農研機構研究報告
Online ISSN : 2434-9909
Print ISSN : 2434-9895
ISSN-L : 2434-9895
原著論文
短梢せん定栽培ブドウ‘シャインマスカット’の光反射シートマルチを 利用した減農薬防除体系下における潜在害虫の発生
新井 朋徳 井上 広光外山 晶敏須崎 浩一
著者情報
研究報告書・技術報告書 フリー HTML

2021 年 2021 巻 7 号 p. 81-87

詳細

短梢せん定栽培のブドウ‘シャインマスカット’ の光反射シートマルチを利用した減農薬防除体系(減農薬区),シート無被覆の慣行防除体系(慣行区)と殺虫剤および殺菌剤無散布体系(無散布区)において発生した潜在害虫による果実と葉,および当年枝の被害を調査した. トリバ類による被害果房率とブドウスカシクロバによる被害葉率は,無散布区では他の試験区よりも大きくなったが,減農薬区と慣行区で差が認められなかった. また,冬季に当年枝を除去する短梢せん定園では,枝幹害虫による翌年の当年枝の被害が無散布区を含む全試験区においてもほとんど発生しなかった. このことから,短梢せん定‘シャインマスカット’ において,光反射シートマルチを利用した減農薬防除体系では,ブドウの潜在害虫による実害が発生する可能性は低いと考えられた.

緒言

‘シャインマスカット’ は 2006 年に品種登録された良食味,良日持ち性の大粒ブドウ品種で(山田ら 2008),無核栽培ができ,皮ごと食べられることから消費者の人気が高く,全国の産地で近年普及が急速に進んでいる.本品種は黒とう病に弱いが,べと病や晩腐病,うどんこ病に比較的強いことから(山田ら 2008),ボルドー液を活用し化学合成殺菌剤を削減した防除体系での栽培が可能である(須崎, 新井 2015, 須崎 2020).また,‘シャインマスカット’ は緑色系品種のためチャノキイロアザミウマ Scirtothrips dorsalis Hood の被害が顕在化しやすいが,光反射シートマルチにより本種のブドウにおける発生や被害を抑えることが可能である(松澤 2009, 望月,𡈽田 2015).このことから筆者らは,短梢せん定栽培の‘シャインマスカット’ において,光反射シートマルチを利用しボルドー液を基幹とした減農薬栽培試験を行い,防除対象病害虫の発生や被害が慣行防除と同等に抑えられることを明らかにした(新井ら 2016,新井 2020, 須崎,新井 2015, 須崎 2020).チョウ目害虫対象の交信攪乱剤を活用したモモやナシの減農薬防除体系では,天敵類が温存されたことによりハダニ類の発生が低く抑えられ,防除回数を削減できることが報告されている(荒川ら 2004, 伊澤ら 2000).しかしながら減農薬防除体系では,慣行防除体系では問題にならなかった潜在害虫が増加して被害が生じ,補完防除が必要になることもある(荒川ら 2004).ブドウにおける光反射シートマルチを利用した減農薬防除体系下で発生する潜在害虫については解明されておらず,今後本技術が普及した場合,潜在害虫が問題化する可能性がある.そこで本研究では,短梢せん定栽培‘シャインマスカット’ の光反射シートマルチを利用しボルドー液を基幹とした減農薬防除体系下で発生するブドウの潜在害虫の種類とその被害を 2016 ~ 2017 年に調査した結果を報告する.

材料および方法

農研機構果樹茶業研究部門ブドウ・カキ研究拠点(広島県東広島市安芸津町)内の露地栽培ブドウ 3 圃場で調査した(Fig. 1).いずれの圃場も複数のブドウ品種が混植されていたが,‘シャインマスカット’ を調査樹とした.A 園と B 園は樹間 5 m,列間 5 m の短梢せん定の垣根栽培で,C 園の‘シャインマスカット’ 栽培区画は樹間 9 m,列間 6 m の一文字整枝短梢せん定の棚栽培であった.A 園では圃場内の 8 樹を,B 園では北の区画 2 列の 4 樹を,C 園では区画内の 4 樹を調査樹とした(Fig. 1).2016 年 4 月 19 日と 2017 年 4 月 20 日に,幅 1.5 の透水性の光反射シート(デュポンTM タイベック®,400 WP)を,各圃場の調査樹の一列に,列の両側に沿って収穫期まで敷設した(以下,「光反射シート」を「シート」,シートの敷設を「シートマルチ」とする).各試験区の調査樹果房の袋掛けは 6 月下旬から 7 月上旬に行った(Table 1).

2. 防除時期

各圃場内のシートマルチ樹はボルドー液を基幹とした減農薬防除体系(以降減農薬区)とした.A 園ではシート無被覆区画内のうち 2 樹を殺虫剤および殺菌剤慣行防除体系(以降慣行区),2 樹を殺虫剤および殺菌剤無散布(無散布区)の調査樹とし,試験区以外の樹は殺虫剤および殺菌剤無散布とした(Fig. 1).B 園と C 園のシート無被覆樹はすべて慣行区とした(Fig. 1).慣行区では,調査圃場に近い呉および東広島のアメダス地点における気温の時別値と(社)日本植物防疫協会の病害虫発生予測データベース(JPP-NET)の有効積算温度シミュレーションを利用し,クワコナカイガラムシ Pseudococcus comstocki (Kuwana) 越冬世代卵ふ化期の予察式(津川 1972)と 1 齢幼虫の発育零点と有効積算温度(澤村, 奈良井 2008)から予測したクワコナカイガラムシ越冬世代 1 齢幼虫発生期間,Masui (2008) の回帰式から予測したチャノキイロアザミウマ第 1,2 世代成虫飛来ピーク日,および袋かけ前に殺虫剤を散布した(Table 1).減農薬区ではクワコナカイガラムシ越冬世代 1 齢幼虫発生期間およびチャノキイロアザミウマ第 2 世代成虫飛来ピーク日に殺虫剤を散布した(Table 1).ただし,降雨の状況や袋かけ時期に応じて,殺虫剤の散布を追加(2016 年減農薬区)もしくは削除(2017 年慣行区)した年もあった.

3. 被害調査

1)果実被害

2017 年 6 月 27 日に袋かけ前の全調査樹の全果房について,トリバ類による被害の有無を,また 2017 年 9 月 4 日に全調査樹の全収穫果房について,ハマキムシ類による加害の有無を調査し,それぞれの害虫による被害果房率を調査した.

2)葉の被害

ブドウスカシクロバ Illiberis tenuis (Butler) 老熟幼虫が蛹化する前(高橋 1930)と考えられる 2017 年 6 月 30 日に各試験区の各調査樹から当年枝 10 枝を選び,主枝に近い部位から先端近くの展葉中の葉まで等間隔になるように 5 葉を選び,葉の被害の有無を調査した.

3)枝幹害虫の被害

枝幹害虫としてブドウスカシバNokona regalis (Butler)とコウモリガEndoclita excrescens (Butler),ブドウトラカミキリXylotrechus pyrrhoderus Bates の 3 種を調査対象とした.2016 年 10 月 17 日に C 園,2016 年 12 月 2 日にA 園と B 園,また 2017 年 12 月 15 日に B 園と C 園において,全調査樹の全当年枝について,ブドウスカシバによる被害の有無を調査した.また,2017 年 6 月 23 日に各園の全調査樹の全当年枝について,枯死又は虫糞の排出の有無を調査し,害虫の被害が認められた場合は加害種を明らかにした.

4. 統計処理

各害虫による被害果房率,被害葉率および被害枝率は,Bonferroni の補正を施した有意水準を用い,Fisher の正確確率検定により 2 区間ずつ区間差を比較した.Fisher の正確確率検定では「R」Version3.4.3(R Core Team 2018)を用いた.

結果

果実を加害する害虫としてトリバ類とハマキムシ類が認められた.ブドウトリバ Nippoptilia vitis (Sasaki) 等トリバ類による被害果房率は A 園の無散布区が他の試験区よりも有意に高くなったが,いずれの圃場においても慣行区と減農薬区で差は認められなかった(Fisher の正確確率検定,p=0.05,Fig. 2).ハマキムシ類による収穫果の被害は A 園と C 園では認められなかった.B 園ではチャノコカクモンハマキAdoxophyes honmai Yasuda と思われる被害が認められたが,被害果房率は慣行区と減農薬区で差が認められなかった(Fisher の正確確率検定,p=0.05,Fig. 3).

葉を加害する害虫としてブドウスカシクロバが A 園と B 園で認められた.A 園では,無散布区におけるブドウスカシクロバによる被害葉率は他の試験区よりも高くなったが,A 園と B 園とも,減農薬区と慣行区で本種による被害葉率に差が認められなかった(Fisher の正確確率検定,p=0.05,Fig. 4).

枝幹害虫による被害枝率を Fig. 5, 6 に示した.ブドウスカシバによる被害枝はいずれの圃場においても少なく,被害枝率は試験区間で差が認められなかった(Fisher の正確確率検定,p=0.05,Fig. 5).コウモリガによる被害枝は A 園の減農薬区のみで認められたが,被害枝率は試験区間で差が認められなかった(Fisher の正確確率検定,p=0.05,Fig. 6).いずれの圃場においても,ブドウトラカミキリによる当年枝の被害は認められなかった.

考察

今回の調査では,A 園の無散布区でトリバ類とブドウスカシクロバの発生が多くなったが,無散布区を設定しなかった B 園と C 園ではこれら害虫の被害は小さかった.このことからA 園では,無散布区がこれら害虫の発生源になったと考えられたが,A 園においても,減農薬区と慣行区ではこれら害虫による被害は小さく,両試験区間で差が認められなかった.減農薬区でこれら害虫による被害が小さかった理由として,シートマルチによる効果か,減農薬区における殺虫剤散布がこれら害虫にも効果があったのか明らかにできなかった.ただし,圃場における観察から,トリバ類の幼虫が開花期に花(果)房を食害し,成虫が 6 月中下旬に羽化すること,また年 1 化性であるブドウスカシクロバ(日本植物防疫協会 1994)幼虫が調査地では 5 月中旬から 6 月に認められたことから,6 月中下旬に実施したチャノキイロアザミウマ第 2 世代成虫に対する防除(2016 年:クロチアニジン水溶剤 4,000 倍,2017 年:クロルフェナピル水和剤 2,000 倍)がこれら害虫に対しても有効であったと推察された.また今回,一部の園でハマキムシ類とコウモリガの発生が認められたが,これら害虫による被害は小さく,慣行区と減農薬区で差が認められなかった.このことから,シートマルチを利用した減農薬防除体系でこれら害虫が慣行防除体系と比較して多発することはないと考えられた.なお,今回の調査ではブドウスカシバの発生が非常に少なく,またブドウトラカミキリによる被害は認められなかった.これら害虫は伸長した当年枝内部を食害し越冬する(芦原 1982, 農業・生物系特定産業技術研究機構 2006).今回調査した樹はいずれも短梢せん定栽培で,休眠期に枝基部の 1 ~ 2 芽を残して当年枝をせん定するが(小川 2001, 山梨県果樹園芸会 2007),せん定時に加害部位ごと当年枝を除去した結果,全体的にこれら害虫の被害が極めて少なくなったと考えられた.このような理由から,これら枝幹害虫に対するシートマルチを利用した減農薬防除体系の有効性については明らかにできなかったが,少なくとも短梢せん定栽培においては,減農薬防除体系であってもこれら枝幹害虫の発生が問題になることはないと考えられた.今回調査対象外とした潜在害虫としては,フタテンヒメヨコバイ Arboridia apicalis (Nawa) が A 園の無散布区で認められた.しかしながら本種の多発や被害は観察されなかった(新井 未発表).本種の発生は光反射シートマルチにより抑えられることや(新井, 外山 2018, 望月, 𡈽田 2014),チャノキイロアザミウマ第 2 世代成虫に対する防除で同時防除されると考えられること(新井, 外山 2018)から,減農薬防除体系下で本種が多発する可能性は低いと考えられた.またチャノキイロアザミウマ調査のために各園に設置した黄色粘着トラップ(新井 2020)にブドウコナジラミ Aleurolobus taonabae (Kuwana) が捕獲されたが,いずれの園においても,本種の多発や被害は観察されなかった(新井 未発表).以上から,短梢せん定栽培の‘シャインマスカット’ では,防除対象害虫に対する農薬散布の一部をシートマルチに置き換えることができ,その他の潜在害虫等の被害についても問題がないと考えられ,シートマルチを利用した減農薬防除体系は慣行防除と同等に実用的であると考えられた.

謝辞

本研究は平成 27 年から 29 年度にかけて,農林水産省が実施している食料生産地域再生のための先端技術展開事業のうち,「被災地の早期復興に資する果樹生産・利用技術の実証研究」の助成により行われた.

利益相反

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
feedback
Top