寝時には平床という板の上に直接寝て,硬枕という木でできた枕を用いるなどの特徴がある。

心身健康道場はこの西式甲田療法をベースに普段の生活の中でより実践しやすい内容にアレンジした健康施設であり,施設目的は人間が本来持っている健康になる力(自然治癒力)に着目し,生活習慣の乱れやクセに気付き,真の健康づくりについて実践を通じて学ぶ場である。よって同施設では西式甲田療法で提唱する玄米菜食や健康体操,温冷浴に取り組むだけでなく,自身の生活習慣を振り返り,今後の生活を改めるための,講義や研修,ミーティングなどの時間も確保されていた。開設当初は6日間滞在(水曜~月曜)を標準とし,管理職が指名されて参加(入門)していた。心身健康道場への入門は管理職試験受験資格でもあったという。一部の社員しか利用しないような従来型福利厚生施設ではなく,管理職は全員,この心身健康道場で自然治癒力に着目した健康づくりについて学んできた。

実は発起人会が立上がってから1年もたたずに心身健康道場が開設されている。研究開発拠点増強の為に土地・建物が既に購入されていたこと,もとが研修センターだったため大工事をせずとも済んだなど,タイミングに恵まれたといえる。

開設後,対象者やプログラムの見直し,施設移転などがあり,現在は新入社員研修や35歳の節目研修,管理職研修,特定保健指導の積極的支援対象社員向けといった,一泊二日または二泊三日プログラムが中心となっている。心身健康道場の延べ入門者は2018年12月時点で8,788人である。現在のプログラムの核となる食事は1日1,200 kcalに抑え,肉・卵・乳製品などの動物性素材を一切摂らない玄米菜食であり,朝は健康道場オリジナルレシピで作る青汁1杯,昼と夜は美味しく楽しめる玄米菜食のメニューである。その他,身体のバランスを整えるための整体運動・均整ストレッチや,アクアビクス,有酸素運動のウォーキング,自律神経のバランスを整える冷温交代浴などに取り組む(図3)。心の健康管理のために座禅を取り入れているのも特徴である。プログラム終了後に健康的な生活習慣を定着するために,健康習慣の振り返りや健康知識の習得にも取り組む。

図3

心身健康道場で提供する玄米菜食および均整ストレッチ

(出所)サンスター提供

心身健康道場が開設された1985年はいわゆるバブル期で多くの企業がリゾート地にレジャー施設のような立派な企業保養所を次々と建設していた時期であり,従業員の健康づくりを目的とした福利厚生施設の開設は異色といえる。ただ他社より先んじた同社の取り組みは評価に値するが,心身健康道場はあくでも社員向け福利厚生施設であり,いわゆる産業保健の範疇である。ここから心身健康道場を体現した商品ブランド「健康道場」の開発へと舵が切られることになる。

3. 『健康道場』ブランドの立上げ

心身健康道場開設の翌年1986年に,金田博夫社長(当時)は経営幹部に『甲田療法を科学的に解析し,そこから新しい製品,事業を立ち上げて欲しい』との特命を下している。つまり経営トップは従業員の健康づくりの拠点として心身健康道場を立ち上げると同時に,心身健康道場の中心メソッドである甲田療法から新たなビジネスを生み出すことをビジョンとして持っていたことになる。しかし同社は食品に関する知見・ノウハウがなかった為,この特命が契機となり,1986年に乳酸菌飲料製造会社「サングルト株式会社」を買収し,同時に研究所「栄養生化学研究所」を設立し,食品の研究開発に取り組むこととなった。もともとサングルト株式会社は政府の発酵乳製品振興策に沿って設立された会社であるが,既にヤクルト本社が乳酸菌飲料宅配でリードしており,乳製品の競争は厳しかった5)。社長の特命に従い,甲田光雄氏を含めた様々な研究者・専門家の指導のもと,乳酸菌飲料の研究開発とは別に,自社開発の飲料製品の研究開発に取り組んだ。

心身健康道場で提供している生野菜食を中心とした甲田療法食を解析し,サンスター独自のアレンジを加え,家庭で手軽に実践できる食品の開発に取り組み,「橙黄野菜(飲料)」「柿の葉茶」「玄米粥」「ビタミンドリンク」等を開発し,自社流通を持つ健康食品販売事業者等の意見を聞いた上で,最も評価が高かった「橙黄野菜」の商品化が決まった。砂糖・甘味料不使用,水を一滴も使わず作った野菜果物飲料であり,こだわり商品として販売価格は200円とした。心身健康道場の中心メソッドである食事療法の考え方から生まれた商品であるから,商品ブランド名は『健康道場』以外に考えられなかった。1988年の「橙黄野菜」の発売によって,従業員の健康づくりを起点とした『健康道場』ブランドが誕生した。自転車部品や歯磨剤,化粧品などの商品分野に加えて,社員向け福利厚生施設「サンスター心身健康道場」の健康メソッドをベースとした「食品」という新しい商品分野が新たに生まれたことになる。

4. 『健康道場』ブランドの育成と成長

『健康道場』ブランド商品第1弾「橙黄野菜」発売時点で,商標『健康道場』を飲料以外に医薬品・化粧品・医療用具・加工食品の分野まで登録し,既に大きなブランドとして育成する意図を持っていた。「橙黄野菜」発売当初はトマトジュースぐらいしか野菜飲料がない中,野菜と果物をミックスしたこだわりの野菜飲料として百貨店や酒販店等で順調に売上を伸ばしていったが,そもそも同社は食系販路が弱く,多くの消費者へこの商品を訴求できなかった。もっと商品の良さを消費者にダイレクトに伝える為に,1992年にケース単位の直販方式を導入してから売り上げが増えていった。食品としては初めての新聞テレビ欄下に広告を掲載して多くの消費者に訴求するとともに,コールセンター要員として一気に新卒採用もしている。「緑黄野菜」(1992年)など新製品を投入し,1995年に心身健康道場で作る手作りの青汁を体現した「おいしい青汁」を発売したところ,ヒット商品となった。当時は「青汁は不味い」と消費者に認識されていた為,味にこだわりのある商品として受け入れられた。1985年に心身健康道場が開設してから10年経過し,定期購入してくれる固定客が増えていき,一つのブランドとして収益が安定した。サングルト株式会社が『健康道場』ブランド商標を保有していたが,1994年にサンスター株式会社に売却移管し,同社の基幹ブランドとしての更なる成長が期待された。

しかしその後,多くの新商品をリニューアルも含めて次々と開発・上市したがヒットせず,売り上げが低迷する期間が続いた。2008年には全盛期売上の半分にまで落ち込んでしまい,『健康道場』ブランド担当者は社内でも肩身の狭い思いをしたという。その背景には多くの競合他社が類似商品を発売したこと,同社が初めて実施した新聞テレビ欄下広告掲載も他社が取り入れたこともある(表2)。

表2

年表:健康道場ブランド商品の歩み

(出所)サンスター提供資料より筆者作成

注:主力製品及び本稿で取り上げた商品を中心に掲載している

ブランド低迷期において,『健康道場』ブランドの根幹である心身健康道場の健康メソッドに立ち戻り,二つの先行研究に取り組んでいる。一つは玄米の研究である。心身健康道場での食事は玄米菜食を基本としているが,玄米を家庭で手軽に摂取できる商品は作れていなかった。玄米ドリンク・発芽玄米ごはん・米ぬかドリンク(飲む一膳分)・米ぬかスナックなど,玄米を家庭で気軽に摂取できる商品を上市している。特に食べにくい米ぬかの商品化には10年の歳月を要した。もう一つは青汁の機能性研究である。健康食品はあくまでも食品である為,ヘルスクレーム(科学的根拠に基づく機能性表示)ができず,競合製品との差別化が難しかった。こちらも10年近くの歳月をかけ青汁の機能性研究に取り組み,2009年に日本初の野菜のチカラでコレステロールを低下させる特定保健用食品「緑でサラナ」を発売した。この商品はヒットし,今でも売れ筋商品となっている(図4)。

図4

健康道場ブランド商品(一部)

(出所)サンスター提供

1986年のトップの特命であった,『心身健康道場メソッドである甲田療法を科学的に解析して新しい製品,事業を創造する』という原点に立ち戻っての成功といえる。

5. 心身健康道場の新たな取り組み

特定保健用食品「緑でサラナ」がヒットしたものの,『健康道場』ブランドの根幹にある「心身健康道場メソッド」が上手く消費者に伝わっておらず,単なる商品ブランドとして埋もれてしまうという危惧が社内に生まれていた。

多くの方に心身健康道場の健康メソッド(玄米菜食,整体運動や均整ストレッチ,ウォーキング,冷温交代浴など)を体験してもらうのが一番だが,心身健康道場はあくまでも社員向け福利厚生施設であり一般の方々に宿泊して体験してもらうことはできない。よって心身健康道場メソッドの認知を高める様々な取り組みとして,2013年より心身健康道場メソッドを楽しい旅の形で体験できるサンスター健康道場ツアーを始め,2016年に一般の方向けサンスター健康道場ツアーを発売し(図5),現地旅館や自治体などのご協力のもと山形・熊野古道・徳島で開催している。2015年には「宿泊型新保健指導(スマート・ライフ・ステイ)プログラム」(厚生労働省事業)に取り組み心身健康道場メソッドの有効性を研究した。2018年からは主に一般向けサンスター心身健康道場一日体験を開催している。なお2018年に同プログラムの健康道場オリジナル玄米菜食ランチとオーラルブラッシング講座で,ヘルスツーリズム認証(NPO法人日本ヘルスツーリズム振興機構)を取得している。

図5

サンスター健康道場ツアー(パンフレット)

(出所)サンスター提供資料

心身健康道場が提供する健康メソッドから,青汁や玄米など新しい商品を創造し,『健康道場』ブランドとして育成してきたが,再度,心身健康道場メソッド自体を積極的に外部訴求することと,本メソッドの有効性検証に取り組んでいる。数多の企業が様々な健康食品を開発・販売する競争市場の中で,商品のバックボーンである健康メソッドで差異化を図っていく為である。

近年の研究で心身健康道場メソッドが糖尿病予防・改善に有効であることも明らかになってきた為,今後は糖尿病をターゲットとした商品を揃えていくとともに,心身健康道場メソッドという独自コンテンツをもっと多くの方に訴求する機会を増やすことを検討している。心身健康道場メソッドを通じて顧客を健康にするのが目的であれば,提供するものは「食品」に限る必要はなく,食品以外の商品やサービスなど様々な展開が考えられる。

III. 健康経営ブランディング

長時間労働による悪影響や慢性的な人材不足などを背景に,「健康経営」はMF(流行の経営スタイル)として多くの企業に導入されている。しかし従業員の健康を重要な経営資源として位置付け,従業員の健康維持・増進に“投資”する為には資本(資金)が必要であり,それを継続する為には何らかの成果(投資対効果)が必要である。健康経営の最終成果は従業員の健康増進(喫煙者が減る・生活習慣病予備軍が減る等)ではない。従業員の健康投資によって経営面の成果を得ることである。

経営面の成果とは企業価値・ブランド向上になるが,非貨幣的価値と貨幣的価値に分けることができる。非貨幣的価値とは財務的価値とは紐づかないものであり,ステークホルダー別に考えると採用市場での新卒就職人気企業ランキング結果,従業員満足度調査結果,顧客・消費者からの好感度調査結果・企業イメージ調査結果などが該当する。貨幣的価値は財務的価値そのものであり,上場企業であれば株価・時価総額,非上場企業を含めれば業績向上・利益向上が該当する。もちろん非貨幣的価値および貨幣的価値に関わらず,経営成果は様々な要因によって形成される為,健康経営の推進と経営成果の因果関係を解明するのは容易ではない。

しかし企業として“投資”する以上,何らかの“経営成果”を得る必要がある。その方法の一つが,本稿で事例として取り上げたサンスター株式会社の取り組みである。具体的には従業員の健康に投資する健康経営の取り組みからイノベーションを創出し,新しい商品・事業として育て,貨幣的価値である経営成果を生み出したことである。サンスターの取り組みを次に整理する。

1. トップの決断

社員の健康づくりの拠点「心身健康道場」開設の翌年に,金田博夫社長(当時)は経営幹部に『甲田療法を科学的に解析し,そこから新しい製品,事業を立ち上げて欲しい』と特命を下している。甲田療法を従業員の健康づくりに活かすだけではなく,新製品・事業としてビジネスにすることを早くから念頭においていた。この特命が契機となり,乳酸菌飲料製造会社「サングルト株式会社」の買収,その社内に「栄養生化学研究所」設立など,食品の研究開発に取り組むことになった。福利厚生からビジネス創出へと一歩先を見据えたトップの決断である。

2. プロフィット事業として取り組む

近年多くの企業が健康経営に取り組んでいるが,所管は人事部門や健康保険組合,健康経営推進室であることが多く,プロフィット部門ではなくサポート部門である。よって健康経営の取り組みはCSR活動の一環として環境保全やダイバーシティ推進,女性活躍推進などの社会的課題解決の一つとして捉えられていることは否めない。しかしサンスターの『健康道場』ブランド事業(組織)はプロフィット部門であり,当然のことながら他の事業・商品と同様に継続的に収益を上げていかなければならない。当初は買収した会社(サングルト株式会社)で取り組んでいたが,1994年に『健康道場』ブランドが商標権とともにサンスター本体へ移管されたことで,基幹ブランドとして育成する覚悟とプレッシャーが生まれた。

3. 継続的な先行投資

1988年の『健康道場』ブランド商品の初上市以降,低迷期もあったが,直販方式転換による多額の広告宣伝費投下,コールセンター要員の雇用,継続的な機能性研究,心身健康道場メソッドの有効性検証など,継続的に先行投資をしてきた。現在のサンスターグループを率いるのは金田善博氏(グループ代表)であるが,『甲田療法を科学的に解析して新しい製品,事業を創造する」経営方針は代々引き継がれている。

4. コアメソッドのエビデンス蓄積

心身健康道場は従業員の健康づくりの為に開設され,その健康メソッドを『健康道場』ブランド商品を介して消費者に提供している。よって心身健康メソッドを中心とした従業員の健康づくり方法が有効であることが前提になってくる。同社は心身健康道場での実践的な学びにより生活習慣を変える取り組みだけでなく,人間ドックに近い健康診断と歯科検診を毎年実施しており,一人当たりの保健事業費は全国平均(健康保険組合連合会)を上回る。一方,メタボリックシンドローム該当者比率および医療費ともに,全ての年代において全国平均(同上)を下回っている。つまり従業員への健康投資で従業員の健康増進および医療費抑制が実現している。同社の健康経営の取り組みが評価され,サンスターグループ4社は2017年より3年連続で「健康経営優良法人」に認定されている。さらに厚生労働省の宿泊型新保健指導事業を通じて,特定保健指導対象者・糖尿病予備軍に対して心身健康道場プログラムが有効であることを検証した。以上のような『健康道場』ブランドの根幹にある心身健康道場メソッドのエビデンス蓄積に取り組んでいる。

IV. まとめ

同社の健康経営の取り組みは,「①従業員の健康投資により従業員の活力向上・生産性向上をもたらし,イノベーションを創出し,企業価値向上を実現する」という健康経営の基本メカニズムをベースとしながら,「②健康経営の取り組みからイノベーションを創出し,企業価値向上を実現する」という,健康経営をダイレクトに“本業”に活かす取り組みといえる(図6)。

図6

健康経営のメカニズム

(出所)経済産業省資料,同社インタビュー等を参考に筆者作成

同社の取り組みより二つの示唆を得ることができる。

一つは従業員(及びその家族)を健康にすることと,独自健康メソッド(心身健康道場メソッド)を活かしたビジネス創出を両立していることである。これはマイケル・ポーター(Michael E. Porter)が提唱したCSV(Creating Shared Value)の概念でもある。CSVは「共有価値の創造」と訳され,社会課題解決(社会利益)と経済価値(ビジネス利益)の同時実現を目指す経営戦略である。同社は心身健康道場を始めとした取り組みを通じて従業員の健康増進という社会課題解決を実現するとともに,その取り組みから創出した『健康道場』ブランドビジネスという経済価値を実現している。

冒頭で流行性を持った経営手法はマネジメントファッション(Management Fashion:MF)と呼ばれ,多くの企業に普及した後,衰退いずれは沈静化していくことを指摘した。健康経営も成長・普及期にあるMFの一つであり,いずれは沈静化していく。MFは経営成果(経営改善・企業成長)につながる(と期待される)経営手法であり,しっかり経営成果を得られるか,単なる流行を追うだけで終わるのかは,取り組み当初から経済価値(ビジネス収益)を得ることを念頭に置く必要があり,社会課題解決と経済価値の両立というCSVの概念が参考になる。近年CSVの概念はSDGs(持続可能な開発目標)へと発展し,大企業を中心に新たなMFになりつつある。本業との関係性の低い社会貢献要素が高い取り組みもあるが,活動を通じてイノベーションを創出して経営成果につなげる,すなわち企業価値・ブランド向上に寄与する視点は必要である。

二つ目の示唆はモノ(『健康道場』ブランド商品)とサービス(心身健康道場の健康メソッド)が一体化している点である。消費者が健康食品を購入するのは,単に健康食品を摂取するのではなく,「健康になる」というベネフィットを享受する為である。同社は『健康道場』ブランド商品の提供を通じて,心身健康道場メソッドを体現した自然治癒力を高める生活習慣改善ソリューションを提供しており,商品を介したコト消費といえる。モノとサービスを区別せず一体化するものを包括的に捉える概念に,ステファン・バーゴ(Stephen L. Vargo)とロバート・ルッシュ(Robert F. Lusch)が提唱した「サービス・ドミナント・ロジック(SDL)」があり,製品・サービスの提供プロセスにおいて企業と顧客が一緒に価値を共創する考え方が含まれる。同社も,消費者が『健康道場』ブランド商品の消費を通じて,自らの生活習慣を見直し健康な生活を送る啓発・行動変容を期待している。このようなモノとサービスの一体化が,『健康道場』ブランドの付加価値である。近年の一日体験や健康ツアー(ヘルスツーリズム)などを通じて心身健康道場の認知度を高める同社の取り組みは大きな収益にはつながりにくいが,結果としてモノとサービスを包括した『健康道場』ブランド価値の向上を図るものである。

大企業が取り組んでいるから,社会環境の要請だからと,健康経営に取り組み始めた企業は少なくない。本稿で取り上げた,サンスター株式会社の健康経営の取り組みそのものからイノベーションを創出し,企業価値・ブランド向上を実現する,いわば「健康経営ブランディング」は,マネジメントファッションとして単なる流行の経営手法で終わらずに企業価値・ブランド向上につなげる好事例といえる。驚くべきは健康経営やCSVといった言葉が世に出る前,つまりMFとして生成される前から,取り組まれていることである。

謝辞

本稿の執筆に当たり,サンスターグループ代表金田善博様,一般財団法人サンスター財団専務理事小泉裕美様,同財団健康推進室心身健康道場長佐藤雄彦様,サンスターグループ人事・総務部課長橋本康生様,マーケティング本部ヘルスケアマーケティング部長小林史明様,同本部健康道場ブランドマネージャー鶴見利江様,新規事業開発本部新規事業開発プロジェクトマネージャー森泉知巳様,サンスタービジネスパートナー松永年文様には取材や資料提供などにご協力いただきました。誠に有難うございました。

※所属部署・役職は取材当時のものです。

1)  健康経営銘柄選定および健康経営優良法人(大規模法人部門)認定の判断材料となる健康経営度調査の回答企業数は年々増加している。

2)  株式会社丸井グループ「共創経営レポート2017」

http://www.0101maruigroup.co.jp/ir/pdf/i_report/2017/j/i_report2017_12.pdf

3)  当時勤務していた看護師がテレビで竹熊氏の取り組みを見て感銘を受け,何度も手紙を出し,3回目に返事を貰い,金田博夫社長(当時)とともに竹熊氏が運営する熊本県の菊池養生園を訪問した。竹熊氏より大阪の甲田光雄氏への紹介状を貰い,甲田氏との縁につながっている。

4)  発起人メンバーの妻達は学んだ献立を自宅でも再現し,日常生活に取り込める食事献立・調理法であるかを検証したという。

5)  1994年にサングルト株式会社を売却している。

高橋 千枝子(たかはし ちえこ)

武庫川女子大学経営学部設置準備室教授。三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社チーフコンサルタント兼務。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。著書に『これからの人と企業を創る健康経営』(共著,NPO法人健康経営研究会,2015年)。

References
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  • Mitsubishi UFJ Research and Consulting. (2007). CSV keiei ni yoru sijou souzou—CSV approach de stakeholder to win-win kankei kouchiku. Nikkagirensyuppan.(三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2007).『CSV経営による市場創造―CSVアプローチでステークホルダーとWin‐Win関係構築』日科技連出版社.)(In Japanese)
  • Okada, K., & Takahashi, C. (2015). Korekara no hito to kigyou wo tsukuru kenkokeiei. Kenkokeiei Kenkyukai.(岡田邦夫・高橋千枝子(2015).『これからの人と企業を創る健康経営』健康経営研究会.)(In Japanese)
  • Porter, M. E., & Kramer, M. R. (2006). Strategy and society: The link between corporate social responsibility and competitive advantage. Harvard Business Review, Dec, 78–92.
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