2023 年 43 巻 2 号 p. 18-29
本研究の目的は,ハードウエア・スタートアップ企業(以下,HWSU)が創業前後に直面する「あいまいな問題」とその「解決行動」,ならびにその背景にある「支援」のあり方について,事例分析を通じて検討することである。HWSUは,開発しようとする製品やサービスの大まかな方向性を決める「機能デザイン」と,それを具現化させるための「技術デザイン」という2つの側面において,多くの「あいまいな問題」を抱えている。しかし,十分な経営資源や専門知識を有しないHWSUがそれに単独で対処することは難しく,適切な支援が必要となる。そこで本研究では,DMM.make AkibaというHWSU支援組織に焦点を当てる。この組織が提供する2つの支援は,HWSUの成長に貢献している。すなわちテックスタッフは,開発目標とロードマップの重要性を示唆することで,技術デザインに関する本質的な問題の発見に,そしてコミュニティマネージャーは会員と支援企業を1つのコミュニティとして活性化することで,機能デザインに関する重要な問題の再認識に寄与している。
Hardware start-up companies (HWSUs) often face “ambiguous problems” before and after their establishment. In this study, we examine such ambiguous problems, as well as their solution behavior and support by analyzing single case data. In this case study, the HWSU had many ambiguous problems in two areas: functional design and technological design. However, it is difficult for a HWSU that does not have sufficient resources and expertise to address these issues alone. To discuss this problem, we focus on DMM.make Akiba, a HWSU support organization. This organization contributes to growth of HWSUs through two support mechanisms: tech staff help to identify inherent problems with technological design by suggesting the importance of specific development goals and roadmaps, and community managers contribute to recognition of key problems with functional design by activating members and partners as one community.
本研究の目的は,ハードウエア・スタートアップ企業(以下,HWSU)が創業前後に直面する「あいまいな問題」とその「解決行動」,ならびに,それらに対する「支援」のあり方について議論することである。HWSUとは文字通り,目指す事業の中心に新規性の高いハードウエアを置いたスタートアップ企業のことである。
新しい産業や雇用を生み出すスタートアップ企業の創出や育成は,国や社会にとって重要な課題の1つである。しかし,スタートアップ企業は,新規性の不利益と呼ばれるさまざまな困難に直面するため,その成功は決して容易ではない。経営資源が乏しい中,製品やサービスの開発,顧客開拓,仕入先や外注先の確保,資金調達など多くのやるべきことを,すべて自分たちだけで対処することが難しいからである。とくにHWSUはソフトウエアやサービス業のようなスタートアップ企業と比べて,資金や設備などより多くの経営資源を必要とする。そのとき重要な役割を果たすのが,ベンチャーキャピタル,インキュベーター,ファブ施設,アクセラレーターといった,スタートアップ企業を支援する組織である1)。
スタートアップ企業の成長段階は,一般的に「シード」「アーリー」「ミドル」」レイター」の4つに区分され,この成長段階に応じて様々なサポートが支援組織より提供される。本研究はこのうち,事業の構想段階で,製品やサービスが未完成であるシード期のHWSUと,それを支援する組織の関係に注目する。シード期のHWSUは資金調達を円滑に進めるためにも,プロトタイプを完成させ,事業としての道筋を形として示すことが目標となる2)。そのためには資金調達や経営相談だけでなく,技術開発のため設備施設や専門家のアドバイス,協力企業のネットワークなど幅広い支援が必要となる。
しかし,このステージのHWSUは「あいまいな問題」を多く抱えているため,これら支援組織のサポートをうまく活用できない可能性がある。ここでいう「あいまいな問題」とは,解決すべきことがまだ特定,定義されていない問題のことであり,起業家自身,何を解決してよいのか明確にすることができていない状態を指す。たとえば教員に質問したくても,何を質問してよいかわからない学生のようなものである。我々が注目する創業間もないHWSUと支援組織の関係もまた,教員と学生の関係に似ている。支援組織がいくら立派な設備機材やアドバイザーを提供したとしても,起業家自身,開発したい製品の最終イメージや,それにたどり着くまでの道筋と課題が固まっていない場合,その活用方法がわからないのである。そこで本研究では,「あいまいな問題」を抱えるHWSUに対して,支援組織としてどのようなサポートが,なぜ有効となるのか,という問題をケース・スタディにより探索的に検討することを目的とする。
Schumpeter(1934)によれば,イノベーションとは「価値の創出方法を変革して,その領域に革命をもたらすこと」である。HWSUが行う新製品開発や生産方法の発見,新しいビジネスモデルの創造は,まさにこのイノベーションの定義そのものである。そして価値を産み出すという意味でのイノベーションは,さまざまな分野で「問題解決」のプロセスとして捉えられることが多い。たとえば製品開発論では,製品開発活動を問題解決活動として捉えることは一般的である(Iansiti, 1997; Ogawa, 2000)。またマーケティング研究の領域でも同じである。Levitt(1969)は,有名な「ドリルの逸話」を引用しながら,製品ではなく顧客が解決したい問題に目を向けることの重要性を強調した。この考え方は,Ulwick(2002)のアウトカム・ドリブン・イノベーションやChristensen, Hall, Dillon, and Duncan(2016)のジョブ理論などにも引き継がれている。
2. 2つの問題解決本研究も問題解決という視点でHWSUの活動を捉えていくが,「問題解決」をさらに2つの視点から詳細に検討する。1つめは,問題解決を「問題を発見する」プロセスとその「問題を解決する」プロセスに分けて考える(British Design Council, 2005)。正しい解決方法を見つけるためには,その前提となる解決すべき問題を正しく見つけなければならない。先行研究で見られる問題解決行動は,解決すべき問題が正しく定義されていることを前提とし,その解決策の正しさについて議論されている。たとえばLevitt(1969)の「ドリルの逸話」は,「顧客は穴が開けられるのであれば,ドリルでなくても構わない」という解決策の部分が注目されるが,じつは顧客が抱える問題を「穴をあけること」と定義したことに意味がある。もし「硬い素材に,早く穴をあけること」が顧客の問題であれば,電動ドリルという解決策が正しいことになる。HWSUの製品開発やビジネスモデル構築も,製品という解決策だけではなく,その前提となる「正しい問題の発見」のプロセスも検討することが必要となる。
これに関連して,問題解決の内容をわけて考えることも必要である。イノベーションは,機能デザインと技術デザインという2つの問題解決からなるものと捉えることができる(Ogawa, 2000)。機能デザインとは,ユーザーが抱える問題を発見し,それを機能用件に翻訳する問題解決である。技術デザインとは,その機能を実現させるために生産技術を含めた要素技術の組み合わせを創出するという問題解決である。これら2つの問題解決を行うことで,製品イノベーションが実現する。このように一般的に問題解決と呼ばれるイノベーションのプロセスは,4つの「問題」と「解決」の組み合わせであり,それぞれ以下のような意思決定が行われることになる(図1)。
「問題」「解決」に関する4つのプロセス
このようにイノベーションを実現させるためには,機能デザインと技術デザインの2つの課題に対して,「問題」と「解決」の発見それぞれに取り組む必要があるが,これらすべてを新規性の不利益を抱えるHWSUが,自分たちだけで完結させることは難しい。例えば,技術的な知識やスキルに乏しい起業家は技術デザインに関して,おそらく何が問題なのか仮説を立てることすら難しいであろう。またメーカーの技術者からスピンオフした起業家は,技術デザインに関しては自信があっても,機能デザインに関する問題解決の経験に乏しければ,問題定義を誤ってしまい,その結果導き出される技術デザインも誤ったものになるかもしれない。さらにこれらのプロセスは,必ずしも直線的に進むわけではない。試行錯誤を繰り返しながら,「問題」と「解決」それぞれの正解を探して行かなければならない。このような難しい状況を解決していくために支援企業は,どのような問題に対して,いつ,何を,どのように支援していくことが,HWSUの成長を後押しすることになるのか。これが本研究のリサーチ・クエスチョンとなる。
この課題を明らかにするため,本研究はDMM.make AkibaというHWSU支援組織を対象としたケース・スタディを行う。リサーチ戦略としてケース・スタディを選択した理由は,次の2点である。1つめは,本研究の目的がHWSUと支援組織の関係や取り組みが「なぜ」「どのように」行われたのかということに着目しているからである。2つめは,研究課題を明らかにするために,インタビューや公式記録,直接観察といった多様な証拠源を扱った分析が必要であったためである。このような研究課題に対しては,他の研究方法に比べ,ケース・スタディが適切である(Yin, 1994)。
次に,ケース・スタディとしてDMM.make Akibaを対象とした理由である。1つめは,民間組織だからである。我が国には,国や自治体主導のHWSU支援組織も存在するが,その多くは選抜型である。そのため,プロトタイプやビジネスモデルがある程度形になっているスタートアップ企業に対象が絞られる。一方民間組織は,会費支払いなど条件が整えば誰でも利用できるため,本研究が対象とする「あいまいな問題」を多く抱えた,成長の初期段階のHWSUを発見しやすいと考えた。2つめは,DMM.make Akibaが,「スタートライン」という,創業間もないHWSUを対象とした支援プログラムを提供していたことである。民間支援組織は会費を払えば誰も利用できるが,その金額は創業前後のスタートアップ企業にとって利用を躊躇させる3)。しかし「スタートライン」では利用料金が最大2年間免除されることに加え,選抜型ではあるが選考基準がプランの完成度だけでなく,意欲や人柄なども重視していたことから,「あいまいな問題」を多く抱えたHWSUが発見しやすいと考えた。3つめは機能デザインと技術デザイン両方の支援サービスを提供していたからである。DMM.make Akibaでは設備機器や技術サポートに加えて,ビジネス・マッチングやイベントなど,機能デザインの問題解決に資するサービスも提供していたため,本研究の分析枠組みに適した事例であると判断した。
2. データ源Yin(1994)は,ケース・スタディは複数の証拠源からエビデンスが収集でき,多角的に事実を検証することができるのが最大の魅力であり,長所であると指摘する。そこで本研究では,Yin(1994)が示す6つの証拠源のうち,5つからデータを収集,検討を行っている。1つめは,面接(インタビュー)である。ケース・スタディにおいて,インタビューはもっとも重要な情報源の1つである(Yin, 1994)。DMM.make AkibaおよびHWSUの典型例として後述するRapidXの関係者に対してインタビュー調査を行った4)。実施にあたっては,Yin(2018)で示されているケース・スタディにおける倫理的基準を十分考慮した5)。
2つめは,文書である。新聞や雑誌記事,さらにはウエブに掲載された文書も情報源としている。事実データの収集はもちろんのこと,インタビューで関係者の記憶があいまいなものに関しては,記事の日付を手がかりに事実の裏付けを行っている。
3つめは,資料記録である。DMM.make Akibaが設立から現在まで,社内で記録,保存しているデータも活用している。ただし社外秘である情報もあるため,研究チームで必要とする情報をリスト化した上で記入フォーマットを作成し,そこに記載してもらう方法でデータ収集することで,使用できる情報の特定を行っている6)。また企業が公式発信しているホームページ,SNSの情報も資料記録として活用している。
4つめと5つめは観察である。観察には研究者が受け身となる直接観察と,ケース・スタディの中である役割を担ったり,参加したりする参与観察があり,そこから得られる情報は,ケース・スタディにおける「現場」情報として重要である(Yin, 1994)。本研究ではDMM.make Akibaが企画しているイベント「第45回つながる交流会」に参加し,会員による発表やプレゼンテーション,参加者の交流,スタッフとのやりとりに関して直接観察を行うとともに,研究者自身が参加者としてイベント内の企画を体験するという参与観察も行った。
3. DMM.make AkibaについてDMM.make Akibaは,近年多角化を推進するDMM.comが,2014年に約5億円を投じて開始したHWSU支援のための会員制コワーキングスペースである。その名の通りものづくりの街である秋葉原で,会員である個人や企業に対し,大きく4種類の支援を提供している。
1つめは,コワーキングスペースの提供である。コワーキングスペースとは,ものづくりやビジネスアイディアを考えるための空間である。本格的な工作機械を24時間365日使える「ファブスタジオ」をはじめ,簡単な工作や作業ができるフリーアドレス・スペース,オフィスとしても使える個室,プレゼンテーションやイベントに用いるイベントスペースが,プランに応じて利用することができる。
2つめは,設備機器の貸与である。そのスペースには,ものづくりに必要となる工作道具や工作機械を多数揃えられ,会員に貸与されている。その種類は現在,機材だけも65種類,工具を合わせると500種類以上にのぼる。その中には,3Dプリンタやレーザーカッターなど,小規模のスタートアップでは利用が難しい高額のデジタルファブリケーションや,オシロスコープや恒温恒湿試験機などの計測機器まで用意されており,製作から評価試験まで,プロトタイプに関する作業はある程度ここで完結できる。
3つめは,テックスタッフによる技術サポートである。その設備機器を使いこなし,ものづくりが促進されるように技術的なサポートも提供されている。担当するテックスタッフは現在6名で,それぞれが回路設計や電子技術,デザインモック製作など,さまざまな得意分野を持つ。設備機器の使い方の指導にとどまらず,会員が製品開発に取り組む過程で直面するさまざまな問題に対してアドバイスを行っている。
4つめは,会員コミュニティが生み出す価値の提供である。DMM.make Akibaでは会員,パートナー会員,OB・OG会員,DMMグループ企業を「コミュニティ」と捉え,そこから生み出されるさまざまな価値もまた,提供サービスの1つとなっている。具体的にはビジネス・マッチングやネットワーキング,イベントや勉強会の開催などである。企画・運営を担うのはおもに4名のコミュニティマネージャーである。
ここからは,DMM.make Akibaによる具体的なHWSU支援についてみていく。DMM.make Akibaはこれまでの累計で7,000名近い会員をサポートしてきたが,本研究はその中でも,株式会社RapidX(以下,RapidX)との関係を中心にケース検討を行っていく。
1. 株式会社RapidXについてRapidXは,火災による死亡事故をゼロにすることをミッションとしたHWSUである。一酸化炭素など火災の予兆となる複数の現象を機器で検知することで,火災による死亡事故をなくすことを目指している7)。現在はシード期の終盤で,大学と連携しながらプロトタイプ完成に取り組んでいる。同社はいくかの点で,特異な事例(Yin, 2018)として注目すべき特徴を持つ。
まず同社は,技術的な知識やスキルがほとんどない状態で創業している8)。さらに後述するように,機能デザインに関する問題発見も不十分であり,イノベーションに必要な「問題」と「解決」が「あいまいな状態」であった。次に,そのような状態であるにも関わらず,創業当初からDMM.make Akibaのサービスが利用できていた。同社はDMM.make Akibaの「スタートライン」に採択されたことで,すべてが「あいまいな状態」でも支援組織のフルサポートを受けることができていた。そして現在も企業として存続し,事業化に向けた成長を続けている。創業時点で多くの困難を抱えながら,シード期からアーリー期に向けて徐々に成長しているということは,DMM.make Akibaをはじめとする支援組織からのサポートをうまく活用できている可能性が高いことを意味する9)。
そこで本研究では,このRapidXが取り組む機能デザインと技術デザインの「問題」と「解決」に対して,DMM.make Akibaがどのような支援を行い,そしてそれらがどのように機能していたのかを,ケース・スタディで確認することとした。
2. 創業前の状況最初にRapidXの概要について確認しておく。同社は,創業者である正留世成氏が2014年に,火災で3兄弟の真ん中の弟を失うというつらい体験が原点である。そこから火災ゼロの世界を作りたいという強い思いが芽生えるのだが,そのときは大手流通企業に勤務する会社員だったこともあり,「火災による死亡事故をなくす」という漠然とした思いだけで,起業どころか,解決に向けたアイディアすら浮かんではいなかった。
企業に向けた思いが具体化し始めたのは2020年である。ZOZOの創業者である前澤友作氏が,10億円を10人の投資家に投資するという企画を発見した正留氏は,はじめて漠然とした思いをビジネス・アイディアとして形にすることを試みた10)。このときのアイディアは以下のようなものである。
「消防車が到着することが遅いのが原因なら,すぐに消せる方法を開発すればよいと考えました。ピーター・パンに登場するティンカー・ベルのような,小さなドローンのようなものを部屋中に飛ばし,火を消すというようなアイディアでした」(RapidX 正留氏)
この発言が示すように,当初の機能デザインは火災の「早期消火」とであり,それを小型ドローンで行う技術デザインであった。しかし後に明らかになるように,このアイディアは機能デザインのレベルで正しい問題設定ではなかったため,実現することはなかった。
この頃,正留氏はDMM.make Akibaと出会う。正留氏の活動を知ったDMM.comの会長室から直接コンタクトがあったのである。面談を経て,「スタートライン」に採択された正留氏は,この施設に入居することとなる。2020年末のことである。
このプログラムは,プレシード期の起業家が多く応募していたが,面接を担当したコミュニティマネージャーの浅田氏によれば,正留氏はその中ではゼロからのスタートと言ってよいほど,早いフェーズだったという。
3. テックスタッフによる支援 (1) 技術デザインの問題解決その正留氏に対して,DMM.make Akibaによる支援は,テックスタッフによるアドバイスが中心となった。テックスタッフはその名の通り,技術デザインの「解決」支援が中心となる。技術顧問の阿部氏によれば,業務の約9割は機材や工具の使い方の説明や,作ってみたけれど動かないといった,ものづくりの過程で生じる問題解決に関するアドバイスであるという。問題によっては一緒に設計を考えたりすることもある。技術的な知識やスキルのない正留氏も同様で,「とりあえず」プロトタイプの製作に取り組む過程で,非常に初歩的な「技術デザイン」の「解決」に関する支援が頻繁に行われていたことが,インタビューや正留氏のブログなどからも確認できる。
(2) 技術デザインの問題発見同じ時期に,「解決」以外にも「技術デザイン」の「問題発見」に関する支援も行われていたと考えられる。同氏のブログに「ロードマップ」という言葉が何度も登場するのである。ロードマップとは,長期的な視点で製品のビジョンや方向性など,プロジェクトの全体像をまとめたものであり,製品によって解決すべき問題を明確にするために不可欠なものである。メーカーが製品開発を行うときは,このロードマップの作成は常識ではあるが,技術的知識がほとんどなく,またプロトタイプ製作を開始したばかりの正留氏が,このロードマップに言及していたことは非常に興味深い。技術デザインの「解決」方法やスキル習得に意識が行きがちなプレシード期のHWSUが,製品開発全体に目を向けるようになったのは,テックスタッフの影響が大きいと考えられる。その証左として,テックスタッフによる技術的アドバイスについて,正留氏と阿部氏はインタビューにおいて,それぞれ興味深い発言をしている。まず正留氏は,阿部氏からのアドバイスはいつも「宿題」があったという11)。この「宿題」の意味について,技術顧問の阿部氏にインタビューで確認をしたところ,これは「相談の仕方」に関係するとのことであった。
「例えば試作品の落下試験があったとします。試験そのものは産技研などに頼めば簡単にやってくれます。ただそのとき30センチの高さから落とすのか,1メートルから落とすのかはこちらが決めなければなりません。その高さは最終製品をどのように使うのかによって変わってくるわけです。家庭で使うなら30センチからの落下強度で大丈夫なわけです。そういうことを考えて来て下さいねというのが,たぶん『宿題』ということだと思います」(阿部氏)
つまり阿部氏は「宿題」は,製品開発において個別の技術やスキルだけを考えるのではなく,それが製品開発全体でどのように位置づけられるのかを考えること,つまり技術デザインにおける「正しい問題」の「発見」に関する指導であったと思われる。それを裏付けるように,阿部氏はインタビューにおいて,技術デザインにおける「正しい問題」の定義や発見の重要性を示すエピソードとして,部品表やスケジュール管理を挙げる。これらは,テックスタッフの支援が「技術デザイン」の「解決」だけでなく,ロードマップやコスト管理,製品設計など,「全体の問題を正しく発見,定義すること」の重要性に気づいてもらうための支援もあったことを示唆している12)。
4. コミュニティマネージャーによる支援 (1) 機能デザインの問題発見テックスタッフの支援と並行して,コミュニティマネージャーによる支援も提供されている。その中で,RapidXの機能デザインの問題解決に関して,非常に大きな役割を果たしていたのが,外部のアクセラレーションプログラムの紹介である。DMM.make Akibaは会員に対して,外部団体が主催するHWSU支援プログラムや助成金,コンテストを積極的に紹介し,利用を促している。正留氏が「わらしべ長者のよう」と表現するように,HWSUは一般的に,いろいろな支援プログラムに採択されながら,企業としての成長ステージを高めていく。RapidXも同様で,その中の1つである「HAX Tokyo」のアクセラレータープログラムが,同社の「機能デザイン」の「問題発見」に大きな影響を与えることとなる13)。
RapidXは現在,取り組むべき問題を「火災の早期検知」と定義し,それを実現させる製品開発に取り組んでいるが,前述のように,当初は「早期消火」という機能デザインと,それを具現化する小型ドローンという技術デザインを構想していた。これは2020年12月頃,正留氏が家族の事故をきっかけに火災による死亡原因を調べたところ,火災による死亡事故の8割は一酸化炭素中毒で体が動かなくなり,逃げ遅れてしまうことを知ったからである14)。ここで興味深いことは,逃げ遅れの原因となる一酸化炭素をいち早く「検知」することの必要性を認識していたということである。実際,2021年2月には「防火センサー」のプロトタイプ開発を始めているし,3月には二酸化炭素感知センサーのプロトタイプ開発も始まっている15)。しかし,機能デザインが「早期消火」であったため,検知技術開発という「技術デザイン」の「解決」策は,消火活動を早めるために火災の兆候をさぐるためサブ技術に過ぎなかったのである。
検討を重ねていくうちに,早期消火では死亡事故をなくすことが難しいと気がついたRapidXは,つぎに「通報」という問題設定を行う。死亡事故をなくすためには,早く逃げることが重要であり,そのためには検知した兆候をできるだけ早く伝えることが,正しい問題であると考えたのである。「通報」という機能デザインに基づき,検知した情報をLINEなど外部へ発信する技術デザインが検討された。ところが,2021年HAX Tokyoにおいてメンターや関係者とのやりとりを重ねるにつれ,本当に重要な問題が「検知」であることに気づく。火災により多くの命が失われているのは,火災の兆候をいち早く「検知」できていないことに根本的な問題がある,との結論に至ったのである。
機能デザインとして「早期検知」が定義されると,技術デザインの「問題」が新たに発見されるようになる。それは既存製品やシステムでは,「誤検知」が多く発生しているということである。火災報知器など早期に検知する技術は開発されているものの,その多くは誤報が多く,「オオカミ少年」(RapidX正留氏)のような状態であったという。つまり誤検知を減らすことこそ,「技術デザイン」の「正しい問題」であることがわかったのである。技術デザインの「問題」が見つかることで,「解決」の発見にも変化が生まれる。誤検知をなくすためには,「1つのデータだけでなく,複数のデータを組み合わせた検知」や「データをそのまま使うのではなく,AIを使って解析した上で判定」など,早さだけでなく正確性を高めるための技術開発に意識が向くようになったのである。
(2) 技術デザインの問題解決DMM.make Akibaでは,会員同士やパートナー企業とのマッチングにも積極的である。DMM.make Akibaのコミュニティには,600社以上が参加している。そこには起業を目指すスタートアップだけではなく,新規事業の種や自社製品の活用先を探す既存企業,大手メーカーの中に勤務しながら新しい何かを見つけたい技術者など,多種多様な人や企業が集まっている。それらをコミュニティマネージャーがうまくつないでいくことによって,会員同士によるお互いの「技術デザイン」に関する問題解決へとつなげている。このようなマッチングは,他のインキュベーターやアクセラレーションプログラムでも重要な支援業務の1つであるが,DMM.make Akibaでは,「先輩-後輩」や「同志」のつながりなど,内部の組み合わせを積極的に発見している。たとえばコミュニティマネージャーは,会員企業に対して定期的にヒアリングを行い,開発の現状や課題の把握に努めている。これは会員の問題点にいち早く気づくと同時に,会員が現在持っている強みを知ることにもなっている。ヒアリングで得た情報を使い,ある問題で困っている会員を見つけると,それを解決できそうな会員や外部ネットワークにつなげている。
また会員限定のクローズドなイベントを通じた内部マッチングでは,あえて同質性を重視したマッチングも試みている。セミナーや交流会,さらにはランチ会など小規模で,かつ共通点のある会員を集めたイベントを数多く開催し,会員同士の接点を増やすことで,会員同士が「勝手につながっている」(浅田氏)状況を作り出している。そしてこのようなつながりを通じて,テックスタッフだけではカバーしきれない技術デザイン上の問題解決を自主的に行ったり,共同開発のパートナー探しにもつなげている。
ここまでの議論を整理しよう。シード期のHWSUは,開発しようとする製品やサービスの大きな方向性を決める「機能デザイン」と,それを具現化させるための「技術デザイン」という2つの問題解決いずれにおいても,多くの「あいまいな問題」を抱えている状況が改めて確認された。とくに技術的な知識やスキルが不足した状態での起業では,「こういうものを作りたいが,何から始めたらよいかわからない」(RapidX 正留氏)というように,解決の糸口すら見つからないこともある。それでも,ものづくりスタートアップ企業として,「とりあえず」プロトタイプ製作のような「技術デザイン」の「問題解決」に関する試行錯誤を始めるのであるが,その解決策は必ずしも「正しい問題」に基づいていない。しかしRapidXの事例が示すように,機能と技術いずれの問題解決能力がまだ十分備わっていない段階では,たとえ支援組織からのサポートがあったとしても,その間違いに気づくことは容易ではない。
原因の1つとして考えられるのは,HWSU側の吸収能力(absorptive capacity)の問題である。Cohen and Levinthal(1990)が指摘したように,企業が外部の知識を活用するためには,その知識を受け入れることができるだけの能力を企業内部であらかじめ構築しておく必要がある。創業初期のHWSUはこの吸収能力が不足しているため,支援組織から提供されるサポートを十分活用できないことがある。
もう1つは,HWSUと支援組織の間に生じる情報の粘着性を原因とするものである。新規性の高いアイディアやニッチな市場のニーズ情報は,他人に移転することに困難を伴う(von Hippel, 1994)。とくに暗黙知が多い機能デザインに関する問題は,形式知化が可能な技術デザインに関する問題と比べ,粘着性問題が発生する可能性が高く,HWSUと支援組織のコミュニケーションが円滑に進まないことが考えられる。
2. DMM.make Akibaの支援と効果このような課題に対し,DMM.make Akibaによる支援とその効果として指摘できるものは,「正しい問題の発見」を意識したアドバイスである。数多くの「あいまいな問題」に直面するHWSUは,その努力が目に見える技術デザインの「解決」に関心を向けがちになる。これに対しテックスタッフは,開発目標やロードマップなどを示しながら,現在取り組んでいる技術デザインの「解決」が,開発全体の中でどのような意味を持つのか意識させる工夫を行っていた。
先行研究でも,あいまいな状況の中で問題定義と解決が同時並行で行われる場合があること,そしてそのような場合開発者は,プロトタイプ製作と評価を何度も繰り返しながら,ニーズ(問題)とソリューション(解決)の妥協点を探っていく「対話」が重要であるとされている(Hirota, 2017; von Hippel & von Krogh, 2016)。テックスタッフによるサポートも,この対話を促進させる方法の1つであると考えられる。ただ先行研究が指摘する「対話」は,ニーズを解決したときの効用とそれに要する解決策のコストとの折り合いという側面が強く,RapidXが機能デザインを早期消火から早期・正確検知へ転換したような,問題そのものの見直しには必ずしもつながらない(von Hippel & von Krogh, 2016)。RapidXがこのように機能デザインの見直しができた理由として,DMM.make Akibaが「宿題」を与えたり,外部の支援機関を紹介したりするなど,HWSU自身が「正しい問題」を深く考えるきっかけを提供していたことが,少なからず影響していると考えられる。
もう1つは,コミュニティとしての問題解決である。DMM.make Akibaでは会員やサポート企業を1つのコミュニティとして捉え,コミュニティマネージャーを中心にその活性化と有効活用に努めていたが,このコミュニティの存在がHWSUの抱える「あいまいな問題」を解決することに非常に重要な役割を果たしていると考えられる。
コミュニティは非常に幅広く,あいまいな概念であり,研究者の数だけ定義があるといっても過言ではない16)。その中で,経営学やイノベーション研究においてコミュニティが議論される際は,企業組織との対比で扱われることが多い。すなわち組織の公式的な関係やルールに縛られることなく,個々の興味関心や人間関係に基づいて非公式に結びついている人と人とのつながりをコミュニティと呼び,そしてそのコミュニティは,組織の問題解決にさまざまな形で貢献することが指摘されてきた(Barnard, 1968; von Krogh, Ichijo, & Nonaka, 2000; Wenger, McDermott, & Snyder, 2002)。またユーザー・イノベーション研究では,組織の外部に存在する「ユーザー・コミュニティ」が,メーカー組織にかわってイノベーションの主体として機能する場合があることが指摘されている(Franke & Shah, 2003; Jeppesen & Frederiksen, 2006; von Hippel, 2005)
DMM.make Akibaもまた,コミュニティが持つ問題解決力を活かした支援の仕組みを提供している。その1つが,多彩なイベントである。先ほど会員限定のクローズドなイベントと,そこから生まれる技術デザインの問題解決効果について説明したが,DMM.make Akibaでは会員以外にも門戸を開いたオープンなイベントも提供している。その代表的なものは2ヶ月に1回のペースで開催される「つながる交流会」である。会員によるプレゼンテーションや試作品の展示を行い,それを外部の人たちが見学に来るこのイベントは,2023年6月現在,45回を数える。毎回60から70人ぐらいが参加し,会員と非会員は半々である。
非会員として参加するのはスタートアップだけでなく,スタートアップと協業を考える事業会社も含まれる。ここで新しいアイディアを見つけて,一緒に協業することもある。つながる交流会は「ここに来るといろいろなものづくりをしている面白い人に出会えるというブランディングができている」(コミュニティマネージャー 浅田氏)ため,とくに集客活動をしなくても集まるようになっているという。当初はテーマを決めて,それに関係する会員に登壇してもらっていたが,現在ではあえていろいろなテーマを混在させるようにしているという。これはジャンルをバラバラにすることでいろいろな企業や人の来場を促すためである。こうすることで,DMM.make Akibaコミュニティを大きくするとともに多様性を高め,会員のイノベーションを誘発する効果を生み出している。
同時にこのイベントは,内部の一体感を生み出すことに貢献している。実際に参加し,観察調査を行なったところ,この「つながる交流会」は非常にエンターテイメント性が強いことに驚かされる。例えば司会を務めるコミュニティマネージャーは,自らのことをMCと呼び,参加者はMCの一言ひとことに拍手で答える。また会員同士,さらには会員とDMM.make Akibaスタッフの関係も親密で,たとえばプレゼンテーションの1つに,会員やスタッフを自社工場に招いて行った見学会の模様を紹介するものがあった。そこでは参加者による改善案の提案なども行われたことも紹介されおり,単に同じ施設の利用者という関係を超えた,「同志的」つながりが存在しているこが確認された。さらにこの日は,コミュニティマネージャーの1人が人事異動でDMM.make Akibaを去る日であったため,会場内のホワイトボードには感謝のメッセージが書かれていたり,イベント終盤では当該コミュニティマネージャーとの記念撮影会,会員主催の送別会など,さながら大学のサークル活動のような雰囲気となっていた。これらはすべて,コミュニティへの帰属意識を高めるとともに,個々の会員のコミュニティに対する貢献意欲を高める効果を生み出していると考えられる。
このように帰属意識や貢献意欲の高い会員を持つこのコミュニティは,創業間もないHWSUが抱える吸収能力の不足や,情報の粘着性問題をうまく解決する仕組みとしても機能している。会員同士のコミュケーションやコミュニティマネージャーからの情報提供により,会員は自分が現在抱えている問題を,かつて経験した「先輩」や「同志」を探し出すことができる。そのため,完全に言語化できないような「あいまいな問題」であっても相談しやすくなるし,相談を受けた「先輩」や「同志」も,より的確な助言を与えられる。
3. ブランド価値DMM.make Akibaの支援を受けた会員や卒業者の中には,広く世に知られるような企業も育ってきた17)。これに加えて急速な多角化を進める運営会社DMM.comへの注目度も重なり,DMM.make Akibaという支援組織やコミュニティは,それ自体がブランドとしての価値を持つようになり,間接的な支援効果も生み出している可能性がある。
まず,このコミュニティが持つシグナリング効果である。シグナリングとは,情報を持っている集団が情報を持っていない集団に対して,私的情報を明らかにするために行う行動のことである(Spence, 1973)。スタートアップ企業側からステークホルダーに対して,自分たちが持っている情報を積極的に発信することによって情報の非対称性問題の解消を試みるということである。例えばスタートアップ企業は,資金調達を行うためにベンチャーキャピタルや金融機関に対して,自社の売上高に加えて,起業家自身の資産状況のような個人情報,自分たちが開発している製品やビジネスモデルの市場性などの将来予測を開示することで,返済能力や投資効率の高さをシグナルすることになる。
DMM.make Akibaのコミュニティとしての魅力は,ステークホルダーにとってシグナリング効果をもたらしていることが考えられる。それを示す1つの証左が,正留氏に対してDMM.make Akiba卒業のタイミングについて尋ねた際,「この施設でものづくりをやっている,DMM.make Akiba発ということは大きな意味を持つかもしれない」(RapidX正留氏)と述べている。つまりこの「特別な」拠点に所属し続けることで,ステークホルダーに対し自分たちも特別な存在であるとのシグナルを発することができると考えているのである。
またたんなる外注先を超えた,協同化のためのプラットフォームとして機能している可能性もある。正留氏は,今後もしばらくDMM.make Akibaに留まる理由として,入居者たちの持つ知識やノウハウについても言及している。おそらく知識やスキルだけで考えれば,外部で同じような協業先を見つけることは可能であろうが,このコミュニティに深くコミットしているHWSUは,あこがれや信頼感のある「先輩」や「同志」の力を借りて,事業化に進んでいきたいという思いが見て取れる。これはWenger et al.(2002)が指摘するように,もっとも利用頻度が高く,もっとも有益な知識ベースがコミュニティに組み込まれていることを示唆していると言える。
本稿では,「あいまいな問題」と「解決」について,スタートアップ企業とその支援組織の関係をケースとして議論してきたが,このような問題に直面しているのは起業家だけではない。メーカーの製品開発活動や流通企業の販売現場,ビジネスモデルの改良など,多くの場面で,この「あいまいな問題」と「解決」は発生する。本研究は単一ケース・スタディであることから,ここで得られた知見を一般化することはできないが,本研究が指摘したように,試行錯誤に対する適切な支援や,コミュニティによる相互支援のしくみに関する示唆は,これらの問題を解決するための手がかりとなるであろう。また多様なデータを組み合わせるケース・スタディの手法は,そのような仮説を探索のアプローチとして非常に有効であることが改めて明らかになったと考える。
本論文は令和2年度~令和4年度日本大学商学部(共同研究)研究課題名「共創イノベーションの分析に関する学術的研究」(所管:特定プロジェクト)における研究成果の一部である。
水野 学(みずの まなぶ)
2005年 神戸大学大学院経営学研究科修了。博士(経営学)(神戸大)。日本マーケティング研究所,流通科学研究所,阪南大学を経て,2018年より現職。専門はユーザー・イノベーション論,ビジネスモデル論
中川 充(なかがわ みつる)
北海道大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。日本経済大学准教授などを経て,現在,日本大学商学部教授。専門はグローバル・イノベーション。
石田 大典(いしだ だいすけ)
早稲田大学商学部卒業。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。早稲田大学商学学術院助手,助教,帝京大学経済学部助教,講師,日本大学商学部准教授を経て,現在,同志社大学商学部准教授。専門は製品戦略。
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