2021 年 2021 巻 8 号 p. 137-147
2011 年 3 月 11 日の東日本大震災とそれに続く津波による冷却機能の喪失により,東京電力福島第一原子力発電所(FDNPP)が損傷し,放射漏れ事故が発生した.農研機構は震災翌日の 3 月 12 日に付属農場の原乳を採取し,放射能漏れ事故直前の原乳中γ線核種濃度を得た.牛乳放射能の緊急時調査は 3 月 15 日 18 時に採取した原乳から開始した.原乳中の131I 濃度は 155.2 Bq/L,3 月 23 日には最高値の 244.8 Bq/L に達した後,徐々に低下し,2011 年 5 月 26 日には下限検出値まで低下した.一方,放射性セシウムの汚染レベルは,131I よりも遅れて上昇した.すなわち,3 月 15 日に 1.87 Bq/L の 134Cs および 2.24 Bq/L の 137Cs を検出したが,3 月 20 日まで濃度は顕著に上昇しなかった.3 月 21 日には 134Cs と 137Cs の合計値として 10 Bq/L を超えるレベルで検出され,その後,3 ヶ月間に渡って,134Cs+137Cs の濃度は 10 Bq/L 以上を維持した.一方,乳中の90Sr 濃度は FDNPP の事故後も増加せず,事故前から 10 ~ 30 mBq/L を維持していた.2011 年から開始した混合飼料(TMR)中の放射性セシウム濃度調査では,134Cs および 137Cs 濃度の最高値は,2012 年 11 月の 7.78 Bq/kg(乾物)および 13.44 Bq/kg(乾物)で,2011 年よりも 2012 年の測定値が高かった.放射性セシウム濃度(134Cs+137Cs)は,原乳では 0.2 Bq/L,TMR では 2 Bq/kg(乾物) 程度まで低下した後,横ばいで推移している.
原子力発電所事故などによって環境中に放射能漏れが起きた時には速やかに農作物や原乳中の放射性物質をモニタリングする必要がある.特に放射性ヨウ素(131I)および放射性セシウム(134Cs,137Cs)は沸点が低く,広範囲に拡散する恐れがある他,131I は甲状腺に集まる特徴があるため,甲状腺被ばくによる甲状腺機能障害の原因となる.また,放射性セシウムは体内の特定部位に集まる性質はないものの,特に137Cs は物理的半減期が 30.2 年と長く,環境に放出された場合には汚染土壌から牧草,家畜に移行し,乳・肉など畜産食品の長期的な汚染源となることから重要なモニタリング対象である.さらに137Cs と同様に半減期が 28.8 年と長い放射性ストロンチウム(90Sr)は,カルシウムとの化学的類似性から,体内でカルシウムが局在する骨などの組織に蓄積する.したがってカルシウムを豊富に含む牛乳/原乳ではその濃度を継続的にモニタリングする必要がある.国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構畜産研究部門(畜産研)は 1960 年代から継続して,研究課題「牛乳中の放射性核種に関する調査研究」を実施し,原乳中の放射性核種として 137Cs と 90Sr の濃度を報告してきた(文部科学省環境放射能調査研究成果論文抄録集 1960 ~2010,小林ら 2011 ~ 2018)また核実験や原子炉・核燃料施設からの放射能漏れ事故などの際には農林水産省の要請を受け,直ちに敷地内農場(つくば農場)の原乳について牛乳放射能の緊急時調査(緊急時調査)を実施することとなっている.緊急時調査では,放射性ヨウ素および放射性セシウムをターゲットとした γ 線核種分析を実施する.
2011 年 3 月 11 日 14 時 46 分に発生した東北地方太平洋沖地震と続く津波により,東京電力福島第一原子力発電所(FDNPP)は全交流電力を失い,冷却機能を喪失した施設では翌 3 月 12 日の 1 号建屋での水素爆発に始まる相次ぐ施設内火災や水素爆発によって,大量の放射性核種が大気中に放出された.畜産研つくば農場では 3 月 12 日には 26 頭の搾乳牛が飼育されており,FDNPP 事故による放射能汚染直前の原乳を18 時に採取することができた.牛乳放射能の緊急時調査は 3 月 15 日 18 時に採取した原乳から開始し,2011 年 6 月 23 日まで実施した.FDNPP 事故に起因する放射性核種飛散の影響は,本州の北東部地域を中心に広がり,農畜産物から人工放射性核種の検出が相次いだ(農林水産省,2020 年 8 月 1 日参照).畜産研では FDNPP 事故以降,2011 年度まで年 1 回あるいは不定期であった原乳中の 134Cs,137Cs 濃度のモニタリングを,2012 年度からは毎月,90Sr 濃度のモニタリングを年 2 回,乳牛飼料,飼料原料中の 134Cs,137Cs および 40 K のモニタリングを年 2 回継続し,現在に至っている.本稿では,緊急時調査期間中から引き続 き 2018 年度までの畜産研つくば農場産原乳と飼料におけるモニタリング対象核種の濃度推移の他,1980 年から約 40 年間にわたる長期調査の結果を併せ報告する.
試料の来歴および採取状況
試験に用いた原乳は,試料提供農場である国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構畜産研究部門(つくば市:+36° 1’11”,+140° 7’19”)農場(畜産研つくば農場)で冷蔵保管されていた原乳を用いた.同農場では,常時 20 頭から 30 頭の搾乳牛を飼育しており,原乳採取は,当日の朝搾った原乳と夕方搾った原乳が混合される 18 時に実施した.2005 年度以前に年 1 回,2008-2011 年度は年 4 回,原乳中の人工放射性核種を測定した.また,2011 年は,FDNPP 事故の報を受け,原乳中 γ 線核種濃度の緊急時調査のため,2011 年 3 月 12 日から原乳採取を開始した(Table 1).2012 年度からは年 12 回,毎月末に原乳を採取し,濃縮灰化したものを測定試料とした.畜産研つくば農場では,乳牛飼育のための粗飼料として,牧草(イタリアンライグラス,スーダングラス)およびトウモロコシ(ニューデント,スノーデント)を栽培している.試験に用いた搾乳牛の混合飼料(Total mixed rations : TMR)は,同農場産のコーンサイレージ,牧草サイレージおよび購入飼料を含み,日本飼養標準・乳牛(農業・食品産業技術総合研究機構 2006)に従って配合している.2011 年度は 11 月に,2012 年度以降は春および初冬の年 2 回試料採取を実施し,乾燥粉砕したものを測定試料とした.飲水は市水(茨城県県南水道事務所(霞ヶ浦浄水場))を用いており独自測定は実施していないが,原子力規制委員会および県上水モニタリング公表値によると,131I,134Cs および 137Cs はこれまで不検出(1 Bq/kg 以下)である(原子力規制委員会,茨城県企業局,2020 年 8 月 1 日参照).
原乳の処理
FDNPP 事故直後から 2011 年 6 月 23 日まで緊急時調査として実施した原乳のγ線核種濃度測定には,原乳を濃縮せず試験に供した.バルク乳約 5 L をコンテナ(ロンテナ 6,積水成型工業株式会社,大阪,日本)に採取し,防腐剤として 50 ml のホルムアルデヒド液(ホルムアルデヒド含量 37%,富士フィルム和光純薬株式会社,大阪,日本)を添加し,測定まで冷蔵保存した.一方,2011 年 6 月以降の測定試料は,原乳を濃縮灰化し調製した.処理は,原乳 4 L を丸底磁性皿で 12 時間濃縮炭化し,それをマッフル炉(FUW252PA,ADVANTEC,豊田市,日本)を用いて 450 ℃で 16 時間,続いて500 ℃で 24 時間加熱し灰化した.牛乳灰は蓋付きプラスチック容器(75 mm diameter, 20 mm depth,サンプラテック株式会社,大阪,日本)に充填し,測定に供した.
飼料の処理
TMR は,予備切断後 60 ℃のドラフトオーブンで 48 時間乾燥させ,カッティングミルで粉砕し,2.0 mm メッシュを通過させ調整した.粉砕した試料は 2 L のアクリル製マリネリ容器(マリネリ容器,SEIKO EG&G,東京,日本)に充填し,測定に供した.
放射性核種の分析
γ線核種の 131I,134Cs および 137Cs ならびに β 線核種の 90Sr の測定とデータ解析は農研機構農業環境変動研究センター(つくば,日本)で実施した.γ 線核種濃度分析は,高純度ゲルマニウム検出器(GEM-50195P-S および GEM-50PPP0P-T0P,ORTEC,オークリッジ,米国テネシー州)とマルチチャネルアナライザー(MCA 7600 MULTICHANNEL ANALYZER,SEIKO EG&G,東京,日本)を用い,測定は 40,000 秒以上実施した. 90Sr 濃度分析は,放射性ストロンチウム分析法(2003 年 4 訂)に従い,試料には牛乳灰 4 L 分を供した.分離精製法はイオン交換法を用い,低バックグラウンドベータ線測定装置(LBC-4211B,日立製作所製,東京,日本,(旧アロカ株式会社,東京,日本))で測定した.各試料中の放射性核種濃度は,試料採取日に減衰補正した.また,3 σ(標準偏差の 3 倍)を検出限界とし,この値未満の試料は不検出とした.原乳中の放射性核種濃度は,比重を 1.03 として,原乳(生)1 L あたりの値を算出した.本試験において,灰化試料を測定した場合の原乳中 134Cs,137Cs および 90Sr 濃度の検出限界値は,各 10 ~ 15 mBq/L,10 ~ 15 mBq/L,5 ~ 10 mBq/ L であった.
1)FDNPP 事故から 3 ヶ月間の原乳中放射性ヨウ素および放射性セシウム濃度の推移
畜産研つくば農場では,FDNPP 事故の報を受け,事故直近の原乳中人工放射性核種濃度を把握し,緊急時調査のリファレンスとするため,3 月 12 日 18 時に同農場の原乳を採取し,放射性ヨウ素および放射性セシウム濃度測定を実施した.その結果,3 月 12 日に採取した原乳中の 131I,134Cs,137Cs 濃度は,各々検出限界値(0.08 Bq/L,0.05 Bq/L,0.05 Bq/L)以下であった.原乳の緊急時調査は 3 月 15 日から開始し,3 月は 13 回,4 月は 4 回,5 月および 6 月は 2 回,原乳を濃縮せず測定を実施した(Table 1).131I 濃度の推移は,佐波ら(2011)が報告した茨城県つくば市の空間線量の推移および Doi ら(2013)が報告したエアロゾル中の人工放射性核種濃度の推移を反映しており,それらのピークが得られた 3 月 15 日および 3 月 20 日の 2 日ないしは 3 日後に原乳中 131I 濃度がピークに達した.すなわち,3 月 15 日 18 時採取の原乳では,131I 濃度は 155.2 Bq/L 検出され,2 日間で 225.0 Bq/L に増加した.その後,3 日間で 48.8 Bq/L に減少したが,2011 年 3 月 21 日には再び上昇に転じ,3 月 23 日には最高値の 244.8 Bq/L に上昇した.その後徐々に減少し,2011 年 5 月 26 日には下限検出値に達した.
一方,放射性セシウムの汚染レベルは,131I の濃度推移よりも遅れて上昇し,緊急時調査1日目の 2011 年 3月 15 日に 1.87 Bq/L の 134Cs および 2.24 Bq/L の 137Cs が検出されたが,3 月 20 日まで濃度は顕著に上昇せず,3 月 21 日に 134Cs + 137Cs の合計値として 10 Bq/L を超えるレベルで検出された.その後,5 月 12 日まで,134Cs + 137Cs の合計値濃度は 20 Bq/L 以上だった.緊急時調査における放射性セシウム汚染の最高値は,2011 年 4 月 7 日に 134Cs が23.40 Bq/L および 137Cs が 24.30 Bq/L 検出された.
2)原乳の人工放射性核種汚染における飼養状況の影響
Table 2 には,2011 年 3 月から 2013 年 3 月期間内において,畜産研つくば農場搾乳牛に給与した場内産粗飼料の内容,飲水および屋外放牧状況を示した.搾乳牛には TMR を給与しており,表中の場内産粗飼料,TMR 原料の購入飼料は屋内に保管していた.緊急時調査期間において,搾乳牛に給与した場内産粗飼料は,コーンサイレージが 2010 年 7,8 月に収穫したもの,グラスサイレージが 2010 年 9 月に収穫したスーダン 2 番草である.また期間を通して飲水は市水を用いており,検出限界値以上の放射性核種の検出はなかった.したがって,Table 1 に示した緊急時調査期間における原乳中の 131I,134Cs,137Cs 濃度の増減には,給与飼料に起因するそれら核種の取込みよりも,畜舎内環境の汚染や,搾乳牛が放牧中に採食する牧草,土,埃などからの汚染物質取込みが影響したと考えられる.
畜産研つくば農場の搾乳牛は,2011 年 5 月 17 日から 6 月 20 日まで放牧を中止しているが(Table 2),放牧中止から 9 日後の 5 月 26 日の原乳調査では,131I は検出限界値以下となっている.同様に,放牧中止前 2011 年 5 月 17 日に検出された原乳中 134Cs と 137Cs の合計値濃度(19.61 Bq/L)は,放牧中止後 5 月 26 日の測定では 1/6 以下に減少しており,放牧停止によって一定の汚染低減効果が認められた.また,6 月 20 日の放牧再開後,6 月 23 日採取の原乳では放射性セシウム濃度の再上昇が認められた.
3)畜産研つくば農場産飼料および原乳における FDNPP 事故の長期的影響
FDNPP 事故以降,敷地内農場で生産している粗飼料における人工放射性核種の汚染をモニタリングするため,TMR およびTMR 原料中 134Cs,137Cs および 40K の測定を年 2 回実施している(小林ら 2012 ~ 2018).Table 3 には,2011 年 11 月から 2018 年 10 月までの TMR 乾物中134Cs および 137Cs 濃度と,その比率を示した.また Table 4 には,対応する期間に採取した原乳中 134Cs および 137Cs 濃度と,その比率を示した.Table 2 に示した通り,2011 年生産のコーンサイレージは 2011 年 9 月から 2012 年 12 月 13 日まで,2011 年生産のグラスサイレージは 2012 年 2 月 9 日から 2012 年 6 月 19 日までTMR 原料として搾乳牛に給与された.これまでに実施した TMR 中の 134Cs および 137Cs 濃度の最高値は,2012 年 11 月の 7.78 Bq/kg および 13.44 Bq/kg で,2012 年度は 8 月の数値も高い.137 Cs 濃度が 10 Bq/kg を越えた TMR は,原料として 2011 年度 8 月生産のコーンサイレージと,2012 年度 5 月生産のグラスサイレージを含む.TMR 中の放射性セシウム濃度は,2013 年 7 月測定値では 134Cs,137Cs および合計値の全てが前回測定値の 1/3 以下に減少し,その後 137Cs 濃度は 2 Bq/kg 程度の横ばいで推移している.
一方半減期の短い 134Cs の濃度は検出限界に近づいた.原乳中の放射性セシウム濃度は,2013 年の測定値から,134Cs + 137Cs の合計値として 1 Bq/kg を下回り,その後 0.2~ 0.3 Bq/L 程度の横ばいで推移している.そのうち 134Cs濃度の寄与分は 0.02 ~ 0.05 Bq/L 程度である.FDNPP 事故で放出された 137Cs と134Cs の比は,福島第一原発が正常であった 2011 年 3 月 11 日の原子炉内比率を反映しており,つくば市におけるエアロゾルのモニタリングでは,およそ 1 : 1 と報告されている(Kanai et al. 2012).本研究で示した134Cs / 137Cs は,TMR においても原乳においても 2012 年 11 月までの値は,2011 年 3 月 11 日を起点(134Cs/ 137Cs = 1)と仮定し,減衰を考慮した推定値とほぼ一致したが,2013 年以降はしばしば推定値から外れている(Table 3,Table 4).前述の通り,134Cs の濃度は TMR でも原乳でも検出限界あるいはそれに近い値に達したことから,我々のモニタリングシステムにおいて 134Cs 濃度,134Cs / 137Cs の追跡は不可能になりつつあるが,134Cs は原子炉内で生じる 133Cs が中性子を捕獲して生成する核種であり,増加した場合には国内あるいは近隣諸国の原子炉からの新たな放射能漏れを示唆することからモニタリングの継続が重要である.
4)畜産研つくば農場生産乳中人工核種の長期モニタリング経過
畜産研は,前身の農林水産省畜産試験場(千葉県千葉市)において 1960 年代から付属農場産の原乳中 137Cs および 90Sr 濃度のモニタリングを開始した.1980 年に同試験場が現つくば市に移転した後はつくば農場においてモニタリングを継続している.Fig.1 には,2011 年 6 月から 2018 年 12 月までの原乳中 134Cs 濃度と,1980 年 6 月から 2018 年 12 月までの原乳中 137Cs 濃度を示した.また,Fig.2 には,1980 年 6 月から,2018 年 12 月までの原乳中 90Sr の濃度を示した.原乳中 137Cs の濃度グラフには,1986 年 4 月の旧ソ連チェルノブイリ原子力発電所の事故による 137 Cs 濃度の上昇がみられ,1986 年 8 月採取の原乳では 1.41 Bq/L 検出された.しかし影響は短期的であり,1987 年8 月採取の原乳では,0.1 Bq/L を下回った.FDNPP 事故に起因する原乳中 134Cs および 137C 濃度の最大値は,Table 1 に示した通り,2011 年 4 月 7 日に各々 23.4 Bq/L,24.3 Bq/L,合計 47.7 Bq/L,検出された.2011 年 7 月からの原乳中の放射性核種濃度の測定には,灰化試料を用いているが,1 Bq/L を超える測定値は137C単独(1.12 Bq/L)でも,134Cs +137C 合計値(1.57 Bq/L)でも 2014 年 4 月を最後に検出されていない.134Cs 濃度は 2015 年以降 0.1 Bq/L 以下となり,近年では検出限界値(10~ 15 mBq/L)に近づいているが,137Cs の濃度は 2014 年に 0.3 Bq/L 程度まで減少した後,0.1 ~ 0.4 Bq/L の範囲で変動している.変動には季節性があり,初夏から夏期に上昇し,冬期に減少する傾向がある.
一方,原乳中の 90Sr の濃度は 1980 年6 月に検出された 0.07 Bq/L が最大値でその後減少し近年は 10 mBq/L あるいはそれ以下の濃度で推移している(Fig.2).生乳あるいは市乳における牛乳放射能の長期モニタリング結果はギリシャにおける調査が公表されており,チェルノブイリ事故前 1985 ~ 1986 年の市乳の測定結果を 0.04 ~0.9 Bq/L(平均 0.07 Bq/L),他の EU 加盟国からの結果を 0.03 ~ 0.9 Bq/L と報告している(Florou et al. 1996).1955 年から 1995 年までの,東京およびつくば市における大気圏核実験に起因する 90Sr の沈着については Igarashi ら(1996)が報告している.つくば市生産乳も 1960 年代を中心に核実験由来放射性降下物の影響を受け,1980 年においてもギリシャあるいは EU と同程度の 90Sr 汚染があったと推定される.原乳中 90Sr 濃度推移は,Fig.1 における 137Cs 濃度推移と異なり,チェルノブイリ事故による 90Sr 濃度の上昇は検出されていない.また,FDNPP 事故に起因するピークも検出されなかった.
畜産研で継続している原乳中の人工放射性核種を対象としたモニタリングは,農林水産省畜産試験場で 1960 年代に開始され,大気圏内核実験や,チェルノブイリ原子炉事故に起因する 137Cs および 90Sr 汚染を検出し,その後の濃度推移を報告してきた.またチェルノブイリ事故直後に三橋ら(1987)が実施した原乳中放射性核種濃度の追跡調査,飼料から原乳への137Cs の移行に関する試験研究(三橋 1996)は,FDNPP 事故後に見直された家畜用飼料の暫定許容値制定の貴重なリファレンスとなった.
FDNPP 事故を受けた農林水産省の要請により,著者らはつくば拠点農場と那須拠点農場の原乳について,つくばでは 3 月 15 日搾乳分から,那須では 4 月 3 日搾乳分から緊急時調査を開始した.那須では搾乳牛を放牧主体と舎飼いの 2 形態で飼育していたことから,放牧主体群,舎飼群各々から搾乳した原乳について,放射性ヨウ素および放射性セシウムによる汚染状況ならびに,放射性降下物によって汚染された飼料から原乳への放射性セシウムの移行係数を報告した(小林ら 2012).つくばにおける緊急時調査期間の搾乳牛の飼養形態は,那須拠点農場のどちらとも異なる.すなわち,搾乳牛の飼料は FDNPP 事故以前に製造した粗飼料と購入飼料を含む TMR であるが,5 月 16 日までは毎日 5 時間程度屋外のパドックに出ていたことから,原乳中に検出された放射性核種は,飼料そのものの汚染よりも,緊急時調査期間中の放射性降下物を搾乳牛が呼吸を介して,あるいは経口的に体内に取り込んだ影響が大きいと考えられる.特に,屋外パドックにおける放射性降下物の取込みが,原乳中放射性核種濃度の上昇に直結したことが強く示唆された.つくば市に飛来したエアロゾル中のγ線核種濃度の推移については大学共同利用開発法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)がモニタリングしている(Doi et al. 2013).それによると,エアロゾル中における 131I の最初のピークが,3 月 15 日から 16 日にかけて,2 回目のピークが 3 月 20 日から 22 日にかけて検出され,さらに 4 月 17 日から 19 日にかけて小ピークが検出されている.また佐波ら(2011)が報告しているつくば市の空間線量推移によると,つくば市に最初の放射性プルームが到着したのは 3 月 15 日 2:13 であり,同日 8:42 に最大値 1.27 μSv/h を検出している.著者らの原乳モニタリングでは,3 月 15 日 18 時搾乳の原乳から,既に 100 Bq/L を超える 131I が検出されたことから,土井および佐竹らの報告を参考にすると,搾乳牛が呼吸あるいは経口で体内に取り込んだ 131I は,16 時間以内に原乳に移行したことになる.131I の原乳中濃度推移は,空間線量および大気中 131I 濃度の動きを 2 日遅れてトレースした.一方 134Cs および 137Cs 濃度の明らかな上昇は 3 月 21 日搾乳分から検出され,3 月 22 日から 5 月 12 日搾乳分までは,134Cs+137Cs 合計で 20 Bq/L 以上の濃度で推移した.つくば市における FDNPP 事故関連のモニタリング報告においてしばしば指摘されるように(江口 2014),3 月 21 ~23 日の降水により地表に降下した放射性セシウムが搾乳牛の飼育環境,特に屋外パドックを汚染し,原乳中 134Cs および 137Cs 濃度に反映したと考えられる.緊急時調査期間中における原乳中放射性セシウム濃度は,搾乳牛を一定期間放牧停止にしたことで,2011 年 6 月 13 日搾乳分の原乳では 134Cs+137Cs 合計で 1.16 Bq/L に低下した.
畜産研つくば農場において,6 月 23 日に緊急時調査が終了して以降継続しているモニタリングは,原乳では年 12 回の放射性セシウムと年 2 回の 90Sr 濃度測定,飼料(TMR および TMR 原料)では年 2 回の放射性セシウム濃度測定および牧草と牧草地の土壌では年1回の放射性セシウムと 40K 濃度測定を実施している.TMR における放射性セシウム濃度は,2011 年 11 月採取のものよりも,2012 年採取のものの方が高い.この原因は,2011 年 TMR は FDNPP 事故後に調製した粗飼料を含まないためであり,汚染の原因は TMR 調製中に混入した埃等が考えられる.一方 2012 年度以降の TMR の汚染原因は FDNPP 事故後に調製したコーンサイレージ,グラスサイレージを含むことから,飼料作物が放射性物質を根から吸収して植物体に蓄積したものと考えられる.著者らのモニタリングデータは,放射性物質の取込みと排出の収支を正確に把握した試験で得たものではないが,畜産研つくば農場の牛群管理は,一般的な中規模酪農農家の典型であることから,2012 年度以降の TMR と原乳(バルク乳)中の放射能濃度は,酪農農家の現状を良く反映していると考えられる.さらに Table 2 に示した通り,2012 年 10 月 4 日から 12 月 13 日まで TMR 原料に含まれる粗飼料には変更がなかったことから, つくば農場飼育牛群には一定濃度の放射性セシウムを含む飼料を 2 ヶ月間に渡って給与したこととなり, 飼料中放射性セシウムと牛乳中放射性セシウムの濃度は平衡状態であったと推定できる.そこで,2012 年 11 月における飼料から原乳への放射性セシウム(134Cs+137Cs 合計)の移行係数(Fm)を,原乳中134Cs 濃度(0.51 Bq/L),137Cs 濃度(0.88 Bq/L),TMR 中 134Cs 濃度(7.78 Bq / 乾物 kg),137Cs 濃度(13.44 Bq / 乾物 kg),TMR 現物水分率(48%),TMR 給与量(48 kg)から,「環境パラメーターシリーズ5 飼料から畜産物への放射性核種の移行係数」の野外観察による求め方(佐伯ら,1995)に従って,次の【式1】で算出した.
【式1】:[Fm(day / L)= 牛乳中の放射性セシウム濃度(Bq/L)/飼料からの放射性セシウムの取込み量(Bq/day)]
Fm を算出した2012 年11 月採取のTMR と原乳中の134Cs / 137Cs は0.58 で一致しており,搾乳牛群は,530 Bq/day の放射性セシウムを摂取し,原乳から1.39 Bq/L の放射性セシウムが検出され,Fm は2.62 × 10-3day/L であった.FDNPP 事故に起因する放射性物質汚染飼料給与による原乳への放射性セシウムの移行に関する検討は,東京大学のグループが,東京大学大学院農学生命科学研究科付属農場(茨城県笠間市)で栽培(2010 年10 月播種)し,2011 年 5 月に収穫した汚染ヘイレージ給与試験の結果を報告している(橋本ら 2011,高橋ら 2012,Manabe et al. 2013).ヘイレージの汚染源はFDNPP 事故の放射性降下物および根から牧草に吸収された放射能を含み,放射性物質給与群の乳牛には,1,260 Bq/kg の放射性セシウムを含むヘイレージを 1 日 1 頭あたり 10 kg,2 週間継続して給与した.Manabe ら(2013)は,この試験における原乳中放射性セシウム濃度最高値を 36 Bq/Lと報告しており,Fm を 2.9 × 10-3 day / L と算出している.また福島県の生沼ら(2013)は,2011 年に実規模で調製したサイレージを含み,放射性セシウム濃度が 100 Bq/kg を超えないように設計した放射性セシウム濃度既知の TMR の給与試験結果について報告しており,実際の酪農経営における給餌体系を模した重要なリファレンスを提供している.生沼らの試験では,放射性セシウム濃度が 40.5 Bq/kg の TMR を自由採食させており,その結果,試験搾乳牛群は,4,348 Bq/kg 日の放射性セシウムを摂取し,原乳から 14.7 Bq/kg の放射性セシウムが検出され,飼料から原乳への移行係数を 3.46 × 10-3 day/kgと報告した.IAEA が 2010 年に取りまとめたテクニカルレポートでは,チェルノブイリ原子炉事故以降に実施された牧草や原乳中 137Cs 濃度の追跡調査や野外調査,移行試験の結果をまとめており,飼料から原乳への移行係数を 6.8 × 10-4 ~ 6.0 × 10-2 day/L(平均4.6 × 10-3 day/L)と幅をもたせて示している.FDNPP 事故後に報告された,搾乳牛への放射性セシウム汚染飼料給与試験から算出されたFm は,各々の試験によって給与された放射性セシウム量が大きく異なるにも関わらず,Manabe らの報告(Fm = 2.9 × 10-3 day/L)生沼らの報告(Fm = 3.46 ×10-3 day/L)本報(Fm = 2.62 × 10-3 day/L)さらに以前著者らが畜産研那須拠点農場 TMR と原乳から算出した報告値(3.32 × 10-3day/L)は近い値となった(小林ら 2012).
このことは我が国の搾乳牛飼養体系における,飼料から原乳への放射性セシウムの移行率を推定する上で重要な知見となる.FDNPP 事故以降,飼料作物による放射性物質の吸収を低減する施肥や耕起方法,栽培方法の情報が蓄積され,国や地方自治体から指針が示されており(農水省,2020),飼料作物に由来する TMR 中の 137Cs 濃度は 2015 年以降 2 Bq/kg 程度,原乳中の 137Cs 濃度も 0.2 ~ 0.4 Bq/程度で推移している.最近数年間のモニタリングでは,原乳中 137Cs 濃度には季節性があり,初夏から夏期に上昇し,冬期に減少する傾向が見られるが,季節差の有意性については更にデータの蓄積が必要である.つくばにおける原乳および TMR 中の γ 線核種測定および 90Sr 測定は現在も継続中であり,測定値は農林水産省関係放射能調査研究年報に報告を続けている.
本研究の継続にあたり,畜産研つくば農場の原乳,牧草および飼料採取にご協力頂いた農研機構畜産研究部門業務科の皆様に深く感謝申し上げます.また,搾乳牛の飼養状況について詳細な情報提供を下さった技術支援部中央技術支援センターつくば第 7 業務科長谷川裕一科長に心よりお礼申し上げます.本調査は各年度射能調査研究委託事業「放射性核種の農畜産物への吸収移行および農林水産環境における動態に係る調査研究」として実施しました.
すべての著者に開示すべき利益相反はありません.