マーケティングジャーナル
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特集論文 / 招待査読論文
オムニチャネル時代における消費者行動の基本理解
― コミュニケーションチャネル利用とエンゲージメント行動に焦点を当てて ―
太宰 潮西原 彰宏奥谷 孝司鶴見 裕之
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2020 年 40 巻 2 号 p. 42-52

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Abstract

小売業にオムニチャネルという言葉が登場して10年近くが経ち,その間小売業がインターネットやモバイルデバイス上のアプリなどを介してマーケティングを行うことは一般的なものとなった。しかし,デバイスや通信方法がいかに進化しようとも,自社が管理もしくはアプローチ可能なチャネルを介して顧客とやり取りをするという基本は変わらない。本論では,オムニチャネル環境下において,アプリ利用などのエンゲージメント行動の理解促進を目的とし,マルチチャネル研究の知見を応用することで,小売業の評価や既存の顧客指標との関連を探索した。その結果,ショールーミングなどの経験がオムニチャネル戦略を行う企業の評価を高めること,エンゲージメント行動はRFMなどの既存指標と強く相関をするが,売上増の要因となるのは来店頻度がより高まることにあること,複数のコミュニケーションチャネルを利用することで,来店に相乗効果が生まれることなどを示した。また自社保有チャネル外の分析例からは,小売業のアプリ利用の前後に,ポイント獲得が主目的と考えられる他社アプリを集中的に使うセグメントの存在などを示し,エンゲージメント行動を行う顧客の多角的な理解を進めた。

Translated Abstract

In this paper, we applied several findings from multichannel research to understand customer-engagement behaviors, such as app use in an omnichannel environment, and explored the relationship between these behaviors and customer or retailer evaluations. Our research indicated that showrooming or webrooming enhances the reputation and engagement of companies implementing an omnichannel strategy. Especially, engagement behaviors correlated strongly with customer evaluations such as RFM. Also, a customer who showed a high level of engagement was more likely to visit a store, resulting in increased sales. Furthermore, our results show that use of multiple communication channels creates a synergistic effect on store visits. Finally, our analysis of outside channels, which are not controlled by the company, showed the presence of customers who intensively used other companies’ apps for earning points, before and after use of the company’s channel primarily for the purpose of earning points.

I. はじめに

スマートフォンを中心としたモバイルデバイスやアドテクノロジーの普及,そしてコロナウイルス感染拡大に伴い,消費者がいつでもどこでも,もしくは自宅に居ながらにして情報収集や購入,そして受取りなどを行える環境作り,すなわちオムニチャネル環境の整備が小売業を中心に進んでいる。

オムニチャネル化が進行することによって消費者行動はもちろん,消費者とのコミュニケーションもより複雑・多様化しているが,現在はあらゆるチャネルにおける顧客経験をカスタマージャーニーという時間軸で捉え,「絆」もしくはネット上の反応などと捉えられるエンゲージメントの獲得や醸成を目指すことが議論されている。しかし,オムニチャネル時代おける消費者の多様な行動やエンゲージメントがどのように既存の成果に影響するのか,自社管理の外にあるチャネル利用はどのように影響するのか,といった基本的なリサーチ・クエスチョンにはコンセンサスが得られていないのが現状である。

本研究は主に小売業を対象として,オムニチャネル時代における消費者による特徴的な行動と,エンゲージメント行動に焦点を当て,これらの行動について検討すると共に,仮説検証型ではなく探索的なアプローチから,アンケート結果,企業のデータ,そして消費者シングルソースデータという多様なデータに基づきながら,上記のリサーチ・クエスチョンに答えを出してゆく。

II. 現状・レビュー

1. 社会背景・現状

オムニチャネル時代においては,これまで消費者側が組み合わせていたチャネルの横断的な利用から,企業側がチャネル間の行き来を促すことで,ショールーミングやWEBルーミングといった行動が当然のように見られるようになった。また,マーケティングや顧客の文脈で語られるエンゲージメントは,実務においては,WEBサイトやソーシャルメディア,もしくはモバイルアプリケーション(以下アプリ)上における企業側のコミュニケーション施策に対する消費者の反応(「いいね」を押す,リプライ・リツイートをする等)として捉えられることが多い。本節ではこれらの行動が起こるWEBサイトやアプリもチャネルのひとつという観点から,オムニチャネルという言葉をまず振り返ってゆく。

オムニチャネルという言葉は米国を中心に2010年頃から広がっていった。その背景や初期における変遷はYamamoto(2015)などに詳しいが,日本では2013年後半に大きく話題が広がり,2015年にセブン&アイグループがスタートさせた「Omni7(オムニセブン)」が注目を集め,日本における小売流通専門誌や書籍でも同年からこの言葉が多く登場している。オムニチャネルという言葉の定義としては,Kakui(2015)Okutani(2016)などでも議論があるが,本論ではKondo(2015, 2018)による「すべてのチャネルを統合し,消費者にシームレスなショッピング経験を提供する顧客戦略」を用いる。

2018年の米国におけるレポート「MCM Outlook Survey 2018」(Multichannel Merchant, 2018)によれば,「自社のオムニチャネル・ビジネスは利益を生む」と回答した企業は,2016年の45%から2017年には58%と多数派となった(Garcia, 2018, p. 8)。これらの数字からは,オムニチャネル環境の整備は企業の業績に貢献する段階に入った,と言えるだろう。

企業事例としては既に数多くのケースが紹介されているが,無印良品やカメラのキタムラなどをはじめとした多くの企業が,実店舗への来店,WEBサイト訪問,ECサイトにおける購入,スマートフォンによるアプリ利用,SNS利用,イベントへの参加などを連動させていることなどが,雑誌記事や書籍などで語られている。

その中でも,アプリやWEBサイトなどを通じて顧客とコミュニケーションを行うことや,実店舗のみならずECサイトや他のチャネルにおける顧客との接点や顧客の行動を知ることが重要であると指摘されている。先に挙げた企業の例では,実店舗とECサイトの双方の成果を掴むための「EC関与売上」1)による評価といった社内的な対応が組織運営に効果的とされる。その他にもアプリ利用者の客単価が倍になる,実店舗への来店客数が増加する,WEBサイトやアプリを通じて商品に対してお気に入り登録など何らかの行動を起こした顧客の4割超が来店し,3割程度は実際に購入を行う,といった事例が報告されている。こうした企業の事例からは,成果測定指標の作成や在庫情報などの経営側の情報を統率することも含め,顧客戦略としてだけでなく,経営戦略全体としてオムニチャネルを多角的に捉える必要性があることがわかる。

しかし一方で,複数のチャネルがシームレスに連携することの難しさと,顧客の行動を把握できる範囲がLemon and Verhoef(2016)が顧客経験を捉える枠組みとして提示する中の,自社の管理が可能な「ブランド・オウンド」タッチポイント2)に限られている様子も散見された。

筆者らによる国内アパレル企業へのヒアリングからは「チャネル統合はまず自社チャネルが最優先」という意見を聞くことができたが,成功事例として取り上げられるケースであっても,まずは自社チャネルが管理や分析の対象であり,自社の管轄外を含む複雑なチャネル統合やそのチャネルにおける消費者の分析は思うように進んでいないことがわかった。IT基盤をベースとするチャネル統合の難しさは,各業界を代表する企業352社による調査であっても,「販売チャネルでシームレス且つ一貫した経験を提供できている」という項目に回答をした企業は25%という数字の低さに表れている(Garcia, 2018, p. 10,元出典:Brightpearl and Multichannel Merchant, 2017)。そのため,シームレスなショッピング経験をもたらすチャネル統合や,自社内外のチャネルを介して行われる消費者による行動,そしてエンゲージメント行動に焦点を当てることには意義が見出せる。

2. オムニチャネル研究について

インターネットが登場する以前の比較的早期からダイレクトマーケティングの分野で,コールセンター,カタログ,ダイレクトメールなどの各チャネルにおける購入などが語られてきた(Rudy, 1985等)。インターネットの登場以降の議論としては,「クリック・アンド・モルタル」(Gulati & Garino, 2000等)のテーマからはじまり,マルチチャネル研究,クロスチャネル研究から,ショールーミング(Rapp, Baker, Bachrach, Ogilvie, & Beitelspacher, 2015)などを含むオムニチャネル研究へという流れがあり(Verhoef, Kannan, & Inman, 2015),「マルチチャネル・ショッパー」(Kumar & Venkatesan, 2005)などの研究テーマも存在する。

先のKondo(2015, 2018)や,顧客管理の視点から包括的なレビューを行ったOsera(2015)のまとめによると,オムニチャネル研究におけるひとつのテーマに「複数チャネルを利用する顧客の優良性」がある。このテーマに取り組んだ研究としてはBlattberg, Kim, and Neslin(2008)Neslin et al.(2006),国内で非常に参考になる研究としてはMatsuda(2017)などがあるが,基本的にはより多くのチャネルを利用して購入を行った顧客は優良性が高いことが知られている。Matsuda(2017)は実データの詳細分析から,優良性が高まるのは1回当たりの購入個数や,1回当たりの購入金額,1点当たりの金額でもなく,来店回数が増えることがマルチチャネル顧客の優良性の要因であると指摘している。

しかしこれらの既存研究においては,オンラインとオフライン(≒実店舗)の両チャネルや複数のチャネルを「販売チャネル」として捉えていることが多く,購入外の行動についての知見がまだ不足していることが指摘できる。オムニチャネル時代には,チャネルは,販売チャネルのみならず,コミュニケーションチャネルでもあり,これらを明確に識別することが難しくなっている。スマートフォンやアプリのようなデバイス・ツールやSNSなどを含む多様なタッチポイントにおける何らかの反応や,購入前後における複雑な顧客経験もしくはカスタマージャーニーの理解,そして顧客エンゲージメントのマネジメント等が語られることからも,チャネルを購入・販売にのみ限定する時代は終わったと言える。従って,企業は今後,販売チャネルに加え,コミュニケーションチャネルとしてオムニチャネルを捉え,そのチャネルにおける行動を分析してゆくことが求められる。

またエンゲージメントという言葉については,組織心理学や教育心理学,広告論や消費者行動研究などにおいて注目を集める概念であり,マーケティングにおいては,先述した企業によるソーシャルメディア上の投稿に対する消費者の「いいね」を押すなどの行動として捉えられるメディア・エンゲージメントもあるが,本論では「顧客エンゲージメント」を議論の対象とする。

Nishihara(2019)は,顧客エンゲージメントはその行動面と心理面の両面から捉えられるべきと述べているが,本論では行動面に主な焦点を当てる。購入以外の行動面においては先に挙げた例のほかに,オンラインでは当該企業に関わるクチコミや写真ないし動画の投稿,アンケートへの回答,他者の投稿へのコメントなどがあり,オフラインにおける行動では,キャンペーン・イベントへの参加といった行動や家族や友人などへの推奨などが挙げられている。

小売企業はオムニチャネル戦略を通じて,自社内外のコントロールの程度が異なるチャネルやコントロール外のチャネルを連携させることで,顧客との接点と統合的な顧客経験のマネジメントを行っていくことが重要である。前節の議論を含めると,エンゲージメントにおいても自社が管理可能なチャネル以外を含めた顧客理解が求められることになり,そのためにもオムニチャネル環境下における消費者行動の基礎的な知見を得ることが欠かせないと考えられる。

以上の現状と先行研究から,大きく次の2点がオムニチャネルにおける顧客理解の課題として指摘できる。1つ目の課題は,自社がマネジメント可能な自社チャネルの範疇外の行動把握例が少ないこと。2つ目の課題は,購入を必ずしも伴わない,コミュニケーションチャネルを介して表出する行動面のエンゲージメントの知見が不足しており,既存の購入に関わる指標とどのような関係にあり,既存の知見がどのように応用できるのか,などの研究例が不足していることである。

本論ではこの2つの課題を踏まえ,また冒頭で記した,オムニチャネル時代における多様な行動やエンゲージメントがどのように既存の成果に影響するのか,自社管理の外にあるチャネル利用はどのように影響するのか,というリサーチ・クエスチョンを踏まえ,大きく3つの調査結果を提示する。まず実証の1つ目として,アンケートデータをもとにオムニチャネル時代の消費者行動の概要を把握する。実証1では特に,ショールーミングとWEBルーミングというオムニチャネルにおける象徴的な行動に焦点を当て,消費者によるこれらの行動が企業評価に繋がっているかを示す。次に実証の2つ目としてオムニチャネルを展開する企業の顧客データから,エンゲージメント行動と既存の購入に関わる指標との関連を示すと共に,販売チャネルに関わる既存研究の知見をコミュニケーションチャネルに対して応用することを試みる。そして実証の3つ目として,調査会社が保有するシングルソースデータをもとにした,自社の管理範疇外のチャネル利用によって明らかになった顧客行動の例を示す。

以降では3つの実証結果を章に分けて説明してゆく。

III. 実証1:オムニチャネル時代の消費者行動把握と企業への影響

本節ではアンケートデータから,オムニチャネル時代の消費者行動の概要把握を,特にショールーミングとWEBルーミングに焦点を当てて示す。またそれらの行動が企業評価に繋がっているかを確認する。

調査は,オムニチャネル環境下において特徴的な消費者行動把握と企業への影響確認を目的として,2017年7月に日本マーケティング学会・オムニチャネル研究会が実施した。留置調査法によって収集され,対象エリアと被験者は首都圏30 km圏,15–65歳の男女,750人(男女比:男51.3%,女48.7%,年代比:10代6.4%,20代17.5%,30代21.5%,40代26.8%,50代17.7%,60代以上10.1%)となっている。

まずオムニチャネル環境下における行動として,ショールーミングとWEBルーミングの経験者についての情報を記す。ショールーミングの有無を尋ねたところ,200人,割合にして26.7%が経験者であった。対比されることの多いWEBルーミングの有無を尋ねたところでは,経験者は148人(19.7%)という結果となった。なお,ショールーミングはスマートフォンの利用時間と大きく相関し,平日の利用時間が1時間程度だと経験者率は20%程度であったものが,4時間以上になると,倍以上の40%ほどとなること,50–60代は経験者人数が少なくなるが30–40代では20代に比べて経験者人数は大きく減らないことを付記しておく。

この数字を他の調査データと比較してみると,例えばクロス・マーケティング社が行った調査(Cross Marketing Inc., 2014)では,ショールーミング経験者は16%となっており,時間経過増を踏まえても妥当なところではないかと思われる。しかし,日本通信販売協会(JADMA)が2015年に行った調査「リアル店舗vsネット通販」では,家電購入におけるショールーミング経験者は60.1%となっており,カテゴリーによって大きく数字が変わることは注意をすべきである。検索に関わる行動が具体的な商品購入に影響することは,実証の3つ目でも紹介をする。

次に,ショールーミングやWEBルーミングが,その戦略を実践している企業への評価などにどう繋がっているかの把握を行う。本調査では実店舗を全国展開しており,ECやアプリなどの多様なチャネルを保有している小売業A社(以下A社と表記)を取り上げた。被験者には実際の企業名を示している。

まず,Kotler, Kartajaya, and Setiawan(2016)が,意思決定モデル「5Aモデル」の最終段階に「Advocacy(推奨)」を示していることや,Lemon and Verhoef(2016)も目的変数として注目をしている他者推奨(NPS; Net Promoter Score)を参考にし,ショールーミング・WEBルーミングとの関連を確認した。またここでは,A社を他の人に薦めたいと思うかの有無と,各チャネルの利用を確認する。

A社を他者に推奨する意図があるのは750人中113人(15.1%)であった。実店舗,ECサイト,アプリというチャネル利用経験ごとに他者推奨意向がある消費者の比率を確認すると,A社の実店舗での購入経験がある480人中では96人(20.0%),A社のECでの購入経験がある49人中では17人(34.7%),A社アプリの利用経験がある68人中では29人(42.6%)と,それぞれ他者推奨比率が高まる結果となり,ECでの購入経験とアプリ利用の双方がある18人中では10人(55.6%)に他者推奨意向が確認された。

ここから,実店舗,ECサイト,アプリともに,各チャネルを利用しているほど,また利用するチャネルが多いほど,他者推奨が高まることが確認できる。A社に対する関与が高いと思われる顧客としては当然のこととも考えられるが,オムニチャネル戦略の実践と,他者推奨という企業の評価については一定の関係があることがわかった。

次に,A社に限らないショールーミングやWEBルーミング経験の有無と,A社に対する行動や意識の関連を表1に示す。A社に限らない一般的なショールーミングとWEBルーミング経験の有無で4群(両方有=74人,ショールーミングのみ有=126人,WEBルーミングのみ有=74人,両方無し=476人)を切り,A社への行動と意識(よく知っている,好きだ,利用できなくなったら不安,等)の差を確認した。「両方無し」の群が多いことに注意されたい。表1に示す結果の通り,ショールーミングとWEBルーミングの2つの行動経験があると,A社の行動面(実店舗利用,ECサイト利用,アプリでの各種操作)が向上することに対して,F値による統計的有意差が確認できた。一方で,意識面までは明確な差をもたらしていない結果となったが,オムニチャネル環境下におけるショールーミングおよびWEBルーミングを行ったという経験と,オムニチャネル戦略を実践している企業への消費者の行動が確認できたことは,今後企業がオムニチャネル化を推し進める際の効果を示す根拠の1つとなるだろう。

表1

ショールーミング・WEBルーミング経験者とA社の行動・意識

(SR=ショールーミング,WR=WEBルーミングの略。*: p<0.1, **: p<0.05, ***: p<0.01)

1において,ショールーミングやWEBルーミング経験の有無によりA社への評価のうちの認知と選好に対して差が出なかった理由としては,A社が比較的安価な商品も取り扱っていることや,A社ではなく一般的なショールーミングやWEBルーミングとして確認したことが原因として考えられる。

IV. 実証2:エンゲージメント行動と既存指標・既存知見との関連

1. エンゲージメント行動と既存指標との関連

本節では,コミュニケーションチャネルにおけるエンゲージメント行動の基本的な構造や既存の指標との関連を論じる。次節においては,購買チャネルを前提としたマルチチャネル研究において明らかになっている知見がオムニチャネルにも応用できるかを,小売業の顧客行動データから探索する。

本節で用いるデータは,国内に実店舗を展開し,ECを含むWEBサイト,アプリなど複数のチャネルを有した小売業の顧客の行動データである。

2015年以降の約2年間,当該小売業にユーザー登録をしてIDが判別できる5万人の行動データを対象とする。直接的な購買以外のエンゲージメント行動として,WEBアクセス回数(ただしPCやモバイルなどデバイスの違いは考慮していない),購入日におけるアプリ起動回数,アプリで行える実店舗への物理的な来店もしくは近接回数(「来店スタンプ」機能や,「チェックイン」機能などで実装されていることが多い),ECサイト注文の店頭受取回数の4変数を取り上げる。

これらを直接的な購買外の行動としてエンゲージメント行動とみなし,広く用いられているRFM分析からMonetary(購入金額)とFrequency(来店回数)との関連を確認したものが表2である。各回数や金額はそれぞれのMonetaryの5分位に属する顧客が占める比率としている。

表2

Monetary5分位と各エンゲージメント行動

2の結果から,チャネルに関わるエンゲージメント行動とMonetary,それにFrequencyが強く関連することが確認できる。相関係数も各チャネル利用とMonetaryは有意な相関が確認されている。直接の購入につながらないアプリの来店・近接機能の利用なども,売上などと強く関連をしていることが確認され,エンゲージメント行動は購入金額や来店回数という既存の購入に関わる指標と強く相関することが確認された。

この結果は非常に単純であり,想定されるレベルかもしれないが,ここで注目したいのが「インセンティブを伴う行動」である。アプリ利用に何らかのインセンティブを設け,顧客の行動を促すことは企業の施策としてよく見られるが,この企業もアプリ利用による来店・近接行動にわずかではあるが金額換算が可能なポイントを付与している。

2では記載していないが,ごく一部に,Monetaryが非常に低いにも関わらず,来店・近接行動を非常に高頻度で行っている顧客の存在が確認された。この顧客群はポイント獲得を主目的としている可能性が大きく,このごく一部の顧客の影響によって,来店・近接行動と購入金額との相関係数は有意であるものの,これらのエンゲージメント行動の中では一番相関が小さい結果となっている。

この結果からは,エンゲージメント行動は総じていえば経営指標に相関をするものの,インセンティブが付与されている行動についてはポイント獲得などを目的とするセグメントが発生してしまい,そのごく一部のセグメントによって経営指標への相関や回帰が正しいものとならないことが指摘できる。インセンティブを目的としたエンゲージメント行動と,そうではないエンゲージメント行動を識別することも重要となる。このセグメントの存在については,シングルソースデータの分析結果でも再度紹介する。

2. 既存研究の応用:優良性の確認

既存研究からは,マルチチャネル化(=複数の販売チャネルを利用)した顧客が売上額という面で優良となるのは,一点当たりの単価や買上げ点数や購入点数などよりも,来店回数が増えていることが強い要因であることが指摘されていた(Matsuda, 2017)。この点が複数の販売チャネル利用のみならず,複数のコミュニケーションチャネルでも起こるのかを確認するために,WEBサイトへのアクセスと,オムニチャネルを代表する行動であるアプリ内の来店・近接行動に着目した。

2つのチャネルへの接触行動の有無から4つの群を作り,実店舗への来店回数との関連と,そもそも来店回数が多い顧客が複数のコミュニケーションチャネルを利用するかを確認した。WEBサイトへのアクセスとアプリ内の来店・近接機能利用は,それ自体が購入ではなく,エンゲージメント行動として考えられる。

3は,Matsuda(2017)に従って,来店回数の影響を確認したものである。4つの群の顧客比率,平均購入金額,平均来店回数,1来店当たりの平均購入金額,1購入当たりの平均購入数量を示しており,顧客比率以外は,WEBアクセスと来店・近接行動が「両方なし」の群を1とした数字を記している。

表3

エンゲージメント行動と来店回数の関係

3からは,WEBアクセスとアプリの来店・近接行動機能を利用した顧客の平均購入金額が高いことがわかり,エンゲージメント行動をした顧客の優良性がここでも確認できる。さらに右側3列からは,1来店当たりの購入金額や,1購買当たりの購入数量は,4つの群で平均来店回数ほど変化していないことがわかり,平均来店回数が,平均購入金額を押し上げている様子がわかる。この結果はMatsuda(2017)が購買チャネルで示す結果とほぼ同様であるが,複数のコミュニケーションチャネルの利用でも,来店回数を上げていることが,結果として購買金額の多さに繋がることが確認できた。

続いて,同じくMatsuda(2017)で指摘されている知見の応用を試みる。彼の研究では複数の販売チャネルを使う以前から,来店回数が多い顧客が複数チャネルによる購入を行って「マルチチャネル化」することを示しているため,その枠組みに従い,WEBサイトアクセスと来店・近接行動という2つのエンゲージメント行動を行った(いわば「オムニ化」した)セグメントは,そのコミュニケーションチャネルを使う以前から来店回数が高いのか,を確認した。

1に示す2つの折れ線グラフは,4か月を1期間とし,第1期目(period 1:「p1」と表現)から第6期目までの計2年間の期間で,来店回数がどう変化したかを示したものである。左図が第3期目にはじめて,WEBサイトアクセスもしくは来店・近接行動機能の利用した顧客の動向を表現している。第3期目のWEBサイトアクセスの有無と来店・近接行動の有無で4つのセグメントを構成し,そのセグメントごとに各期間の平均来店回数を示している。右図は同じく第4期目にはじめてその行動をしたセグメントを表現している。

図1

エンゲージメント行動と来店回数(縦軸)の時系列変化

1から,コミュニケーションチャネルがマルチチャネル化する顧客は,それより以前の期も来店をしている様子がわかる。また,来店・近接行動だけでは効果が薄いが,WEBアクセスとの2つのコミュニケーションチャネルが来店回数に相乗効果をもたらしていること,その後に来店回数は漸減していくが,事後にも効果をもたらしていることも確認できる。この結果も,Matsuda(2017)が販売チャネルで行った結果と類似している。なお,第2,5,6期を確認しても,同様の傾向が確認されたことを付記しておく。

WEBサイトと来店・近接行動というコミュニケーションチャネルでは,常にWEBサイトへのアクセスのほうが,高い来店回数と関係があるということは,オムニチャネル行動もしくはエンゲージメント行動と考えられる顧客行動の中にも,来店回数により繋がりやすいタイプのものがあることが想定できる。Verhoef, Neslin, and Vroomen(2007)が行っているチャネルの属性評価のような研究が,今後さらに進展していくと考えられるオムニチャネル的行動にも行われることが望ましいだろう。

V. 実証3:自社の管轄外からみるエンゲージメント行動例

本節では,課題で確認された,自社の管理下のチャネル外の行動を知るために,特定企業のアプリの前後でどのようなオンライン上での行動が行われているかを探った。本節で用いる調査会社のシングルソースデータは,(株)インテージが保有する「i-ssp」である。データ期間は2016年前半の半年,エリアは首都圏(一都六県)である。このデータには,モバイル(Android端末のみ)によるWEBサイトアクセスと検索語,それにPCによるWEBサイトアクセスと検索語が取得されており,さらにモバイルアプリの起動ログも付与されている。人数は各利用デバイスのデータによって若干の違いがあるが,約5,000人前後となっている。このデータから,オムニチャネル戦略を実践している小売業2社が提供するアプリ利用の「前後10分間」の他社を含めた利用アプリやWEBサイトアクセスや情報探索行動を探った。

当該企業のアプリの利用前後10分間の行動内訳としては,他社を含めたアプリ利用が76.5%,モバイル端末によるWEBアクセスが21.6%,モバイルでの検索が1.9%となっており,圧倒的にアプリ利用が多かったため,当該小売業のアプリを利用する前後に使っているアプリの傾向を,全体の利用数順位との差によって確認した。

利用アプリの利用数上位は一般に普及しているSNSアプリやブラウザなどがランクインしたが,20位~50位付近などの順位が落ちたところに明確な違いが確認できた。それは,その小売業のアプリ以外の「ポイント獲得用アプリ」が数多くランクインし,数分間などの短い時間のうちに次々にそのアプリを起動していることがわかった。この行動は明らかなポイント・インセンティブ獲得目的と考えられる。なお,当該アプリの前後に閲覧しているWEBサイトを確認したところでは,大手ECサイト,GMSのセール情報,大手キャリアのポイントサイトなど,インセンティブ情報や価格比較,お得情報への情報感度の高さや,インターネット利用が価格検索に繋がる様子が確認できた。

企業は,他社アプリの起動状況は基本的に捕捉ができないため,自社アプリ利用前後のこうした行動からは,重要な示唆を得ることができる。金銭などへの換算が可能なポイント獲得を強い動機として,他社アプリを次々に起動してポイント獲得を行う消費者は,その小売企業目線からは「自社アプリを毎日起動してくれている顧客,毎日のように来店・近接行動をしてくれている顧客」,つまりエンゲージメント行動を頻繁に行っている顧客と見えてしまう。しかし,前述の通り,購入金額ランクが非常に少ないところにポイント獲得狙いのセグメントが存在していたように,そうした顧客は自社に売上を多くはもたらさないであろうし,自社に対するロイヤルティが低い可能性も考えられる。ポイントは引当金計上などで企業の利益を圧迫しかねないため,どのような人がポイント狙いであるかは把握すべきであろう。

なお,消費者による「自社の管理範疇外」の他の行動例としては,このシングルソースデータに付随するチョコレートの購入状況から,情報探索の可能性が高まるバレンタインデーの前後に期間を絞って情報探索行動と購入行動の関係を確認した。その結果,「チョコチップマフィン」といった具体的な検索や,そこから移動したと考えられるレシピサイトを確認したあとにチョコレートの購入が起こる(例:語句検索をし,レシピサイトをみた人の約4分の1以上がその後にチョコレートを購入している)といった能動的な情報探索の結果としての購入や,TVCFでチョコレートのCMに接触をした後の購入などが確認されたことを付記しておく。

VI. まとめと議論

本研究は,仮説検証型ではなく探索型の研究として,オムニチャネル研究における現状の課題を明らかにし,その課題に合わせたデータの提示を行ってきた。

まず現状として,オムニチャネルという言葉が叫ばれて久しいが,企業の多くは,管理可能な自社チャネル内のシームレスな統合もまだ十分に進んだとはいえない段階であることを確認した。そして,管理範囲外のチャネルにおける消費者や顧客の行動把握,販売チャネルも伴うコミュニケーションチャネルや,そのチャネルを介して表出する行動面のエンゲージメントについての知見がまだ充分に蓄積されていないことを課題として指摘した。

この課題を受け,まずアンケートから,オムニチャネルと併せて議論されることの多いショールーミングとWEBルーミングに焦点を当て,これらの行動を行っている顧客は,オムニチャネル戦略を実践する企業への行動面が高まることを実証1で示した。続いて実証2では,RFMという頻繁に用いられる既存の顧客の指標とエンゲージメント行動は強く相関すること,ごく一部であるがインセンティブ目的と思われるセグメントが存在すること,そして,エンゲージメント行動をとる顧客は来店回数が増えることが優良性の要因であることや,複数のエンゲージメント行動をすることの相乗効果,それより以前から来店があった顧客がエンゲージメント行動をする様子などを示した。そして実証3では,自社チャネル以外の行動把握という目的のため,シングルソースデータから,オムニチャネル戦略を実践する小売業のアプリを使う前後10分間の利用アプリ状況を調べ,ポイント獲得用アプリを使う一部のセグメントが存在することや,レシピサイト閲覧後の購入が起こっている様子などを示した。

以上の結果からは,実店舗を有す小売業としては,オムニチャネル戦略のひとつのカギが,多様なチャネルを介したコミュニケーションを通じて,実店舗への来店を促進させることにあると指摘できる。ツール利用においてインセンティブ獲得を設けている場合は,そのインセンティブのみを狙う層にはアプローチをしないことも検討すべきだろう。

本論では考慮,議論できていない関連テーマや要因も多い。コロナ禍を踏まえた消費行動の変化や,キャッシュレス決済やポイントの連携,仮想現実(VR)・拡張現実(AR),Beaconなどでの通信といった新しいテクノロジーなどのテーマは議論ができていない。オムニチャネルに大きくかかわる組織要因,小売企業の出店チャネルの出自の違い(実店舗が先か,ECが先か,等),大きな影響が考えられるSNS利用なども今回の議論対象ではない。しかし,今後新しいチャネルや顧客行動の把握が出てきたとしても,本研究のアプローチを応用し,例えば実証2で取り上げた,過去にどのような行動をした顧客が新チャネルを利用し,その相乗効果や持続効果はどこまで続くのか,といった形を,その新しいチャネルに適用できる。

オムニチャネルはバズワードなどともいわれることもあり,DX(Digital Transformation)やD2C(Direct to Customer)などの表現で語られるテーマと重なる部分もあるが,顧客とのやり取りが各種チャネルを通じてなされるという面は今後変わることはなく,まだ発展途上,普及の初期段階である。アプリが有す機能の進化から顧客理解も促進されるであろうし,コロナ禍においてはオンライン接客などの,今まではあまりなかった顧客に接する方法も行われつつある。今後もテクノロジーの進化などによって顧客の把握は深まり,顧客へのアプローチ方法も広がっていくだろう。しかしいくつかのチャネルを介して顧客とやり取りを交わしていくという基本は変わらないため,時代に合わせつつも,これまでの知見を応用した顧客の理解を蓄積していくことが,今後も求められる。

謝辞

本研究は,公益財団法人吉田秀雄記念事業財団の平成29年度第51次研究助成を受けて実施したものである。財団関係者の皆様,またデータを提供頂いた企業ご担当者様に,ここに記して厚く御礼申し上げます。

1)  インターネットでの注文を店舗で受け取った場合は店舗の成果とするが,各チャネルの適性な評価をするために,社内評価において,その売上同額をEC部隊の評価としてダブルカウントする方法。当時(株)キタムラでオムニチャネルを先導した逸見光次郎氏の提唱とされる。(参照:ECzine Editorial Depertment (Eds.). (2017).)

2)  Lemon and Verhoef(2016)は,顧客経験を捉えるタッチポイントとして4つの類型を提示している。自社で管理が可能なチャネルである「ブランド・オウンド」タッチポイント,パートナーと提携することでアクセスが可能となる「パートナー・オウンド」タッチポイント,消費者や顧客が有す「カスタマー・オウンド」タッチポイント,そして,それ以外の「ソーシャル・外部・独立」のタッチポイントである。後の2つは企業側からの管理が基本的に難しい。

太宰 潮(だざい うしお)

2001年学習院大学経済学部卒業後,(株)富士総合研究所を経て,2005年学習院大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。

2008年,同博士後期課程単位取得退学後,現大学・専任講師を経て現職。

専門は消費者行動論,プライシング,価格戦略等

西原 彰宏(にしはら あきひろ)

2007年関西学院大学商学部卒業後,2009年関西学院大学大学院商学研究科修士課程修了。

2012年同博士後期課程単位取得満期退学後,2013年同博士(商学)取得,亜細亜大学経営学部専任講師を経て現職。

専門はマーケティング・マネジメント,消費者行動論

奥谷 孝司(おくたに たかし)

一橋大学大学院経営管理研究科博士後期課程在学中

米ワシントン州州立ワシントン大学(University of Washington)卒業後,人材派遣会社勤務を経て,1997年株式会社良品計画入社。店舗勤務,商品開発,WEB事業を経験。2010年早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。2015年10月旧オイシックス株式会社(現 オイシックス・ラ・大地)入社。

執行役員,Chief Omni-Channel Officer。

2018年9月 株式会社顧客時間創業 共同CEO 取締役

鶴見 裕之(つるみ ひろゆき)

2007年立教大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了 博士(社会学)

公益財団法人流通経済研究所主任研究員を経て,2010年より横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授,2020年より現職。

専門はマーケティング,マーケティング・サイエンス

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