2026 年 46 巻 3 号 p. 307-316
本稿は,近年ブランドの実務で重視されるブランドの世界観について,その理論的基盤を明らかにすることを目的に,コンテンツ研究における世界構築研究を探索的にレビューした。まず,世界観の一般的用法やブランド研究における議論を整理し,近接概念との違いを検討したうえで,世界構築の研究を概念,構成要素,構築プロセス,効果の観点から整理した。その結果,世界構築は物語の背景となる世界の構築プロセスであり,その効果として,物語理解や没入への影響などが示唆された。これらの議論を踏まえブランドの世界観を,ブランド・コミュニケーションの基盤となる,一貫性のある要素や設定によって豊かに意味付けされた世界やその価値観として位置付けた。さらに,空間的・時間的・社会的要素によって構成され,協働者やファンによっても構築,拡張されるとともに,その効果として,ブランドへの理解や愛着の促進などが期待されることを示し,今後の研究課題を提示した。
An exploratory review of worldbuilding research in the field of content studies was conducted to clarify the theoretical foundations of brand worldviews, which have gained prominence in brand management in recent years. First, we defined the general usage of “worldview” and discussions within brand research, examined differences from related concepts, and then organized research on worldbuilding from the perspectives of concepts, components, construction processes, and effects. As a result, we found that worldbuilding is the process of constructing a world that serves as the backdrop for a narrative. Its effects suggest influences on narrative comprehension and immersion. Based on these findings, we defined a brand worldview as a world and its values, richly imbued with meaning through consistent elements and settings that serve as the foundation for brand communication. Furthermore, we found that this worldview is composed of spatial, temporal, and social elements, and is constructed and expanded by collaborators and fans; thus, it is likely to promote understanding of the brand and attachment. We also present future research topics in this area.
近年,ブランドの実務において世界観が重要な役割を担っている。例えば,サントリーの緑茶「伊右衛門」はCMやパッケージによって,京都のお茶の伝統や日本の歴史的伝統という世界観を提示している(Miura, 2015)。Tanaka(2020)は顧客が感じる世界観としてサントリーBOSSの「宇宙人ジョーンズ」から醸し出される世界観や,ロクシタンが訴求する「プロヴァンスのライフスタイル」などの世界観を挙げており,各ブランドが世界観の構築を通じたブランド・コミュニケーションを重視していることを示唆している。
一方で,ブランドの世界観は,ブランド分野において理論的・実証的に蓄積された研究領域としては限定的である。その構成要素や効果などに関する研究は十分に進んでおらず研究領域としては未だ確立されていない。そこで,本稿はブランドの世界観の直接的なレビューではなく,映画やテレビ,ゲームなどを対象とするコンテンツ研究における架空世界の創造プロセスである世界構築(worldbuilding)に関する先行研究のレビューを行い,探索的レビューとしてブランドの世界観の理論的基盤を明らかにすることを目指す。
本稿のリサーチクエスチョンは(1)コンテンツ研究における世界構築はどのように定義され,構成要素や構築プロセス,効果はどのように検討されているのか。(2)それらの議論を踏まえると,ブランドの世界観は,ブランド研究においてどのような概念として位置づけうるのか,である。コンテンツ研究においては,世界構築という概念のもとで,架空世界の構築に関する議論が蓄積されており,ブランドの世界観を考えるうえで有効な参照枠になりうる。ブランドの世界観が多用される状況を踏まえると,その概念の探索を行う学術的な意義は大きいと考える。
本稿の構成は,2章で世界観について概観し,その用法やブランド研究での議論を示したうえで,3章でコンテンツ研究における世界構築に関する先行研究のレビューを行い,概念,構成要素,構築プロセス,効果の4つの視点で整理する。4章にて本研究のまとめと今後の研究課題を示す。
レビューを行う前に,世界観という言葉がどのように扱われてきたかを概観する。
世界観(worldview)は一般に「世界に対する包括的な見方を決定または構成する,根本的な信念や価値観などの集合体。人生観」(Oxford English Dictionary, n.d.),「世界を全体として意味づける見方。人生観よりも包括的。単なる知的把握にとどまらず,より直接的な情意的評価を含む。楽天主義・厭世主義・宿命論・宗教的世界観・道徳的世界観などの立場がある」(Shinmura, 2018)と示されている。国内ではそれらに加え「俗に,文学・音楽などで,その作品がもつ雰囲気や状況設定」(Shogakukan, n.d.)とも示される。マンガ原作者でありメディア研究者のOtsuka(2013)は,世界観がアニメやコミック,ゲームなどの業界で使用される用語であるとしており,業界用語であった語が一般に広がっているとも考えられる。その概念としてOtsuka(2001, p. 11)はアニメーション作品を念頭に「背後で商品を支える<大きな物語>ないし秩序」と述べている。またTsuru(2015, p. 29)は「キャラクターないし視点,人物が行動する物語の背景,それを構成する要素の全体(中略)基本的なデザイン思想や,その全体を覆う情緒的トーンにまで至る」であり,創作の基盤となる概念であることを示している。
新聞における使用状況を確認すると,日本経済新聞でも「世界の見方」という元来の概念での使用に加えて,1990年頃から「そのゲームの持つ世界観を中心に紹介したり,用語集では「隠れキャラ」や「裏ワザ」など通常のユーザーにとっての常識もていねいに説明しているのが特徴だ」(The Nikkei Marketing Journal, 1991)といった記事が見られるようになる。
ブランドの世界観については,日経新聞では1997年頃から使用されるようになっている(Tsumura, 2023)。また1997年時点では世界観という用語を使用して書かれた記事の内,ブランドに関する記事は4%前後であったが,2013年以降は25%前後から30%前後と,世界観という用語がブランドとともに使用されている(Tsumura, 2023)。
2. 学術研究における世界観の議論国内の学術研究においても,2000年代に入り,コンテンツツーリズム,アニメーション研究において,作品の雰囲気や状況設定など作品世界に関する語としての世界観の使用が散見されるようになるが,その定義については示されていない。ブランド研究においては,Akutsu and Ishida(2002)が,ブランドの根底にある世界観を理解,共有するため,ブランドと語り,経験することが必要であると言及している。また,Miura(2015)は,コンテクスト・ブランディングで創造すべきコンテクストの基本のひとつとして,新たな世界観の提示を主張しており,世界観の重要性は,複数のブランド研究において指摘されている。その概念についてTanaka(2020)はブランドが世界をどのようなものとしてみなしているかに関わる概念と論じ,さらにTsumura(2024)は,ブランドの世界観は独自のデザイン,物語世界,非現実性,五感を通じた消費体験など様々な要素から構成され,その特徴は豊かに意味づけされた世界であると定義している。また,Tsumura et al.(2026)では産経新聞の記事を使用した分析を行い,ブランドの世界観という用語が,商品,店,企業,事業,施設全体にまで拡張し,統合的な枠組みとして使用されていることを示している。Fukazawa et al.(2024)はブランドの世界観の枠組みについて,ブランドがありたい世界,理想とする世界やその世界に関する価値観のひとつであり,言語だけでなく非言語でも表現されると報告を行っている。これらの議論を総括すると,ブランドの世界観とは「ブランドが創造する,デザインや物語などさまざまな要素から構成された,ブランド独自の世界およびその価値観」であると考えられる。このように近年,世界観に関する議論は活発化を見せてはいるものの,これまでの研究は書籍,発表資料,概念的考察が中心であり,査読論文で理論的・実証的に蓄積された研究領域としてはなお限定的である。
3. ブランド研究における近接概念との関係ここまで世界観概念について概観し,ブランドの世界観についても整理してきたが,近接概念はブランド領域においてすでに存在する。近接概念と現状において考えられる差について検討する。
(1)ブランド・アイデンティティブランド・アイデンティティ(BI)は,ブランドがどのように知覚してほしいかを起点としたブランド連想のユニークな集合(Aaker, 1996/1997)とされる。BIはブランドの理想像であり,同じくブランドの価値観と考えられる世界観とは近接しているが,Aaker(2014/2014)においては,BIをブランド・ビジョンと示し,ブランドの理想像を言葉により明示したものと述べている。デザインなどについてもその要素に含まれるブランドの世界観とは異なるものと考えられる。
(2)ブランド・コンセプトブランド・コンセプトは,基本的な消費者ニーズ(機能的,象徴的,経験的)から導き出される,企業が選択したブランドの意味(Park et al., 1986)であり,顧客が期待する価値に対応して記述されるもの(Ishii, 1996)である。また,ブランド独自の抽象的な意味(Whan Park et al., 1991)であることから,ブランドがありたい世界の表現であり,デザインや物語といったさまざまな具体的要素から構成されるブランドの世界観とは同一ではない。
(3)ブランド・イメージブランド・イメージは,消費者の記憶に保持され,ブランド連想に反映されるブランドに対する認識(Keller, 1993)であり,系統立てられた一連の連想(Aaker, 1991/1994)とされる。ブランドが創造する世界やその価値観であるブランドの世界観とはその焦点が異なる。
(4)ブランド経験ブランド経験は,ブランドに関連した刺激によって呼び起こされる感覚,感情,認知,行動反応(Brakus et al., 2009)とされる。ブランド経験は消費者における反応や行動を捉える概念であり,ブランドが創造する世界やその価値観であるブランドの世界観とは分析対象が異なる。
(5)ブランド世界ブランドが構築する世界を表す語としては,ブランド世界(brand universe, brand world)が確認される。その概念としては強力なブランド体験を提供する拠点や旗艦店の総称(Österle et al., 2018),消費者,小売業者,生産者など複数のアクターの相互作用により立ち上がる集合体(Onyas & Ryan, 2015),複数のブランド(Klostermann et al., 2024)などさまざまである。また店舗体験を通じて没入する対象(Borghini et al., 2009; Kauppinen-Räisänen et al., 2020)としても論じられることがあり,その概念は定まっていない。主に物理的空間や,ブランドの関係者やブランドの集合体を表現する言葉として使用されており,デザインや物語などさまざまな要素によって構成されるブランドの世界観とはいずれも一致しないと考える。
4. 本研究のアプローチここまで見た通り,ブランド研究においてはブランドの世界観と近接する概念は存在するものの,一致する概念は見受けられないため,その理論的基盤を共有しうると考えられる概念に関するレビューを検討する。
本稿ではブランドの世界観をブランド独自の世界およびその価値観と仮定しているが,その特徴として,架空の世界や現実とは離れた世界の提示が行われていることや,世界観がさまざまな要素によって構成され,その統合された要素が消費者に一貫した世界として知覚される点にある。このような架空世界の構築という側面に着目すると,映画やテレビ,ゲームなどのコンテンツ研究で議論されている世界構築の概念は,ブランドの世界観と理論的基盤を共有していると考えられ,ブランドの世界観に理論的な視座を提供する。コンテンツ研究では,物語やキャラクターの背景となる架空の異世界を構築するプロセスが世界構築として概念化されており,さらに構成要素,構築プロセス,効果など多様な観点についての検討がなされている。一方で,世界観(worldview)は前述の通り「世界をどう見るか」という主観的な方向性を暗示しがちである(Condry, 2009)。したがって本稿では世界構築の議論を中心にレビューを行うことにより,ブランドの世界観への理論的接続を試みる。
ここからは,コンテンツ研究において,世界構築がどのように検討されてきたのかを整理する。ブランドの世界観の概念についての探索と研究課題の提示という本稿の目的をふまえ,世界構築と構築の対象となる世界をめぐる概念に関する議論に着目したうえで,世界の構成要素や生成・拡張メカニズム,その効果に関して検討を行う。
1. レビュー対象論文の選定と概要本稿では,映画やテレビ,ゲームといったコンテンツ研究において議論されてきた世界構築に関する研究を焦点にレビューを行う。論文検索データベースWeb of Scienceを利用し,タイトル,要約,キーワードに世界構築を表すworld-building, worldbuilding, world buildingが含まれる著作を期間の設定は設けずに検索した。続いてコンテンツに関する研究を抽出するため,映画・テレビ・ラジオ,文化研究,コミュニケーション,コンピュータサイエンスに分野を絞ったところ77件の論文が抽出された。そのうえで映画,テレビ,ゲームといったコンテンツを題材として主に扱っていない研究や本研究のテーマと関連しない分野の文献を除外し18件となった。さらに関連が高い引用文献を追加し,最終的に25件が対象となった。選定した文献の概要については表1に示した。
レビュー対象である25件の掲載が最も多い学術誌はScience Fiction Film and Television(4件)であり,Continuum: Journal of Media & Cultural studies, Games and Culture, Journal of Futures Studies, Journal of Gaming & Virtual Worlds, Media International Australia(各2件)が続いた。特にSF研究やゲーム研究において世界構築の議論が活発となっていることがうかがえる。
2. 世界構築の概念世界構築の概念の検討にあたり,まず,世界構築の定義について確認する。世界構築は,多くのフィクション作品,特にSFやファンタジー作品において基本的な側面であり(Xu et al., 2023),物語の背景となる架空の世界を創造するプロセス(Zaidi, 2019),新しい想像上の世界の発明(Samutina, 2016),想像上の世界のデザイン(Weines & Borit, 2022)であると認識されている。代表的な研究であるWolf(2012)は,世界構築が背景となる活動として行われ,ストーリーテリングが観客の体験の前景に留まるようにすると指摘している。またMaj(2022)は,ゲームにおいて物語の前提として世界構築を必要とするメディアであることを指摘しており,世界構築が物語に先行する概念であると考えられる。
さらに,世界構築は単一のメディアに留まらず,メディア横断的にも実践される。Jenkins(2010)はスターウォーズなど,統一されたエンターテインメント体験を生成するため,フィクションの要素が複数メディアに体系的に分散されるプロセス(Jenkins, 2010)であるトランスメディア・ストーリーテリングの理論的枠組の開発において世界構築を重点に置いていることを示している。また,Nilsson(2023)は,人気キャラクターによるコミック,テレビ番組,玩具,書籍,ゲーム,アパレル,テーマパーク,ソーシャルメディアなどメディア横断的な展開を商業的世界構築として表現している。
このように世界構築は,物語の背景となる世界の構築プロセスであり,物語を支える枠組みとして機能するとともに,メディア横断的なコンテンツ展開の基盤となりうる概念と考えられる。ブランドの世界観が,ブランドが創造する世界であることを踏まえると,コンテンツにおいて構築される世界と同様に,ブランド・コミュニケーションの背景となり,商品や店舗,広告といったさまざまなメディアにおける表現の基盤となる概念として捉えることができる。
3. 構成要素に関する議論次に世界が何によって構築されているのか,その構成要素について整理する。構成要素については,さまざまな議論が確認されたが,それらを整理すると,構成要素は(1)地理や自然環境などに関わる空間的要素(2)時系列や歴史に関わる時間的要素(3)文化,言語などに関わる社会的要素の大きく3つに分類できる。
(1)空間的要素空間的要素は,物理的な距離や環境に関わる要素として捉えることができる。メディア研究では地図や自然(Wolf, 2012)のほか,ゲーム研究では,Fullerton(2024)が世界構築において考慮すべき要素として設定(物理的環境),地理を挙げている。メディア研究においてKlastrup and Tosca(2004)が,世界構築という語は使用していないが,世界の中核的要素のひとつとして,同じく地理的条件を指摘している。SF研究ではvon Stackelberg and McDowell(2015)が,世界構築について地理的特徴を含む首尾一貫した想像上の世界の創造として捉えている。
(2)時間的要素時間的要素は,主に時間の経過や歴史に関わる要素として捉えることができる。時系列や系図(Wolf, 2012),歴史(Fullerton, 2024; Rabitsch, 2016)が挙げられている。Klastrup and Tosca(2004)も,メディア研究において,世界の中核的要素のひとつとして歴史的条件を示している。
(3)社会的要素社会的要素は,文化,言語のほか神話,哲学,規範など人間社会において形成される要素であり,文化(Fullerton, 2024; Rabitsch, 2016; Wolf, 2012),社会的,文化的特徴(von Stackelberg & McDowell, 2015),神話,哲学(Wolf, 2012),物語(Fullerton, 2024),キャラクター(Rabitsch, 2016),言語(Rabitsch, 2016; Wolf, 2012)が挙げられている。そのほかStein(2023)はビデオゲームにおいて世界構築における言語アクセントや方言の活用を示しているほか,Courtis(2024)は,世界構築を強化する要素を分析し,歌がテレビシリーズにおいて物語を豊かにしエピソードやシーズン間を結びつける役割を果たすことを示している。Klastrup and Tosca(2004)は,規範を世界の要素として示している。
さらに,これらの要素の結びつきに着目する研究もみられる。Hasri and Syed(2021)は,世界構築においてキャラクター・組織・場所と地理的位置といった要素が複数作品を結びつけ,同一の物語世界に接続する役割を果たすことを示している。SF研究では(von Stackelberg & McDowell, 2015)が世界構築のプロセスを,地理的,社会的,文化的,その他の首尾一貫した特徴を持つ想像上の世界の創造と捉えており,Bestor(2021)は,世界構築プロセスにおいて,詳細な設定情報など社会的要素を包含し体系化したソースブックが,ストーリーバイブルとしての機能を果たすとしている。
ここまで,世界の構成要素を概観した。世界構築においては,空間的,時間的,社会的要素,さらにそれらの結びつきや一貫性が,豊かでリアリティのある世界として認識されるための重要な要素であると考えられる。この視点をブランドの世界観に適用すると,ブランドにとって象徴となる場所や国・地域,自然や環境などを示す空間的要素,ブランドの歴史や創業期に関する情報などの時間的要素,ブランドが理想するライフスタイル,規範,共通の言語といった社会的要素を,商品,店舗,広告などの顧客接点において一貫性を保ちながら表現することが,豊かで魅力的な世界観づくりにとって重要であると考えられる。
4. 構築のプロセスに関する議論続いて,世界がどのように構築されるのか,そのプロセスについて整理する。既存研究では,世界構築はコンテンツ制作者のみの設計・構築プロセスだけではなく,協働者やユーザーによっても実践されるプロセスとしても捉えられている。本項では,それらの議論をコンテンツ制作者による構築プロセス,協働者・ユーザーによる構築プロセスという観点から整理する。
(1)コンテンツ制作者による世界構築プロセスコンテンツ制作者の世界構築プロセスに着目した研究では,Hamblin and O’Connell(2020)が,SF映画を対象にした研究において,物語の進行に直接影響しない数多くのディテールが蓄積され,世界が構築されると指摘しており,緻密な設計による世界構築プロセスを示している。一方で,Hasri and Syed(2025a)は探索的世界構築という語を示し,新たな物語が加わることにより世界が発展する事例を示しており,柔軟な世界設計についても研究が示されている。
(2)協働者・ユーザーによる世界構築プロセス世界構築は,協働者やユーザーなど,コンテンツ制作者以外にも多様な主体の関与を通じても実践されることが示されている。トランスメディア研究では,Fast and Örnebring(2017)がトランスメディア作品の分析を通じて,その世界が企業による計画的な設計だけでなく,長期的な制作過程や複数の関与者による偶発的・有機的な拡張によって形成されることを主張し,von Stackelberg and McDowell(2015)は,映画の制作過程などの事例分析を通じて,専門家との協働などによる学際的な世界構築プロセスにより独自性のある一貫した物語世界がもたらされた事例を述べている。Boni(2017)は,解釈や議論,ファン活動によって世界が構築されることを示しており,二次創作を研究対象としたSamutina(2016)もファンを世界の共同構築者として指摘している。Hasri and Syed(2025b)は,世界構築を著者と聴衆の関係を形成する共有の活動と位置付ける。
ゲームに関しては,Johnson(2017)がゲーム世界がプレイヤーの行動を通じて動的に生成されることを示しており,Tucker and Kiss(2023)はVRに関して3次元的な世界構築技術とし,ユーザーが視点や物語の順序,空間的展開に影響を与えることで,個人的な物語経験が形成されることを論じている。
以上の議論は世界構築が制作側の設計のみで完結するものではなく,協働者やユーザーの関与を通じて構築・拡張されるプロセスとしても考慮すべきことを示している。
同様のプロセスはブランドにおいても考えられる。消費者により,そのブランドの利用シーンや用途が再解釈され,それが発信されることで,消費者間でブランドの世界観が再構成されながら変化・拡大するケースなどが想定される。ブランドの世界観を捉えるには,ブランド戦略策定者による設計としての側面に加え,消費者や協働者の関与による影響についても検討する必要があるだろう。
5. 効果に関する議論最後に,世界構築がもたらす効果に着目した研究を整理する。観客,視聴者に対する効果とコンテンツ自体に対する効果の大きく2つが確認された。
(1)観客・視聴者に対する効果Wolf(2012)は,世界構築が行われる作品において,架空世界に背景や豊かさを与え,読者の物語体験や理解,没入感を変え,登場人物や出来事,細部に深い意味を与えることを指摘している。また,Hasri and Syed(2021)は,キャラクター,組織,場所と地理的位置という3つの文脈化装置を埋め込んだ世界構築が,観客が複数の文脈を同じ物語世界と認識する役立ち,物語世界に対する観客の理解を深めると論じている。
Siem(2023)はテレビシリーズを対象に,感情的(affective)世界構築という概念を提示し,構築されたテーマの解釈に影響を与えると述べる。さらに,Sergeant(2021)は,テレビシリーズの世界構築研究において,視聴者はその物語だけではなく架空の世界に再び入ることに対して興奮や熱意を持つことを示している。
(2)コンテンツに対する効果トランスメディアにおける世界構築の重要性も示唆されている。Wolf(2012)が世界は複数のメディアにまたがる複数のキャラクターや複数の物語を支え,Hasri and Syed(2025b)は,世界構築が物語を豊かにし,没入感を促し,文化的な要素を取り入れることにより,トランスメディアの個別作品の価値を高めることを示している。
以上のように,世界構築は,単に物語の背景を構築する活動にとどまらず,その構築された世界が物語理解や没入感,その世界への再訪の期待を促す可能性があることが確認された。ブランドの世界観においては,ブランドに対する消費者の理解や,店舗や広告などに反映することによる没入や愛着,消費者にとって豊かで魅力的な世界観の構築による再訪意向の促進が期待される。
本稿では,ブランドの世界観への理論的接続を試みるために,コンテンツ研究における世界構築(worldbuilding)研究のレビューを行った。表2は定義,世界の構成要素,構築プロセス,効果の観点から整理したものである。
レビューの結果,世界構築は,物語の背景となる世界を創造するプロセスであり,その世界は,空間的,時間的,社会的要素により構成され,コンテンツ制作者だけでなく,関係者やファン,ユーザーなどが関与しうるプロセスであることが明らかになった。また,その効果として,コンテンツの価値を高め,物語理解や没入効果に影響を与えるとともに,メディア横断的な展開を支える基盤と捉えられることが確認された。これらの議論は,ブランド研究において,商品や店舗,広告などのメディアを横断する世界という視点を示すとともに,ブランドの世界観の概念を精緻化するにあたり重要な示唆となりうる。本稿では,ブランドの世界観を「ブランドが創造する,デザインや物語などさまざまな要素から構成された,ブランド独自の世界およびその価値観」であると定義してきたが,世界構築に関する議論との接続を通じてその概念について再検討のうえ,表3にその概念的枠組みをまとめた。
ブランドの世界観は,ブランド・コミュニケーションの背景として設計・構築され,その基盤となる,一貫性のある要素や設定によって豊かに意味付けされた世界やその価値観として位置付けられる。この世界観は空間的・時間的・社会的要素によって構成され,ブランド戦略策定者のほか,協働者やファンによっても構築,拡張される。その効果として,ブランドに対する消費者の理解,愛着のほか構築された世界への没入や再訪意向の促進が期待される。
2. 研究課題最後に,ブランドの世界観についての研究課題を提示する。1点目は,その概念のさらなる精緻化である。本稿では現時点で考えられるブランドの世界観の概念を示したが,レビュー対象は,ブランドの世界観そのものではなく,世界構築に関する研究であり,本研究の限界である。方法論としては,消費者やブランドマネージャーへの探索的インタビューによる構成概念抽出,尺度開発などが考えられるが,その際は,ブランド・イメージやブランド経験といった概念との弁別的妥当性の検証が必要である。
2点目は,その構成要素の効果的な組み合わせに関する研究である。本研究ではブランドの世界観の構成要素として空間的,時間的,社会的要素を示したが,それらをどのような組み合わせで提示することが,消費者にとって魅力的で一貫した世界として知覚されるのかは今後の検討課題となるだろう。商品や広告などのビジュアル刺激を操作した実験を通じて,各要素の組み合わせが消費者の評価や世界観の知覚に与える影響を検証する方法などが考えられる。3点目は,世界観構築のプロセスに関する研究である。特に,消費者による関与や解釈がブランドの世界観にどのような影響を及ぼすのかについて,さらなる検討が求められる。具体的には,購買行動やブランドの利用シーン・用途の再解釈,消費者による発信・共有により,ブランドの世界観がどのように拡張したり,変化したりするのか,そのプロセスやメカニズムを明らかにする必要がある。
4点目は,その効果に関する研究である。世界構築に関しては構築された世界が物語理解を深めるとともに,その世界への没入に影響を及ぼす可能性が指摘されている。ブランドの世界観においても消費者の没入やブランド経験,ブランド愛着などにどのように影響するのか,さらに消費者の属性やブランドに対する関与の違いによる影響を検証する実証研究が求められる。
本稿の執筆にあたり,新倉貴士先生(法政大学),西川英彦先生(法政大学),津村将章先生(神奈川大学),星野卓也先生(城西国際大学),髙橋広行先生(同志社大学)よりご指導を賜りました。ここに記して感謝の意を表します。
深澤 幸村(ふかざわ ゆきむら)
法政大学大学院 経営学研究科 博士後期課程。修士(経営学)。