マーケティングジャーナル
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特集論文 / 招待査読論文
生成AIの創造性寄与に関する一考察
― チューハイのパッケージデザインを例に ―
小川 亮小口 裕千田 彩花
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ジャーナル オープンアクセス HTML

2024 年 43 巻 3 号 p. 55-67

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Abstract

本稿では,生成AIが人の創造性にどのように貢献するかについて研究を行った。マーケティング,心理学,認知科学における創造性研究レビューを行い,創造プロセスを考察した上で,生成AIの仕組みとの類似性から仮説を構築した。生成AIの活用が創造性のプロセスに寄与する,生成AIが作成した情報を段階的に提示することが創造性に寄与する,専門知識が高い創造主体の方が生成AIを活用して創造性を発揮しやすいという3つの仮説を立て実験を行った。実験ではAIを活用して制作したデザインとAIを活用せずに制作したデザインをそれぞれ6案用意し,3名のパッケージデザイナーのエキスパートインタビュー,85名のパッケージデザイナーへの定量調査,200名のユーザー調査を行った。検証の結果,ユーザー調査からは生成AIによる創造性寄与が見られた。一方,85名のパッケージデザイナーへの調査からは段階的な情報提示による創造性への寄与は見られなかった。また同調査から,生成AIが経験年数の短いデザイナーの創造性を向上させること,また経験年数の長いデザイナーに対しては目的から距離のあるAI生成画像であっても創造性に寄与する点が確認できた。

Translated Abstract

This paper discusses how generative AI can contribute to human creativity. We conducted a review of creativity research in marketing, psychology, and cognitive science to examine the behaviors and processes that create human creativity, and developed a hypothesis based on similarities with the mechanism of generative AI. Three hypotheses were developed and tested: (1) use of generative AI contributes to the creativity process, (2) step-by-step presentation of information created by generative AI contributes to creativity, and (3) creative entities with greater expertise in the task are more likely to use generative AI and demonstrate creativity. We prepared a total of 12 designs, 6 with AI and 6 without AI, and conducted expert interviews with three package designers, a quantitative survey of 85 package designers, and a user survey of 200 users. The results of the user survey showed that the generative AI contributed to creativity. In contrast, the quantitative survey of 85 package designers showed no contribution to creativity from the step-by-step provision of information. The quantitative survey also indicated that generative AI improves creativity for designers with less experience, whereas for designers with more experience, AI-generated images contribute to creativity even if they are distant from the objective.

I. はじめに AIの普及と価値 本論文の目的

オックスフォード大学のフレイとオズボーンは2013年の雇用の未来(The Future of Employment)において,米国労働市場の47%が今後コンピュータによって代替可能である一方で,人々の価値の流動性故に高度な創造的知性は自動化されにくいと指摘した(Frey & Osborne, 2017)。そこから10年がたち2022年~2023年にかけて生成AIが次々と登場した。米国Gartner社によれば生成AIとは「コンテンツやモノについてデータから学習し,それを使用して創造的かつ現実的な,まったく新しいアウトプットを生み出す機械学習手法」と定義され,言語から画像を生成するStable DiffusionやMidjourneyやDALL-E2,言葉から言葉を生成するChatGPTなどが登場し,多くの人が使える環境になっている。またこういった生成AIを独自に進化させることで,より広い分野に適用しようとする動きが加速している。こういったジェネレーティブAIの登場によって,創造力を要するクリエータやデザイナーの仕事の多くがAIで代替されるのではないかとの主張が存在する一方で,AIが人々の限定された活動領域の再結合を促し,また結合の仕方そのものを新しくする点に着目し「AIは人間の構想力,創造力を発現しやすくするツールとして活用することもできる」(Sudo, 2018)という,AIの創造的側面を指摘するものも存在する。しかし,なぜAIが人の創造性の発揮に貢献しうるかのメカニズムを検証した論文は少ない。そこで本稿では生成AIが人の創造性へどのように貢献しうるのかついての仮説構築,検証を行う。

まず,マーケティング及び心理学,認知科学及びにおける創造性研究をレビューし,人の創造性を構成する要素や,それが発揮される仕組みついて俯瞰する。次に生成AIのアルゴリズムについて触れ,AIのアルゴリズムと人が創造性を発揮するプロセスとの関係性について概観する。人の創造性プロセス研究と生成AIのアルゴリズムからみられる特徴からAIが人の創造性に貢献する構造を整理し,仮説を構築する。本仮説の検証においては,今後生成AIを活用するであろうデザイナーに対するエキスパートインタビュー及び定量調査に加え,一般の消費者を対象にした定量調査を実施した。尚,本研究ではパッケージデザイン分野を対象とし,生成AIについてはオープンソースの自由度を持ち,操作性も容易なことからStable Diffusionを活用して検証を行った。

II. 創造性研究レビュー

1. マーケティング分野における創造性研究

創造性研究は様々な分野に横断的に研究されるテーマであり,個別の研究テーマやその研究対象となる創造主体においても多岐にわたる。例えばマーケティング分野においては企業の創造的活動を製品の意味の再定義ととらえる研究が存在する。マーケティングリフレーミングの概念では「視点を変えることによって,それまで見逃していた可能性を自らの中に見いだし,何ができるかの発見をうながす」というリフレーミングの概念をマーケティング活動に援用し,創造的活動における従来のポジショニングの概念からの進化の必要性を説いている(Kuriki, Mizukoshi, & Yoshida, 2012)。また企業がマーケティング活動において新たな意味を発見し,創造する手段として企業間あるいは製品間の競争から新しい欲望が創出され,その欲望に再帰的に適応することで価値が生まれるとする競争的使用価値の概念(Ishihara, 1982)やユーザーの使用の中に新しい意味の発見を求めるユーザーイノベーション(Von Hippel, 1976),あるいは意味を作り出す言葉の強さに着目し,言語とマーケティングには相互作用があり,構造の二重性が意味創造を促進するとする研究もある(Matsui, 2013)。こういった研究は製品が市場を創造するメカニズムを解明する点においては極めて有効だが,個人の創造性がどのように発揮されるのかといった点に言及しているものは少ない。例えば,エフェクチュエーション概念では自らの資源を洗い出し行動していくことで他者とつながり,その相互作用が新たなものを生み出すといった起業家の思考行動プロセスを体系化し,「偶発性の活用」の統計的な優位性を示している(Sarasvathy, 2008)。あるいは先入観から解放され,性質の異なる知識や技術を結び付けることが効果的な創造的思考だとする研究もある(Taura, Tsumaya, & Yamada, 2018)。しかしこういった個人を対象とする創造の思考に関する研究においてはマーケティング分野においては少なく,認知科学や心理学分野で多く見られる。

2. マーケティング分野以外の創造性研究

認知科学において洞察,いわゆる“ひらめき”は,まったく新しい解を創造する生産的思考の一つとされており(Mayer, 1992),創造性と並べて論じられることも少なくない。ひらめきの発生について,ひらめきは連想を広げた先に待っているとする(活性拡散アプローチ),ひらめきは考えつくそうとした人に訪れる(問題空間アプローチ),ひらめきは良いきっかけやヒントを得た人に訪れる(機会論的アプローチ),ひらめきは常識にとらわれない人に訪れる(制約論的アプローチ)の4つに大別される(Abe, 2019)。中でも制約論的アプローチについては制約の緩和・調整についての研究がなされている。制約論的アプローチにおける制約とは,いわゆる常識・固定概念のことである。制約は,通常我々が余計な情報に惑わされず円滑に思考するのに役立つが,ひらめきにおいてはむしろ障害になり,ひらめきの発生プロセスにおける行き詰まりを生じさせる。したがって,ひらめきの発生のためには制約を適切に緩和・調整することが必要であると指摘されている(Issak & Just, 1995; Ohlsson, 1992)。また,制約の動的緩和理論(Hiraki & Suzuki, 1998)では,この制約が失敗や部分的な成功,あるいは特定情報の提供をきっかけに段階的に解除されることで洞察すなわち創造性が生みだされるという理論的枠組みを提供している(Suzuki & Hiraki, 2003)。本理論を援用すれば生成AIによる創造性寄与には提供する情報の量や手順の差が生み出す創造性寄与に与える影響の違いについて仮説構築を試みることができる。

鈴木は制約には課題によって複数の制約が存在するとしながらも,対象レベル,関係,ゴールといった3タイプの制約が存在するとしている(Suzuki & Hiraki, 2003)。そしてそれぞれのタイプの持つ制約解除の工程が洞察へのアプローチだと説く。また,創造的な問題解決の個人差に関わる問題として,初期の制約強度,学習率,現在状態の評価関数をあげている(Hiraki & Suzuki, 1998; Suzuki, Miyazaki, & Hiraki, 2003)。特に学習率においては失敗経験による制約強度更新の度合いと発想の柔軟性または頑固さを重要としている(Abe, 2019)。

心理学分野においてAmabile(1983, 1996)は,創造性には「専門的な知識・技能」,「創造的な思考能力」,「モチベーション」の3つの構成要素が必要であるとして,創造性の構成要素モデル(Componential Model)を示した。また,これらの3つの他にも,サポートやフィードバッグが得られる良好な環境も重要な要素だとしており,個人の創造性のみならず,組織の創造性の向上に向けた重要な視点を提供している。

以上のレビューを通じて,既存の創造性研究の共通概念としてアイデアとは新しい掛け合わせであり,一部の特殊な人の能力ではなく,一定の体系を持った方法論として定義できることを前提に研究がなされていたことが共通して確認できる。またマーケティング・リフレーミング(Kuriki, Mizukoshi, & Yoshida, 2012)に見られるように,新しい視点を手に入れることと創造性の関係に着目している点も多分野での創造性研究に共通している。また,創造性のプロセスは時間の経過によって進むことも各研究の共通項として存在する。

先行研究よりいくつかの分野にまたがって存在する創造性研究の共通の特徴として,「1.創造とは複数の情報の新しい掛け合わせから生まれる」「2.創造は創造主体が新しい視点を獲得することで生まれる」「3.創造へは時間の経過とともにいくつかのプロセスによって到達する」といったことが確認された。

III. 生成AIの構造について

AIの歴史は1950年代にさかのぼる。人口知能の明確な定義はないが,1956年米国の計算機学者ジョン・マッカーシーは「知的な機械,特に,知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術」(McCarthy, 2007)と定義し,IBM(n. d.)のウェブサイトには「人工知能とは,コンピュータや機械を活用して,人間の心の問題解決能力や意思決定能力の模倣技術である」と記載されている。1970年代より定期的なAIブームが訪れたが,2014年にジェフリー・ヒントンのディープラーニングに関する研究成果の発表が大きな契機になり(Sudo, 2018),デジタル化,DX化の流れとともに社会での活用が積極的に検討され運用されてきた。中でも2022年にリリースされたChatGPTやStable Diffusionといった生成AIの登場により社会的なインパクトと企業の産業への活用意欲は大きく高まっている。本章では,AIにおけるディープラーニングの基本構造とStable Diffusionのアルゴリズムを整理することにより仮説を構築する。

1. ディープラーニングの構造について

ディープラーニングとはAIにおける1つの技術領域であり,昨今のAIの発展に大きく寄与した技術である。生成AIにおいてもこのディープラーニング技術を援用して発展しているものが多い。ディープラーニングの基本的構造は人の脳のニューラルネットワークを模しており,入力層と出力層の間に多層化された中間層を設け,大量の学習データを入力層と出力層にそれぞれ設定し,中間層のパラメーターを最適化することで学習データの持つ特徴量を効率的に活用するアルゴリズムである(NRI, n. d.)。

2. Stable Diffusionの構造について

Stable Diffusionとは英スタートアップのStability AIが2022年8月にオープンソース形式で公開した画像生成AIであり,全世界にソースコードが無償公開されたことで多くの登録ユーザーを抱え,22年秋時点で1億7,000万枚以上の画像が生成されている(Nikkei,2023)。Stable Diffusionはディープラーニング(深層学習)の1種である潜在拡散モデルを活用したプログラムで,ウェブ上の画像を学習データとして学習し,文章を入力すると自動で画像が生成される画像生成AIの1つである。純粋なノイズ画像から少しずつノイズを取り除いていくことで,最終的に綺麗な画像を生成する仕組みである(Tanaka, 2023)。2020年のHo & Abbeeの“Denoising Diffusion Probabilistic Models”の拡散モデルがStable Diffusionのアルゴリズムのベースとなっており,オートエンコーダのU-NET,オートエンコーダに確率分布を導入したVAE,特徴量に時系列情報を付与するTransformer,画像とテキストの類似性をベクトル化するモデルCLIPの4つが主な構成要素となっている(Rombach, Blattmann, Lorenz, Esser, & Ommer, 2022)。画像とその説明文であるテキストを1対にした学習セットを学ばせたAIに対し,入力されたテキストが特定の画像を指し示すベクトルに変換され,その数値ベクトルに近くなるように画像の組合せを一定数繰り返し生成した画像が出力されるという仕組みである。画像生成を効率的に行うために情報を圧縮し,確率分布を用いることで効率的に生成を行えるようにした点もStable Diffusionの特徴である。

3. 生成AIに見られる3つの特徴

生成AIにはChatGPTを代表とする言語を生成するものとStable DiffusionやMidjournyといった画像を生成するものがある。その他にも動画や音楽,アニメーションを生成するAIが存在している。多くのジェネレーティブAIに見られる生成アルゴリズムから下記の3つの特徴が存在すると考えられる。

(1) 網羅性

生成AIの基本構造は前述の通りWeb上にある大量の学習データを蓄積し,一定のアルゴリズムを作り文章あるいは画像などを生成する仕組みであり,その網羅性は人間個人あるいはチームが保有する,あるいは想像できる情報量を大幅に上回る。

(2) 合理的偶然性

生成AIが生成する成果物は人のテキスト入力によって何らかの方向性やゴールが与えられ,数値化されたゴールとの差が最も少なくなるように言語あるいは画像を合理的に再結合させることで生成する。一方で,目標に最も近く生成されることをだけ目標にした場合,生成される成果物は理論上1つになってしまう。このことを避けるために生成AIでは再結合のプロセスの1部に偶発性を持たせることで,目的に向かいながらも偶発性を持つという「合理的偶然性」を有している。

(3) 圧倒的生産性

人による生成とAIによる生成では圧倒的に生産性が異なる。通常開発工程では各工程に与えられている時間の上限が決まっている為,人が生成することのできるアイデアや成果物は1成果物あたりにかかる時間や金額といったコストに制約されることになる。

しかし生成AIは圧倒的な生産性を保持する。例えば,パッケージデザインの場合10案作成するのにおおよそ2週間程度の時間と3名のデザイナーを要することが多い。これに対して生成AIに同じ時間が与えられた場合,Stable Diffusionでのデザイン生成が1デザインあたり5秒かかったとすると,24万1,920案を作成することができ,単純計算では人の2万4千倍以上の生産性を保持する。先行研究が示す通り,創造性がアイデアを出し尽くすという行為の中に存在するとするならば,この圧倒的な生産性を保持していることもAIの創造性貢献の1要素ととらえることができる。

IV. 創造性に対する仮説

本論文では従来の創造性研究による創造性の創出プロセスと生成AIのアルゴリズムが保有する特徴に着目して仮説構築を行う。生成AIはネット上の膨大な情報を網羅した上で目的に合わせて合理的にあるいは偶発的に情報を新結合させる特徴をもっている。また創造性の先行研究に見られた通り,創造とは複数の情報の新しい掛け合わせから生まれる。

Seifert and Patalano(2001)によれば,創造性は考え尽くそうとした結果,問題空間に試行錯誤の記憶がfailure indexとして蓄積され,偶然に問題の解決に役立つような手掛かりが与えられたときに,このfailure indexから試行錯誤で行き詰っていた問題状況が思い出され,解決方法と手掛かりが結びつくという機会論的アプローチが存在する(Seifert & Patalano, 2001)。一方で生成AIのアルゴリズムは,目的に向かうという合理性を有しつつ偶発性を内包し,圧倒的な生産性でWeb上の数十億の画像から学習した画像を提供し続ける。前述のfailure indexの蓄積に創造性の源泉があるとすれば,生成AIの生み出す解決策は目的へ向かう合理性と偶然性を有しながら圧倒的な数量で網羅性を確保し,failure indexの蓄積に寄与する。

また創造性創出のプロセスにおいて,アントレプレナーシップ研究をテーマにしたエフェクチュエーション理論では内部環境の制約が要請する「局所性の利用」と外部環境の複雑性の変化が要請する「偶発性の利用」の双方が重要であるとし,パッチワーク・キルトのアナロジーを援用して起業家の創造的活動の構造化を試みている(Sarasvathy, 2008)。キルト作家は入手可能な布のパッチをランダムに組み合わせながら,そこから魅力的で意味があるようなパターンを作り出していくことで完成に近づいていくとし,この行為を優れた起業家がビジネスを生み出すプロセスになぞらえて「クレイジーキルトの原則」としている。

この行為は,デザイナーがデザインを制作する過程に極めて近い。例えばデザイナーはチューハイのパッケージデザイン制作において,特定のコンセプトを表現するという目的と,チューハイのパッケージデザインとして存在しなければならないというカテゴリー制約,そしてエフェクチュエーション理論が知識のストックは個別の熟達者や,専門化した知識の回廊に分散して存在すると主張する通り,デザイナーは自身の知識と経験の内側で創造するという3つの局所的な制約を内包している。

生成AIの活用は網羅性・合理的偶然性・圧倒的生産性という生成AIの持つ特徴により,デザイナーの局所的制約を解放するという役割を果たしながら,パッチワークギルトのアナロジーによって示されるデザイン制作行為の1部を代替していると考えられる。

このことから,創造的行為に生成AIを活用した場合,生成AIを活用しなかった場合よりも創造的な解決,すなわち「生成AIの活用はAIの持つ特性により創造性のプロセスに寄与する」ことが考えられる

仮説1 生成AIの活用はAIの持つ特性により創造性のプロセスに寄与する

しかし常識的に考えても,生成AIが無数に生み出す組合せが人の創造に寄与することは想像しやすい。そこで,より実務的観点から「どのように生成AIを活用することで,より創造的な使い方ができるのか」といった視点において,仮説構築を行う。

1つ目は与える情報の量や段階に関する創造性研究アプローチである制約の動的緩和理論(Hiraki & Suzuki, 1998)を援用する。本理論では,人は普段の生活において思考に制約(インパス)をかけることによって日常生活を効率的に行っているが,この制約自体が創造性を阻害する要因にもなっているとし,この制約を段階的に解除することによって人はより洞察を発揮するという理論をTパズル実験を通して検証している。Tパズル実験では解答の鍵となる5角形のパズルの置き方について,多くの人はパズルは水平か垂直に置くべきであるという制約を保有しているため,解答にたどり着けない初期状況から始まり,斜めに置くという経験を通して自らの制約を解除していくプロセスを明らかにしている。

生成AIはその網羅性,偶発性,圧倒的生産性から,固定概念ともいえる人々の思考の制約を取り払うきっかけになりえるが,制約の動的緩和理論に当てはめれば,生成AIが与える情報においても,人々の制約を段階的に解除することを考慮に入れた段階的情報提供を行うことで,より創造性に貢献されると考えられる。そこで仮説2を

仮説2:生成AIによる生成結果は創造主体が持つ制約状況に近い段階から段階的に制約解除情報として提供されることで創造性寄与が高まる

とする。尚,本研究においてはチューハイのデザインを用いた実験を行ったが,チューハイのデザインを行う上での制約とは,いわゆる日本のチューハイらしいデザインを作らなければならないという制約の存在を前提とし,日本のチューハイらしいデザイン群と日本らしさに限定しないチューハイデザイン群という2つを生成AIで作り,その画像を段階的にデザイナーに提示するという定量的実験計画を立てた。

また制約の動的緩和理論において,初期の制約強度,学習率,現在状態の評価関数の3要素があり,初期の制約強度が重要だとしている。この要素に影響を与える要因としてはAmabile and Pillemer(2012)の構成要素モデルが示すように,専門知識の重要性が指摘されており,創造性は特定の領域に関する知識やスキルが基盤となっているとしている。創造性を発揮するには初期の制約強度が低いこと,即ち固定概念をできるだけ持たず,初期段階で多様な解釈をする力の重要性は認知心理学研究で指摘されている。例えばSuwa(2003)はプロのデザイナーはその他の被験者に比べてはるかに多くの解釈を生成可能なことを明らかにしている。この個人が持つ多様な解釈をする力が,多様な意味を生み出す構造を作り出し,アイデアの生成につながることも指摘されている(Finke, Ward, & Smith, 1996)。このように考えると創造主体は経験年数が長いほど情報を理解する力を有する傾向にあることから,デザイナー経験年数によって特定の情報を提供されたときの多様な解釈をする力が制約を緩和することから下記の仮説が導かれる。

仮説3:課題に対する専門知識が高い創造主体の方が,低い主体に比べ制約解除情報に対して創造性を発揮しやすい

尚ここでいう制約解除情報とは,生成AIで作られたチューハイの画像群のことを指す。

V. 実験1

1. AIを活用したデザインとAIを活用しないパッケージデザインの定量比較

(1) 調査方法と評定尺度

仮説1を検証するため,AIを活用して制作されたパッケージデザインとそうではない過程で制作されたデザイン(以降は「素材」と記す)を比較した。素材制作については,対象カテゴリーをチューハイとしてデザイナー6名に同じ商品コンセプト文を提示し,デザイナー1人あたり2案のデザイン制作を依頼した(表1)。またその6名を2群に分け,うち1群3名は素材制作過程で生成AIを活用し,残りの群は生成AIを利用せずに制作した。各群の3名のデザイナーは業務経歴を分けて10年以上,3年~10年,3年未満の3名とした。デザイナーは同一企業に所属するデザイナーに依頼したため,経験年数とデザイナーの能力が関係すると想定し,能力のばらつきを考慮するため経験年数で割り付けた。また,デザイナーの能力段階として表現技術の習得におおよそ5年を要すること,デザインの方向性を指示できるディレクター能力の習得におおよそ10年要することからデザイナーの能力段階を3区分にした。

表1

素材(パッケージデザイン)

次に,素材をインターネット調査でチューハイのユーザー200名に評価させた。素材は,順序効果を排するためにランダムで提示した。評価は,先行研究から得られた創造性評価に関する5つの項目「創造的である」「常識にとらわれていない」「新しい」「今までにない」「新しいアイデアが含まれている」について,「そう思う」~「そう思わない」の5件法で行い,主成分分析でデータを縮約して創造性を評価するための合成変数を作成した。

(2) 分析結果

最初に主成分分析で合成変数を作成した。Cronbach’s alphaが0.943,第1主成分の寄与率が0.815と高く,第1主成分得点を創造性得点として評価に用いた。その結果を表2に示す。

表2

主成分分析結果

次に,制作された12枚の素材(うち制作時に生成AIを利用した素材:6枚/非利用の素材:6枚)を創造性得点で評価するためshapiro-Wilk検定を行い各評価素材の主成分得点データの正規性を確認した結果,p値が0.05を下回った。従って,各評価素材の創造性得点が素材全体の中央値と異なるかを確認するため,ノンパラメトリック検定のWilcoxonの符号順位検定を行った。その結果を以下の表3に示す。

表3

素材別主成分得点のbox plotとWilcoxonの符号順位検定結果(p値) n=200

・素材名の末尾に_aiがついている画像は生成AIを利用して制作された素材であることを示す

このbox plotは,分布の中央値と四分位範囲(IQR)を箱として示し,データの分布全体をひげで示している。表3より創造性得点が中央値より有意に高い(p<0.05)素材は,素材I,素材J,素材Kの3つの素材であることが示された。そのうち素材K,素材Jの2素材は生成AIを活用して制作されたデザインであった。また同様に,生成AIを利用した素材,生成AI非利用の素材の間で創造性得点に差があるかを評価するため,同様の分析と検定を行った結果を表4に示す。この結果,生成AIを利用した時の方が,創造性得点が有意に高い(p<0.01)ことが示された。これは仮説1を支持する結果と言える。

表4

生成AI利用状況別主成分得点box plot

2. 実験1に対する定性的考察

(1) 調査方法と評定尺度

前項で用いた12枚の素材についての創造性を,より多面的に評価するため,前項の消費者調査とは別に日本及び海外でのパッケージデザイン賞の受賞歴があり,20年以上の経験のあるパッケージデザインの専門家3名に対して,創造的と感じる素材について1人3票を上限とした投票とその論評を依頼した。

(2) 分析結果

結果の上位はT案・I案・K案となった(表5)。そのうち,生成AIを利用した素材はK案のみであった。また,消費者評価と比べるとT案がより高く評価された。評価理由として,生成AIを活用したK案は「固定概念にとらわれない」と評された。一方で,生成AIを利用しなかったT案は「従来のカテゴリーのデザイン表現にない全面パターン」を評された。これはカテゴリーにおけるデザインの専門的知識を前提とした評価であり,この点が一般的に専門的知識を有さない消費者評価との差異に繋がった可能性がある。同様に,生成AIを利用しなかったI案は「アイデアをモチーフに昇華させ,ユニークである」と,創造性の飛躍の程度や独自性が評価された。なお,これらの生成AIを利用しなかったT案・I案は,共に経験年数10年以上のデザイナーが制作した素材である。

表5

創造的な画像の投票結果(回答者3名)

・回答形式は3LA。協力者のうち1名は1票のみの回答であった

VI. 実験2

1. AIが生成した画像を提示したパッケージデザイナーへの定量調査

(1) 調査方法と評定尺度

次に仮説2・3を検証するため,パッケージデザイナーに制作時の参照情報として,世界中のパッケージデザインを学習している生成AI(Stable Diffusion)から生成された画像群(SD-1)と,日本のパッケージデザインを学習強化した生成AIから生成された画像群(SD-2)を用意して,それぞれを参照させた後にデザイン制作のしやすさについて回答を得た。SD-2の方がSD-1に比べ,日本の商品らしいパッケージデザインになっている。画像の提示順序は,SD-1を先,次にSD-2を提示した群(提示順A)と,SD-2を先,次にSD-1を提示した群(提示順B)で異なり,この2群を比較することで「制約状況に近い段階から段階的に制約解除情報として提供されることで創造性寄与が高まる(仮説2)」を検証した。仮説2によれば提示順Bの方が,創造性への影響度が大きいことが想定される。

これらの比較分析の他に,パッケージデザイナーを経験年数10年以上,10年未満の2群に分けて,それぞれの創造性への影響度を比較した。仮説3によれば,「専門知識が高い創造主体の方が,低い主体に比べ制約解除情報に対して創造性を発揮しやすい」ことから,経験年数10年以上の群の方が,影響度がより大きいことが想定される。

調査はパッケージデザイナー85名を対象に,インターネット調査で行った。最初にコンセプト文を提示し,画像(SD-1, SD-2)を提示して,それぞれデザイン制作に与える影響について回答させた。画像の順番は提示順A・B群で異なり,その順序効果を排するため,調査対象者をそれぞれランダムに割り当てた。その後に画像がデザイナーの創造性にどのくらい影響するかについて,先行研究から得られた4つの項目(表6)に対して,「そう思う」~「そう思わない」の5件法で評価させた。その評価データを用いて,デザイナー自身の創造性への潜在的な影響の因子構造を明らかにするために探索的因子分析を行った。その結果,抽出された因子(創造性因子)の因子得点を,画像群(SD-1, 2)の創造性影響度とした。

表6

因子分析結果

(2) 分析

まず,評価データを用いて探索的因子分析を行った。その結果を表6に示す。因子推定は最尤法を用いた。Cronbach’s alphaは0.908,第1因子の寄与率が0.721となりいずれも高いことから,1因子モデルを採用して,その因子得点を創造性影響度として評価に用いた。

さらに,これらのデータで,仮説2・仮説3を検証するため,ノンパラメトリック検定であるMann-Whitney U検定を行った。その結果を表7-1・表7-2に示す

表7-1

仮説2 参考素材の提示順比較(box plot) n=81

表7-2

仮説3 デザイン制作者の経験年数比較(box plot) n=81

これらの結果から,仮説2「デザイン製作時の参考素材(AIで生成)の提示順」による創造性影響得点には有意な差が認められなかった(p>0.05)。一方で,仮説3「デザイン制作者の経験年」には有意な差が認められた(p<0.05)。ただし,その中央値は仮説3に反して経験年数10年未満のデザイナーの方が高く,生成AIの創造性影響度がより大きいことが示唆される結果となった。なお,上記とは別に二元配置分散分析を行ったが,提示順と経験年数の交互作用に有意な差は認められなかった(p=0.28)。主効果としては経験年数のみに有意な差が認められ(p=0.03),提示順には認められず(p=0.57)同様の結果を得た。

仮説2が棄却された要因としては,日本のパッケージデザインと世界のパッケージデザインという2つの提示物がコンセプトに対して適切な制限解除情報としてコントロールされていたのかという実験計画の課題が考えられる。提示物が適切な制限解除情報として段階的に機能するかについて事前に実験によって確認し,マニピュレーションチェックを十分に行い,コントロールされた制限解除情報を準備してデザイナーへの定量調査を実施するという2段階の実験計画が必要であったと考えられる。一方でパズル実験が対象者の試行錯誤の工程を内包していたように,本実験においても今回のように指示文章でデザインをイメージするという行為を促すだけでなく,一定の創造行為に描ける時間を強制的に設ける,あるいは実際に何らかの制作を行うといった創造的行為の工程を内包することでより精緻な検証ができたと考えられる。同時にまた仮説3が棄却された要因としては,生成AIによる画像提示は経験年数の短いデザイナーの方が有効性が高い傾向が見られたことから,専門知識がもたらす情報の解釈力よりもむしろ生成AIによる画像の提示がデザイナーの専門知識の直接的なかさ上げをする効果に着目し,仮説を再構築する必要があると考えられる。

VII. 本研究の理論的貢献と実務的貢献

本研究ではAIが創造性に寄与する仕組みを実験を通じて検証した。本研究の理論的貢献の1つは,今回はマーケティング,認知科学・心理学,AIという3つの分野をまたがる形での仮説構築と検証を行いAIが創造性に貢献できるという枠組みを提供できた点にある。

既存の創造性研究とAIのアルゴリズムという2つのアプローチから仮説を構築したが,従来AIの研究ではアルゴリズムや精度などの開発結果としてのデータに着目した研究が多かった。今回は創造性プロセスに関わる既存研究と生成AIのアルゴリズムの類似性に着目して仮説構築を行った点は異なる学問分野から仮説を導きだすための挑戦的アプローチを実施した。また実験においては,デザイナーによるデザイン制作,デザイナーへの定量的調査,日本トップレベルのデザイナーによる質的評価,200人への消費者調査と実際にパッケージデザインに携わる数多くの実務家および消費者の協力を得て実験できたことは本研究の検証の質を担保するうえで有益であったと考えられる。

一方,実務的貢献においては業務の効率性に焦点が当たりがちなAIの価値において,創造性への貢献を理論的に検証できた点にある。また生成結果の提示順序や利用者の経験によってAIの効果が異なる可能性があること,またAIを自分で使うという側面だけでなく創造活動のインプットとして活用価値があるといった使い方を提示できた点も実務的貢献に寄与できたのではないだろうか。

謝辞

本研究ではデザインの作成,デザインの評価において各業界で活躍するプロフェッショナルのパッケージデザイナーの皆様のご協力を得て進めることができました。また調査にあたっては献身的なリサーチャーの協力により実験を遂行することができました。ご協力いただきました皆様とご指導いただきました先生方に心より感謝するとともに,パッケージデザイン業界及びマーケティングリサーチ業界のさらなる発展を心から願っております。

小川 亮(おがわ まこと)

1994年 慶應義塾大学環境情報学部卒業。キッコーマン㈱にてマーケティング業務に従事したのち,慶應義塾大学大学院経営管理研究科を経て現職。明治大学MBA兼任講師(デザイン思考),早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所招聘研究員。

小口 裕(おぐち ゆたか)

東京都立大学大学院社会科学研究科修了(修士)。メーカー,コンサルティング,マーケティング・リサーチ会社を経て現職。多摩美術大学 非常勤講師

千田 彩花(ちだ あやか)

2016 公立はこだて未来大学大学院システム情報科学研究科修了(修士)。Web制作会社でユーザビリティー調査を経験後,プラグにて現職。

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