農研機構研究報告
Online ISSN : 2434-9909
Print ISSN : 2434-9895
ISSN-L : 2434-9895
3章 畑作物,草地,果樹における放射性セシウム移行抑制技術,および農産物の加工・調理による放射性セシウムの低減効果
そばにおける放射性セシウム移行低減技術の開発と避難指示解除地域における営農再開
久保 堅司
著者情報
研究報告書・技術報告書 フリー HTML

2021 年 2021 巻 8 号 p. 109-115

詳細

2011 年の東京電力福島第一原子力発電所の事故の後,2012 年産の玄そば(そば子実)の放射性セシウム濃度に基準値超過が認められた.そこで著者らは,圃場に沈着した放射性セシウムの玄そばへの移行を低減する技術の開発に取り組み,土壌の交換性カリ含量を 30 mg K2O 100 g-1 以上とした上で地域の施肥基準に応じた施肥を行い栽培することで,玄そばの放射性セシウム濃度は基準値以下となることを明らかにした.また,倒伏した作物体から得られた玄そばには土壌等異物の混入や玄そば表面への土壌等の付着が認められ,倒伏のない作物体から得られた玄そばよりも脱穀・風選後の放射性セシウム濃度が高い値を示す場合があったが,それらについて磨きを行うことにより,玄そば表面への土壌の付着は除去され,放射性セシウム濃度は磨き前と比較して低減することを明らかにした.これらの知見をもとに実施された移行低減対策により,玄そばの放射性セシウム濃度の基準値超過は 2013 年以降 1 点のみである.2014 年からは避難指示が解除された地域の除染後圃場においても,玄そばへの放射性セシウムの移行を低減する技術を実証し,生産者団体による営農再開を支援した.

はじめに

2011 年の東日本大震災は東京電力福島第一原子力発電所の事故を引き起こし,東日本の広範囲に放射性物質が飛散した(Yasunari et al. 2011大原ら 2011).農地においては,作物への放射性物質の直接付着と,土壌に沈着した放射性物質の根を介した吸収と可食部への移行が問題となり(塚田 2012),事故当時生育中だったコムギ等については,放射性セシウムが葉面に直接付着した際の可食部への影響が解析された(Nakanishi et al. 2013).一方,放射性物質の中でも放射性セシウム(137Cs)は比較的長い半減期(30.2 年)を有し,作物の根による吸収は長期間継続されることから,根を介した土壌からの放射性セシウムの吸収と可食部への移行は,農作物中の放射性セシウム濃度を高める可能性のある主要なリスクとして,長期的にモニタリングする必要がある.

そば子実(玄そば)は,ミネラル,アミノ酸,有機酸等を豊富に含む機能性食材として(Giménez-Bastida and Zieliński 2015, Katar et al. 2016, Wijngaard and Arendt 2006),近年注目されている.2019 年産の調査において,2011 年の原発事故による放射性セシウムの影響を比較的強く受けた東北地方および北関東地域(東北 6 県,茨城県および栃木県)に計 23,320 ha の作付けがあり,これは全国のそば作付面積の約 36% に相当する(作物統計 2020).また,放射性セシウムの影響を最も強く受けている福島県の作付面積は 3,740 ha,収穫量は 1,910 t で,都道府県別ではそれぞれ全国 4 位および 7 位の規模である(作物統計 2020).これらのことから,そばは本地域において重要な土地利用型特産作物のひとつである.

そばは放射性セシウムを蓄積しやすい作物のひとつと認識されている(Broadley et al. 1999).2011 年と 2012 年にそれぞれ上記地域の 330,2,918 圃場で生産された玄そばの放射性セシウム濃度を測定したところ,100 Bq Kg-1(2012 年 4 月以降の食品中放射性物質の基準値)を超過するサンプルが 0.9%(2011 年)および 0.5%(2012 年)認められた(農林水産省 2013a)(図 1).そこで,玄そばへの放射性セシウムの移行を早急に低減するため,著者らは土壌から玄そばへの放射性セシウムの移行に影響する要因の解明と,移行低減のための栽培技術の開発を実施した.また,避難指示が解除された地域の除染後圃場において,地元の生産団体と共に,そばによる営農再開に取り組んだ.

そばへの放射性セシウムの移行と関わる要因の解析

土壌から玄そばへの放射性セシウムの移行と関わる要因を明らかにするため,2012 年産の玄そばと株元の作土を採取し,玄そばについては放射性セシウム濃度を,作土については放射性セシウム濃度,交換性(作物が吸収できる形態の)放射性セシウム濃度,放射性セシウム補足ポテンシャル,一般的な化学特性(pH,陽イオン交換容量,炭素含量,交換性塩基含量),および粒径組成を分析した(Kubo et al. 2015).玄そばの放射性セシウム濃度と土壌の各種分析値の順位相関係数を算出したところ,交換性放射性セシウム濃度が有意な正の相関関係(ρ=0.467,P<0.001)を,交換性カリ含量が有意な負の相関関係(ρ=-0.429,P<0.001)を示した.生育培地のカリ濃度を高めることで作物の放射性セシウム濃度を低減できるとの知見は,海外における様々な先行研究でも得られている(Zhu et al. 1999, White and Broadley 2000, Zhu et al. 2000, Zhu and Smolders 2000, Zhu 2001, Kubo et al. 2020).国内においても,カリ肥料の追加施用により土壌の交換性カリ含量を高めることで,土壌から作物への放射性セシウムの移行を低減する試みは,東京電力福島第一原子力発電所の事故以降に水稲(Kato et al. 2015, Ishikawa et al. 2018),コムギ(齋藤ら 2016),ダイズ(平山ら 2018),ヒノキ(Komatsu et al. 2017)等で実施され,その効果が確認されている.上記の要因解析の結果をもとに,著者らはそばにおいて,カリの追加施用による放射性セシウム濃度の低減効果の検証と,玄そばの放射性セシウム濃度を安定的に低減するために必要な土壌中の交換性カリ含量の解明を進めた.

カリ追加施用による放射性セシウムの移行低減

2013 年,著者らは現地生産者圃場において,土壌の交換性カリ含量が 4 段階に異なる試験区を作出し,そばの栽培試験を実施した(Kubo et al. 2015).成熟期の各試験区の玄そばと土壌中の交換性カリ含量を分析したところ,土壌中の交換性カリ含量が高い試験区では玄そばの放射性セシウム濃度が低い傾向が認められ,特に,栽培後の土壌中の交換性カリ含量が 30 mg K2O 100 g-1 以上だと玄そばの放射性セシウム濃度が安定して低いことが明らかになった.福島県農業総合センターにおいても類似の解析がポット栽培試験で実施され,圃場試験と同様の結果が示された(Kubo et al. 2015).以上の結果から,そばの放射性セシウム濃度を高めないためには,土壌中の交換性カリ含量を 30 mg K2O 100 g-1 以上に高めた上で基肥を施用して栽培することが重要と結論付けられた.一方で,カリ肥料を施用しても土壌中の交換性カリ含量が高まりにくい圃場も認められ,これらの圃場の土壌では施用されたカリがバーミキュライトの層間に固定されていることが明らかになった(Kubo et al. 2018).しかし,層間に固定されたカリは作物が吸収できる形態であることから,カリ固定土壌においてもカリ肥料の施用は土壌からそばへの放射性セシウムの移行低減に有効であることが示された.これらの成果は,農林水産省が公表した「放射性セシウム濃度の高いそばが発生する要因とその対策について」(農林水産省 2014)や福島県の農業技術情報(福島県 2020a)等に反映されている.

カリ施用による玄そばの放射性セシウム低減機作

上記の圃場での栽培試験では,カリ施用が玄そばの放射性セシウム濃度に影響する機作についても解析を進めた(Kubo et al. 2017).各試験区のそばを生育時期別に採取し,部位ごとの放射性セシウム濃度と安定同位体セシウム濃度を測定した.また,採取した株元の土壌については,交換性カリ含量,放射性セシウム濃度および交換性放射性セシウム濃度を測定した.その結果,(1)そば地上部の放射性セシウム濃度と天然に存在する安定同位体セシウム濃度とは有意な正の相関関係にあり,両者は土壌からそばへの移行において同様の動態を示すこと,(2)カリ肥料の施用による土壌中の交換性カリ含量の上昇は,土壌中の交換性(植物が吸収しやすい形態の)放射性セシウム濃度を低下させ,そば植物体(地上部+根)の放射性セシウムの吸収を低減すること,(3)カリ肥料の施用による土壌中の交換性カリ含量の上昇は,そばの根から地上部,茎葉から子実への安定同位体セシウムの分配を低減すること,(4)そばは開花期まで放射性セシウムを旺盛に吸収し,その後の見かけの吸収は認められないこと,が明らかになった.(3)については,水稲においても Ishikawa et al.(2018)が同様の傾向を見出している.この減少には,土壌中の交換性カリ含量に反応して発現する作物体内のカリウム輸送体がセシウムの輸送に係わっている可能性が示唆される.(4)については,そばの開花期にカリ肥料を追肥してもそば子実への放射性セシウムの移行を低減する効果は低かったことから,玄そばへの放射性セシウムの移行を低減するためのカリの追加施用は基肥時の実施が重要であることが示された.

収穫後の調製による玄そばの放射性セシウム低減

土壌中の交換性カリ含量を適正に保つことにより,玄そばにおける放射性物質の基準値超過は認められなくなった一方で,土壌中の交換性カリ含量が適正でも放射性セシウム濃度が比較的高い(基準値以下)玄そばが散見される場面があった(Kubo et al. 2016).耕種概要や収穫方法について,生産者に聞き取り調査を実施したところ,放射性セシウム濃度が比較的高かった圃場ではそばが倒伏している場合が多かった.そこで,現地圃場試験において,倒伏の有無と玄そばの放射性セシウム濃度との関係について解析したところ,倒伏した作物体から得られた玄そばは倒伏のない作物体から得られた玄そばよりも脱穀・風選後の放射性セシウム濃度が高かった(Kubo et al. 2016).このことから,倒伏で玄そばに混入・付着した土壌等が放射性セシウム濃度を高める要因となっていることが推察された.そこで,倒伏した植物体から得られた玄そばについて磨きを行ったところ,玄そばに混入・付着した土壌粒子等が除かれ,放射性セシウム濃度が低減できることが明らかになった.これらの知見をもとに,玄そばの放射性セシウム濃度を低減するためには,土壌中の交換性カリ含量を適正に保つことに加え,倒伏を抑制するための栽培を心掛けることや,収穫後の調製作業を丁寧に行うことも重要であることが示された.

カリの追加施用と収穫後の調製に関する技術の普及により,2013 年と 2014 年はそれぞれ 1,427,848 圃場の調査において,玄そばにおける食品中放射性物質の基準値超過は認められなかった(図 1)(農林水産省 20152016).2015 年に 1 点の玄そばで基準値の超過が認められた以外には,2021 年 7 月 21 日までの時点で基準値超過は確認されていない(農林水産省 2017201820192020b2020c2021).

避難指示区域の除染後圃場におけるそばの栽培実証

2011 年の東京電力福島第一原子力発電所事故では,福島県内の多数の市町村において避難指示区域が設定され,区域設定時(2013 年 8 月)の面積は約 1,150 km2,避難対象者数は約 8.1 万人に上った(内閣府 2017).その後,農地を含む生活環境における放射性物質の除染や放射能の自然減衰等により避難指示解除が徐々に進み,2017 年 4 月時点で避難指示区域の面積は約 370 km2,避難対象者数は約 2.4 万人となっている(内閣府 2017).福島県伊達郡川俣町の山木屋地区も避難指示区域に指定され,土壌中の放射性セシウム濃度が 5000 Bq kg-1 であったことから約 610 ha の農地が物理的除染(表土剥ぎ取り・客土)の対象となった(農林水産省 2013b環境省 2020).山木屋地区ではかつてそばの栽培が盛んに行われていたことから,そばの営農再開を目指し,山木屋地区の除染後圃場におけるそばへの放射性セシウムの移行性や栽培特性の調査に取り組んだ(Kubo et al. 2019).2014 年から 2016 年の現地試験において,(1)農地除染後も土壌中には放射性セシウムが残存し,除染圃場内で放射性セシウム濃度のバラツキが大きい場合があること,(2)除染圃場においても土壌中の交換性カリ含量を 30 mg K2O 100 g-1(初作は 50 mg K2O 100 g-1)に高めることにより玄そばの放射性セシウム濃度は低減すること,(3)牛ふん堆肥の投入も土壌中の交換性カリ含量を高めることから,玄そばの放射性セシウム濃度の低減に有効であること,(4)除染の行程で投入された客土(マサ土)は肥沃度が低い場合があり(好野ら 2015),そのような圃場での除染後初作では窒素肥料を慣行施用量(3kg 10 a-1)の 2 倍とすることにより,そばの生育と子実収量を改善できること,が明らかになった.(2)については,初作は圃場内の土壌の放射性セシウム濃度のバラツキにより,カリによる移行低減効果もばらついたが,作付けを重ねるうちに土壌の放射性セシウム濃度のバラツキは低下し,カリ施用による放射性セシウムの移行低減効果は安定することが示された.(3)については,Nishiwaki et al.(2017)が除染後圃場での水稲栽培においても,たい肥の施用に同様の効果が期待できることを示している.これらの成果は「除染後圃場におけるそば栽培・収穫のポイント」として公表されている(農研機構 2017).

地元生産者による除染後圃場でのそばの栽培再開

上記の成果を川俣町のそば生産団体と共有し,除染後圃場の土壌の放射性セシウム濃度や交換性カリ含量等の測定や,必要なカリ施用量等についての情報提供を行うことで,地元生産者によるそばでの営農再開を支援した(Kubo et al. 2019).この生産団体における山木屋地区でのそばの栽培面積は,0.6 ha(2015 年),1.0 ha(2016 年),1.5 ha(2017 年),3.5 ha(2018 年),5.0 ha(2019 年)と年々拡大し,生産量も増加している.営農再開以来 5 年間の栽培で,生産された玄そばに放射性物質の基準値超過は認められていない.これらの玄そばは,山木屋地区のそば店に供給されている他,地域の収穫祭でも供され,避難や移住で疎遠になった住民の交流の場となっている.2018 年からは福島県の支援により,避難指示以前に栽培されていたそば「山木屋在来」の復興に向けた種子増殖も始まっており(福島県 2018),それらの取り組みは平成 31 年 2 月 7 日川俣町中央公民館で開催された第 5 回うつくしま蕎麦王国フォーラム(福島県 2019東北農政局 2019)にて紹介された.

おわりに

東京電力第一原子力発電所の近隣に位置し,放射性セシウムの飛散の影響を比較的強く受けた飯舘村,浪江町,双葉町,大熊町および富岡町は一部が帰還困難区域となっており(2020 年 3 月 10 日時点)(福島県 2020b),その一部に特定復興再生拠点を定め,環境整備・避難指示の解除,更には営農の再開を目指している.今後,本拠点の営農再開を加速するため,除染後圃場における土壌- 作物間の放射性セシウムの移行機作の解明と移行低減技術の実証を進める必要がある.また,すでに営農が再開された地域においても,土壌中のカリウムと放射性セシウムの動態,作物可食部への放射性セシウムの移行程度の長期的なモニタリング,環境負荷の軽減と土壌から作物への放射性セシウムの移行低減技術を両立させる技術,地域コミュニティの維持・再構築等に着目した継続的な研究・技術開発が,原発事故からの更なる復興のために重要である.

謝辞

本研究の一部は科学技術戦略推進費「ほ場環境に応じた農作物への放射性物質移行低減対策確立のための緊急調査研究」,農林水産省委託プロジェクト「農地・森林等の放射性物質の除去・低減技術の開発」,「農地等の放射性物質の除去・低減技術の開発」および「営農再開のための放射性物質対策技術の開発」,JSPS 科研費 15H02438,15K11961 により実施したものである.

農研機構東北農業研究センターの小林浩幸氏(現 宇都宮大学),太田健氏(現 農研機構 生物系特定産業技術研究支援センター)および信濃卓郎氏(現 北海道大学)には本取り組みにおいて終始指導・助言を賜った.農研機構東北農業研究センター農業放射線研究センター,農研機構東北農業研究センター業務第一科(福島)および福島県農業総合センターの方々には,栽培管理および試料調製・分析作業において連携・協力いただいた.農研機構東北農業研究センターの佐藤由紀氏,齋藤智子氏,渡部ゆかり氏,三森美智恵氏,横山恭子氏,吉田由利江氏,川嶋千栄美氏,松澤由美子氏には試料調製・分析作業において支援を賜った.

利益相反の有無

開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
feedback
Top