農研機構研究報告
Online ISSN : 2434-9909
Print ISSN : 2434-9895
ISSN-L : 2434-9895
原著論文
ソバ新品種「キタミツキ」の育成とその特性
石黒 浩二 大塚 しおり原 尚資森下 敏和鈴木 達郎本田 裕
著者情報
研究報告書・技術報告書 フリー HTML

2021 年 2021 巻 6 号 p. 31-41

詳細

 北海道農業研究センターにおいて,ソバ新品種「キタミツキ」を育成した.「キタミツキ」は,「端野 43」と「キタワセソバ」の交配後代から選抜した.「キタミツキ」は,「キタワセソバ」よりも子実重が重く,育成地では「キタワセソバ」比 111-126%である.深川市では同比 103%(5 月下旬播種)および 104%(6 月上旬播種),旭川市/ 幌加内町では同比 142%,札幌市では同比 118%である.また,全ての試験地において「キタミツキ」の容積重は「キタワセソバ」より重く,ルチン含量は高い.実需者による食味評価では,「キタワセソバ」と同水準との評価を得ている.北海道を中心に普及することが見込まれる.

緒言

北海道のソバ作付面積は,ソバが水田転作作物として導入されるようになったことから 1989 年の 4,930 ha から 2018 年には 24,400 ha へ拡大した.2018 年度の日本のソバ生産量は 29,000 トンであり,そのうち北海道の生産量は約 4 割を占め,北海道のソバ生産の作柄が国産ソバの供給に大きな影響を与えている.北海道農業研究センターでは,これまでに「キタワセソバ」(犬山ら 1994),「キタユキ」(本田ら 1994),「キタノマシュウ」(本田ら 2009),「レラノカオリ」(森下ら 2013)等の普通ソバ品種を育成してきた.このうち「キタワセソバ」は,北海道のソバ作付面積の約 9 割にあたる約 21,000 ha で栽培される主要品種となっている.しかし,「キタワセソバ」は種苗法による権利保護期間満了にともない採種が自由となり,品種特性の維持に懸念が生じている.後続品種の「レラノカオリ」や「キタノマシュウ」は一部の地域での作付けに限られており,「キタワセソバ」の後継品種とは言えない状況である.今後も北海道のソバ生産を維持し,さらには国産ソバの自給率(20.9%,2018 年度)を向上し,ソバの生産努力目標(食料・農業・農村基本計画)を達成するには,より生産性の高い品種が必要である.さらには,経営所得安定対策における,農産物検査規格の改正(官報 2014)で,ソバは容積重に応じた等級格付けとなり,容積重が従来以上に重要視されるようになったため,生産者からは多収かつ高品質(高容積重)の品種が求められている.

北海道農業研究センターでは,多収かつ高品質のソバ品種開発に取り組んできた.その結果,多収かつ高容積重で「キタワセソバ」と遜色ない食味を有する品種を育成した.本品種は,「キタミツキ」と命名され,2019 年に品種登録された.また,2019 年度に北海道の優良品種に認定された.ここに「キタミツキ」の育成経過や品種特性についてとりまとめて報告する.

来歴と育成経過

「キタミツキ」は農研機構北海道農業研究センター(芽室研究拠点)において,多収・高品質ソバ品種の育成を目標にして,「レラノカオリ」の初期世代である「端野 43」と「キタワセソバ」の交配後代から選抜したものである(図 1).「キタミツキ」の育成経過を表 1 に示した.2004 年に網枠内において「端野 43」と「キタワセソバ」を交配し,種子親である「端野 43」の 11 個体から種子を得た.2005 年は,採種量の多かった 2 個体の F1 種子を混合して小規模試験で生産力を見たところ,「キタワセソバ」比 113%であったため,2006 年に,隔離圃場にて 2 個体の F1 種子より 2 系統を養成して,F2 種子を得た.2007 年は得られた 2 系統を小規模生産力検定予備試験に供試し,多収の 1 系統を選抜した.また,F2 種子を隔離圃場で養成するとともに他の個体とは明らかに形質が異なる個体(異型)を淘汰し,F3 種子を得た.2008 年に F3 世代の小規模生産力検定試験を実施し,収量性が「キタワセソバ」よりも優れていることが認められた.2009 年は生産力検定予備試験に供試した.また,F3 種子を隔離増殖し,異型を淘汰し,F4 種子を得た.F4 世代で異型は認められなくなり,系統の育成を完了した.2010 年からは「芽系 24 号」として生産力検定予備試験および北海道の系統適応性検定試験に供試し,「キタワセソバ」よりも多収であることが認められた.2010 年に F5,2011 年に F6 種子を生産し,以降の試験には F6 種子を供試した.2012 年からは「北海14 号」として生産力検定試験,2013 年からは地域適応性試験に供試し,「キタワセソバ」よりも多収で容積重も重く,ルチン含量が高い等の特徴が認められた.2015 年に品種登録出願を行い,2019 年に「キタミツキ」として登録された(登録番号第 27402 号).

特性の概要

1.形態的特性

草型は直立・短枝型,伸育性は“無限” である.「キタワセソバ」と比較して,草丈および茎の長さは同程度の“低” および“短”,茎の節数は多い“やや少” である.葉身の基部の形は「キタワセソバ」と同じ“浅い心臓型”,花弁の色は“白”,分枝の数は“中” で「キタワセソバ」と同じである.花房の数は“中” で「キタワセソバ」より多い(表 2写真 1).

2.生態的特性

生態型は北海道に適する“夏型” であり,開花始期は「キタワセソバ」と同程度の“早”,成熟期は「キタワセソバ」と同程度の“早” である.脱粒性は同程度の“中”,である.耐倒伏性は「キタワセソバ」と同程度の“中”である(表 2

3.品質特性

容積重は「キタワセソバ」より重い “大”,千粒重は「キタワセソバ」と同等の“大” であり,子実の長幅比は同程度の“中” である.

子実のルチン含量は「キタワセソバ」よりも高い “やや高” である(表 2写真 2).

試験方法

各試験の育成地における耕種概要は表 3,配布先の耕種概要は表 4 に示した.標準品種として「キタワセソバ」,比較品種として「レラノカオリ」を供試した.生産力検定試験は元肥として高度化成 S-644 を3 kg/a(窒素,リン酸,カリそれぞれ 0.18,0.72,0.42 kg/a)とし(以下,これを標肥条件とする),播種期を 5 月下旬(早播),6 月上旬(標播)および 6 月下旬(晩播)の 3 作期にそれぞれ 4 反復の試験区を設けた.成熟期に草丈などの調査後に収穫し,乾燥舎内において 35℃で 10 日前後乾燥し,子実重などの収量関連形質および容積重などの品質特性を調査した.また,「キタミツキ」の栽培特性を明らかにするために播種密度試験および施肥試験を実施した.播種密度試験には 100 粒/ m2,150 粒/ m2 および 200 粒/ m2 の 3 処理を設け,元肥多肥区(以下,多肥区と表記)は元肥として窒素を標肥区の 2 倍(窒素 0.36 kg/a となるよう硫安を追加)とした.これらの栽培試験は 3 反復とした.すべての試験地の製粉試験は北農研で実施した.各種篩を用いて粒径選別を行い子実の粒径分布を調査した.選別した子実をインペラ式脱皮機による脱皮の後,石臼による全粒製粉を行った.得られた粉と供試した子実の重量比から製粉歩留りを算出し,粉をルチン,色彩値および食味などの品質評価に供試した.固定度調査は,2013 年の生産力検定試験の標播区(4 反復)において,1 試験区から 20 個体を連続的に調査し(極端な生育不良や折損個体は除外),合計 80 個体の平均値,標準偏差および変異係数を算出した.

結果

1. 育成地における成績

1)生産力検定試験

2012 年から 2019 年の生産力検定試験の結果を表 5-1,5-2 および 5-3 に示した.早播,標播および晩播試験において,「キタミツキ」の成熟期は「キタワセソバ」より 1 ~ 2 日,「レラノカオリ」より 1 ~ 3 日遅かった.草丈・主茎長は「キタワセソバ」よりやや高く,「レラノカオリ」より高かった.倒伏の程度は,標播試験では「キタワセソバ」と同程度であったが,晩播ではやや高かった.総花房数は,「キタワセソバ」や「レラノカオリ」よりやや多かった(表 5-1).子実重はすべての播種期で「キタワセソバ」より重く,早播で「キタワセソバ」比 126%,標播で同比 120%,晩播で同比 111%と優れた.千粒重は「キタワセソバ」と同等またはやや軽く,「レラノカオリ」より軽かった.容積重は「キタワセソバ」よりも重く,検査等級も優れた.丸抜き収率と製粉歩留りは「キタワセソバ」と同等であった.ルチン含量は,「キタワセソバ」や「レラノカオリ」よりも高かった.ソバ粉の a* 値(低い方が緑味が濃い)は「キタワセソバ」と同程度,「レラノカオリ」よりやや低かった(表 5-2).玄ソバの粒径分布は,「キタワセソバ」と比べて小さい粒径の割合が高かった(表 5-3).

2)播種密度試験および施肥試験

早播と標播栽培の 2 播種期における疎播(100 粒/ m2),標播(150 粒/ m2)および密播(200 粒/ m2)の播種密度を検討した(表 6).その結果,両播種期とも「キタミツキ」は播種密度が低いほど草丈と主茎長は高くなり,主茎節数,分枝数および総花房数は高くなった.また,疎播において標播に比べて子実重はやや重く,容積重はやや軽い傾向が見られた.両播種期とも,いずれの播種密度においても,「キタミツキ」は「キタワセソバ」よりも子実重が重く,容積重が重く,ルチン含量が高かった(表 6).

施肥試験において,「キタミツキ」は早播および標播栽培の多肥区において,標肥区に比べて草丈と主茎長が高く,分枝数,総花房数が多かった.また,多肥区において標肥区に比べて子実重は重く,容積重はやや軽かった.また,両播種期の多肥区において,「キタミツキ」は「キタワセソバ」よりも子実重が重く,容積重が重く,ルチン含量が高かった(表 6).

3)品質特性

北農研における食味評価では,「キタミツキ」は,麺の色,香り,味,食感の総合点で,「キタワセソバ」とほぼ同等であり,麺の色彩値についても同等であった(表 7).実需者による評価では,「キタミツキ」の麺色の評価が「キタワセソバ」より各社とも優れた.また A 社では製麺性の評価もやや優れた.総合的には各社とも「キタミツキ」は「キタワセソバ」と同水準であると評価された(表 8).

4)固定度

「キタミツキ」の固定度について,草丈,主茎長,主茎節数,分枝数,総花房数および茎の太さの標準偏差と変動係数を「キタワセソバ」と比較した(表 9).「キタミツキ」の草丈,主茎長,茎の太さの標準偏差は,「キタワセソバ」より低く,主茎節数,分枝数,総花房数の標準偏差は「キタワセソバ」と同じであった.従って「キタミツキ」の固定度は実用上問題ないといえる.

5)交配親との差異

「キタミツキ」と交配親である「レラノカオリ(端野 43 の後代)」と「キタワセソバ」の諸特性を比較した.「キタミツキ」と「キタワセソバ」は,草丈,主茎節数,全重,子実重,容積重において有意差が認められた.「キタミツキ」と「レラノカオリ」は,全ての項目で有意差が認められた(表 10).

2. 配付先における成績

配付先の成績を表 11 に示した.「キタミツキ」の成熟期は,各地において「キタワセソバ」より 1 日程遅かった.草丈は,「キタワセソバ」よりやや高かった.分枝数,倒伏程度は「キタワセソバ」と同程度であった.「キタミツキ」の子実重は,道総研中央農試を除き,「キタワセソバ」より多収であり,北農研札幌で「キタワセソバ」比 118%,深川市 5 月下旬播種で 103%,6 月上旬播種で 104%,旭川市/ 幌加内町で 142%であった.容積重は,全ての試験地で「キタワセソバ」よりも重かった.千粒重は,概ね「キタワセソバ」と同程度であった.製粉歩留りは「キタワセソバ」と同程度であった.「キタミツキ」のルチン含量は,全ての配付先で「キタワセソバ」および「レラノカオリ」より高かった(表 11).

考察

多収で製粉歩留りが高い「レラノカオリ」の初期世代系統「端野 43」と北海道の主力品種である「キタワセソバ」を交配し,F1 から選抜を試みたところ,1 個体に由来する系統から「キタミツキ」を育成することができた.これまでにも交配後代の初期世代からの個体選抜でソバ品種が育成されてきたが,改めて初期世代からの選抜が有効であることが確認された(由比ら 2012松井ら 2013丸山ら 2017).「キタミツキ」は,多収性に加えて,高容積重および高ルチンの長所を有するが,交配親の遺伝的特性がどのように作用したかは不明である.「キタミツキ」の収量性は,育成地の生産力検定試験において,「キタワセソバ」比 111 ~ 126%であり,さらに配付先においても一部を除いて「キタワセソバ」を上回っており,これまでの育成品種と比較しても収量性および北海道内の広域適応性に最も優れた品種と言える.

「キタミツキ」の容積重は,いずれの播種期,播種密度,施肥量および試験場所において「キタワセソバ」よりも重かった.容積重は経営所得安定対策における検査規格において品質区分(等級)の判定基準となる.そのため,「キタミツキ」は上位等級になりやすく,生産者の収益増加が見込まれる.

ルチン含量は,全ての播種期,播種密度,施肥量および試験場所において「キタワセソバ」および「レラノカオリ」より高かった.ルチンは抗酸化性が高く,血行促進作用や生活習慣病を予防する効果が報告されている(Suzuki et al. 2020).「キタミツキ」に含まれるルチン含量は,普通ソバの中では高含量であり(Ohsawa and Tsutumi 1995 森下,手塚 2002),「キタミツキ」の特徴の一つと言える.

播種密度および施肥試験では,疎播または多肥区において,子実重はやや重くなったが,容積重はやや軽くなる傾向があり,高い等級を得るためには注意が必要である.本試験では,播種密度および施肥量による倒伏程度に差異は認められなかったが,疎播または多肥区では,草丈が高くなるため倒伏しやすくなる可能性がある.倒伏すると子実が損失しやすく穂発芽のリスクも高くなるため注意が必要である.以上のことから,「キタミツキ」は標準的な播種量 (概ね 150 粒/m2) とし,施肥量はそれぞれの地域の指針に従うことを基本とした「キタワセソバ」と同様な栽培が推奨される.

「キタミツキ」の食味評価は,実需各社において「キタワセソバ」と遜色がないと評価された.ソバ麺の色は緑味が濃いほど高評価となるが,各社において「キタミツキ」の麺色の評価は「キタワセソバ」より優れた.ソバ粉や麺の色味は,子実の熟度により変わることが報告されている(松浦ら 2008).「キタミツキ」の麺色を活かすためにも,適期(黒化率 80%程度)での収穫が必要とされる.

「キタミツキ」は,すでに北海道下川町や中標津町の一部で導入されている.2019 年度に北海道優良品種に認定され,北海道各地での種子増殖や一般栽培も開始されている.更なる普及のためには, 一般的に 20%程度とされるソバ種子更新率の向上, 適切な栽培管理や乾燥調製等の徹底が望まれる. 今後,「キタミツキ」は,「キタワセソバ」に換わる北海道の代表品種となり,北海道および国産ソバの生産振興に貢献することを期待したい.

試験担当者

育成従事者および優良品種認定試験従事者を付表に示した.

謝辞

本品種の育成者でもある実用化推進に尽力された六笠裕治博士の存在なくして品種化の偉業は達成できなかった.この大きな貢献に心より深く感謝する.

「キタミツキ」の評価にあたり,道総研中央農業試験場および上川農業試験場,空知農業改良普及センター北空知支所,上川農業改良普及センター,きたそらち農業協同組合にご協力を頂いた.また,A 社,B 社および C 社には品質評価にご協力をいただいた.北海道農業研究センターの関係者からは「キタミツキ」の育成から評価まで一貫してご協力いただいた.田引正氏には普及戦略等に関する支援を頂き感謝を申し上げる. 北海道技術支援センター北海道第 3 業務科の猿渡孝博,中村誠二,山田智久,高倉朋宏,小田嶋和之,平尾隆幸,深谷貴志,大泉正文,鈴木雄大,北海道第2業務科の関係各位,および契約職員の藤井貴久,林田真由美,遠藤美千代,安藤智美の諸氏には栽培管理,特性調査などで多大な協力を頂いた.これらの関係者に対し,お礼申し上げる.

利益相反

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
feedback
Top