土壌有機物は不均一な有機物の混合物であり,その半分は有機炭素によって構成される.土壌有機物は,土壌に還元された有機物が土壌微生物によって分解されたものである.土壌有機物は土壌の陽イオン交換容量を増加させる.また,団粒形成に寄与し,土壌の排水性,保水性を向上させる.土壌微生物は土壌有機物を分解して増加するため,土壌有機物が多いほど,土壌微生物の保持するバイオマス窒素が増加する.バイオマス窒素は,地力窒素と関係が深いとされている.ただ,バイオマス窒素の増加にともなって,土壌有機物量は減少すると考えられる.土壌有機物量は,土壌へ供給される有機物量と,土壌微生物による分解量によって決定される.土壌への有機物供給量を増加させる処理としては焼畑,堆肥連用などがある.土壌有機物の分解を促進する処理としては水田の畑転換,ダイズ作などがある.従って,水田転換畑におけるダイズ作では,著しく土壌有機物の分解が促進されると考えられる.地力窒素を利用しつつ,土壌有機物を維持するためには,土壌微生物による分解量以上に,土壌へ有機物を供給する必要がある.そのためには,堆肥などの有機物を連用することが有効と考えられる.
水田転換畑でダイズ (Glycine max (L.) Merr.) 栽培を続けることによって,土壌可給態窒素量の減少によりダイズが減収すると推測される (廣川ら 2011,住田ら 2005).富山県ではダイズの 90% 以上が転換畑で作付けされているが,ダイズ県平均収量は 1987 年の 264 kg/10 a から 2006 年の 139 kg/10 a まで減少している(廣川ら 2011).作物統計から作図した富山県のダイズ収量の推移からも,ダイズの減収傾向は現在まで続いていると考えられる (図1).
畑条件 (水分を圃場容水量の 60%に調整した状態) で培養した可給態窒素は,土壌微生物の保持するバイオマス窒素と関係が深い (坂本,大羽 1993).また,可給態窒素やバイオマス窒素は,作物が土壌から吸収する,いわゆる,地力窒素とほぼ同じ意味で用いられることが多い.地力窒素の量は土壌微生物量に影響されると考えられるが,土壌微生物が生存するためにはエネルギー源となる有機物が必要となる (西尾 1986).従って,土壌中の有機物 (以下,土壌有機物 (Soil Organic Matter,SOM) とする) が,地力窒素の維持に重要である可能性がある.しかし,現時点では土壌有機物についての知見は整理されているとは言えず,この考察が妥当かどうかを検討することは難しい.
土壌有機物が作物生産に影響することは古くから知られており,化学肥料による窒素施用が一般的になる前は,日本でも有機物が広く施用されていた (橋元 1977,大久保 1976).しかし,日本では土壌有機物が減少しにくい水田 (犬伏 1994) が農地の主体であること,畑作でも土壌有機物が豊富な黒ボク土が広く利用されていること(犬伏 1994) などから,土壌有機物の維持を考慮しなくても作物生産を維持できたと考えられる.しかし,1980 年代以降,水田転換畑でのダイズ栽培が一般的になったため,夏期の湛水によって土壌有機物の分解が抑制されていた水田でも,土壌有機物の分解が促進されるようになった可能性がある.そのように考えると,富山県におけるダイズの収量減少が,畑転換の繰り返しに起因するという考察は妥当と考えられる.
以上のように,作物生産は土壌有機物,土壌微生物などに影響される可能性があるが,土壌有機物についての知見は整理されているとは言えない.ここでは,既往の文献を検討し,土壌有機物が土壌,作物に及ぼす影響,土壌有機物量に影響する要因について明らかにすることを試みた.ただ,土壌有機物についての文献は非常に数が多く,かつ,現在進行中の研究分野であるため,膨大な文献の中の一部しか紹介していないことを明記しておく.なお,この報告は,農研機構第 4 期中課題 10201「温暖地汎用化水田基盤における先進型複合水田営農技術体系の確立」の一環としてまとめたものである.
有機化合物 (Organic compound) は炭素を含む化合物であり,1200 万以上の種類が存在するが,二酸化炭素 (CO2),黒鉛 (Graphite),ダイヤモンドなどは有機物には含まれない (加納 2009).土壌有機物は土壌中の有機炭素から構成され (Mehra et al. 2018),複数の有機化合物の不均一な複合体である (Haynes 2005, Kögel-Knabner and Rumpel 2018).土壌有機物中の炭素の比率は 58%と考えられていたが,近年の研究における中央値は 50%である (Pribyl 2010).今回引用した文献には,土壌有機物ではなく Soil organic carbon (SOC:以下,土壌有機炭素とする) について検討したものも多いが,ここでは土壌有機物の約 5 割が有機炭素によって構成されると仮定し,土壌有機物と土壌有機炭素を同じ意味を示す用語として扱う.
土壌有機物は,作物残さなどの有機物が土壌微生物に分解されたものである (Stockmann et al. 2013).土壌有機物は分解の程度によって Labile SOM (LOM:以下,易分解性有機物とする),Stabilized SOM (以下,難分解性有機物とする) に分けることができる (図 2) が,これらは厳密に区分できるわけではない (Haynes 2005).土壌有機物を分解する土壌微生物は,易分解性有機物の一部として扱われる (Haynes 2005).
土壌微生物は土壌有機物を分解して生存するため,土壌微生物量が一定であっても,少しずつ土壌有機物を分解し,その保持する養分を更新する (西尾 1986).土壌微生物の養分更新速度を Turnover rate( 代謝回転速度)と呼ぶが,その表示方法の一つである半減期は,ある時の土壌有機物の量が,新たな基質の供給のない状態で半分に減少するまでに要する時間を示す (西尾 1986).一般に半減期は易分解性有機物で短く,難分解性有機物で長い.半減期については,未分解有機物で 0.165 ~ 2.31 年,土壌微生物で 1.69 年,難分解性有機物で 49.5 ~ 1980 年という例が報告されている (西尾 1986).
土壌有機物全体を示す用語としては腐植 (Humus) がある (川口 1981) が,この用語は難分解性有機物の一部としても使用される.腐植には「黄色~黒色で分解されにくく,土壌で見つかる物質」や,「土壌有機物中の希アルカリで抽出される画分」など,さまざまな定義がある (Schnitzer and Monreal 2011).腐植を含む土壌有機物は作土 (A 層) に多く存在し,土壌有機物が豊富な A 相は下層に比べ,より黒色をしている (岡崎 2010).
Kögel-Knabner and Rumpel(2018) は,土壌有機物研究の歴史を整理している.腐植という用語は 18 世紀から使用されていたが,その分子組成はほとんど知られていなかった.1900 ~ 1938 年は土壌有機物の分子組成の解明に力が注がれ,この時期に土壌有機物の生成に土壌微生物が関与することが明らかにされた.1940 ~ 1960 年には土壌窒素への理解が進み,土壌から解放される窒素の多くがアミノ酸の形態であることが明らかにされた.1960 年代にはガスクロマトグラフィなどが導入され,土壌有機物が脂肪族飽和炭化水素や芳香族炭化水素などによって構成されることが明らかにされた.脂肪族飽和炭化水素は官能基を持たないため反応性に乏しい (加納 2009).また,芳香族炭化水素は,ベンゼン (Benzene)などのように環状で完全に共役した二重結合を持つため,安定性が高い (加納 2009).
1. 土壌への効果
土壌有機物が土壌の物理性,生化学性に及ぼす影響を図 3 に要約した.
1)土壌物理性
(1)土壌物理性と団粒
土壌有機物は団粒形成に寄与する (Bronick and Lal 2005) ことで,土壌の排水性,保水性を向上させ,土壌を膨軟にすると考えられる.土壌の耕起性 (Tilth),すなわち,土壌の耕しやすさは,近年,団粒 (Aggregates)や,団粒の間に形成される孔隙 (Pores, Voids) によって評価されるようになった (Warkentin 2008).
図 4 に示したように, 土壌粒子は砂 ( 粒径 20 μm~ 2 mm),シルト (粒径 2~ 20 μm),粘土 (粒径 2 μm 以下) などに分類される (川口 1981).粘土粒子は土壌有機物などと結合して,団粒を形成することができる(Bronick and Lal 2005).団粒は二段階の構造をしており (図 5),直径 250 μm 以下の Microaggregates (以下,微細団粒とする),直径 250 μm 以上の Macroaggregates(以下,大団粒とする) に分けることができる (Six et al. 2004).大団粒は,土壌粒子によって形成された微細団粒によって形成されると考えられる (Six et al. 2004).
このことは,土壌中に様々なサイズの団粒が存在する,すなわち,それらの団粒の間に様々なサイズの孔隙が存在することを意味する (Six et al. 2004).
大きな孔隙の中の水分は,重力に従って流下するが,小さな孔隙の中の水分は毛管現象により保持される (川口 1981).毛管現象により水面が 1 cm 上昇する孔隙の半径はガラス管では 1.5 mm (1500 μm),土壌粒子などの球状体では 1.2 mm (1200 μm) と試算される (中野ら 1995).毛管現象が起こる小さな孔隙が増加することは土壌の保水性を向上させ,径の大きな非毛管孔隙が増加することは土壌の排水性を向上させると考えられる.すなわち,大団粒 (直径 250 μm 以上) が多くなることで,大団粒間の毛管孔隙,非毛管孔隙が増加し,土壌の保水性,排水性が向上すると考えられる.また,孔隙が増加することで仮比重(Bulk density)が減少する(Loveland and Webb 2003) ため,土壌が膨軟になると考えられる.
(2)団粒と土壌有機物
団粒形成には粘土粒子,土壌有機物,多価の陽イオンなどが関与する(Bronick and Lal 2005).土壌微生物が有機物を分解して放出する分解産物は,大団粒の安定性に寄与する(Bronick and Lal 2005,Haynes 2005,Six et al. 2004).分解されやすい有機物ほど大団粒の安定性に大きく寄与するが,その効果は短い時間で消滅する.一方,分解されにくい有機物の団粒安定性への寄与は小さいが,長い期間寄与すると考えられる.Abiven et al. (2009)はこの考え方を検証し,1) 緑肥など分解されやすい有機物は団粒安定に 1 ヶ月未満の間大きな影響を及ぼし,2) 麦わらなどの有機物は 1 ~ 3 月間,中程度の影響を及ぼし,3) 堆肥など分解が進んだ有機物は 3 か月以降にわずかな影響を及ぼすことを示した.
2)土壌生化学性
土壌有機物や粘土が多いほど,陽イオン交換容量(Cation exchange capacity :CEC)が向上する (Loveland and Webb 2003).CEC が高い土壌は,アンモニア態窒素 (NH4+) などの陽イオンを多く保持できるため,養分保持力が高くなる.また,腐植の炭素と窒素,リン酸,硫黄の比はほぼ一定である(Kirkby et al. 2011) ため,土壌有機物の一部である腐植が多いほど,土壌中の窒素,リン酸なども増加すると考えられる.
土壌有機物は土壌微生物のエネルギー源となるため,土壌有機物の増加にともなって,土壌微生物も増加する(丸本 1994).土壌微生物が増加することによって,静菌作用 (Soil fungistasis) によって土壌伝染性病害の発病が抑制され (Garbeva et al. 2011),土壌微生物の保持するバイオマス窒素が増加する.以下,土壌有機物と窒素の挙動について述べる.
(1)バイオマス窒素と地力窒素
土壌バイオマスは土壌中の生体の総量であるが,その大部分は細菌,糸状菌などの土壌微生物によって占められる (丸本 1994).土壌微生物が保持するバイオマス窒素は,ヨーロッパの耕地の作土 (深さ 12.5 cm) で約 11 kg/10 a,牧草のルートマット (深さ 2.5 cm) で約 2.1 kg/10a,フィリピンの水田土壌で 4.4 ~ 15.6 kg/10 a 程度と試算されている (丸本 1994).バイオマス窒素量はクロロホルム燻蒸法などによって測定され (丸本 1994),培養法によって測定される可給態窒素と高い相関を示す (坂本,大羽 1993).また,作物によって吸収されうる窒素量は,80℃の熱水で抽出した窒素と高い相関を示す (Curtin et al. 2006).異なる方法によって測定されるバイオマス窒素,可給態窒素,熱水抽出窒素などは,いずれも土壌から放出される窒素,すなわち,地力窒素を推定していると考えられる.以下,これらの窒素については,土壌微生物に着目する場合にはバイオマス窒素,作物の窒素吸収に関係する場合には地力窒素と表記する.
(2)無機態窒素の動態と有機態窒素の重要性
土壌中の窒素は有機態,無機態で存在し,作物は主に無機態 (アンモニア態 (NH3,NH4+),硝酸態 (NO3-)) 窒素を吸収する (St. Luce et al. 2011).アンモニア態窒素は,酸素が十分にある畑状態では硝酸態窒素になる (図 2) が,陰イオンである硝酸態窒素は土壌に吸着されないため,降雨によって流亡しやすい (St. Luce et al. 2011).従って,多雨地帯の畑地では,無機態窒素は流亡することが多く,バイオマス窒素などから無機化された窒素が作物生産に重要な働きを示す (St. Luce et al. 2011).日本では,中華めん用コムギ (Triticum aestivum L.) で子実窒素の 40%以上が土壌から供給された例があり (石丸ら 2016),カナダでは,トウモロコシ (Zea mays L.) による窒素吸収量の 80%近くが土壌有機窒素から供給された例がある (St. Luce et al. 2011).
(3)土壌微生物のエネルギー源としての有機物
糸状菌,細菌などの土壌微生物は化学合成有機栄養生物 (Chemoorganotrophs) であり,他の生物が合成した有機物を利用する (仁王 1994).例えば,根圏(Rhizosphere) は根の分泌する有機物質の影響の及ぶ範囲を指す用語であるが,根圏土壌は土壌微生物が増加しやすい「砂漠のオアシス」である (Faure et al. 2009).
しかし,根の分泌物は数日で分解される (Kuzyakov and Blagodatskaya 2015) ため,土壌微生物が根圏で生存できるのは作物の栽培期間中のみであろう.年間を通して土壌微生物が生存するためには,より分解されにくい有機物 (土壌有機物など) が必要と考えられる.
(4)有機物の C/N 比が無機態窒素放出に及ぼす影響
土壌微生物は有機物を分解し,炭素 (Haynes 2005),窒素 (植田,松口 1994) などを無機化 (Mineralization)する.有機物由来の炭素は土壌微生物のエネルギー源として無機化 (呼吸) される (Reeves 1997) だけでなく,菌体の構成にも利用される (有機化:Immobilization).有機物から無機化された窒素は土壌中に放出されるが,炭素が十分にある場合,土壌微生物によって炭素とともに有機化される (植田,松口 1994).従って,有機物分解時に,常に土壌中に窒素が放出されるとは限らない.
窒素が無機化されるか,有機化されるかは,分解される有機物の C/N 比に影響される (植田,松口 1994).図 6 に示したように,土壌に加えられた有機物の C/N 比が 20 ~ 30 より低い場合,有機物から無機化される窒素は土壌中に放出されるが,C/N 比が 20 ~ 30 よりも高い場合,無機化された窒素は土壌微生物によって有機化される (Kumar and Goh 2000).施用した有機物の C/N 比が高いため,土壌中の無機態窒素を植物が利用できなくなることは,窒素飢餓 (Nitrogen starvation) と呼ばれる (植田,松口 1994).土壌微生物の C/N 比は糸状菌で約 15,細菌で約 4 ~ 5( St. Luce et al. 2011) と低いため,土壌微生物の保持するバイオマス窒素は無機化されやすいと考えられる.
3)土壌品質 (Soil quality)
以上のように,土壌有機物が増加することは,1) 団粒,すなわち空隙を形成することで,土壌を膨軟にするとともに排水性,保水性を向上させ,2) 土壌中の窒素,リン酸などの含有率を高めるとともに CEC を増加させ,3) 土壌微生物数を増加させることで地力窒素を増加させ,土壌病害を抑制する能力も高めると考えられた.土壌有機物が土壌の特性にさまざまな影響を与えることは知られていた (岡島 1976) が,今回,近年の知見に基づき,その点についてより詳細に示すことができたと考えられた.
Soil quality (以下,土壌品質とする) は,持続的な農業の重要な要素と考えられる(Carter 2002).土壌品質は,粘土粒子の量などの Inherent (固有) な品質と,土壌有機物などのように農地管理に影響される Dynamic な品質に分けられる (Carter 2002).土壌品質は仮比重,pH,耐水性団粒などによって評価されるが,それらの中でも,土壌有機炭素は重要な指標である (Karlen et al. 2006,Reeves 1997).
2. 作物生産への効果
土壌有機物量と作物収量との関係を示した事例は多くはない.Loveland and Webb (2003) は,イギリスで土壌有機炭素の減少が土壌特性,作物収量に影響した証拠はないとしている.一方,アメリカでは,1800 年代後期から現在まで継続されている長期試験があり (Mitchell et al. 1991),そのいくつかは,土壌有機炭素の作物収量への影響を示している.
アラバマ州のワタ (Gossypium hirsutum L.) 連輪作試験 (Old rotation) では,ワタ単作,ワタ-ヘアリーベッチ (Vicia villosa Roth) 二毛作などの処理が 100 年以上継続されている (Mitchell and Entry 1998).この試験における試験開始約 100 年後のワタの収量指数は,土壌有機炭素含有率の二次式と有意な相関を示し,土壌有機炭素 1%以下では,ワタの収量指数は有機炭素の減少にともなって減少した (Mitchell and Entry. 1998).
イリノイ州のトウモロコシ連輪作試験 (Morrow plot) は 1876 年に開始され,トウモロコシ連作,トウモロコシ-エンバク (Avena sativa L.:後にダイズに変更) 輪作,トウモロコシ-エンバク(同左) -赤クローバ (Trifolium pratense L.) 輪作などを継続している(Mitchell et al. 1991).この試験はトウモロコシの収量が劇的に増加した時期を含むため,試験期間ごとの平均データを検討しているが,同じデータセットの中では,土壌有機炭素とトウモロコシ収量は直線関係を示した(Franzluebbers et al. 2014).すなわち,試験後半になるほどトウモロコシの収量は増加したが,同じ条件では,土壌有機炭素が多いほどトウモロコシの収量は増加した(Franzluebbers et al. 2014).
3. 炭素の貯留効果
化石燃料の使用などにより,二酸化炭素などの温室効果ガスが増加し,地球温暖化が問題となっている (独立行政法人国立環境研究所,地球環境研究センター 2014).表 1 に示したように,海洋,土壌,大気,生物などが地球における炭素のプールとなるが,土壌は海洋に次いで大きな炭素のプールであり,大気の約 3 倍の炭素を保持する (Mehra et al. 2018).従って,土壌中の有機炭素量を増加させること (Soil carbon sequestration:以下,土壌炭素隔離とする) は,大気中の二酸化炭素濃度の抑制につながる (Hutchinson et al. 2007).
水田への稲わら施用は土壌有機物を増加させる (橋元 1977) が,湛水時にメタンガスの発生を増加させる (篠田ら 1999) ため,地球温暖化を軽減するとは限らない.メタンガスの温暖化への寄与は大気中に残存する年数によって異なるが,50 年間で二酸化炭素の約 20 倍の温暖化係数を示す (独立行政法人国立環境研究所,地球環境研究センター 2014).水田に対する稲わら施用は,メタンガスを発生させることで地球温暖化を促進する可能性がある.ただ,メタンガス発生を軽減する方法として稲わらの堆肥化 (西尾 2007,篠田ら 1999),秋施用 (篠田ら 1999) なども示されており,今後の検討によって,メタン発生量の少ない稲わら施用方法を確立することは可能と考えられる.
土壌有機物は易分解性有機物,難分解性有機物に分けられる (図 2) が,その材料となるのは作物残さなどの未分解有機物である (Haynes 2005).ここでは,表 2 の区分に従って既往の文献を検討する.
1. 未分解有機物
耕地へ供給される植物性の未分解有機物には,作物の地上部と地下部 (根と根の分泌物) がある (Johnson et al. 2006).
1)地上部
作物の地上部のうち,収穫されなかった部分を作物残さ(Crop residue) と呼ぶが,それらの主成分はセルロース,ヘミセルロース,リグニン,タンパク質などである(Kumar and Goh 2000).作物残さは世界全体で毎年 29 億 6200 万t 生産される重要な有機物資源である (Kumar and Goh 2000) が,関心を持たれるようになったのは比較的最近である (Johnson et al. 2006).作物残さの量は,作物収量と収穫指数から計算することができ,表 3 に示したように,アメリカ合衆国における 2000 年の推定量はトウモロコシで 745 kg/10 a,コムギで 342 kg/10 a,ダイズで 300 kg/10 a である (Johnson et al. 2006).
作物残さの分解については,Kumar and Goh (2000)が詳しく述べている.作物残さは破片が大きく,リグニンが多く,C/N 比が高いほど分解されにくい.作物残さは一般的に乾物重の 40 ~ 50% の炭素を含むが,窒素含有率は大きく変動するため,C/N 比は作物によって異なる.作物残さの分解は環境条件にも影響され,土壌の温度が高く,水分,酸素が多いほど分解されやすい.
2)地下部
根と根の分泌物の炭素量は,総光合成量の約 40%に及ぶと推定される (Johnson et al. 2006).その計算に従えば,根と根の分泌物は,作物残さより多量の炭素を含むことになる (表 3).根の分泌物は分解されやすい有機物が主であり,その影響の及ぶ範囲である根圏では,土壌微生物が増加しやすい (Faure et al. 2009).一方,根は地上部よりも分解されにくく (Rasse et al. 2005),土壌中に長期間残存すると考えられる.
2. 易分解性有機物 (Labile SOM : LOM)
易分解性有機物は,未分解有機物と難分解性有機物の中間的な性質を持ち,代謝回転時間が 10 年未満と比較的短い (Haynes 2005).易分解性有機物には土壌微生物のエネルギー源などとして重要な Particle organic matter ( 以下,POM とする) や Dissolved organic matter (以下,DOM とする) が含まれ,土壌有機物を分解する土壌微生物も含まれる (Haynes 2005).表 4 に示したように,POM の量は物理的な方法によって,DOM や土壌微生物の量は化学的な方法によって推定することができる (Haynes 2005).以下,主に Haynes(2005) に従って,易分解性有機物について述べる.
1) Particle organic matter(POM)
POM の多くは分解された植物残さであるが,糸状菌の菌糸なども含む.POM が土壌に占める割合は少ないが,多くの炭素を含むこと,代謝回転時間が短いことから,土壌品質の重要な画分である.POM は土壌微生物のエネルギー源と,土壌微生物を構成する炭素源になる.土壌微生物が POM を分解して生成する多糖類は,大団粒の接着剤の役割をする.
POM は比重,あるいはふるい分けによって分別される.Light fraction (以下,LF とする) は比重 1.5~ 2.0 g/cm3 以下であり,土壌粒子と結合していない画分と考えられる.ふるい分けによって選別される Sand sized fraction (以下,SSF とする) は,ヨーロッパでは直径 20 μm 以上,アメリカでは 53 μm 以上の粒子とされており,土壌粒子と結合した画分と考えられる.LF は SSFより分解されやすく,C/N 比が高く,芳香族化合物も少ない.また,LF は SSF と比べて量が少なく,耕うんなどの管理作業によって減少しやすい.
2) Dissolved organic matter(DOM)
DOM は,土壌溶液中に存在する有機物質であり,土壌微生物のエネルギー源となりうるが,その半分程度は難分解性である.DOM は蒸留水などで抽出され,例えば 0.45 μm のメンブレンフィルターでろ過される.土壌を風乾してから抽出した場合には,より多くの炭素が抽出される.
DOM は農耕地では土壌有機炭素の 0.05 ~ 0.4%,森林では 0.25 ~ 2%を占め,農耕地より森林で重要な画分と考えられる.DOM は植物の地上部や根,あるいは土壌微生物から溶け出した物質に由来する.DOM は土壌粒子表面にある Al3+,Fe3+ の酸化物と結合し,無機-有機結合体 (Mineral – organic associations:MOAs) を形成することができる (Kleber et al. 2015).
3)土壌微生物
土壌有機物を分解する生物には,土壌中で生活する動物,微生物の多くが含まれるが,その多くを占めるのは糸状菌,細菌である (丸本 1994).細菌の直系は一般に 0.5~1 μm,糸状菌の直系は 3~8 μm であり,細菌の方がより小さな孔隙で生育できる (Six et al. 2006).糸状菌,細菌の C/N 比は低い (St. Luce et al. 2011) ため,それらの保持する窒素の多くは無機化され,作物に利用される.土壌微生物は土壌有機炭素の約 1~5%,土壌有機窒素の約 2~6 % を占める (Haynes 2005).
3. 難分解性有機物 (Stabilized SOM)
難分解性有機物は,土壌微生物に分解されにくい画分である.Six et al. (2002) は,難分解性有機物として粘土などと結合した画分,微細団粒内の画分,生化学的に分解されにくい画分をあげた.
1)粘土と結合した画分
土壌有機物量は,土壌中の粘土粒子の量と相関がある (Six et al. 2002).粘土粒子の中では,1:1 型鉱物より 2:1 型鉱物の方がより多くの土壌有機物と結合する(Six et al. 2002).この原因の一つとして,粒子の比表面積があげられており,比表面積の大きい粒子ほど多くの土壌有機物と結合できると考えられる (Wiesmeier et al. 2019).また,土壌粒子表面の Al3+,Fe3+ の酸化物と DOM によって無機-有機結合体 (MOAs) も形成される (Kleber et al. 2015).MOAs に含まれる有機物の代謝回転時間は,それ以外の有機物に比べ,4 倍以上長い(Kleber et al. 2015).
2)微細団粒内の画分
大団粒 (直径 250 μm 以上) 内の土壌有機物よりも,微細団粒 (250 μm 以下) 内の土壌有機物の方が物理的に保護されている (Six et al. 2002).微細団粒内における保護のメカニズムとしては,土壌有機物が分解者 (土壌微生物) から隔離されること,微細団粒内への酸素の拡散が減少することがあげられる(Six et al. 2002).また,微細団粒は耕うんなどで破壊されにくいため,内部の土壌有機物は土壌微生物に分解されにくい (Six et al. 2002).
表層土壌の土壌有機炭素の約 90%は団粒内に存在するが,20 ~ 40%は微細団粒内に存在する (von Lützow et al. 2007).大団粒内の土壌有機物は C/N 比 20 程度,代謝回転時間 15 ~ 20 年程度なのに比べ,微細団粒内部では C/N 比が 8 程度,代謝回転時間が 100 ~ 300 年程度である (von Lützow et al. 2007).
3)生化学的に分解されにくい画分
生化学的に分解されにくい画分は,土壌微生物による分解が進んだ,難分解性画分の一部を示す「腐植」と近い概念と考えられる.Schnitzer and Monreal(2011) は,アルカリ性溶液 (例えば 0.5 M NaOH) によって抽出される有機物を腐植,pH<2 で沈殿する画分を腐植酸(Humic acids),溶解したままの画分をフルボ酸 (Fulvic acid)とした.
また,Schnitzer and Monreal (2011) は,有機物の腐植化は二段階に分かれており,1) 植物や菌体が分解され,炭水化物,タンパク質,脂質,タンニン,メラニンなどが形成された後,2) 化学反応,あるいは微生物の作用により,脂肪族飽和炭化水素,芳香族炭化水素が形成されるとした.
土壌有機物量は,土壌への有機物供給量と土壌微生物による有機物分解量によって決定される (犬伏 1994).土壌有機物量は土壌への有機物供給量から,有機物分解量を減算した値と考えることができる (波多野,豊田 2010).それらに影響する要因としては,環境条件 (気候,土壌など),土地利用 (森林,草地と耕地など) や管理作業 (施肥,耕うんなど) などがある (Wiesmeier et al. 2019).
土地利用を例にあげると,農耕地に比べ,森林や草地では土壌への有機物供給量が多いため,土壌有機物量が多いと考えられる.また,土地利用が土壌微生物の活動に影響する例として,根圏プライミング効果(Rhizosphere priming effect: RPE) があげられる.根圏プライミング効果は,植物根からの分泌物質が土壌有機物の分解に影響することである (Cheng et al. 2014).プライミング効果 (Priming effect :PE) は,土壌への処理(緑肥すき込み,プラウ耕など) によって土壌有機物の分解量が増加,あるいは減少することである (Kuzyakov et al. 2000) が,根圏プライミング効果はその一種である.図 7 に示したプライミング効果には,土壌有機物の分解が促進される「正のプライミング効果 (Positive PE)」,抑制される「負のプライミング効果 (Negative PE)」がある (Kuzyakov et al. 2000).根圏プライミング効果は,作物の栽培 (≒根の分泌物質の供給) により影響された土壌微生物が,周辺に存在する有機物の分解を促進,あるいは抑制することと考えられる.ダイズなどの作物の根圏プライミング効果は,-50 ~ 380%の範囲にある (Cheng et al. 2014).
1. 環境条件の影響
1)気候 (温度と降水量など)
温度, 降水量は土壌有機物量に大きく影響する(Wiesmeier et al. 2019).乾燥した気候に比べ,湿潤な気候では植物生産量が増加する (Wiesmeier et al. 2019)ため,土壌有機物量も多くなると考えられる.一方,高い温度は土壌微生物の活動を活発にし (Franzluebbers et al. 2001),土壌有機物量を減少させる (Wiesmeier et al. 2019).そのため,土壌有機物量は冷涼で湿潤な気候で多く,温暖で乾燥した気候では少ない傾向がある(Wiesmeier et al. 2019).
温度の影響は,植物と土壌微生物で異なる場合がある.作物の生育適温は種類によって異なり,コムギで約 27℃,水稲 (Oryza sativa L.),トウモロコシ,ダイズで 30℃以上となる (Parent and Tardieu 2012).しかし,土壌微生物の活動は,35℃程度までは温度が高いほど活発となるため,( おそらくコムギを栽培している) 畑土壌では,25℃以上の温度で土壌有機物の集積が認められなくなる (犬伏 1994).
降水量が多いほど作物生産が活発になる (Wiesmeier et al. 2019) が,湛水状態のように,土壌への酸素供給が不十分になった場合,作物生産 (水稲は除く),土壌微生物の活動は低下する.畑土壌では,25℃以上の温度で土壌有機物が集積しなくなるが,水田では同じ温度であっても土壌有機物が集積する (犬伏 1994).これは,酸素不足により土壌微生物の活動が抑制されるためと考えられる.
2)土壌
微細団粒は粘土によって形成される (Bronick and Lal 2005) ため,土壌粒子に占める粘土などの割合,すなわち,土性 (川口 1981) は,土壌有機物量に影響すると考えられる.また,粘土鉱物の種類 (1:1 型,2:1 型など)も,粘土粒子と結合する土壌有機物の量に影響する (Six et al. 2002).粘土粒子と土壌有機物の結合には,粒子の比表面積が影響していると考えられる (Wiesmeier et al. 2019),
2. 土地利用の影響
土地利用 (Land Use),すなわち,どのような植物が生育しているかは,植物から供給される有機物量や,根の分泌物に刺激される土壌微生物の活動 (根圏プライミング効果) を通して,土壌有機物量に影響すると考えられる.ここでは,森林,草地と耕地との比較,耕地における作物集約度について検討する.また,水田の畑転換,ダイズ作が土壌有機物に及ぼす影響についても検討する.
1)森林と耕地
森林では,樹木からの落葉落枝により有機物が供給される (犬伏 1994).土壌有機物量は森林を耕地にすることで減少し (犬伏 1994),耕地を森林にすることで増加する (Bush 2008).樹木と耕地を組み合わせる例としては焼畑 (Shifting) などがある.焼畑は土壌表面の有機物を燃焼させた後,数年間耕地として利用する (大久保 1976).焼畑圃場の地力は数年間で減耗するため,数年ごとに圃場を移動し,数十年後に再び同じ土地を利用する (大久保 1976).再び耕地として利用するまでの期間が短いと,焼畑の繰り返しによって土壌生産力は低下する (大久保 1976).これは,森林期間が短くなることで,土壌への有機物供給量が少なくなるためと考えられる.なお,焼畑では地表の残さを燃焼させるが,温度が上がるのは地下約 5 cm より上であり (Knicker 2007),土壌中の有機物は燃焼しないと考えられる.
焼畑を行ってはいないが,大久保 (1976) は,東北農業試験場 (現農研機構東北農業研究センター) で松林を開墾した試験 (栗原ら 1966) などに基づき,土壌生産力が「侵入」( Pioneer) →「造成」( Biulding) →「最盛」(Mature)→「衰退」( Degenerating) の 4 段階をたどって変化すると考察した.この考察では,森林開拓時の生産力が低い状態が「侵入」であり,作物生産力が高い時期が「造成」と「最盛」,作物生産力が低下する時期が「衰退」となる (大久保 1976).この考察を土壌有機物量,土壌微生物量の推移と関連させる (図 8) と,土壌有機物が十分にあるものの,土壌微生物は少なく,そこからの窒素放出が十分でない時期を「侵入」と考えることができる.また,土壌有機物,土壌微生物ともに豊富で,土壌微生物からの窒素放出が盛んな時期が「造成」と「最盛」であり,土壌有機物が減耗したため,土壌微生物が増加できず,土壌からの窒素放出が低下した時期を「衰退」と考えることができる.土壌有機物量が多いほど「衰退」に達するまでの時間が長い (大久保 1976) ことも,この考察を裏付けると考えられる.
2)草地と耕地
土壌有機物量は草地を耕地にすることで減少し,耕地を草地にすることで増加する (Wiesmeier et al. 2019).草地では,牧草のルートマットにより,土壌表面の土壌有機物量が増加する (犬伏 1994).
北海道の小豆 (Vigna angularis Ohwi & Ohashi) は,チモシー (Phleum pratense L.) を 1 ~ 2 年栽培した跡地で 30%以上増収した (渡辺ら 1969).また,アメリカのトウモロコシ連輪作試験 (Morrow plot) では,トウモロコシと赤クローバなどを組み合わせた場合に,土壌有機炭素,トウモロコシ収量が増加した(Franzluebbers et al. 2014).以上のように,牧草を 1 ~数年間栽培した場合,すなわち,永年草地だけでなく,飼料作物の単年度栽培によっても,土壌有機物は増加し,後作物の収量 も増加すると考えられる.
単年度栽培される飼料作物はカバークロップ (Cover crop),キャッチクロップ (Catch crop),あるいは緑肥(Green manure) などと呼ばれる.商業目的以外で栽培する場合はカバークロップ,主要作物に施用した養分の回収を目的とする場合はキャッチクロップ,主要作物の生育収量を向上させることを目的とする場合は緑肥と呼ぶ (Thorup-Kristensen et al. 2003).それらの作物にはヘアリーベッチなどのマメ科作物,麦類などのイネ科作物などが用いられる (Cherr et al. 2006).
3)耕地における作物集約度
耕地における一年生作物の栽培では作物集約度が高いほど,土壌への有機物還元量,土壌有機物量が多くなる例がある.アメリカ西部では降水量が少なく,地下水が不足するため,小麦-休閑体系が行われている(Schillinger and Papendick 2008) が,不耕起栽培により土壌水分の蒸発を抑制し,小麦-トウモロコシ体系など作物集約度の高い体系を導入することによって,団粒内の有機物含量は増加した (Shaver et al. 2003).ただ,この効果は,不耕起栽培による省耕うんの影響も含んでいると考えられる.
4)特殊な事例 (1) -水田の畑転換-
日本の水田では主に水稲単作が行われてきたが,1980 年代以降,水田の畑転換が広く行われるようになった.比較的粗い土壌粒子が多いと考えられる富山県では,1986 年以降,転換畑ダイズの収量が減少する傾向にあり,その原因として地力窒素 (土壌窒素無機化量) の減少が考えられた (廣川ら 2011).ここでは,水田の畑転換が,土壌有機物量,土壌微生物量などに及ぼす影響について検討する.
(1)水稲作 (湛水) の影響
日本の水田は夏季に湛水され,酸素が不足した状態になるため,土壌有機物が蓄積する (犬伏 1994).しかし,休閑期には湛水されないため,有機態窒素の無機化が促進される,いわゆる乾土効果がみられる (原田 1959).乾土効果は,水田土壌に集積した易分解性有機物が,十分な酸素のもとで土壌微生物によって分解されることであり,それによって増加した土壌微生物の保持するバイオマス窒素が,湛水期間中に無機化されることと考えられる.日本の水田作は,夏季の湛水によって土壌有機物が蓄積し,休閑期の乾燥によって土壌有機物から地力窒素が発現する,バランスのとれた作付体系と考えられる.
それに対し,水田がほぼ一年中湛水されている場合,土壌微生物は増加できないと考えられる.フィリピンの IRRI (International Rice Research Institute) では,水稲連作による減収が報告されたが,水稲の 1 年 3 作体系を行っており,土壌は年間を通して湿った状態にあると考えられる (Dawe et al. 2000).一方,水稲-コムギ体系を行っている試験では,連作による減収は確認されなかった (Dawe et al. 2000).IRRI における連作水稲の減収の原因の一つに,土壌有機物の性質の変化があげられる (Dawe et al. 2000) が,年間を通した湛水により土壌微生物が増加できず,そのため,地力窒素吸収量が減少した可能性が考えられる.
(2)畑転換の影響
水田転換畑では 1 年中酸素が十分であるため,夏期にも土壌微生物が増加し,土壌有機物が分解されると考えられる.従って,畑転換によってバイオマス窒素が増加し,増収に寄与すると考えられるが,分解された土壌有機物を上回る量の有機物が供給されない限り,土壌有機物は減少することになる.
高橋ら (1956) は,畑転換後に復田した場合,1 ~ 2年間は土壌からの窒素供給量が増加することを示した.しかし,この結果は,畑転換の履歴が少ない圃場で得られており,現在のように畑転換を繰り返した状態にあてはまるかどうかは確認されていない.廣川ら (2011)は富山県における 3 年に 1 回程度のダイズ栽培によって,1987 年に 264 kg/10 a だったダイズの県平均収量が,2006 年には 139 kg/10 a まで減少したことを報告した.住田ら (2005) は,畑期間が半分程度を占める水田輪作体系を 10 年以上繰り返すことで,土壌の可給態窒素が減少することを報告した.畑転換が広く行われるようになった時期を 1990 年と仮定しても,既に 30 年経過しているため,3 年に 1 回畑作が行われている場合,10 回は畑転換が行われていることになる.現在,水田転換畑で危惧されている地力減耗は,水田の畑転換を繰り返すことで,土壌有機物量が減少し,地力窒素の発現が減少したことに起因する可能性があると考えられる.
5)特殊な事例 (2) -ダイズ作-
以上のように,水田の畑転換により土壌有機物は減少すると考えられたが,ダイズ栽培自体も土壌有機物量の減少に寄与する可能性がある (有原 2000).ここでは,ダイズ作が土壌有機物量に及ぼす影響について検討した.
(1)ダイズ作による土壌有機物減少のメカニズム
ダイズの収穫期乾物重は子実,茎・莢,落葉がほぼ同じ割合を占める ( 大久保 1976) が,子実は圃場外に持ち出される.落葉は C/N 比が低く,直ちに分解される ( 大久保 1976) ため,土壌有機物の維持増進には大きく寄与しないと考えられる.従って,ダイズ作後に圃場に残される有機物は作物残さ ( 茎・莢),および地下部となる.Johnson et al. (2006) は 2000 年のアメリカにおける作物残さ量,地上部や根の炭素量を推定し,トウモロコシ,コムギに比べ,ダイズで低い値を報告した (表 3).
また,土壌有機物の分解を促進する根圏プライミング効果は,コムギに比べてダイズで著しく高い (Cheng et al. 2003).すなわち,ダイズ作では土壌への有機物供給量が少ないだけでなく,根圏プライミング効果によって土壌有機物の分解が促進されると考えられる.その際,根圏プライミング効果によってバイオマス窒素が増加し,ダイズの窒素吸収量も増加すると考えられる.
以上のように,ダイズ作では有機物還元量が少なく,土壌有機物の分解量が多くなるため,土壌有機物も減少すると考えられる.Johnson et al. (2006) は,アメリカでダイズの増収が続いた場合でも,土壌有機物を維持するためには,ダイズに由来する有機物では不十分であると考察した.
(2)ダイズの窒素吸収量と収量
Salvagiotti et al.( 2008) は,世界各国におけるダイズ栽培試験を総合し,ダイズの窒素吸収量と収量には緩やかな相関があり,窒素吸収量 1 kg に対し,平均して約 13 kg の子実収量が得られることを報告した.ダイズは根粒による固定窒素と肥料窒素だけでなく,地力窒素を吸収することができる (Salvagiotti et al. 2008).ダイズの窒素吸収量を固定窒素だけでまかなえる例は少なく,固定窒素量は,平均すると窒素吸収量の 50 ~ 60%程度である (Salvagiotti et al. 2008).また,肥料窒素を多く施用した場合,窒素固定が抑制される (Salvagiotti et al. 2008) ため,ダイズの収量を確保するためには,地力窒素を吸収する必要がある.一方,ダイズ子実の窒素濃度は約 6% であり,子実の収穫によって窒素吸収量の約 70% は持ち出される (Salvagiotti et al. 2008).一般的に,子実の窒素吸収量は固定窒素量よりも多いため,ダイズ栽培では,土壌から窒素が持ち出されることになる.
(3)ダイズ作の繰り返しの影響
松﨑 (2013) は 15 年間連作した畑作ダイズにおいて,1) 連作初期にはダイズシストセンチュウによって生育収量が減少するが,2) 連作を 5 年程度継続した後,ダイズシストセンチュウが衰退して収量が回復し,3) その後,地力窒素の減耗によって再びダイズの収量が減少すると推察した.Wright and Hons (2004) は,トウモロコシ,ダイズ,ソルガムの連輪作を 20 年間継続し,ソルガム-コムギ-ダイズ輪作,コムギ-ダイズ輪作に比べ,ダイズ連作で土壌有機炭素が少なくなることを示した.これらの事例から,畑におけるダイズ作の繰り返しも,土壌有機物量やダイズ収量の減少をもたらすことが推察される.すなわち,畑転換だけでなくダイズ作も,土壌有機物の分解を促進し,地力窒素の減耗に寄与すると考えられる.
3. 耕地の管理作業の影響
ここでは,作物残さ処理,耕うん,施肥,有機物施用について検討する.
1)作物残さ処理
作物残さの処理方法としては,還元 (すき込み),持ち出しなどがある.アメリカのトウモロコシは本来子実のみを利用するが,セルロース系バイオ燃料への利用のために,茎葉を持ち出した場合の影響が検討されている(Blanco-Canqui and Lal. 2007,Wilhelm et al. 2004).トウモロコシの茎葉持ち出しにより土壌有機炭素やトウモロコシ収量が減少するため,茎葉の持ち出しは 25%以内に抑えるべきと考えられる(Blanco-Canqui and Lal. 2007).ただ,トウモロコシの茎葉持ち出しによる土壌有機物への影響は,土壌有機炭素量,気象条件,土壌特性などによって異なり,必ずしも一致する結果が得られているわけではない (Wilhelm et al. 2004).
日本では,水田における稲わらの効果が検討されている (橋元 1977).稲わらは C/N 比が高いため,窒素飢餓などにより水稲の初期生育を抑制するが,生育後期における窒素吸収を促進する (橋元 1977).これは,稲わらの炭素を利用して土壌微生物が増加した後,バイオマス窒素が水稲の生育後期に吸収されたためと考えられる.また,土壌微生物の増加は土壌の還元状態をもたらし(橋元 1977),メタンの発生量も増加させる (西尾 2007)と考えられる.しかし,稲わらの連用によって水稲収量は増加し,堆肥施用区なみの値を示すことがあり (橋元 1977),このことは,稲わら連用によって土壌有機物が増加した結果と考えられる.
2)耕うん
耕うんは基本的な農業技術であり,雑草を抑制し,播種床を整える (Triplett Jr. and Dick 2008) が,土壌有機物の分解も促進する (Balesdent et al. 2000).1930 年代のアメリカでは降水量減少と,おそらく,はつ土板プラウ (Mouldboard plow) 耕による土壌構造の破壊のために 土壌の風食による “Dust bawl” が発生し,農業に甚大な被害を及ぼした (Lal et al. 2007).その後,不耕起 (無耕うん:No-till) 栽培が提案されたが,不耕起栽培が普及したのは,効果的な除草剤が利用できるようになってからであった (Lal et al. 2007,Triplett Jr. and Dick 2008).
耕うんを省略することにより,大団粒の破壊は軽減され,大団粒内部の土壌有機物の分解も抑制される(Balesdent et al. 2000).不耕起栽培した圃場では,地表付近で土壌有機物量が多くなり (Balesdent et al. 2000,Wright and Hons 2005),細菌ではなく,糸状菌が多数を占めるようになる (Helgason et al. 2009).不耕起栽培の継続によって土壌有機物量は増加するが,15 ~ 20 年不耕起栽培を継続することで,土壌有機物量はほぼ平衡状態に達する (West and Post 2002).ただ,不耕起栽培では土壌有機物の分解が抑制されるため,地力窒素の発現も抑制されると考えられる.
アメリカでは不耕起栽培は約 23%採用されている(Triplett Jr. and Dick 2008) が,ヨーロッパではアメリカほどは採用されていない (Hutchinson et al. 2007).また,降水量の多い日本でも,雑草害,水田転換畑におけるムギ類,ダイズへの湿害などが懸念される.
3)施肥
窒素,リン酸などの化学肥料の施肥による影響については,必ずしも明瞭な結果が得られていない.ここでは,明瞭な効果が報告されている石灰肥料について述べる.石灰施用によって土壌肥沃度が増加するが,過度に石灰を施用することで土壌肥沃度は減耗し,イギリスでは「石灰は親と富まして子をやせさせる」と言われていた (原田 1959).すなわち,石灰施用によって易分解性有機物の分解が促進され,無機態窒素が放出されるが,この処理を繰り返すことで土壌有機物量が減少し,土壌からの窒素無機化量も減少すると考えられる.石灰による土壌有機物の分解促進が古くから利用されていたとすると,現在,石灰施用で分解しうる土壌有機物の画分は,既に分解されている可能性がある.
4)有機物施用
明治以前の日本では,刈敷き,人ふん尿,油粕などの有機物を施用し,耕地に養分を供給していた (橋元 1977,大久保 1976).現在でも稲わら,家畜排せつ物などは重要な有機物であり,腐熟させてから農地に施用する.腐熟した稲わらは堆肥,牛ふんなどは厩肥と呼ばれているが,ここでは,西尾 (2007) の表記法に従い,原料名+堆肥 (例えば,牛ふん堆肥,稲わら堆肥) と表記する.現在,堆肥としては稲わら堆肥よりも,牛ふん堆肥が多く用いられている (塩崎 2008).
日本における堆肥などの長期連用試験では,著しい効果が報告されている.10 年以上の堆肥連用で,土壌の物理性 (黒柳ら 1997,長坂ら 1999,六本木ら 1993),リン酸,カリなどの養分 (黒柳ら 1996,六本木ら 1992),炭素 (黒柳ら 1996,長坂ら 1999,六本木ら 1993),可給態窒素 (橋元ら 1971,六本木ら 1993) が向上する.ただ,作物収量に対する堆肥連用の効果は作物,土壌などによって異なり,水稲では,排水性の悪い湿田では堆肥連用によっても収量が上がらないことがあった (橋元 1977).また,畑作物に対する 1~2 t/10 a/ 年の施用量では,堆肥連用によって収量が増加するものの,試験年数の経過にともない,収量水準が徐々に低下することがあった(橋元 1977).このことは,堆肥の効果によって畑作物の収量を維持するためには,一定以上の施用量が必要なことを示唆する.
Diacono and Montemurro (2010) は数多くの有機物(多くは堆肥だが,腐熟していない有機物の場合もある)施用試験を総合し,1) 有機物施用の効果の解析には長期試験が必要であること,2) 有機物施用は土壌有機炭素,土壌微生物活性,作物収量を増加させ,土壌物理性を向上させること,3) 有機物施用は土壌炭素隔離に効果があること,4) それらの効果は有機物施用量が多いほど大きいことを報告した.Luo et al. (2018) は,690 の有機物施用試験 (同じく,腐熟していない有機物の場合もある) に対するメタアナリシスを行い,1) 有機物施用によって土壌有機炭素,土壌微生物活性,作物収量などが増加すること,2) 対象作物ではコムギやトウモロコシに対する効果は水稲よりも大きいこと,3) 有機物の種類では Farmyard Manure (家畜ふん尿+敷わら堆肥) の効果が大きいことなどを報告した.この報告では,有機物施用の効果は,3 年以下の連用に比べ,3~10 年連用した場合に高い効果を示した (Luo et al. 2018).以上のように,堆肥などの腐熟した有機物の施用により,土壌有機物は維持増進されると考えられたが,その効果を安定させるには,3 年以上の連用が必要と考えられた.
以上の検討から,土壌有機物は不均一な有機炭素化合物の集合体であり,さまざまな効果を持つことが明らかとなった.以下,全体を通した考察を行う.
1. 土壌有機物の効果と易分解性有機物
土壌有機物が土壌に及ぼす効果を,土壌微生物の関与の有無によって分類した (図 9).土壌有機炭素,養分,CEC の増加は,土壌有機物増加の直接の効果と考えられたが,土壌微生物の増加によるバイオマス窒素の増加,静菌作用は,土壌微生物が土壌有機物を分解することの効果と考えられた.また,団粒形成も,土壌微生物が土壌有機物を分解する際に生ずる分解産物に影響されると考えられている.
上記のうち,土壌微生物 (バイオマス窒素) 増加や団粒形成は,土壌有機物の分解をともなう.すなわち,これらの効果を得るためには,土壌微生物の活動を活発に維持する必要がある.さらに,これらの効果を長期にわたって維持するためには,土壌微生物による分解量以上の有機物を供給する必要があると考えられた.
土壌有機物としては難分解性有機物の一種である腐植が着目されてきた.しかし,今回の検討から,土壌微生物や土壌微生物に分解される POM などの易分解性有機物が重要であることが示された.POM は,易分解性有機物の中で大きな比率を占めると考えられ,ふるい分けによって選別される SSF (Sand sized fraction),比重によって選別される LF (Light fraction) によって構成される.今後,土壌有機物の効果を推定するためには,培養法などにより推定されるバイオマス窒素,アルカリ抽出による腐植だけでなく,LF や SSF についても検討する必要があると考えられた.
2. 土壌有機物と作物収量
土壌有機物の増加により,土壌の物理性・生化学性が向上すると考えられた (図 9) が,作物収量は増加するとは限らなかった.ただ,下層土 (B 層) に比べ,作土 (A 層) で土壌有機物が多いことを考え合わせると,土壌有機物が作物生産に好ましい影響を与えることは間違いないと考えられる.
地力窒素は作物生産に重要であるが,その窒素供給量は 2 ~ 10 kgN/10 a 程度とされている (丸本 1994).施肥量の少ないダイズでは,地力窒素の減耗は減収に直結すると考えられるが,トウモロコシ,コムギなど窒素を多用する作物では,施肥窒素によって収量減少を軽減できると考えられる.逆に言えば,それらの作物では,地力窒素だけで現在の収量水準を維持することは難しいであろう.作物の収量水準を高く維持するためには,土壌有機物量を増加させるとともに,従来通り,化学肥料を有効に利用する必要があると考えられた.
3. 土壌有機物量と大久保のモデル
大久保のモデルは,森林を耕地に開墾した際の地力の変動を説明したものである.森林を耕地にすることによって,土壌への有機物供給量は減少し,耕うん,ダイズ作などによって土壌有機物の分解量は増加する.そのような条件下で地力 (おそらく地力窒素) は「侵入」→「造成」→「最盛」→「衰退」の 4 段階で変動し,地力の豊富な時期は「造成」→「最盛」となる.この時,地力窒素をバイオマス窒素と読み替えれば,「造成」→「最盛」は土壌微生物が増加することでバイオマス窒素が豊富になる時期と考えることができる (図 8).また,このモデルでは有機物供給量は増加しないため,土壌有機物量は 4 段階を通して一貫して減少すると考えられる.従って,「衰退」は土壌有機物量が減少し,エネルギー源が不足するため,土壌微生物が増加できない状態と考えることができる.
既に検討したように,水田の畑転換やダイズ作は土壌微生物の活動を盛んにし,その代償として土壌有機物を減耗させる処理と考えられる.転換畑におけるダイズ作では,土壌有機物を減耗させる処理が二つ (水田の畑転換とダイズのプライミング効果) 重複しており,土壌有機物の減耗はさらに促進される可能性がある.従って,初めて水田転換畑でダイズ作を行った場合は高い収量が得られる (「造成」,あるいは「最盛」の段階) が,何回も繰り返すことにより,土壌有機物が減耗し,収量が停滞する (「衰退」の段階) 可能性が考えられた.このことは,水田転換畑のダイズ作を繰り返した圃場では,土壌有機物を維持増進させることにより,作物収量が増加する可能性を示唆する.
4. 土壌有機物量を増加させる方法
土壌有機物量を維持するためには,土壌への有機物供給を増やす (焼畑など),あるいは,土壌有機物の分解,すなわち,土壌微生物の活動を抑制する (不耕起など)方法が考えられる.しかし,土壌有機物の分解を抑制した場合,地力窒素の発現も減少することになる.土壌有機物と地力窒素を長期にわたって高く維持するには,土壌微生物の活動を維持しつつ,分解された量以上の有機物を供給する必要がある.
有機物供給量を増加させる方法として,森林,草地への変換などが考えられる.しかし,有機物の供給が多いと考えられる森林への変換 (例えば,焼畑) でも,10 ~30 年程度の森林期間の効果はおそらく 3 ~ 4 年で消失する (大久保 1976).草地への変換 (数年間),緑肥作物の導入 (1 年間) などの効果は,森林との地目変換よりも少ないと考えられる.これらの方法では,一定期間耕地が非換金作物によって占められること,地力増進作物は数~ 数十年に一回しか栽培できないことも問題となるであろう.
5. 堆肥利用の可能性
堆肥としては,牛ふん堆肥が広く使用されている (塩崎 2008) が,家畜排せつ物を耕地に施用することは,酪農・畜産農家にとってもメリットがある.日本では飼料の半分以上を輸入に頼っているため,酪農・畜産が盛んな地域では家畜排せつ物の処理が問題となっている.例えば鹿児島県では,地域内で生産される排せつ物量は,圃場に還元できる量の3 倍程度である (桶渡ら 1997).もし,家畜排せつ物を耕種農家の耕地に施用することができれば,排せつ物処理と地力減耗という二つの問題を同時に解決できる可能性がある.
堆肥は水分が 60%程度と高いため,重量が重く,容積が大きく,運搬・散布作業に労力を要する (中村 2011).しかし,堆肥のペレット化により容積が 40%,重量が 60% 程度に減少し,貯蔵性が向上し,運搬,散布が容易になる (荒川 2015).ただ,堆肥,あるいは堆肥ペレットを広く利用するためには,品質 (窒素,リン酸などの養分) の確保,安定供給体制などが必要となろう (本田ら 1985).また.堆肥ペレットでは水分低下,造粒などの工程が必要となろう.
転換畑ダイズにおける地力窒素,収量の減少が土壌有機物の減少に起因するという仮説を整理するため,土壌有機物についての知見を検討した.土壌微生物が土壌有機物を分解することで地力窒素が発現するため,地力窒素の発現は土壌有機物の減少をともなうと考えられ,また,水田の畑転換やダイズ作は土壌有機物を減少させる処理と考えられた.すなわち,近年懸念されている水田転換畑の地力減耗は,土壌有機物量の減少に起因する可能性が高いと考えられた.土壌有機物の増加によって地力窒素が増加するだけでなく,団粒形成も促進されるため,水田転換畑では土壌有機物を維持増進させる必要があると考えられる.
土壌有機物を維持増進させるためには土壌有機物の分解を抑制する,あるいは土壌への有機物供給を増加させる必要がある.土壌有機物の分解抑制では,地力窒素の発現も抑制されるため,土壌への有機物供給量を増加させる処理が必要となると考えられる.土壌への有機物供給量を増加させる処理としては,飼料作物の栽培などとともに,系外からの家畜ふん堆肥の連用が効果的であろう.家畜ふん堆肥の連用は,耕地の土壌有機物量の維持だけでなく,酪農・畜産地帯での過剰な家畜ふん尿の処理にも寄与しうると考えられる.家畜ふん堆肥を利用するためには,堆肥化・ペレット化などが必要と考えられるが,現状では,それらの労力にみあう対価が払われるかどうかは不明である.今後,家畜ふん堆肥を利用するためには,耕種農家が有機物供給の意義について理解し,酪農・畜産農家と連携していく必要があると考えられる.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.