平成 23 年東北地方太平洋沖地震によって発生した津波により,東北地方から関東地方の沿岸部では温室やパイプハウスなど園芸施設の損傷や倒壊,土砂や漂流物の堆積,土壌の塩類集積などの被害が生じた.また,内陸部では地震動による園芸施設の倒壊や損壊,また,停電や断水により環境制御装置や灌水装置が機能しなくなり,園芸作物の枯死や生育障害が生じた.本稿では,東北地方太平洋沖地震により被災した園芸施設の事例と,早期の復旧・復興に向けた取り組みを紹介する.また,わが国は地震だけではなく,台風や大雪などの気象災害も多発しており,施設園芸では施設構造の強化やライフライン停止に対応した事業維持計画(BCP)の確立が喫緊の課題である.
2011 年 3 月 11 日に三陸沖を震源とするマグニチュード 9.0 の地震が発生し,青森県,岩手県,宮城県,福島県,茨城県,千葉県など,東日本の太平洋側各県を中心とする広い地域が,地震動や津波により甚大な被害を受けた.農林水産省(2011)の調査では,上記 6 県は津波により 23,600 ha の農地が流出・冠水などの被害を受けたが,宮城県は被害面積が広く 15,002 ha(6 県全被害面積の内,約 64%)に及んだ.宮城県農林水産部(2011)の調査では,用排水路,農業施設,排水機場,海岸堤防などの農業基盤が津波によって大きな被害を受けた.特に,パイプハウスや温室などの園芸施設の損壊は 22,050 箇所あり,被災した生産者の多くは施設の倒壊や損傷によって生産基盤が失われた.
農研機構農村工学研究部門では園芸施設の被害状況の把握と今後の地震,津波対策に資するため,岩手県,宮城県,福島県,茨城県の協力を得て,園芸施設の被害調査を行った(森山ら 2011;石井ら 2011a,2011b,2012).東北地方から関東地方の沿岸部では園芸施設の損傷や倒壊,土砂や漂流物の堆積,土壌の塩類集積などの被害が生じた.内陸部では地震動による園芸施設の倒壊や損壊,また,停電や断水により環境制御装置や灌水装置が機能しなくなり,園芸作物の枯死や生育障害が生じた.ここでは,東北地方太平洋沖地震により被災した園芸施設の事例と,早期の復旧・復興に向けた取り組みを紹介する.
次に,農林水産省・復興庁公募の「食料生産地域再生のための先端技術展開事業/(個別要素技術型研究)宮城県南部沿岸地域の水資源・未利用エネルギーを活用した中規模園芸生産システムの技術開発,(網羅型研究)施設園芸栽培の省力化・高品質化実証研究/農村地域における未利用エネルギー利活用実証研究(2012 ~ 2018 年度)」を受託し,海水の浸水により塩水化した地下水の脱塩技術の開発,太陽光や地中熱など未利用エネルギーを農業生産で利活用するための技術開発を産官学連携のもと進めてきたので紹介する.また,これらの技術を現場に導入するための課題や問題等を議論し,今後,園芸施設が被災した際の早期復旧・復興の一助としたい.
1)宮城県亘理郡亘理町,山元町
亘理町および山元町は東北一のイチゴの産地であり,産出額は約 33 億円あったが,津波により大きな被害を受けた.被災前の栽培面積は約 99 ha,イチゴ生産者は 380 名いたが,そのうち 95%の面積が津波で被災し,イチゴの出荷を継続できる生産者は 24 名まで減少していた(表 1).
この地域は,パイプハウスにより単独経営する生産者が多かった.震災前はパイプハウスに,地下水を利用したウォーターカーテンを導入し,外気温が氷点下になるような気象条件の中でも暖房を焚くことなく,低炭素かつ低コストな営農が行なわれていた(図 1).しかし,2011 年 3 月 11 日に発生した津波と漂流物の衝撃により,海岸近くのパイプハウスは大きな被害を受けた(図 2).また,津波や漂流物の衝撃が少なく,パイプハウスの被害は軽微であるものもあったが,土砂や漂流物の堆積,土壌の塩類集積,海水の浸透による地下水の塩水化などが生じ,早期の復旧・復興の妨げとなっていた(図 3).
一方,山元町には鉄骨造の低コスト耐候性ハウスが建設されていたが,この施設も津波の衝撃により全壊した.低コスト耐候性ハウスは,台風や大雪による園芸施設の被害を防ぐため,施設構造は耐風強度 50 m/s,新積雪荷重 50 kg/m2 に耐えるように設計されていたが,この施設は海岸との距離が約 1.5 km であったため,津波の衝撃に耐えることは難しかった(図 4).
イチゴ産地の復興を目指し,亘理・山元両町では鉄骨温室(184 棟,40.6 ha)を整備し(図 5),151 戸が 2013 年 9 月から営農を再開している(宮城県 2015).なお,両地域では津波の影響により,従来のような土耕栽培が難しくなったため,用水には水道水を用い,肥料を溶かした培養液を与えて栽培する高設養液栽培装置が採用されている.また,換気窓や保温・遮光カーテンの開閉,温風暖房による気温管理が自動化され,さらにイチゴの光合成を促す CO2 発生装置なども導入され,これまでの土耕栽培よりも生産性が向上している(図 6).
2)宮城県東松島市
東松島市大曲地区には鉄骨温室が複数建設されていたが,津波により温室が損傷し,基礎の引き抜き,柱の変形,妻面や側面などの被害が生じたが,部分的な損壊に止まり,修復できるものもあった(図 7).また,この地区には港湾施設や住居があり,津波とともに様々な漂流物が温室に衝突し,被害を大きくしていた.この地区ではトマトやキュウリなど果菜類を中心に土耕栽培されていたが,津波によって運ばれた土砂が堆積するとともに,様々な漂流物が漂着し,復旧の妨げとなっていた.特に,温室内に残留した土砂には海水の塩分や海底に堆積した硫化化合物などが含まれており,土壌としては使用できず,乾燥させた後に全て除去する必要があった(図 8).
1)宮城県栗原市
栗原市は宮城県の北西部に位置し,ヘクタール規模のフェンロー型温室が導入されていた.2011 年 3 月 11 日の地震の際に栗原市は最大震度 7,また,4 月 7 日の大きな余震でも震度 6 強を観測した.栗原市のフェンロー型温室では,筋交いの多くが損傷するとともに,屋根面,妻面,側面のガラスの一部が破損していた(図 9).今回の地震では温室は倒壊に至らなかったが,残存した筋交いが温室の倒壊を防いでいた.筋交いは柱,梁,合掌と比べて非常に細い部材であるが,台風,積雪,地震など外部から応力が加わったときには,壁の代わりに温室が倒壊するのを防ぐ役割がある.土耕栽培の温室では,トラクターの耕耘作業で邪魔となるため筋交いを取り外すことがあるが,耕耘後はブレースを必ず戻すことに留意されたい.
2)宮城県遠田郡美里町
美里町は宮城県の北部に位置し,3 月 11 日の地震では最大震度 6 強,また,4 月 7 日の余震でも震度 6 弱を観測したが,両屋根型の鉄骨温室に大きな被害はなかった.しかし,地震動により暖房機,オイルタンク,養液栽培装置などの付帯設備が移動・転倒した.また,カーテン装置の巻き取りシャフトが破断していたが,これは地震動による損傷ではなく,地震後に稼働させたことが原因であった.すなわち,シャフトの回転軸に歪みが生じたことに気付かずにカーテン装置を稼働させたため,破断箇所で大きな負荷がかかったと考えられる(図 10).したがって,地震後は,換気窓やカーテン設備を稼働させる前に,可動部で損傷や歪みがないか点検し,異常があれば使用を中止する.また,点検で異常がなくても,運転時に異音や一部が稼働しないなどの問題があれば使用を中止し,施工業者に修理を依頼することが重要である.
3)福島県相馬郡新地町
新地町は福島県浜通り地方の最北に位置し,3 月 11 日の地震では最大震度 6 強を観測した.新地町には約7ヘクタールのフェンロー型温室があるが,地震動により約 1.5 ヘクタールの温室が倒壊した.目視による調査および生産者からの聞き取り調査から,3 月 11 日の地震動により筋交いの多くが破断,損傷したこと,また,温室は 3 月 12 日の早朝に倒壊したことが確認され,筋交いの破断や損傷が温室を倒壊させた要因の一つであると考えられた.東北地方太平洋沖地震では瓦屋根の家屋で大きな被害があったが,この温室では屋根に 4 mm 厚のフロートガラスが被覆されてたことも被災を大きくした要因であると考えられた(図 11).フェンロー型温室は両屋根型の連棟温室の一つあり,オランダで開発され(髙倉 1974,2019),欧州各地やアメリカ,日本,韓国,中国,台湾,など世界各地に建設されている.柱,梁,谷,棟などの構造部材が細く,4 mm 厚の大きく頑丈なガラス板を棟から谷部にかけて 1 枚物として葺き,アルミ製の垂木を挟んで連続的にガラス屋根を葺くことができる.この屋根葺き工法は,母屋などの部材や工数を削減するだけでなく,構造部材による陰が少なくなるので,日射透過に優れた温室である(図 12).
ガラスは耐候性があり,日射透過率も高く,温室の被覆資材として古くから使われきたが,ガラスはプラスチックフィルムと比べて重いという短所がある.特に,最近の温室は軒高が高くなる傾向があるが,温室の軒高を高くすると柱などの構造部材は変形に耐えるように強化しなければならず,コスト高となるという短所もある.今回の地震は温室の設計強度を越えるものであったが,温室の被覆資材を重いガラスではなく,軽量のプラスチックフィルムを適用することも,地震,強風,大雪などの被害を軽減する上で重要である.なお,震災後に再建された温室の被覆資材には,ガラスではなく,長期展張が可能なフッ素樹脂フィルムが使われていた(図 13).
4)茨城県神栖市
茨城県神栖市平泉は 1960 年に始まった鹿島開発により埋め立て造成されたが,この地域の農地および市街地は地盤の液状化による被害が甚大であった.調査した温室では,地盤の液状化に伴う憤砂,地面の隆起・沈下により,地面のレベルが- 170 mm ~+ 200 mm の範囲で変化するとともに,基礎,通路,栽培ベンチ,防油堤などが不同沈下した.基礎が不陸となった鉄骨温室の修繕には,基礎上部と柱脚ベースプレートの間に鋼板を差し込み,鋼板の枚数でレベル調整されていた(図 14).水田や砂質土壌などの軟弱地盤に温室を建設するときは,地盤の液状化に対応した基礎工事や地盤改良を行うことが重要である.
5)宮城県石巻市
石巻市蛇田地区は市内の内陸部に位置するが,大規模温室団地を造成し,営農を行っている生産グループがある.この生産グループの多くは,もともと沿岸部で小規模な温室で営農していたが,経営規模拡大のために内陸部に生産拠点を移した経緯がある.この地区では津波による浸水被害はなく,団地内に建設されていた温室への地震動による被害もなかったが,地震直後に発生した停電が約 5 日継続したため,温室の付帯設備である換気窓,保温カーテン,暖房機などの環境制御装置や養液栽培装置が停止し,栽培されてトマトやイチゴに低温障害や養水分不足が生じ,その一部は枯死し,作物の生育を維持できたとしても収量が大幅に減少していた(図 15).
また,団地内の他の両屋根型の鉄骨温室では,停電時に天窓が開放されていたため,換気窓を閉めることができず,栽培していたトマトに低温障害が発生した.この温室の換気窓開閉用モータには手動開閉用のプーリーが取り付けられていたが,プーリーに取り付けるチェーンと天窓開閉装置まで登る長梯子がなかったため,停電時に天窓を手動で閉じることができなかった(図 16).今後の対応としては,長期間の停電や断水に備えた点検・整備を定期的に行うともに,貯水タンクの設置や非常用発電機の導入などを検討する必要がある.
1)逆浸透膜装置による地下水の脱塩技術
津波により海水が浸水した地域では利用していた地下水が塩水化し,イチゴやキュウリなど園芸作物の灌水に用いることができなかった.一部では,上水道(市水)を利用して農業を再開する方や,海水が浸水していない井戸から真水をトラックで運搬して農業を再開する方がいた(図 17).しかし,上水道を導入する場合,圃場は私有地になるので,水道管が通る公道からの距離が長くなると,水道管の敷設工事費が高額になることや,水道を利用し続けるかぎり,高額な水道代がかかるという問題があった.真水を運搬する場合も,灌水に必要な水を確保するには,1 日に何度も水源と圃場を往復しなければならず,労働力の確保が農業再開の課題となっていた.
一方,震災復興の支援物資として海水淡水化装置や一般的な水道で利用する逆浸透膜(Reverse Osmosis,RO)膜装置が導入されたが,保安フィルターの交換作業や加圧ポンプのオイル交換が頻繁であったり,運転操作方法が確立されていないことから RO 膜に流路閉塞が生じたり,冬期には RO 膜装置が凍結するといった問題があった.
そこで農業用途に適応する RO 膜装置を開発し,津波被災農地での営農再開を支援するため,宮城県亘理郡亘理町,岩沼市,仙台市の実証圃場にて RO 膜装置による地下水脱塩技術の実証研究を行った(施設園芸コンソーシアム未利用エネルギーワーキンググループ 2018).
1-1)逆浸透膜装置の原理
水と海水の間を半透膜で仕切ると,水は海水を薄めるように半透膜を通って海水側に浸透する.海水側の水面は次第に高くなり,平衡状態になる.この圧力差が浸透圧と呼ばれ,海水の場合約 25 気圧(2.5 MPa)になる(図 18).ここで,海水側に浸透圧以上の圧力をかけると海水から真水を取出すことができる.真水を製造する能力は,RO 膜の面積,圧力,水の塩濃度,水温等の影響を受ける.したがって,より多くの真水を得るためには,膜面積を大きくすることが効果的であり,工業的には図 19 のように供給水流路材,RO 膜,透過水流路材を渦巻き状にまとめてモジュール化されている.真水を作る際は,一方から塩水化した供給水を浸透圧よりも大きい圧力で RO 膜に通水すると,一部は RO 膜を透過して透過水流路材を通り中心パイプから透過水(RO 水)として排出され,残りは塩分濃度が濃くなり,排出される.
1-2)RO 膜装置の基本構造
RO 膜装置はモジュール化され,RO 膜に供給水(地下水)を 0.5 MPa(5 kgf cm-2)程度の圧力で供給する加圧ポンプ,圧力調整弁,保安フィルターで構成される.RO 膜では一部が透過し真水となり,塩濃度が高くなった供給水は排水される(図 20).排水量を減少させるため一部を供給水に戻す機能を持ったものもある.計器類としては,供給水や RO 水製造量をモニタリングするための流量計,操作圧力をモニタリングするための圧力計などがある.RO 膜のスケーリングを防止する目的で,一定時間ごとに排水側の圧力調整弁を解放し,RO 膜面の流速を増加させ流路材の堆積物を洗い流すフラッシングを自動で行う制御装置を装備している(図 21).
1-3)RO 膜装置の効果
塩水化した地下水から,RO 膜装置によって得られる RO 水の状況をモデル試験により検証した.モデル試験には,小型 RO モジュール膜(DAW TW30-1812-75,膜面積 0.38 m2)を用い,供給水の塩濃度は食塩で 0 - 0.5% で調製し供給圧力 0.5 MPa(5 kgf/cm2)で試験した.
なお,RO 水の導電率(Electric Conductivity,EC)目標値は野菜の土耕栽培で上限とされる 0.75 mS/cm(dS/m)とした(千葉県 1990).モデル試験では,0.5%(9.1 mS/cm)の塩濃度の供給水でも脱塩率は 90%以上を確保し,0.75 mS/cm 以下の RO 水を得ることができた(図 22,23).ただし,塩濃度の上昇に伴い RO 水製造量は減少し,EC 5.0 mS/cm まで上昇すると製造量は約 50%まで減少した(図 24).RO 水の生産性低下は運用時の電気代の増加に繋がるため,現地の地下水の塩濃度の把握は重要である.地下水の塩濃度を把握するため電気伝導率計により EC を調査する.地下水の導電率は一定ではなく変化し,RO 膜装置導入後も電気電導率計によるモニタリングは必要となるため,購入することが望ましい.
1-4)RO 膜装置の実証試験とその解決例
農業用の利用目的で,長期間安定的に稼働する RO 膜装置の開発を目指し,宮城県岩沼市早股松原のキュウリ温室に 8 インチ RO 装置を導入した.導入した RO 膜装置は 20 m3/B のRO 水製造量を想定した.平成 26 ~29 年度にかけて実施した O 膜装置の RO 水製造量とランニングコストを表 2 および表 3 に示す.平成 26 年度は装置の導入時であり,多くのトラブル解決のために時間を要し安定動作できている状況ではなかった.平成 27 ~ 29 年は安定的に稼働し RO 膜装置の減価償却を除くランニングコストは,岩沼市の水道料金 265 円/m3(25 mm φ以下の場合)の 1/2 以下を達成した.これは高価な消耗品である RO 膜を交換することなく薬品洗浄で性能を回復させた成果である.
1-5)RO 膜のメンテナンス
本装置は設計当初から薬品洗浄を前提としたため,保安フィルターの後に薬品洗浄給水口および排水取出口,RO 水取出口が設置されている.岩沼実証地の地下水はアルカリ洗浄で溶解する有機物系の汚れが多いため,アルカリ洗浄を複数回すると RO 装置の製造能力は初期流量まで回復した(図 25,26).
1-6)RO 膜装置現地実証試験のまとめ
現地実証試験を始めた当初,現地に導入された膜分離技術の多くのは,分離膜を単純な消耗品と考え適切なメンテナンスをせず,「膜はよく詰まる」,「消耗品代が高い」といった悪いイメージが浸透してしいた.「膜分離技術」は,食品加工分野では普及が進む技術で,加工プロセスに使用した分離膜は適切にメンテナンス(洗浄)され,長期間の繰り返し利用されている.食品分野で使用される分離膜が農業分野で使用されるものより詰まり難いということは技術的にはなく,農業分野でも適切にメンテナンスを行えば分離膜の寿命は延び,ランニングコストは下がることを,本実証試験の結果は示している.大規模な RO 膜を利用した海水淡水化技術は確立され,国内外で社会実装されている.しかしながら,これまでは農業の現場で使用できる小規模かつ低コストな RO 膜装置の運用技術はなかった.本実証研究では小規模な農地で使用する RO 膜装置の研究開発と実証を行い,上水道よりも安価に真水を長期間安定的に製造できることを示すことができた.国内外では,地下水の塩分濃度が高い地域が多数あるが,本事業で得られた成果が他の地域地域でも役立つことを期待している.
2)農村地域における未利用エネルギー利活用実証研究
東北地方太平洋沖地震に伴いライフラインが停止し,施設園芸では停電や断水,燃油不足等によって環境制御装置や灌水装置が機能しなくなり,園芸作物が枯死するケースや作物の収量が大幅に減少するケースがあった.
また,東北地方太平洋沖地震後も,平成 30 年北海道胆振東部地震,平成 30 年台風 21 号,令和元年台風 15 号/19 号など,わが国では様々な自然災害に伴う長時間の大規模停電による農業生産への被害が発生している.これらの被害を大きくした要因として,系統電力会社や燃料会社からのエネルギー供給を前提とした生産体系があり,農業生産にとってエネルギーの安定供給は生命線となっている.一方,農村地域には太陽光,水力,風力,地熱,水熱,地中熱,バイオマスなど多様な再生可能エネルギーが広く賦存するが,ここでは農村地域における未利用エネルギー利活用実証研究の一例を紹介する.
2-1)太陽光発電の地産地消に関わる実証研究
宮城県岩沼市の津波被災地に建設された商業施設に充電ステーションを設置した.この充電ステーションでは太陽光で発電した電気をリチウムイオン電池に蓄え,その電気を農業用途に利用される電気自動車(Electric Vehicle,EV)で利活用する実証試験を行った.また,この充電ステーション近隣の農業生産者に EV を 5 台貸与し,各農家での EV の使用状況や,EV に蓄えられた電気を農業の生産現場にデリバリーし,電化された農業機械の活用方法や,実際に消費された電力消費データなどを収集した(図 27).
この実証事業では,充電ステーションと EV を組み合わせて運用することにより農村地域で太陽光発電された CO2 フリー電力の地産地消が可能であること,未電化地域において系統電力に依存することなく電化された農業機械の運用が可能であること,EV の活用によってガソリン代を節減し農業生産コストの低減に寄与すること,などの可能性を示すことができた.また,EV がデリバ リーする蓄電電力により,換気窓,カーテン設備,循環扇等の環境制御装置などの温室の主要環境制御装置を稼働できることが確認され,系統電源消失時の非常時対応として EV を利活用できることも示すことができた.
2-2)地中熱ヒートポンプによる温室暖房技術
ヒートポンプの熱源には,空気,地中,地下水などがあるが,施設園芸で導入されているのは空気熱源方式が殆どである.しかし,空気熱源方式は,室外機が着霜すると空気との熱交換が阻害されるため,除霜運転(デフロスト)をしなければならず,この間は暖房機能が停止し,電力のみが消費される.特に,施設園芸では暖房負荷が深夜から明け方にかけて最大となるため,空気熱源方式は設計通りの暖房性能を得にくく,普及は進んでいない.一方,地中熱源ヒートポンプは地中や地下水から安定的に採熱することができるが,施設園芸での導入事例はまだ少ない.ここでは,宮城県岩沼市の温室(作目:キュウリ,面積:2,160 m2)で現地実証を進めた地中熱ヒートポンプの研究を紹介する.ヒートポンプの熱源は,温室敷地内の地中および地下水である.熱交換器はヒートポンプの重要な構成要素であるが,本研究では垂直埋設型(ボアホール)と水平埋設型(Hyper Loop)の二つの地中熱源方式に加え,地下水を汲み上げて熱交換を行う地下水熱源方式を比較・検討している.
ボアホール方式は,深さ 40 m,直径 150 mm で掘削した垂直孔に,ポリエチレン製の U チューブ(外径 34 mm,内径 27 mm)を 2 組挿入し,地中から採熱する.この方式では,熱交換器(U チューブ)が地下水流れのある地層を横切ると熱交換性能が向上する(図 28).Hyper Loop 方式は,深さ 1.0 m,幅 2.4 mで掘削した溝に,直径 6.5 mm の 117 本のポリエチレン管で構成された 0.9 m × 5.6 m のシート状の熱交換器を 16 枚埋設し,温室周囲の地中から採熱する.この方式では,熱交換器 1 枚当たりの総管長は 630 m に及び,約 500 W 相当の熱交換が可能である(図 29).
地下水熱源方式は,深さ 1.2 m,直径 0.6 m の地下水貯水タンクに,Hyper Loop 方式のシート型熱交換器を 2 枚,円柱状に加工し,投入している.本方式では,地下水熱交換タンク 1 基当たり約 8 kW 相当の熱交換が可能であり,暖房能力 10 馬力(28 kW)の地下水熱源ヒートポンプを稼働させるには,熱交換タンクが 3 ~ 4 基必要となる(図 30).
地中熱源(ボアホール,Hyper Loop)方式,地下水熱源方式に加え,対照として空気熱源方式のヒートポンプを実証温室に設置し,寒冷地域における熱源の違いが,ヒートポンプの暖房特性に及ぼす影響について検討した.宮城県岩沼市のキュウリ栽培温室(夜間の目標室温 13 ℃)において,地下水熱源ヒートポンプの暖房時の使用電力量,循環水の流量,温度を連続測定し COP を算出した結果,夜間最低気温が- 3.2 の場合,空気熱源では除霜運転(デフロスト)が頻繁にあり,COP は 3 であったが,地下水熱源では 4.5,地中熱源では 3.8 を維持し,氷点下の条件でも効率的に採熱できることが示された(表 4).
宮城県,福島県,茨城県の太平洋沿岸地域において温室の被害状況を調査した結果,地震動による施設構造への被害は軽微なものが多かった.また,沿岸部では津波によって多くの温室が倒壊したが,一部の温室は基礎の引き抜き,柱の変形などの部分的な損壊に止まり,修復可能なものがあった.しかし,津波による土砂やヘドロの堆積,土壌の塩類集積,地下水の塩水化などが復旧の妨げとなっていた.被災地の温室を復旧・復興する上で,内陸部に移転する方法があるが,被災された農業生産者と内陸部の地権者との間で合意形成を図ることが重要である.一方,わが国は台風,大雨,大雪,地震等の様々な自然災害が多発する地域であり,温室構造の強化技術,非常時に対応した環境制御技術,太陽光,水力,風力,地熱,水熱,地中熱,バイオマスなどの再生可能エネルギーを利活用する技術を確立することが新たな課題であることが見えてきた.農業生産の現場においても,工業や商業など他産業と同じように BCP(事業持続計画)を構築し,広く社会実装することが喫緊の課題である.
宮城県,福島県,茨城県関係者各位ならびに被災された施設生産者各位には,被災後にも関わらず調査にご協力を頂いた.本研究の一部は,農林水産省・復興庁「食料生産地域再生のための先端技術展開事業/(個別要素技術型研究)宮城県南部沿岸地域の水資源・未利用エネルギーを活用した中規模園芸生産システムの技術開発,(網羅型研究)施設園芸栽培の省力化・高品質化実証研究/ 農村地域における未利用エネルギー利活用実証研究(2012 ~ 2018 年度)」からの委託により実施した.記して謝意を表する.