2020年以降のパンデミックおよび急速なDXの進展という環境変化の中で,日本の百貨店が新たに展開した「ショールーミング型店舗(売らない店舗)」の誕生と定着プロセスを考察する。株式会社大丸松坂屋百貨店が大丸東京店で運営する「明日見世(あすみせ)」では,伝統的な百貨店ビジネスモデルとの乖離を,D2Cブランドへのターゲットシフトによって克服したことが明らかとなった。さらに,2024年9月の移設増床に伴う「物販の開始」は,顧客と出店ブランド双方のニーズに適応した進化であり,単なる「売らない店」から「ブランド体験と購買が融合した複合型ストア」へとその存在意義を変化させている。本ケースは,小売の伝統的プレイヤーである百貨店が,戦略的な位置づけを確保しながら,新たなブランド体験を通じた新たな収益モデルの構築と顧客価値を創出している実態を提示する。
This study examines the evolution and establishment of “showrooming stores” (non-selling stores) launched by Japanese department stores amidst the environmental shifts caused by the post-2020 pandemic and the acceleration of digital transformation (DX). Focusing on “Asumise,” a brand experience store operated by Daimaru Matsuzakaya Department Stores at its Tokyo location, the study reveals that the project overcame initial conflicts with traditional department store business models by shifting its target to Direct-to-Consumer (D2C) brands. Furthermore, the introduction of in-store sales following the store’s relocation and expansion in September 2024 represents an adaptation to the needs of both consumers and participating brands, through evolution of its position from a strictly “non-selling” format into a hybrid store in which brand experience and commerce converge. This case shows how a traditional retail player can successfully generate new revenue streams and customer value through high-quality brand experiences by securing a strategic organizational position within the corporate structure.

出典:明日見世ホームページ https://dmdepart.jp/asumise/ 転載許可済み
小売業の新たな成長モデルとしてオムニチャネルが注目されて久しい。オムニチャネルとは,「実店舗と十分な情報を得られるオンライン・ショッピング経験の利点とを融合する統合的な販売経験」(Rigby, 2011)と定義されている。このオムニチャネル研究の中で用いられるショールーミングという言葉があるが,これは消費者が実店舗を商品の「展示場所(ショールーム)」として利用することであり,消費者はその商品を目で見て,手で触り,販売員とコミュニケーションをとることで知覚リスクを削減することができるとしている(Hashizume et al., 2017)。このショールーミングという言葉は広く一般的になっている消費者行動の一つであり,Rapp et al.(2015)はこれを「消費者が実店舗を訪れ,(1)最初に商品またはサービスを評価し,(2)店舗内にてモバイル機器を使い商品購入のためにいくつかのチャネルを通じて商品を比較するというふるまいである」と定義している。このショールーミング自体は,接客にかかるコストに対して販売自体はECサイトで行われることが多いことから,実店舗に対してのネガティブな影響に着目され,小売業者への脅威としての否定的な立場から定量的なアプローチで頻繁に検証されてきた(Rapp et al., 2015)。しかし,そのショールーミングを経験や体験としてとらえ,その効果を検証する研究は一部(e.g., Sit et al., 2018)を除き限定的である。Schmitt et al.(2014)はこのショールーミングに言及し,そのような行動(ショールーミング)が顕著になるにつれ,店頭とオンラインでそれぞれどのようなブランド経験を創造すべきか,そしてそれらをどのように統合すべきかについても課題になるであろうと指摘している。
2020年以降のパンデミックと,それによって加速したともいえるDX(デジタル・トランスフォーメーション)という小売をとりまく劇的な環境変化は,消費者行動と小売業にきわめて大きな影響を及ぼし,ニューノーマル時代に適応した新たな小売ビジネスモデルの構築が求められているとしている(Kondo et al., 2021)。本稿では,この変革期において従来店舗に不利だとされていたショールーミング行動であるにも関わらず,小売における伝統的な存在の百貨店が「ショールーミング型店舗(売らない店舗)」を仕掛けた事例に着目し,株式会社大丸松坂屋百貨店の明日見世のケーススタディを行う。
100年を超える長い百貨店業界の変遷については紙面の制約から詳細を割愛するが,その売上額は減少に転じて久しい。J. Front Retailing(2021)によると,全国の百貨店の売上高は1991年に9.7兆円を記録後,バブル崩壊やリーマンショックを経て2016年には6兆円を下回る水準まで低下している。さらに,2020年はパンデミックによる多大なる影響により,これまで百貨店の売上を牽引してきたインバウンドが逸失することになった。国内の消費においても発出された緊急事態宣言による休業や来店者数の激減の影響もあり2020年の売上は4.2兆円にとどまることとなり,約30年で規模は半減したことになる。コロナ禍以降の回復局面真っ只中の2026年現在ではあるものの2025年年間の売上は5.6兆円にとどまり,かつて小売りの王様と呼ばれていたころの隆盛には届いていない状況である(Japan Department Stores Association, 2026)。
このように長く続く逆風の中,各百貨店は様々な新規事業の検討や伝統的なビジネスモデルに依存しない事業再編に取り組んでいる。2000年代初期に行われた百貨店の大型経営統合1)に始まり,旧来的な買取・消化仕入れという契約形態2)からの脱却を図る大丸松坂屋(J. Front Retailing, 2023)や,高粗利率のエポスカードを中心とした金融事業に重点をおく丸井(Marui Group, 2022)など,各社生き残りに向けた戦略をとっている。
2. 売らない店舗の台頭―b8taの例このように百貨店が転換期を迎え,新規事業やビジネスモデル転換を長きにわたり検討する中,Covid-19が猛威を振るう2020年夏ごろから,ビジネス誌を中心にショールーミング型店舗を指す「売らない店舗」という言葉が徐々に取り上げられ,21年から22年にかけてバズワード化することとなった。このバズを率いたのがシリコンバレー発のb8taである。
b8taは2015年にアメリカのシリコンバレーで誕生した代表的な「売らない店舗」である。アメリカ・ドバイに続き日本へ進出したが,アメリカでは日本以上にコロナによる影響が大きく,2022年2月に米国b8taは全店を閉鎖している。
一方日本においては,コロナ禍真っ只中の2020年8月に有楽町電気ビルディングと新宿マルイに出店した後,2022年5月に渋谷と越谷レイクタウンの2店舗を追加でオープンし,22年夏時点で計4店舗を展開することとなった。さらに2023年4月には当時国内5店舗目となる「b8ta Osaka」店を阪急うめだ本店8階にオープンさせ,当時はコロナ禍を歯牙にもかけない展開を見せていた。米国b8taではデジタルガジェットの展示が中心であった一方,日本のb8taにはコスメ・寝具・玩具・食品に至るまで様々な商品が展示されていた。
b8taのビジネスモデルは,商材を展示する区画を月額で貸し出すサブスクリプション型で,出店しているブランド・企業の商品説明のための従業員の手配・トレーニング・運営全般に加え,来店客の回遊分析等の詳細なマーケティングデータを出品者にフィードバックする。来店客は商品体験スペースに展示された商品を実際に手に取り,商品横に設置されたタブレットを用いて商品の詳細情報を知ることもでき,気に入ればその場で自身のスマートフォンを利用してオンラインで購入することもできる設計となっている(図1参照)。後述の百貨店が仕掛けるショールーミング型店舗のビジネスモデルも追随し,同様の仕組みとなっているが,b8taは消費者に購入のプレッシャーを与えない商品体験の場を提供することを重視しており,「売らない店舗」としてのパイオニアでもあったことから,他百貨店でのショールーミング型店舗と異なり導入期から撤退期まで店舗での出店ブランドの物販はほぼ行わなかった。

引用:b8ta ブランドサイト(https://b8ta.jp/about/b8ta/)を元に筆者作成
Kondo et al.(2021)ではb8taのケースを紹介し,コロナ禍を経たニューノーマル時代の小売業の新たなビジネスモデルであるとして「ネオリテール」と名づけ,伝統的小売業とは異なり,店舗を取引・コミュニケーションの場としてだけではなく,ショールームや店内行動データ収集の場を担うとしている。
しかし,2025年3月31日に第1号店であった有楽町店に加え阪急梅田店が閉店し,半年後の25年9月28日には渋谷店も閉店したことから,b8taは日本での運営も終了することとなった。この撤退の背景の一つには,不動産コストの高さが考えられる。後述の百貨店が仕掛けるショールーミング型店舗(明日見世)と異なる点として,b8taは出店する場所を自分たちで決めなければならない点があげられる。ショールーミング型店舗の場合,「店舗の区画数」×「出品しているブランドから得られる月額費」が収益の基本的な考え方になる。不特定多数の顧客が集まる場所に店舗を構え,多くの出品者(ブランド側)が出品したいと思うような場所を抑えることがビジネスモデルにおける肝となる。しかし当然のことながら,人通りの多い一等地は必然的に賃料も高くなる。高い賃料を賄うために,出品ブランドを常に集め続けることが事業持続性を損なう要因となったことが挙げられる(Nikkei XTrend, 2025)3)。
3. 百貨店が仕掛けるショールーミング型店舗(売らない店舗)の台頭2021年夏以降,b8taに続き百貨店各社は近しいビジネスモデルの「売らない店舗」を各百貨店でオープン4)している。2021年9月に株式会社そごう西武によるChoosebase SHIBUYAが開店し,その同時期2021年10月には株式会社大丸松坂屋百貨店が大丸東京店に明日見世を開店している。この明日見世から遅れること半年,株式会社高島屋はトランスコスモス株式会社との合弁会社によるMeetz STOREという売らない店舗を開店させた(表1参照)。
2021年から2022年は百貨店による売らない店舗の出店が相次いだことから,ビジネスサイトでは頻繁に「売らない店舗」特集5)が組まれ,バズワード化していたと言える。しかし,一時はb8taを中心に右肩上がりに店舗数が増えていたが,前節のb8taの撤退にも見られるよう2026年現在では一時期のブームは落ち着いた状況である。百貨店の中では最も後発であった高島屋によるMeetz storeについても,26年1月31日に京都店を,そして26年3月17日に高島屋新宿店が営業終了することを各店舗のインスタグラムで案内している。
一方,小売業の中の一つの様式として,草創期から形態を少しずつ進化させながら運営を継続している店舗もある。株式会社 大丸松坂屋百貨店による「明日見世」である。
大丸東京店の「明日見世(あすみせ)」6)は,商品・ブランド体験,カフェ,イベント,そして買い物が楽しめる「複合型体験ストア」である。約3か月ごとにテーマを設け,展示される出品ブランドやラインナップを入れ替えながら,各タームのテーマに沿ったブランドが展開される。
店頭で接客をする店員は「アンバサダー」と呼ばれ,並ぶブランドの背景やストーリーを深く理解し,フロアに訪れる顧客にその説明を行う。明日見世で並ぶブランドの選定ポイントとしては,「Social Good(サステナブル・地域貢献)」「Essential beauty(プロダクトのストーリーの美しさ・機能美)」「Breaking stereotypes(固定観念から脱却できるような商品背景)」という3点があげられ,これを満たすブランドが,ローンチ当初から現在に至るまで明日見世に並んでいる。アンバサダーたちは通常の販売員とは異なり,「売ること」「売上」を重視しない接客を行う。そのため生活者は「購入プレッシャーのない環境」で製品やブランドのストーリーそのものを体験・理解でき,気に入った場合は店頭のQRコードからECサイトで購入することができる。あるいは後述するフロア移転を行った2024年9月以降は店頭での直接購入も可能となった。基本的なビジネスモデルは図1で示したものと同様の仕組みとなっている。
次節にて,2025年10月に明日見世プロジェクトマネージャーである和田房恵氏に行ったインタビューをもとに,明日見世の導入前後からの変遷について述べる。
2. 立ち上げからの変遷現在にまで続く明日見世の変遷の背景には,コロナ禍によって後押しされた新規事業構想の実現と,コロナ禍で台頭した新規ビジネスへのアプローチや顧客の要望を反映するビジネスモデルの微修正など,柔軟な適応がある。
(1)第0期(コロナ禍における検討期)先述の通り,2020年年始から始まったパンデミックとその後発出された緊急事態宣言により,小売業は店舗存続に向けてそれまで経験したことの無い危機的な状況に陥った。店が開かないと店舗存続が危ぶまれる従来の小売業において,「どのようにしてビジネスを継続するか」「いかにして事業成長性を維持するか」を検討する中で,明日見世を含むいくつかの新規事業の構想が立ち上がることとなった。
コロナ禍以前より従来事業からの脱却を図る新規事業の検討を行う中,コロナ禍による店舗閉鎖は検討のスピードを上げる後押しになったと言える。加えて,コロナによる非接触型接客への要請も存在しており,いかにして・どれだけ新しい価値提案ができるのかも検討すべき要件になっていた。
(2)第1期(導入初期~2024年9月)明日見世は2021年の10月にオープンした。当初は大丸東京店の4階,婦人服などのテナントのある階への出店で,面積約100 m2の売場環境であった。当該時期は,コロナの第5波と第6波のちょうど狭間にあたる。
導入前後においては,伝統的な百貨店ビジネスモデルとの乖離から,従来の百貨店取引先からのネガティブな反応が容易に想定された。先述の通り,伝統的な百貨店ビジネスモデルは買取・消化仕入れという契約形態であり,仕入れと販売価格の差額で儲ける。加えて,一部のポップアップイベント等を除く多くの場合では,出品するブランドに提供するスペースは無償で提供され,百貨店はブランドの売上に対する利益から一定のマージンを得る仕組みとなっている。この従来型の百貨店ビジネスモデルで取引の経験があったブランドや企業からすると,これまで無償であったスペースに出店するだけで費用が発生することになり,ネガティブな反応となることが容易に想定できたのである。
そこで,これまでの百貨店の主要取引先ではなかったD2Cブランドの出店取組に着目することとなる。D2CとはDirect to Consumerの略で,メーカーが消費者に対して商品を直接的に販売するビジネスモデルである。経済産業省の「電子商取引に関する市場調査」によると,2020年の物販系分野のB2C(消費者向け)EC市場は前年と比べて2兆1,818億円増加している(Ministry of Economy, Trade and Industry, 2021)。当時のコロナ禍により後押しされたEC市場の拡大を基盤に,D2C市場も拡大の傾向にあるとされていた(Ureru Net Advertising Group, 2020)。
D2Cブランドの多くは,従来百貨店との取引経験が非常に限られており,「期間限定でスペースに出品料を支払う」という百貨店においては新しいビジネスモデルを受け入れやすく,かつ顧客接点の創出というD2Cブランド側の課題解決として明日見世への出店につながった。当初の出品ブランドとしては,百貨店初進出となるスキンケアブランドや地球環境に負荷をかけずに作られたリラックスウェアブランドなど,明日見世の初回テーマであった「社会をよくするめぐりと出会う」というテーマに合致した主にD2Cブランドのコスメやライフスタイル雑貨等を品揃えた。
(3)第2期(増設移転後2024年9月~現在)2024年9月に明日見世は大丸東京店の4階から9階に店舗を移設し,それとともに物販を開始している。「売らない店舗」としてスタートしたものの,ブランド側からも来店者からも「明日見世で売って欲しい」との要請があったことに応える形での変更であった。インタビュー時点(2025年10月)では,出品ブランドの9割が物販を伴う形での出店となっている。
さらに移設に合わせて,100 m2から430 m2へ店舗面積を約4倍に増床したが,その後の動向は好調であるという。百貨店は階数が上がるにつれ来店者数が減る構造になるが,裏を返せば9階にまで上がってくるのは,時間的・心理的に余裕のある顧客である場合が多い。加えて,大丸東京店の9階に出店しているテナントはこだわり消費を刺激する,北欧系ブランドや寝具ブランドであり,明日見世のラインナップとの親和性が高いのも奏功につながっている。
店舗面積が増えることにより出品できるブランドが増えることは,月額の料金を徴収するサブスクリプション型ビジネスモデルである明日見世にとっては増収・増益になることを意味している。さらに9階に移設後,カフェを併設するようになったことで,安定的な集客効果を発揮することにも成功している。
3. 品揃えの形成従来の百貨店のビジネスモデルから脱却したことは,明日見世の品揃え形成にも大きく影響を与えている。従来は出店ブランドの売上・利益に対してマージンを得るビジネスであったことから,即物的に集客と売上が見込めるようなネームバリューがあるブランドが誘致の選定基準になる場合が多かった。一方,明日見世は出品ブランドから出品期間中の月額の料金を徴収するサブスクリプション型ビジネスモデルであり,売上や集客力での判断軸ではなく,顧客(来店者)がそれまで出会っていないながらも,出会えば思わず欲しいと思えるような,新たなブランドを誘致することが可能になる。
ブランドの選定軸は先述の通り,立ち上げ時から一貫して以下の3点であるという。
Social Good:アップサイクルやサステナブルな取り組みを行う製品
Essential Beauty:伝統工芸や町工場の高い技術力に裏打ちされた製品
Breaking Stereotype:革新的な技術や既成概念を打破する製品。
この選定軸により,地方の中小B2Bメーカーや,高い職人技を持つが生活者への販路を持たない地方の町工場など,従来の百貨店では「売りが立たない」と判断されていたような挑戦的なブランドの誘致が可能となった。そして店頭にいるアンバサダーが,出店ブランドのストーリーや,その製品を選ぶことでライフスタイルがどのように変化するかを語り顧客に伝えることができる。
さらに近年では,大手企業の新規事業プロジェクトの出店も増えている。3年で結果を出すことを求められる傾向にある新規事業(PwC Japan, 2025)において,上質な顧客との接点や認知形成,拡張に向けたテストマーケティングの機会は非常に重要である。明日見世はオフラインでの製品認知・アンバサダーによる商品背景の正確な伝達・百貨店出店の実績づくり・アンケートやお客様の声のフィードバックとしてのテストマーケティングの場等,大手企業の新規事業に対しての問題解決の場としても有効であり,さらに出店企業の広がりを見せている。
4. 株式会社 大丸松坂屋百貨店の全社戦略としての位置づけ明日見世の導入と変遷,そして定着においては,そのプロジェクトの全社における位置づけも重要であった。明日見世ローンチ当時の推進チームは,株式会社大丸松坂屋百貨店社長直下のデジタル戦略推進室DX推進部のデジタル事業開発担当の所属であった7)。明日見世は大丸東京店に出店しているものの,組織としては店舗に紐づくものではないことから,売上額や収益性ではなく全社戦略・経営理念を体現するというポジションでプロジェクト推進がなされていたことになる。
親会社であるJ.フロント リテイリング株式会社は2030年に目指す姿の実現に向けた戦略の方向性として,高質・高揚消費層(自身のこだわりや価値観を満たす,高質で心が高揚する消費や体験を志向する全ての生活者)に向けた価値提供により進化をはかるとしている(J. Front Retailing, 2024)。前節で述べた明日見世の品揃え形成の特性から見ても,この戦略の方向性と明日見世のブランド体験は非常に親和性が高いと言える。
b8taという先行の「売らない店舗」に対して後発であった明日見世の特徴的なポイントとしては,このように大企業の中の戦略的な位置づけというところがあげられるだろう(表2)。明日見世ローンチの際のプレスリリースにも記載されていた通り,明日見世は中期経営計画の成長戦略における重点ポイントであった「リアル店舗とコンテンツの魅力化」としてのトライアルだとされていた。コロナ禍という業界が大きな転換期を迎えたタイミングで,流行になりつつあった「売らない店舗」というビジネスモデルを,実現するための物理的スペース(大丸東京店)とプロジェクトを推進する人員を確保し,予算が割り当てられていたことで,ビジネスモデルの微修正や展開場所の移動・移設等を経て一定程度定着したと考えられる。
コロナ禍におけるEC市場の急拡大を背景にD2Cブランドが急増したが,その多くは人的リソースやマーケティング費用の制約により,激しい生存競争に直面している。こうした中,明日見世が提供するショールーミング型店舗の仕組みは,単なる「場所の貸し出し」を超え,D2Cブランドの成長を支援する伴走型ソリューションとして機能していると捉えることができる。
明日見世は「アンバサダー」と呼ばれる専任スタッフを介して,ブランドの背景やストーリーを深く伝達する設計を行っている。これにより,生活者は「購入プレッシャーのない環境」で製品を体験し,ブランドの価値を深く理解することが可能となる。
加えて,ブランド側は明日見世へ出店することで,百貨店という信頼性の高いプラットフォームによる「お墨付き感」を獲得しつつ,詳細な店頭行動データや顧客の生の声を収集できる。特に,地方の中小B2Bメーカーや伝統工芸,大手企業の新規事業プロジェクトにとって,明日見世は製品認知の獲得と拡張に向けたテストマーケティングの場として極めて重要な役割を果たしている。
2. 明日見世とブランドが共創するブランド体験売らない店舗の代表格であったb8taが2025年に国内全店を閉店し,日本市場から撤退した一方,明日見世は移設増床を経て26年2月現在も好調に推移している事実は示唆に富んでいる。
明日見世が淘汰されていない要因の一つは,その組織的位置づけと考えることができる。各店舗の売上目標に縛られる営業本部下ではなく,社長直下の新規事業グループとして推進されたことで,短期的な収益性よりも「全社戦略・経営理念の体現」や「挑戦的なブランド誘致」を優先することが可能となった。これにより,明日見世は従来にはなかった新たな取引先とサブスクリプション型の新たな収入源を確保することとなり,前節の通りD2Cブランドは低負担で質の高いマーケティング課題の解決策を得るという,双益のビジネスモデルが成立した。
昨今,今回ケースとして挙げたようなショールーミング型店舗とポップアップストア,そしてECの境界線が曖昧になる中,百貨店という物理的空間が提供できる「偶然の出会い」や「情緒的なブランドストーリーの伝達」という役割は,今後さらに重要性を増していくであろう。
本ケースの執筆にあたっては,株式会社 大丸松坂屋百貨店 ITデジタル本部DX推進部の和田房恵氏(明日見世プロジェクトマネージャー)に取材のご協力をいただきました。ここに記して深く感謝申し上げます。
1)日本の百貨店業界における主要な経営統合の経緯は以下の通りである。2006年にそごうおよび西武百貨店が株式会社セブン&アイ・ホールディングスの子会社となったのを端緒に,2007年には大丸と松坂屋ホールディングスが経営統合し「J.フロント リテイリング」を設立。さらに2008年4月には三越と伊勢丹が経営統合し「三越伊勢丹ホールディングス」が発足した。
2)百貨店側が商品を買い取った時点で仕入として計上し顧客に販売をする買取仕入れと,顧客に商品を販売した時点でその商品を仕入れたとする百貨店側が在庫リスクを持たない消化仕入れの形態がある。
3)COUNTERWORKS(カウンターワークス,東京・港)代表取締役の三瓶直樹氏からの指摘として,b8taは一定期間ごとに出品企業を入れ替えるb8taの仕組みは,集客効果がある反面,運営側には負担が大きいことを指摘し,新たに出品する企業のオンボーディングやサービス価値の理解促進といったプロセスが欠かせず,構造的に「大変なビジネス」であることを上げている(Nikkei XTrend, 2025)。
4)ba8taにつづき百貨店各社の売らない店舗は2021年9月から22年4月にかけて順次導入・開店している(Daimaru Matsuzakaya Department Stores, 2021; Sogo&Seibu, 2021; Takashimaya & transcosmos, 2022)。
5)ビジネスサイトに掲載された売らない店舗の特集として,WWD(2022)やNikkei XTrend(2022)がある。
6)明日見世という名前は,「未来(明日)において,新たな価値観として注目されるようなモノ・ことを紹介する見世棚」という思いで名づけられている(Daimaru Matsuzakaya Department, 2026b)。
7)2026年3月1日の組織改編により,ITデジタル本部が新設され,デジタル戦略推進室の全機能が移管されている(Daimaru Matsuzakaya Department, 2026a)。
田中 倫美(たなか ひとみ)
ライオン株式会社 海外ビジネスユニット オーストラリア事業部所属。神戸大学大学院経営学研究科 博士後期課程在学中。神戸大学経営学研究科博士課程前期課程修了,修士(経営学)。化粧品会社勤務・日用品ブランド事業を経て現職。