2021 年 41 巻 2 号 p. 46-59
デジタル変革により流通機能の脱構築が進行している。これを受けた小売現場では,多様な流通ビジネスモデルが展開されている。こうしたビジネスモデルを背後に,消費者には様々な機能を兼ね備えたモバイルアプリが提供されている。消費者に提供される製品カテゴリーの総合性と提供される機能の統合性を軸にすると,多様なモバイルアプリの競争的な類型化が可能になる。マス・マーケットを対象とすると,製品カテゴリーの総合性と機能の統合性を高く保持するリーダー型のモバイルアプリの存在が見いだせる。逆に個のマーケットを対象とすると,それらの軸の逆方向に,市場特化型のモバイルアプリと機能特化型のモバイルアプリが見いだせる。本稿では,それぞれの流通ビジネスモデルを反映するモバイルアプリの競争類型を念頭におき,モバイルアプリに期待される買物のスマートさと買物の楽しさを中心にモバイルアプリの利用実態とその認識に関する調査結果を報告する。
Deconstruction of distribution functions is progressing due to digital transformation. In response, various distribution business models are being developed by retailers. Based on these business models, consumers are provided with mobile apps that combine various retail functions. A focus on the comprehensiveness of the product categories offered to consumers and the integration of retail functions offered enables competitive typology of various mobile apps. For targeting of the mass market, there are leader-type mobile apps that maintain a high degree of comprehensiveness of product categories and highly integrated functions. Conversely, when targeting individual markets, market-specific mobile apps and function-specific mobile apps are found at the opposite ends of these axes. In this paper, we investigated the actual usage of mobile apps and the perceptions of these apps for smart shopping and shopping enjoyment, while keeping in mind the competitive typology of various mobile apps that reflect each distribution business model.
急速に進行するデジタル変革を結果的にコロナ禍が後押しする形となった現在,今一度,マーケティングの基本に立ち戻って考えてみたい。特にビジネスのあり方と消費者目線という視点についてである。これらは,これまでに幾度も繰り返し強調されてきたが,やはりマーケティングの基本を考えるうえでは強調すべきものであろう。
本稿では,ビジネスのあり方という視点については,マーケティングにおけるデジタル変革のなかで劇的な勢いで進展している流通の領域に着目し,流通機能と流通ビジネスモデルの動態性について考察する。そして,消費者目線という視点については,現在の消費生活におけるデジタル変革の中心的役割を担っているモバイルアプリに焦点をあて,その利用実態を把握するなかで,消費者のモバイルアプリに対する認識を考察する。様々な流通機能の統合体であるモバイルアプリを消費者はどのように認識しているのだろうか。
以下ではまず,流通のはたす機能を再考しながら,デジタル変革によって進行する流通機能の再編を理解する。次に,小売業に焦点をあて,そのビジネスのあり方について提供機能と対象市場という2つの観点から整理する。そして,小売業者が提供するモバイルアプリについて,その裏側で展開される流通ビジネスモデルの現状を把握するとともに,その表側で展開されるモバイルアプリの競争類型を試みる。さらに,これらの現状分析を踏まえて行った探索的な消費者調査の結果について報告する。
マーケティングにおける流通研究では,流通機能として商流(所有権)機能,物流機能,情報流(情報伝達)機能,資金流(危険負担)機能という4つの機能が識別され(Tamura, 2001),生産を担う製造業者と消費を行う消費者の間に介在する流通業者には,これらの機能を十分にはたすことが期待される。こうした流通機能に着目すると,現在のデジタル変革を受けた小売現場での様々な現象は,これまで比較的安定性を保ってきた流通機能の束が解体されるという流通機能の「アンバンドリング」(Yahagi, 2016)として理解できる。
このアンバンドリングは,大きく3つの現象を引き起こす(Niikura, 2015a)。流通機能ミックスの変化,流通フロー参加者の交代,流通チャネル構造の変化である。流通機能ミックスの変化とは,アンバンドリングによって解体された機能の束を再構築するべく,機能ミックスにおいてミックス要素の比重を変えることで,既存の流通業者を新たな姿に生まれ変わらせる。具体的には,品揃えの徹底追求や独自の流通経路開拓といった商流機能や物流機能を強化したり,徹底した店頭サービスを行うといった情報流機能の強調もよくみられる。
流通フロー参加者の交代とは,アンバンドリングにより,4つの個別機能のフロー要素における遂行能力の強さを背景に登場する,従来では想定しえなかった既存の流通業者以外の参加者にとって代わることである。現在では特に,デジタル変革の推進役として「情報フロー」において卓越した遂行能力をもつプレーヤーの参加が際立っている。
最後のチャネル構造の変化とは,これまで流通機能を遂行してきた流通業者以外の製造業者や消費者が,プレーヤーとして流通機能を担うという形で現れるものである。流通機能はなにも流通業者の特権ではなく,誰がその機能をはたしても構わない。一般に,これらの機能を遂行する能力が高い者たちが流通業者となり,その役割を演じているに過ぎない。しかし,機能ミックスの変化を感じ取り,流通フロー参加者の交代を目の当たりにすると,製造業者や消費者までもが流通機能を代替するようになる。製造業者や消費者がチャネルリーダーとなり,従来のチャネル構造に大きな変革を及ぼす。しかも,デジタル変革により,この交代は従来よりもいっそう容易になりつつある。
2. 小売業の提供機能と対象市場ここではモバイルアプリを念頭におき,流通機能のうち小売段階での機能に着目しながら,小売業のあり方を考える上で重要となる小売業の本質を押さえる。Shimaguchi(1986)は,その本質を「消費者の購買代理機能にある」と捉え,消費者ニーズの類型化に基づく小売形態を論じる中で,以下の4つの小売業態を識別している1)。
(1)経済機能追求型小売業とは,価格訴求を狙い,セルフサービス方式による大量販売を志向する業態である。ここでは,徹底的な合理化,標準化,システム化を志向した管理スキルの効率性が原動力となる。「マス・マーケット」を対象として,標準化を中心に「売れるものをさらに徹底して安く売ること」に注力する。したがって,「売れ筋のよいものをどのように効率的に絞るかというマーチャンダイジング・スキル」が要求される。
(2)人間中心型小売業とは,価格以外の価値が重視され,専門情報の提供や人間的接触などを志向する業態である。(1)に比べると,「「マス・マーケット」より「個のマーケット」を狙い,標準化,システム化でなく,むしろ,その落ちこぼれた部分に,ヒューマンな「商人道」を主体とする柔軟で思いやりのある対応や,豊富で親身な専門情報の提供,あるいは人間的アメニティ空間や応待を提示する専門小売業」である。すなわち,個別消費者へのカスタマイズ機能の対応能力と独自のヒューマンタッチなアメニティ(楽しさ)が要求される。
(3)価値・効率折衷型小売業とは,上記2つの小売業態を合わせたものであり,「マス・マーケット」と「個のマーケット」を対象に,非定型的購買や多目的購買を狙う業態である。管理スキルを充実させ,全体の統合性と合理性を追求しながらも,ヒューマンタッチな商人道の追求が必要とされる。「購買の緊急度がある程度低いため,顧客をどれだけ長く店舗にとどめておくかが重要になる。つまり,店舗内の顧客の滞留化が売り上げ上昇に結びつくため,その目的にそった店舗内の「空気づくり」,売り場レイアウトの再編成,非売り場スペース内でのアトラクションの演出などが成長の競争差別をつくる」とされる。
(4)コングロマリット型小売業とは,上記3つのうち,「経済機能追求型小売業や価値・効率折衷型小売業の一部がさらに発展した段階でとられる形態」ともいえる業態である。潜在的な市場を確定させた後に,それに適合させるように小売業態の選択をしていくという柔軟性をもち合わせていると考えられている。
上記4つの小売業態は,オフラインでの小売業のあり方を論じたものであるが,オンラインを付加した現在でも,小売業の本質を考えるうえで大いに参考になる。ここで重要と考えられるのは,「経済機能追求/人間中心」という提供機能のあり方と「マス/個」という対象市場の設定の仕方であり,これらにより小売業のあるべき姿への対応の手立てが大きく異なるという認識が必要になる。
現在,流通におけるデジタル変革を促しているのは,モバイルアプリの急速な発展と浸透であろう。消費者目線からみたモバイルアプリを検討する前に,モバイルアプリの裏側で展開される流通ビジネスモデルについて理解しておかなくてはならない。
現在,デジタル変革により流通機能を担う流通業者のビジネスモデルが多様化している。この多様性を理解するには,流通において展開される取引形態を把握しなくてはならない。図1は,流通において大きく二分される取引形態の違いを示している(Yahagi, 2020)。上段の「パイプライン型バリューチェーン」は,これまで伝統的に展開されてきた取引形態である。流通業者である卸売業者や小売業者が売買の主体となり流通機能をはたすことで,製造業者から消費者へと垂直的なパイプライン型の経路が確立される。ここでは,各機能遂行者が所有権を移転させながら「売買差益」を獲得していくというビジネスモデルが展開される。ここでの取引関係はクローズドなものであり,各主体は所有権をもつために在庫などのリスクを抱えなくてはならない。
流通における取引形態の違い
出典:Yahagi, 2020, p. 71, Figure 1より修正して引用
下段に示されるのは,「プラットフォーム型両面市場」である。プラットフォームビジネスとは,「ある特定の事業主がプラットフォームを構築し,プラットフォーム上で相互依存的な複数の顧客グループを仲介して,彼らの直接的な相互作用を通して価値を創造する仕組み」と定義される。顧客グループが2組であると両面市場,さらに顧客グループが加わり2組以上になると多面市場となる。上段のパイプライン型と大きく異なるのは,プラットフォーマーは売買の主体ではなく,売買の仲介を行うことによる「手数料収入」などを得ることでビジネスモデルを成り立たせている点である。ここでの取引関係はオープンなものであり,プラットフォーマーは所有権をもたないのでリスクを抱える必要はない。
図2は,上記2つの取引形態を識別基準の一つとし,さらにオフラインとオンラインという識別基準によって分類した流通ビジネスモデルの類型である(Yahagi, 2020)。オフラインの世界で展開されてきた伝統的な流通ビジネスモデルは,パイプライン型オフライン系の「線形経路モデル」である。この世界ではまた,テナントを集めて集客するショッピングモールやショッピングセンターに代表されるプラットフォーム型オフライン系の「集積経路モデル」がある。もう一方のオンラインの世界では,パイプライン型オンライン系の「短縮経路モデル」が展開されている。ここでは,製造業者,卸売業者,小売業者の区別なく,インターネットを介して直接的に消費者との取引が可能になり,オフラインの世界よりもその経路が短縮される。またオンラインの世界では,プラットフォーム型オンライン系の「仲介経路モデル」もある。インターネット上で独自のショッピング空間(プラットフォーム)を創造して,その空間で売り手と買い手の自由なやり取りを可能にさせるものである。
流通ビジネスモデルの類型
出典:Yahagi, 2020, p. 77, Figure 3より修正して引用
これらに加え,実店舗に基づくオフライン系とEC(電子商取引)を駆使するオンライン系を組み合わせて,両者を融合して展開する「オムニチャネルモデル」も注目を集めている。
さらに,クローズドな取引関係をもつパイプライン型とオープンな取引関係をもつプラットフォーム型を融合した「ハイブリッドモデル」も展開されている。このように現在では,都合6つのビジネスモデルを認識できるが,デジタル技術と競争の展開により,こうしたビジネスモデルは急速に変貌を遂げるということを理解しておかなくてはなるまい。
2. モバイルアプリの表側:期待される提供機能とその統合性以上のようにモバイルアプリの裏側では,流通ビジネスモデルをめぐる各社の熾烈な競争が展開されているが,消費者目線からは単に,自分にとって適切であり,使い勝手のよいモバイルアプリを求めているに過ぎない。
消費者に映るモバイルアプリの表側には,消費者の購買意思決定プロセスを想定すると,様々な提供機能が期待される(Niikura, 2015b)。商品やサービスに関しては,情報探索の段階では商品やサービスの検索機能,理解する段階では画像や動画に加えてxR(VR/AR/MR/SR)なども駆使したイメージ作成機能,考慮集合や選択集合の形成段階では忘備録にもなる買物リスト作成機能が期待されるであろう。またプロモーションに関しては,プッシュ通知によるニュースやクーポンなどの配信機能,来店誘導や店内でのナビゲーションの機能などが求められる。さらに決済に関しては,スマートショッピングをイメージさせるスキャン&ゴーなどのセルフスキャン機能も期待される。そして,商品の出荷・配送に関するプロセスや確実な受取が把握できる機能にも期待が寄せられる。
こうした様々な機能の統合体としてのモバイルアプリについて,消費者は「スマートさ」という使い勝手のよさを感じるのであろう。また,消費者自身にとって適切であることには,消費者個人の好みや価値観が大きく反映される。消費者によって,それぞれお気に入りの店舗があるように,モバイルアプリにも個人的な感情や価値観を反映した適切性がある。そして,その適切性にかなうと,提供される機能のカスタマイズ性や意外性といったヒューマンタッチなアメニティを「楽しさ」として感じるのであろう。これらの点は,Shimaguchi(1986)の業態類型軸としても検討されていたように,小売業の本質を考察するうえではきわめて重要なものであり,現在でも買物価値概念の構成要素として議論され続けている(Huré, Picot-Coupey, & Ackermann, 2017)。
マーケティングにおいて関係性が強調されるようになってからは,顧客獲得よりも顧客維持に向けた議論が色濃くなっている。それを反映して,顧客ロイヤルティやブランド・ロイヤルティといったロイヤルティ概念の重要性が指摘されてきた。ここでは,反復購買(継続購買)として行動面から捉える立場と,愛顧となる認知や態度の側面から捉える立場があることは認識しておく必要がある。但しロイヤルティ概念は,あくまでも購買に基づく概念であるので経済的関係に過ぎない。
一方で,コンタクトポイントの重要性が認識され,購買と購買以外のすべての接点を抑えながら,そこで生み出される経験価値の理解が必要となってきた。そこで,購買以外での接点における行動や心的状態への関心を基にしたエンゲージメント概念が着目されてきた。エンゲージメント概念は,購買以外で展開されるクチコミや推奨行動などの積極的な行動や心理状態であるため,非経済的関係として理解できる(Nishihara, 2020)。
したがって,モバイルアプリに関する関係性という視点からは,特定の小売業者に対するロイヤルティやエンゲージメントと同様に,消費者が当該モバイルアプリを気に入り,継続的に使用しながら,社会的にも拡散したいという心的傾向と拡散行動として理解できる。
以上のように,モバイルアプリの表側では,提供される様々な機能に基づいたモバイルアプリ全体について,スマートさと楽しさという観点から要約的に捉えた機能の統合性が認識されていると考えられる。そして,その統合性に基づいて消費者との適切性が判断され,さらに利用の継続性や拡散性などが規定されているのであろう。
3. モバイルアプリ間の競争現在,消費者の購買代理機能をはたす様々なモバイルアプリが存在している。図2に示されるビジネスモデルを競いながら,消費者の目には,モバイルアプリ間の競争が映し出されているだろう。Shimaguchi and Ishii(1987)は,競争者の分析においてそのタイプ分けを論じている。そして,その際に重要となる2つの軸として,「製品ラインの広がり」と「機能の統合性」を指摘している。前者をもつフルラインの強みには,製品間のシナジー効果,製品流通面や広告サービス面での規模の経済性,流通業者との取引上の優位性がある。後者をもつ強みとして,経営諸機能の共同化によるロジスティクス面での合理化,市場や技術の変化への即時的対応,機能に関する技術習得が可能になることを示している。
図3は,モバイルアプリの競争類型を示している。上記の競争者のタイプ分けでは,主に製造業者が想定されているようだが,小売業者のモバイルアプリにも適用可能であると考えられる。ここでは消費者に提供する流通機能を考慮して,小売業者の商品取扱い技術とビジネスモデルの性質を反映した「製品カテゴリーの総合性」と,消費者への提供機能の多様性を考慮した「機能の統合性」を用いる。
モバイルアプリの競争類型
出典:Shimaguchi and Ishii, 1987, p. 119, Figure 5–3より修正して引用
「製品カテゴリーの総合性」が強みとなるのは,ワンストップショッピングへの即応力,ロングテールへの対応力,プロモーションにおける規模の経済性,取引相手(製造業者,テナント,配送業者など)への取引上の優位性,プラットフォーム型モデルでのネットワーク外部性などが考えられる。例えば,アマゾンでは,オンライン系の「短縮経路モデル」と「仲介経路モデル」を組み合わせることで高い次元の製品カテゴリーの総合性を実現している。「機能の統合性」が強みをもつのは,シームレスな利便性の提供,重視機能や操作機能の変化への即時的対応,機能に関する技術習得と利用情報の獲得などが可能になるためである。
小売業者のモバイルアプリは,自らの依拠するビジネスモデルの特徴と限界を反映した対象市場と提供機能から競争的に位置づけられるであろう。オープンな取引形態をとるプラットフォーム型の方が,取り扱い製品カテゴリーの総合性は高くなり,「マス・マーケット」を狙いやすくなる。そして,対象市場の広さに伴う提供機能の多様性が要求される結果,機能の統合性を兼ね備えたリーダー型のモバイルアプリが図の左上に位置づけられる。ここでのリーダー型モバイルアプリにおいては,図2に示される流通ビジネスモデル類型の内,前述したアマゾンなどのようにオンライン系の短縮経路モデルと仲介経路モデルのハイブリッドモデルを志向する形や,実店舗とECなどの自社チャネルなどを連携させるオムニチャネルモデルを志向する形など複数の形態がある。
逆に,クローズドな取引形態に制約されるパイプライン型では,製品カテゴリーの総合性に限界があるために,「個のマーケット」に向かう傾向がある2)。そして,特定市場に限定した市場特化型モバイルアプリや特定機能に重点を置いた機能特化型モバイルアプリが図の右下に位置づけられる。
本稿では,図2の流通ビジネスモデル間の競争を念頭におき,小売業の提供機能に基づいた図3のモバイルアプリの競争類型を一つの仮説として,流通のデジタル変革を推進するモバイルアプリを対象に行った探索的な消費者調査の結果の一部を報告する。
1. グループ・インタビュー調査の実施本稿では,モバイルアプリ3)に関して,利用実態,モバイルアプリの特徴や機能に対する認識に加え,買物におけるスマートさや楽しさがロイヤルティやエンゲージメントに与える影響について確認することを目的として,グループ・インタビューを実施した。
調査は,株式会社マーケティング・リサーチ・サービスが有するモニターを用い,2020年2月25日に都内のインタビュールームで行った。参加者は,2グループ(各6名)の12名である。その際,日常において頻繁にモバイルアプリを利用している消費者として,30代~40代女性,既婚,子供を有していること,有職といった条件でスクリーニングを行った。インタビューの司会進行は,客観性の担保という観点から,第三者のモデレーターに依頼した。
図2のビジネスモデルと図3の競争類型を考慮した上で,衣食住全般の商品を扱うアマゾン,楽天市場,ロハコ4),ファッション・アパレルを扱うショップリスト,ゾゾタウン,ドゥクラッセ,商業施設を展開するパルコ,ルミネの8つのモバイルアプリを対象とした。
スクリーニング条件としては,上述したいずれかのモバイルアプリの利用者であり,その際,閲覧頻度が2~3日に1回以上,購買頻度が月に2,3回以上,そして,その買物に楽しさを感じていることを条件とした。上述した8つのモバイルアプリの内,利用したことがないモバイルアプリに関しては,事前に操作・閲覧・利用するという課題を事前に課した。
主な質問項目は,モバイルアプリに関して,日頃の利用状況,EC(ブラウザによる利用含む)の利用状況や買物実態,操作感や評価,利用前後における購買行動の変化,加えて,モバイルアプリないしEC事業者に対するロイヤルティやエンゲージメント5)などである。
グループ・インタビューの参加者による発言を整理し,以下の知見が得られた。第一に,モバイルアプリの利用および利用継続(ロイヤルティ)に関わる重要な要素としては,①モバイルアプリ(EC事業者)に対する信頼性(決済は問題なく行えるか,偽物を掴ませられないか,商品が間違いなく届けられるかなど),②品揃え(希望する商品があるか,見つかるかなど),③価格の安さ(送料などを含む),④買物におけるスマートさなどである。買物における楽しさは,これら4つの要素に続く要素であるが,他に比べると重要度が低いと思われる。上記は,それぞれの要素間や,後述する他の知見とも関連している。さらに,ロイヤルティに対して,楽天ポイントなどのポイント経済圏や,アマゾンプライム会員などの有料会員向けサービスの享受(支払い分の会員費用の回収意欲)など,複雑な要素が関わっている。
第二に,モバイルアプリの競争類型を識別する軸の1つである「製品カテゴリーの総合性」について,消費者からは,品揃えの豊富さとして認識されたり,買物におけるスマートさの要因として捉えられている。例えば,子供の通う学校の指定や習い事先の指定といった条件付きの買物時や,店舗では欠品していた商品,複数の製品カテゴリーに跨る買物時において,品揃えの豊富さによるワンストップショッピングの観点からモバイルアプリを活用するという点である。製品カテゴリーの総合性の高さは,購買目標や購買課題を完遂しやすいといった利点に繋がる一方で,商品選択における時間や労力が必要となることもあるため,必ずしも買物のスマートさに寄与するわけではないことが確認された。
第三に,もう1つの軸である「機能の統合性」について,大きく2つのはたらきが見いだされた。1つ目は,(実店舗を有する場合は)モバイルアプリを通じて,実店舗などの他のチャネルを跨いだ購買をシームレスにするような機能である。モバイルアプリは,オムニチャネルにおけるシームレスな購買を実現する重要なキーデバイスとして位置づけられる。2つ目は,モバイルアプリのみで購買が完結できるようにしたり,その買物をスマートにしたりする機能である。例えば,使用経験や評価に関するクチコミを投稿および閲覧可能にする機能に加え,画像や動画などにより購買意思決定を補助する機能や,商品の配送・配達に関わる情報を可視化する機能がある。「製品カテゴリーの総合性」と同様に,操作方法や各種機能の使い方がわからなくなるなど,「機能の統合性」の高さは,必ずしも買物のスマートさに寄与するわけではないことが確認された。
第四に,「買物のスマートさ」と「買物の楽しさ」について,その内容を確認できたことである。これらは,第一の知見におけるモバイルアプリの利用および利用継続(ロイヤルティ)における重要な要素にもあげられている。「買物のスマートさ」については,非常に多義に渡り,例えば,画面の見やすさ,価格の分かりやすさ(出品事業者毎の価格,送料やポイント割引を踏まえた価格など),情報の見やすさ(構成,デザイン,表現など),検索のしやすさ,操作のしやすさ,決済のしやすさなどがあげられており,さらにそれぞれの下位項目が見いだされる。また,買物の楽しさについては,買物というプロセスにおける楽しさ以外にも,見る楽しさ,買う楽しさ,新たな用途を発見する楽しさなどがある。
2. 質問調査の実施消費者によるモバイルアプリの利用実態に加え,買物のスマートさや買物の楽しさがロイヤルティに与える影響を検討するため,Web上で質問調査を行った。調査は,株式会社マーケティング・リサーチ・サービスに委託し,30代~40代の既婚女性を対象に,2020年3月25日から3月29日にかけて実施した。回収されたのは,1,800サンプルであった。そのうち,回答に欠損のあるサンプルや,単調回答,明らかに矛盾した回答に加え,後述する割り当てられたモバイルアプリを通じた購買経験の無いサンプルを除外し,最終的に1,291サンプル(全体の71.7%,平均40歳,標準偏差5.895歳)を分析に用いた。
対象としたモバイルアプリは,図3で示した競争類型を考慮した,衣食住全般に関わる製品カテゴリーを広く扱うプラットフォーム型ビジネスモデルをもつ国内の5つのモバイルアプリである。グループ・インタビューにおいても対象としていたアマゾン,楽天市場,ロハコに加え,グループ・インタビュー時に被験者間で数多く話題にあげられていたヤフーショッピング,キューテンである。その際,アマゾン,楽天,ヤフーショッピングは「リーダー型モバイルアプリ」,ロハコは「市場特化型モバイルアプリ」,そしてキューテンは「機能特化型モバイルアプリ」と想定した。割り当ての際,出現率などの観点から,前者3つのリーダー型アプリを想定したモバイルアプリは各400,他は各300となるように配慮した。
被験者は,モバイルアプリ全般およびモバイルアプリ毎に使用頻度や購買頻度を問う質問への回答が求められ(表1参照),その回答を基に利用経験のあるモバイルアプリが被験者毎に1つ割り当てられた。その後,割り当てられたモバイルアプリの特徴に関する質問項目への回答が求められた。このモバイルアプリの特徴に関する質問は,グループ・インタビューで得られた知見を基に作成したものである(表2参照)。次に,直近の購買経験に基づく評価を得るため,模擬的な購買課題を課した上で,買物のスマートさおよび買物の楽しさ,ロイヤルティの尺度への回答が求められた。買物のスマートさと買物の楽しさは,Ishibuchi(2019)における感情経験における尺度を参考にしながら,グループ・インタビューの知見を踏まえて設定した(表3参照)。ロイヤルティは,認知的ロイヤルティ,態度的(感情的)ロイヤルティ,意図(意欲)的ロイヤルティ,そして行動的ロイヤルティの4段階で捉え(Oliver, 1999),Takahashi(2009)を参考に設定した(表3参照)。また,ここでの尺度は,いずれも7件法(1.全くあてはまらない~7.非常にあてはまる)であった。
モバイルアプリ毎の利用頻度と購買頻度の割合
モバイルアプリ毎の記述統計量
変数の記述統計量と信頼性係数
各モバイルアプリの保有者数は,1,291サンプルの内,アマゾン905人(70.1%),楽天市場1,130人(87.5%),ヤフーショッピング747人(57.9%),ロハコ365人(28.3%),キューテン331人(25.6%)であった。割付を行っているため,ロハコやキューテンも一定の保有者がいるが,リーダー型アプリを想定したモバイルアプリはそれぞれ半数を超えている。各モバイルアプリの割り当て人数,利用および購買頻度の割合を表1に示している。
表2では,モバイルアプリの特徴や機能・サービスに関わる項目について,モバイルアプリ毎の平均値,標準偏差を示してある。回答者は,割り当てられた当該モバイルアプリのユーザーであるため,比較的高い値となっている。リーダー型モバイルアプリを想定した衣食住全般に関わる商品を広く取り扱う国内の主要3つのECの中で,楽天市場ではポイントが溜まるという点や,クーポンやタイムセールなどの割引プロモーションに関わる項目の値が比較的高いが,反対にアマゾンは低いことが分かる。そのため,リーダー型モバイルアプリ内でも少なからずその特徴が異なっている。先ほどの表1において,楽天において使用頻度の高い消費者の購買頻度が低い理由として,品定めをした上で割引プロモーションが展開されるタイミングで慎重に購入を行っているという可能性も考えられる。
また,「製品カテゴリーの総合性」と「機能の統合性」が低いと位置づけられるモバイルアプリについて,まず,市場特化型モバイルアプリを想定したロハコは,リーダー型モバイルアプリと同様に平均的であるが,商品に関わる項目(商品に間違いがないなど)の値が比較的高くなっている。特定市場を対象に個々の商品の質に注力するという差別化が行われている可能性がある。続いて,機能特化型モバイルアプリを想定したキューテンは,タイムセールやアウトレットセールが頻繁にある,クーポンがよく提供される,ギャンブル感があるという項目の値が高くなっており,割引プロモーションといった機能やギャンブル感などの高揚感の演出に重点を置いたモバイルアプリであると言えるだろう。
続いて,買物のスマートさや買物の楽しさ,そして,4つのロイヤルティにおけるすべての測定項目について,天井効果と床効果がみられないことや正規性が確認された。信頼性係数を基準に,各項目の得点の合計を質問項目数で除した値(項目合計平均値)を用いた。表3において,各項目の平均値,標準偏差,項目合計平均値と標準偏差,クロンバックαの値を示してある。行動的ロイヤルティは,他と比べて信頼性係数が低くなっている(α=.834)。複数のモバイルアプリの利用や使い分けなどが考えられるため,下位の構成要素として,行動的ロイヤルティ(反復性)と行動的ロイヤルティ(偏向性)についても取りあげている6)。また,いずれの行動的ロイヤルティでも,これまでの利用経験(調査時点までの行動的ロイヤルティ)について確認する形となっている。
表4では,買物のスマートさ,買物の楽しさ,モバイルアプリに対するロイヤルティの各変数間の相関係数を示している。買物のスマートさと買物の楽しさの相関係数は比較的高い値となっているが,VIFの値は5を下回っており,多重共線性の問題は回避されている。
変数間の相関係数
** p<.01
モバイルアプリにおける買物のスマートさと買物の楽しさがモバイルアプリに対するロイヤルティに与える影響を検討するため,買物のスマートさと買物の楽しさを独立変数,それぞれのロイヤルティを従属変数とした階層的重回帰分析(強制投入法)を行った(表5参照)。分析は,以下の2つのステップで行った。まず,図3のモバイルアプリの競争類型における影響をみるため,「リーダー型モバイルアプリ」と想定したアマゾン,楽天,ヤフーショッピングを1,その対比として想定した「市場特化型モバイルアプリ」(ロハコ)および「機能特化型モバイルアプリ」(キューテン)を0とするリーダー型モバイルアプリダミー変数をコントロール変数として用いたステップ1である。そして,買物のスマートさと買物の楽しさの各ロイヤルティへの影響をみるステップ2である7)。
質問調査の重回帰分析の結果
** p<.01, * p<.05, + p<.10
リーダー型モバイルアプリダミーの各ロイヤルティへの影響をみたステップ1の分析結果として,R2値は低いものの,5%水準で有意であった認知的ロイヤルティ以外,他のロイヤルティは全て1%水準で有意であった。そのため,それぞれのロイヤルティの変動の説明力は低いが,リーダー型モバイルアプリであると,モバイルアプリに対するそれぞれのロイヤルティは高い。この説明力の低さについては,以下のことなどが考えられる。リーダー型モバイルアプリは,基本的には「マス・マーケット」を対象として標準化が志向されるため,ロイヤルティには影響を及ぼしにくいものと考えられることや,グループ・インタビューの知見や表2の結果から,リーダー型モバイルアプリ間でも違いがあり,消費者は購買課題や購買目的などにより使い分けている可能性があることなどであろう。
次に,ステップ2の分析結果として,買物のスマートさと買物の楽しさを説明変数とした際のロイヤルティへの影響に関して,各モデルのR2値は,表5の通りであり,リーダー型モバイルアプリダミーを統制しても全て1%水準で有意であった。行動的ロイヤルティ(偏向性)以外は,それぞれのロイヤルティにおいてステップ1よりもステップ2のR2値の方が大幅に高くなっており,ロイヤルティの変動を説明する要因として,買物のスマートさと買物の楽しさが説明力を有していることを示している。また,他のロイヤルティに比べて,行動的ロイヤルティ(反復性&偏向性,反復性,偏向性)に関しては,いずれもR2値が低くなっているものの,買物のスマートさや買物の楽しさは,総じて,どちらもモバイルアプリに対するロイヤルティに正の影響を及ぼしていた。買物のスマートさと買物の楽しさが各ロイヤルティに与える影響を示す標準偏回帰係数(標準化係数)は,表5の通りであるが,買物のスマートさが行動的ロイヤルティ(偏向性)に与える影響は10%水準で有意な傾向であった以外は,いずれも1%水準で有意であった。
このように,買物のスマートさと買物の楽しさは,それぞれが各種のロイヤルティに影響を及ぼしている。これらの結果から,モバイルアプリにおける買物のスマートさや,買物の楽しさを消費者に対して提供することが重要であることがわかるだろう。
本稿では,デジタル変革のなかで,主に小売業における競争の場としてのモバイルアプリを取りあげ,その裏側で展開される流通ビジネスモデルの現状と表側で展開されるモバイルアプリの競争類型,加えて,消費者目線からモバイルアプリに求められる機能やモバイルアプリ間の競争について考察を行った。その上で,消費者のモバイルアプリの利用実態と認識について探索的に行われた調査結果の一部を示した。
グループ・インタビュー調査からは,モバイルアプリの利用および利用継続(ロイヤルティ)に関わる重要な要素が確認されたほか,「製品カテゴリーの総合性」や「機能の統合性」に対する消費者の認識も明らかとなった。「買物のスマートさ」と「買物の楽しさ」についてもその内容が確認されたほか,「製品カテゴリーの総合性」および「機能の統合性」の高さと必ずしも対応していないことや,モバイルアプリの利用や利用継続(ロイヤルティ)に関わる重要な要素にもあげられることなどが確認された。
質問調査の結果からは,消費者が認識するモバイルアプリの特徴と,モバイルアプリにおける買物のスマートさや買物の楽しさがロイヤルティに影響を及ぼしていることが明らかとなった。その際,リーダー型モバイルアプリは,ロイヤルティに対する影響力が低かったが,リーダー型モバイルアプリ間でも違いがあり,また消費者がモバイルアプリを使い分けている可能性があることなどが考えられる。こうした調査結果からは,裏側のビジネスモデルを反映した機能の統合体としてのモバイルアプリに対して,表側では,スマートさと楽しさという観点から要約的に捉えた機能の統合体が認識されていることが確認できた。
一方で,調査における課題も残されている。今回の2つの探索的な調査では,どちらも特定の条件をもつセグメントを対象に限定したものであるために,他の条件や異なるセグメントについても調査する必要がある。加えて,買物のスマートさ,買物の楽しさ,ロイヤルティに関して,構成概念の精査に加え,測定尺度の精緻化を行う必要がある。こうした構成概念は,消費者の情報処理規定要因であるMAO(動機づけ,能力,機会)により大きな影響を受けることから,これらの規定要因との関係を詳細に検討していく必要もあるだろう。
本稿におけるインプリケーションは以下の3つである。①モバイルアプリを展開する小売業者は,買物のスマートさと買物の楽しさを最大化するために,自らの流通ビジネスモデルの発展と限界を踏まえながら,「製品カテゴリーの総合性」と「機能の統合性」を設計することが必要である。②リーダー型以外のモバイルアプリを展開する事業者は,上記に加えて,市場を明確化し,対象顧客の求める特定機能を絞り,適切性を高めたモバイルアプリに調整する必要がある。③既存の小売ビジネスを展開する小売業者や消費者への直販を狙う製造業者などの事業者は,モバイルアプリの競争類型を考慮しながら既存のプラットフォーマーに依拠した展開を行うか,市場ないし機能に特化した独自の価値を有するモバイルアプリの開発により,リーダー型モバイルアプリとの併用を狙うことも一案であろう。
今後の研究の方向性として,消費者による購買パターンなどにみられる表側の行動面に加え,その裏側にある消費者の心理面や生活行動とその背景にある生活意識などについても理解していく必要がある。そのためには,消費者との間に,いつでもどこでも繋がることが可能なモバイルアプリを通じて,購買内外における経済的関係および非経済的関係を構築し,その行動の捕捉と共にその心理面や生活体系の理解が求められる。
本研究を進めるにあたり,法政大学名誉教授の矢作敏行先生より貴重な文献とご助言を頂いた。また,慶応義塾大学名誉教授の池尾恭一先生と同志社大学の髙橋広行先生より調査に関するアドバイスを頂いた。さらに,査読者からも適切なコメントを頂いた。ここに改めてお礼申し上げる次第である。本研究はJSPS科研費16K03950の助成を受けたものである。
西原 彰宏(にしはら あきひろ)
2007年関西学院大学商学部卒業後,2009年関西学院大学大学院商学研究科修士課程修了。2012年同博士後期課程単位取得満期退学後,2013年同博士(商学)取得,亜細亜大学経営学部専任講師を経て現職。専門はマーケティング・マネジメント,消費者行動論。
新倉 貴士(にいくら たかし)
1989年明治大学商学部卒業後,1991年横浜国立大学大学院経営学研究科修士課程修了。1995年慶応義塾大学大学院経営管理研究科博士課程単位取得満期退学後,1998年同博士(経営学)取得,関西学院大学商学部教授を経て現職。専門は消費者行動論。