マーケティングジャーナル
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マーケティングケース
見せ方の変化とアンバサダーの起用による市場開拓戦略
― 変身した株式会社ワークマン ―
王 黎黎速水 建吾恩藏 直人
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2021 年 41 巻 1 号 p. 120-129

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Abstract

近年,作業服市場の成長鈍化に対応するため,株式会社ワークマン(以下ワークマン)は作業服市場で蓄積したノウハウを活用し,高機能低価格の製品で4,000億円のアウトドアウェアという空白市場を切り開いた。本稿では,ワークマンが今日の成功を収めるまでに抱えてきた課題とその解決策を紹介したうえで,ワークマンのマーケティングの卓越性である「見せ方の変化」と「アンバサダーの起用」という二点に注目する。最後に,ワークマンが抱える今後の課題について議論する。

Translated Abstract

To cope with the low growth rate of the workwear market in recent years, Workman Co., Ltd. started to apply their experience in this market to produce outdoor clothing. By providing high-performance and low-cost products, Workman has succeeded in opening a 400-billion-yen blank market for outdoor clothing. In this paper, we first discuss challenges that Workman faced in the process of achieving this success and the methods used to meet these challenges. We conclude that the success of Workman can be attributed to two key points: product presentation and appointment of ambassadors. At the end of the paper, we discuss some issues that Workman may face in the future.

ワークマンプラスさいたま佐知川店

出典:Workman Co., Ltd.より提供

I. はじめに

新型コロナウイルス感染症の世界的なパンデミックにより,さまざまな業界が打撃を受けている。株式会社帝王データバンクによる「新型コロナウイルス関連倒産」の調査によると,2021年2月12日の時点で,新型コロナウイルス感染症の影響による倒産は,法人と個人事業者を含め全国で1,021件に上るとされている1)。業界別に見ると,アパレル業は飲食業の次にもっとも倒産した企業が多い業界である。多くのアパレル関連企業が新型コロナウイルス感染症の深刻な影響を受けるなか,同じアパレル業界に身をおきながら,2020年3月末から2021年1月末までの間に,営業利益を増加させ,34の新店舗を開店した企業がある。株式会社ワークマン(以下,ワークマン)である。

ワークマンは作業服市場で40年近い歴史を有し,圧倒的な店舗数と高機能で低価格な製品によって同市場の首位に立っている。しかし近年,同社は作業服市場全体の成長鈍化という課題に直面した(Tsuchiya, 2020)。この課題に対応するため,ワークマンは低価格でより高機能な製品の開発,ターゲットセグメントの拡大,店舗イメージの変革という施策を段階的に実施した。その結果,2020年3月期にはチェーン店全体(「ワークマン」と「ワークマンプラス」を含める)の売上が1,220億円に上昇し,前年同期比31.2%増となった(図表1)。さらに2021年3月期は,1,466億円の売上を達成した。

図表1

チェーン店全店売上

出典:Workman Co., Ltd.(2021a)から引用2)

本稿ではワークマンが今日の成功をおさめることができた理由を明らかにするために,ワークマンの戦略策定に深くかかわる土屋哲雄専務にインタビューを実施した。

II. ワークマンの沿革3)

1980年に,株式会社いせや(現株式会社ベイシア)の一部門として,群馬県伊勢崎市に現在のワークマンの前身となる「職人の店ワークマン」第1号店が開店した。そして1982年,株式会社ワークマンとして株式会社いせやから独立することで,現在のワークマンは設立された。同年,群馬県高崎市に流通センターを開設し埼玉県に「ワークマン」が初出店した。それ以降,同社は作業服や作業用品に特化したフランチャイズ・システムを活用することによって猛烈な勢いで店舗数を増加させ,1988年に100店舗を,1992年に200店舗を達成した。その後,2013年にはオンラインでの製品販売も開始した。

2014年には作業服のPB(プライベート・ブランド)製品を展開し始めた。さらに2016年,同社は用途別の土木建築業等に関わらない一般顧客向けのPB製品を展開し始めた。それらはアウトドアウェアの「FieldCore」,スポーツウェアの「Find-Out」,レインウェアの「AEGIS」である。またより多くの一般顧客を獲得するために,2018年には,一般顧客向けの新業態である「ワークマンプラス」をスタートさせた。さらに女性の顧客層を拡大するために,2020年には女性の顧客を主要なターゲットとした「#ワークマン女子」という新業態に乗り出した。これらの取り組みの結果,2021年1月末の時点で,同社の店舗数は902店舗となり,アパレル首位であるユニクロ(株式会社ファーストリティリング)の国内店舗数を上回った。

III. ワークマンが抱えた課題とその解決策

1. 課題一:作業服市場の縮小とその解決策

ワークマンは長期にわたり作業服市場で首位の座に君臨し,第2位の企業との差は非常に大きくなっていた。作業服市場において安定した利益をあげるワークマンであったが,継続的な成長を遂げるためには大きな課題があった。その課題とは,同社の主要な顧客である建設作業員らの高齢化を背景とした職業従事者の減少によって,作業服市場全体の売上規模が縮小していることである。同社がこれまで通りに作業服市場に集中した場合,「たとえ2025年に店舗が1,000店を達成しても,売り上げは1,000億円が限界」という見通しだった(Tsuchiya, 2020)。さらに,アマゾン(Amazon.com, Inc)などを筆頭とするネット小売企業の台頭や巨額の資本を有する巨大企業の作業服市場への新規参入による脅威も危惧された(Tsuchiya, 2020)。

作業服市場の成長の限界という課題に対処するため,ワークマンは製品開発力を高めることに注力し,他社が5年間は追随することができない「ダントツ製品」の開発を目標とした。そして「ダントツ製品」を開発するために,同社は他部門の人員を徹底的に抑え,製品開発部門のみ人員を5年間で3倍に増加させ,外部からデザイナーを呼び込んだ(Tsuchiya, 2020)。その結果,「ワークマンベスト」という,優れたデザインを有しながら高機能で低価格なPB製品の開発に成功した。

2. 課題二:売れ行き不調とその解決策

しかし,「ダントツ製品」の開発は,ワークマンの売上に年率3%から4%程度の成長しかもたらさなかった(Tsuchiya, 2020)。こうした状況を打開すべく,ワークマンは顧客の購買傾向の分析や店舗に勤務する従業員へのヒアリングなどの調査を徹底した。その結果,建設作業員向けの製品を土木建築業等に関わらない一般顧客も購入していることが明らかになった。例えば,雨天時に作業員が建築現場で使用することを念頭に置いて開発された防水ウェアはバイク愛好家も購入しており,耐滑加工された作業靴は一般女性にも購入されていた(Tsuchiya, 2020)。このように,土木建築現場の作業員らに向けて作られた同社の高機能製品は,一部の一般顧客にも支持されていることが明らかになった。

一般顧客のニーズを発見した後,ワークマンは自社の製品を「作業服」から「高機能ウェア」に定義し直し,アウトドアウェア市場に進出することを決めた。同社がアウトドアウェア市場に進出した理由は,リーマンショック以降の景気後退を背景に,建築現場において画一化された作業服が建築会社から作業員に支給されなくなり,作業員らが個人でファション性の高い作業服を購入するようになったことによって,作業服とアウトドアウェアの垣根が低くなったことがあげられる。また作業服市場とアウトドアウェア市場は,機能性ウェアという製品特性において共通していたことも同社がアウトドアウェア市場に進出することを後押しした(Tsuchiya, 2020)。

アウトドアウェア市場への進出を決めたワークマンは,同市場に対する徹底した分析を行った。機能性と価格でアウトドアウェア市場を細分化すると,高機能で低価格というセグメントに4,000億円の空白市場を発見した。高機能で低価格な製品によって作業服市場の首位を走り続けるワークマンには,この空白市場をうまく埋める自信があった(Tsuchiya, 2020)。

しかし,同社は一般顧客向け製品の開発における経験に乏しく,一般顧客向け製品の開発は同社にとって未知の領域であった。そのため,一般顧客に向けた製品開発の糸口を探ることを目的に,2016年9月に,バイカーやキャンパーを本業とする個人ブロガーに向けた新製品説明会を初めて開催した。新製品説明会の現場で直接ブロガーたちに意見を求めることに加えて,製品を持ち帰らせて,実際に使用してもらい使用後の感想を尋ねた。そして,ブロガーからの率直な意見を受け,ワークマンはそれらの意見を製品開発に全面的に反映した。その結果,一般顧客のニーズを的確に捉えた製品が開発された。

3. 課題三:定着したイメージとその解決策

一般顧客を巻き込んで製品開発を行ったことにより,開発されたPB製品は,一般顧客のニーズを的確に捉えることができた。しかし,当時の既存「ワークマン」店舗は建設作業員向けの専門店であるという認識を一般顧客が強く有していたため,一般顧客が入店しづらいというイメージが残っていた。そのため,一般顧客が入店しやすい自社イメージを作り出す必要があった(Tsuchiya, 2020)。

そこでワークマンは,「ワークマンプラス」という一般顧客を対象とした新たな業態の店舗を立ち上げ,店舗の内装および製品の展示方法を大きく変えることによって,既存のイメージを変化させるという戦略を実施した。具体的な方法として「ワークマンプラス」第1号店では,これまで積極的に利用していなかったマネキンや全身鏡を設置し,広い試着室を用意した(Tsuchiya, 2020)。また,作業員向けの「ワークマン」店舗では無機質さを重視しているため,寒色の照明を用いていたが,「ワークマンプラス」では一般顧客に暖かさや親しみやすさを演出するために,暖色の照明を使用した。その結果,同社は既存イメージを変えることに成功し,「ワークマンプラス」第1号店は,開店後わずか3か月で当時予測された1年分の売上を達成した(Tsuchiya, 2020)。

さらに同社は,「ワークマン」と「ワークマンプラス」の違いを一般顧客により明確に示すため,2020年3月26日,「ワークマン さいたま佐知川店」をリニューアルし,時間帯に合わせて店舗の照明や製品の展示方法などを変える初の店舗である「ワークマンプラス さいたま佐知川店」をオープンした。同店舗では早朝や夕方といった作業員らが多く来店する時間帯を「ワークマン」,昼間の一般顧客が多い時間帯を「ワークマンプラス」に切り替えている。「ワークマンプラス さいたま佐知川店」では,陳列や照明といった視覚に関する刺激に訴えかける方法の他に,店舗のBGMや香りなど聴覚や嗅覚に関する刺激を活用した手法も用いている。

同社がこうした取り組みを実施した背景について,土屋専務は既存店舗のイメージを変革するために「自分たちがおこなってきたことの全否定が必要だった」と語る。さらに特筆すべきは,「ワークマンプラス」の開店にあたって新しく開発された製品は一つもなかったという点である。2018年9月,東京都立川市のショッピングモール「ららぽーと立川立飛」に開店した「ワークマンプラス」の1号店で取り扱った製品は,既存の「ワークマン」店舗の1,700製品から,デザインが派手で一般顧客も利用可能な320製品に絞り込んだものであった(Tsuchiya, 2020)。すなわち,全く同一の製品を扱っているにもかかわらず,店舗の内装や製品展方法を変化させることで,一般顧客の既存イメージを一新することに成功したと言える。

4. 課題四:女性顧客の取り込みとその解決策

「ワークマンプラス」の取り組みによって一般顧客を獲得した同社であったが,「ワークマン」および「ワークマンプラス」は男性的な店舗で,女性が入店しづらいという課題が残されていた(Tsuchiya, 2020)。そのため女性顧客を獲得するために,同社は女性をメインターゲットとした「#ワークマン女子」という新業態に乗り出した。

「#ワークマン女子」店舗では,女性顧客に受けいれられる店舗を作り出すためにアンバサダー制度が活用された。ワークマンのアンバサダー制度とは,同社の製品を愛好し,インターネットで自主的に製品を紹介する熱狂的な顧客を正式に自社のアンバサダーとして任命し,製品開発やPR活動,店舗のデザインなどを共同して取り組む制度である。また,アンバサダーには金銭的な報酬を支払わないため,ワークマンとアンバサダーに金銭的なつながりはない。この制度は2019年にワークマンにより本格化された。

「#ワークマン女子」では,店舗の名称から店舗の内装デザインや製品展示の決定にいたるまで,女性のアンバサダーの意見を全面的に反映した。例えば,「#ワークマン女子」という店名はアンバサダーの着想に基づくものである。また,来店者がSNSで情報を発信することのできるフォトスポットも,アンバサダーの意見に基づいている(図表2)。

図表2

「#ワークマン女子」店のフォトスポット

出典:左:筆者撮影 右:Workman Co., Ltd.より提供

「#ワークマン女子」におけるアンバサダーの役割は,店舗づくりにおける協同に止まらない。「#ワークマン女子」店内の人気製品に,アンバサダーのブログサイトやSNSにリンクされたQRコード付きのPOPを付与し,顧客がQRコードを読み取ると,アンバサダーによる製品説明の動画を閲覧することができる4)。それによりアンバサダーが発信した情報を実店舗での販売員による製品説明の代替としている。

さらにSNS等を用いたアンバサダーによる情報発信は,マスメディアによる店舗PRを代替する役割がある。アンバサダーは「#ワークマン女子」が開店する以前に,完成した新店舗に招待され,写真や動画で店舗情報をSNS等に投稿する機会が与えられた。ワークマンと金銭関係のないアンバサダーによってSNS等で共有された店舗や製品に関する情報は,消費者にとって信頼性が高い情報であると同時に,SNSの特性により乗数的に情報が拡散されるため,多くの顧客の関心を集めることができる。2020年10月16日,「#ワークマン女子」が横浜桜木町駅前の商業施設にオープンすると,女性客が押し寄せ3時間待ちの行列ができるほどとなり5),同社は女性顧客の獲得に成功した。

このようにアンバサダーは,ワークマンの新業態の展開にあたり重要な役割を果たした。ワークマンの公式サイトの紹介によると,店名に「#」をつけているのは,「#ワークマン女子」がSNSとリアルの一体化した店舗であることを強調するほか,同時にユーチューバーやブロガーからなるアンバサダーの役割が大きいことも強調するためであるという6)

IV. ワークマンのマーケティング・エクセレンス

製品の「新規・既存」,市場の「新規・既存」という2軸で,アンゾフは企業が事業の成長や拡大を図るための成長戦略を提示している。既存の市場で既存の製品を販売する戦略は「市場浸透」,既存の市場で新しい製品を販売する戦略は「製品開発」,新しい市場で既存の製品を販売する戦略は「市場開拓」,新しい市場で新しい製品を販売する戦略は「多角化」である(Ansoff, 1957)。

ワークマンは「ワークマンプラス」と「#ワークマン女子」という新しい業態を次々と展開し,新しい市場を切り開いたが,それらの店舗において販売している製品は同一である。そのため,ワークマンは「市場開拓」を核に事業成長を図ったと考えることができる。既存の製品でありながら陳列方法の変更によって新市場の開拓に成功した点は,まさにワークマンのマーケティング・エクセレンスである。また同社の巧みに設計されたアンバサダー制度も,優れた店舗環境の創出やPRにおいて非常に重要な役割を果たしており,同社のマーケティング・エクセレンスといえる。

1. 見せ方の変化

前章で述べたように,一般顧客が抱く既存のイメージを刷新する方法として,ワークマンは新しい製品を開発したのでなく,照明や陳列といった店舗環境を操作し,既存の製品の「見せ方」を変化させた。そして,同じ手法が女性顧客の獲得にも用いられている。「#ワークマン女子」店と「ワークマンプラス」第1号店では同じ製品を販売しているが,「#ワークマン女子」店は女性向けの店舗環境が作られている。

このように照明や陳列といった店舗環境を操作し,消費者の感覚に働きかける戦略は感覚マーケティング(sensory marketing,センサリー・マーケティングとも呼ぶ)と呼ばれている。感覚マーケティングとは,消費者の感覚に訴えることによって,消費者の知覚,判断,そして行動に影響を与えようとするマーケティングであると定義されている(Krishna, 2013)。ここで言う感覚は,視覚,聴覚,嗅覚,味覚,触覚の五感を指す。そのなかで,ワークマンが活用しているのは主に視覚,聴覚,嗅覚という三つの感覚である。

(1) 視覚的要素に注目した先行研究に基づくエクセレンスの分析

照明は店舗づくりにおいて非常に重要な要因であるとされている。照明の効果的な利用は顧客満足度の向上につながるだけでなく,顧客購買意向の増加にもつながる(Baker, Levy, & Grewal, 1992; Steffy, 2002)。「ワークマンプラス」店で実施された照明の色相の調整は,視覚的要素が巧みに活用されている事例である。具体的には,上述したように既存の「ワークマン」店では無機質さを重視しているため寒色の照明を使用している一方で,一般顧客向けの「ワークマンプラス」では一般顧客に暖かさや親しみやすさを演出するため暖色の照明を使用している。

先行研究によると,こうした照明の色相の変化は,消費者の感情や注意に影響を与えることが明らかにされている。感情に対する影響について,Russell(2008)は寒色の照明より暖色の照明のほうが消費者に落ち着きやリラックス,喜びを感じさせることを明らかにしている。またFleischer, Krueger, and Schierz(2001)は,暖色の照明に比べ,寒色の照明の方が消費者の覚醒水準を高めることを明らかにしている。さらに,注意に対する影響について,Lin and Yoon(2015)は寒色の照明のほうが暖色の照明より製品に対する消費者の注意を喚起しやすいことを確認している。なお,消費者の注意を多く引き付けることは,消費者の店舗滞在時間や購買可能性にポジティブな影響を与える可能性がある(Lin & Yoon, 2015)。

先行研究の知見とワークマンの新業態の成功から,店舗内照明の色相の変化を含めた視覚刺激を操作する手法は,一般顧客が抱くワークマンに対するイメージを変える上で,一定の効果はあったと言えるだろう。寒色の照明の使用により建設作業員らの覚醒水準を高め,顧客の活力や集中力を高めることができる。一方,暖色の照明の使用により落ち着いた雰囲気を演出することで,一般顧客をリラックスさせることができる。

(2) 聴覚および嗅覚的要素に注目した先行研究に基づくエクセレンスの分析

聴覚や嗅覚を利用して顧客の知覚を変化させようとする試みは,時間帯に合わせてBGMと香りを切り替える店舗である「ワークマンプラス さいたま佐知川店」の事例から窺える。同店では,建設作業員らの利用が盛んな早朝の時間帯は,彼らが仕事のやる気を出すことができるように,ハイテンポなBGMと爽やかな香りを利用している。一方,昼頃など一般顧客の利用が中心となる時間帯になると,彼らが落ち着いて買い物できるようにするため,スローテンポでアコースティックなBGMとリラックスできる香りを利用している7)

BGMのテンポに注目している先行研究によると,BGMのテンポにより消費者の店舗内の滞在時間が変化し,最終的に店舗の売上が変化することが明らかにされている(Milliman, 1986)。またスローテンポなBGMは消費者の低い覚醒水準を導き,ハイテンポなBGMは高い覚醒水準を導くことが明らかにされている(Husain, Thompson, & Schellen-berg, 2002)。加えて店舗が混雑している場合に,ハイテンポなBGMを流すことで消費者の一人当たりの支出額が増加することも示されている(Knoeferle, Paus, & Vossen, 2017)。

さらに店舗内環境における嗅覚刺激の活用に着目した研究によると,香りにより店舗や製品全体に対する評価と再来店意図が変化すること(Spangenberg, Crowley, & Henderson, 1996)や,好ましい香りにより店舗の居心地や快適さに対する消費者の評価が変化すること(Hiraki, 2008)が明らかにされている。またラベンダーのような落ち着いた香りは消費者の低い覚醒水準を導き,グレープフルーツのような爽やかな香りは消費者の高い覚醒水準を導く(Butcher, 1998)。加えて店舗で活用される香りは消費者の記憶に作用し,ブランドの再生にポジティブな影響を及ぼすことが示されている(Krishna, Lwin, & Morrin, 2010)。

また先行研究では,聴覚と嗅覚それぞれの主効果のみに注目しているのではなく,聴覚と嗅覚の交互作用効果にも焦点を当てている。例えば,Mattila and Wirtz(2001)は背景音楽のテンポと香りの覚醒水準が適合すると,消費者の店舗に対する評価が高まることを明らかにしている。またMorrison, Gan, Dubelaar, and Oppewal(2011)は,大きなボリュームの音楽と香りが適合することによって消費者の覚醒水準が高められるとき,消費満足度等が高まることを明らかにしている。さらにSpangenberg, Grohmann, and Sprott(2005)はクリスマスシーズンにクリスマスを連想させる香りと音楽を併用する場合,消費者の店舗に対する評価が高まることを明らかにしている。

「ワークマンプラス さいたま佐知川店」の取り組みでは,音楽の変更に合わせて香りの変更も同時に行っている。「ワークマン」の時間帯に利用される「ハイテンポなBGM」と「爽やかな香り」はどちらも覚醒水準を高める可能性があり,「ワークマンプラス」の時間帯に利用される「スローテンポなBGM」と「リラックスできる香り」はどちらも覚醒水準を低下させる可能性がある。このように,それぞれの時間帯に使用されている音楽と香りには適合性があると考えられる。そして感覚要素の適合性を利用することにより,建設作業員らと一般顧客の両方の店舗に対する評価を高めている。

実際にデータを収集し分析を行っているわけではないため,BGMや香りの使用がワークマン店内での消費者の滞在時間や再来店意図などに影響を与えていると結論づけることは難しいが,先行研究の知見から見ると,BGMや香りの使用はワークマンの店舗に対する消費者の知覚の変化に一定水準の影響を及ぼしていると考えられる。

2. アンバサダーの起用

前章で述べたように,アンバサダーはワークマンの新業態である「#ワークマン女子」の展開にあたり大きな役割を果たしている。アンバサダーは製品開発や店舗デザインへの参画に止まらず,店舗や製品のPRにも携わり,「#ワークマン女子」の成功に多大な貢献を果たしている。「#ワークマン女子」におけるアンバサダーの活躍について,土屋専務は「『#ワークマン女子』はアンバサダーがいるからこそ,生まれた店舗だと言っても過言ではない」と語っている。ワークマンのアンバサダー制度の活用は,アンバサダー・マーケティングの観点から考察することが可能である。

(1) アンバサダー・マーケティングについて

アンバサダーを起用するマーケティング戦略は,広くアンバサダー・マーケティングと呼ばれる。またアンバサダーとは,自身の好きな製品,サービス,企業やブランドについて積極的に発言・推奨する熱量の高いファン(顧客)のことである(Fujisaki & Tokuriki, 2015)。

アンバサダー・マーケティングと従来のマスマーケティングの違いは,「情報伝播と認知獲得の仕組みの違い」および「情報発信元の違い」等が挙げられる(Fujisaki & Tokuriki, 2015)。マスマーケティングでは,情報の発信者は企業であり,マスメディアを利用し広範囲における認知獲得を目的とする手法が用いられる。一方,アンバサダー・マーケティングでは,情報の発信者は消費者の一人であるアンバサダーであり,アンバサダーによる発信内容が他のユーザーの感情や行動を変容させ,購買への動機付けとなる(Fujisaki & Tokuriki, 2015)。アンバサダーが消費者にとって身近な存在であるため,発信する情報は消費者にとって信頼性が高い。そのため企業にとって,アンバサダーが発信する情報は消費者の注意を引き,自社の店舗や製品に対する関与を高める上で非常に重要となる。しかし,アンバサダー・マーケティングの利点を享受するためには,戦略的にアンバサダーと長期的で良好な関係性を構築する必要がある(Fujisaki & Tokuriki, 2015)。

(2) アンバサダーとの良好な関係性の構築

ワークマンはアンバサダーと極めて良好な関係性を構築することに成功しており,アンバサダー・マーケティングの利点を最大限に享受している。

同社はアンバサダーと長期的で良好な関係性を構築するために,「winwinの関係性」の仕組みを作り出した。アンバサダーがワークマンの製品開発や製品紹介に協力する見返りに,同社は以下の三つをアンバサダーに提供している。一つ目は,新製品情報を優先的に提供することである。二つ目は,アンバサダーが取材やテレビ番組などのメディアに出演する機会をもうけ,アンバサダーのメディア露出に貢献することである。三つ目は,ワークマンの公式HP,ツイッターなどでアンバサダーを紹介することである。このような過程で,アンバサダーのメディア露出やフォロワー数を増やし,人気を高めていく8)。このように,完全にアンバサダーを身内化しているため,土屋専務によると「ワークマンとの関係性を断つ人は一人もいない」という。

V. 今後の課題

見せ方の変化やアンバサダーの起用によって,大きな成功を収めたワークマンだが,大きく分けて二つの課題が残されている。

第一に,既存の顧客である土木建築業等の作業員のロイヤルティの低下が,将来的には危惧されるという点である。近年ワークマンは,より多くの一般顧客を獲得するために,一部の「ワークマン」を「ワークマンプラス」に変更した。これにより一般顧客が急速に増加した結果,既存顧客である土木建築業等の作業員が入店しづらさを感じ,ワークマンに対するロイヤルティが低下してしまうことが危惧されている。

第二に,ワークマンはアンバサダーと密接な関係を築いているが故に,アンバサダー個人の行動がワークマンのブランド・イメージを毀損する可能性が生じることである。ワークマンはテレビCMなどで多くの消費者が注目する場面でアンバサダーを起用し,スポークスマンとしての役割を任せている。そのため,アンバサダーのパーソナリティもワークマンのブランド・イメージと密接に関係するようになる。アンバサダーに関する悪いイメージが生じた場合,その悪いイメージはワークマンにまで波及してしまうことが考えられる。したがって今後,アンバサダーの選出はより一層の慎重さが求められるようになる。

謝辞

本ケースの作成にあたって,株式会社ワークマン土屋哲雄専務と広報部の林知幸氏から多大なご協力を頂いた。ここに記して感謝を申し上げる。

8)  前掲注4)に同様。

王 黎黎(おう れいれい)

早稲田大学商学学術院助手。2019年,早稲田大学大学院商学研究科修士課程を修了。現在,同大学大学院商学研究科博士後期課程に在籍。専門は消費者行動,マーケティング。

速水 建吾(はやみず けんご)

2021年,早稲田大学大学院商学研究科修士課程を修了。現在,同大学大学院商学研究科博士後期課程に在籍。専門は消費者行動,マーケティング。

恩藏 直人(おんぞう なおと)

早稲田大学商学学術院教授。早稲田大学商学部卒業後,同大学院商学研究科へ進学。博士(商学)。専門はマーケティング戦略。

References
 
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