日本語文法の文献の中には,助詞“に”と“へ”に明確な使い分けがないとするものがある一方で,互いに異なる“に”と“へ”の意味を詳細に説明しているものもある.本研究の目的は,日本語母語話者が“に”と“へ”を使い分けていることを実験的に確認することである.実験では,母語話者である大学生に,“に”や“へ”を含む本物の新聞見出しが,修正なしで,あるいは“に”や“へ”が削除されて,さらには,“に”と“へ”が相互に入れかえられて,それぞれランダムに呈示され,黙読および音読に要する時間が測定された.黙読の結果からは“に”と“へ”の使い分けを行っているかどうか,明確には分からなかった.しかし,音読の結果から,“に”を“へ”に置きかえた見出しを音読すると,“に”を含む元の見出しよりも有意に時間がかかることが分かった.本来置きかえることのできない“に”の語義を推論しにくくなるためと説明できる.文献の説明する“に”と“へ”の使い分けを,現在の日本語母語話者も行っていることが確認された.