東日本大震災以降,岩手県沿岸南部地域の主力品目であるキュウリの生産量や販売額は減少しており,産地復興に繋がる技術が求められている.本地域は降雪日が少なく,冬期の日照時間は比較的長い.そのため,多層保温被覆資材(以降,保温資材)を園芸施設の内張に使用し開閉する技術は,本地域における冬期の暖房燃料使用量削減に有効と考える.暖房燃料使用量は保温資材の開閉時刻に依存しており,保温資材を既に導入している生産者は,これまでの園芸施設内部環境データおよび経験からその最適な開閉時刻を決定している.保温資材を交換した場合,その最適な時刻を新たに模索することになるため,異なる保温資材における開閉適時の傾向を把握することが重要である.まず簡易な熱収支計算を用いて暖房燃料使用量を算出するモデルを作成した結果,本モデルによる暖房燃料使用量の加温開始時刻は,実際に測定した時刻より早く,終了時刻は遅くなる傾向が見られたものの,暖房燃料使用量の大まかな日変動を捉えることができた.次に,このモデルを異なる園芸施設の向き・保温資材に適用し,それぞれの開閉適時を算出した.その結果,保温資材を熱貫流率の大きい素材に変更した場合,開時刻は早く,閉時刻は遅くなる傾向が見られ,日射透過性の大きい素材に変更した場合,逆の傾向になることが明らかになった.保温資材を内張に導入している生産者は,これまでの内張開閉時刻にこの傾向を考慮することで,比較的労力を掛けずに保温資材交換後の開閉適時を求めることができる.
東日本大震災の津波被災地域である岩手県沿岸南部地域は,リアス式海岸特有の狭い平野部,傾斜の多い地形により小規模な農地・園芸施設が点在している.震災以降,本地域の主力品目であるキュウリの生産量や販売額は減少しており,産地復興に繋がる技術・取り組みが求められている.一方,本地域は奥羽山脈,北上高地の東側に位置するため同県内陸部より降雪日が少なく,12~ 1 月の日照時間は瀬戸内海沿岸と大差無い(吉越ら 2015).そのため,多層保温被覆資材(以降,保温資材)を園芸施設の内張材に使用し栽培空間の日射取得・保温を行う技術は,本地域における冬期の暖房燃料使用量削減に有効であり,生産者の増益に結びつく技術と考える.保温資材を導入した園芸施設に関して,中国東北部で外気温が氷点下 20 ℃以下まで低下するにも関わらず,日光温室(東西棟の園芸施設において,北側を断熱蓄熱壁とし,南面は夜間の放熱を防ぐために外張フィルムを保温資材で覆う温室)において無加温野菜栽培が行われている(陳ら 2000).また,国内においては川嶋ら(2013)が保温資材の内張と水蓄熱を導入した園芸施設を開発し,比較的日射に恵まれた温暖地において暖房燃料使用量の半減を実証している.保温資材は一般的に日中に収束,夜間に展張するが,その開閉時刻によって暖房燃料使用量に差が生じる.保温資材を既に導入している生産者はこれまでの園芸施設内部環境データおよび経験からその最適な開閉時刻を決定しているが,保温資材を交換した場合,その最適な時刻を新たに模索することになる.そのため,異なる保温資材における開閉適時の傾向を把握することは省エネルギーの観点から重要である.
内張開閉適時を知るためには,園芸施設の熱収支を計算する必要がある.園芸施設の熱収支に関する研究は多くあり,例えばTakakura et al.(1971)はダイナミックモデルの提案を,Takami and Uchijima(1977)は作物の物質とエネルギー交換を導入したモデルを,岡野ら(1982)は地中熱交換温室の非定常計算を,関ら(2001)は傾斜施設内の温度および速度場のモデル化をそれぞれ行った.また,Yamaguchi et al.(2003) は中国の日光温室を対象に保温資材の開閉状態を考慮した熱環境予測モデルの妥当性を検証している.松田ら(2018) は保温資材の内張と水蓄熱体を導入した園芸施設において,内張開閉適時について検討したが,異なる保温資材を内張に導入した場合の開閉適時の傾向について調べた研究は無い.
そこで本研究では,第一に内張内入射日射量さらには暖房燃料使用量を計算するモデルを作成する.第二に,そのモデルを用いて,異なる保温資材を内張に導入した場合の開閉適時の傾向を園芸施設の向きごとに算出する.ここで得られたデータは,岩手県沿岸南部地域の生産者が内張を交換する際,保温資材の開閉適時を判断する一助になり,省エネルギーに貢献すると考える.
1.供試施設の諸元および観測方法
供試施設は岩手県陸前高田市(北緯 39° 1′,東経 141°39′)の標高 15 m に位置する.間口 7.2,奥行 19.8,棟高 3.6,軒高 1.7,側柱間隔 0.6 m(図1(a))であり,合掌 3 本ごとにタイバーが設置されている単棟パイプハウスである.本施設の内側に間口 6.2,奥行 6.4,高さ 1.75 mの内張を奥行方向に 2 張り設置した(図 1(b)).内張間距離は 1.4 m である.本研究では,内張内の空間を内室,内張と外張に挟まれた空間を外室と呼ぶ(図1(a)).両内室には間口 0.4,高さ 1.75 m のキュウリ棚が間口方向に 4 列設置してある.キュウリ棚の奥行は一番西側の列が 4.4 m,それ以外の列が 5.4 m である(図 1(b)).キュウリ(Cucumis sativus)は両内室ともに穂木に‘ プロジェクトX’,台木に‘ バトラー’を用い,2019 年 8 月 8 日に定植し,9 月にはキュウリ棚上端まで成長した.本施設は完全な南北棟ではなく,上方から見て時計回りに 15 °回転させた向きにある.なお,本研究の熱収支計算は南側内室を対象としており,特に断らない限り南側内室を内室と呼ぶ.
外張フィルムは屋根面においては農業用ポリオレフィン系特殊フィルム(以降,農 PO フィルム)(三菱ケミカルアグリドリーム,イースター®,厚さ 0.13 mm),側面・妻面・扉面においては屋根面と厚さが異なる農 PO フィルム(三菱ケミカルアグリドリーム,イースター®,厚さ 0.10 mm)を使用した.内室を保温するため内張の両妻面,両側面および上面を内張骨組に沿って2 種類の資材で覆った.一方は農 PO フィルム(東罐興産,トーカンエース NH ぬくもり,厚さ 0.10 mm)であり,モデルの妥当性検証期間(2019 年 11 月 24 日 12 時~同 28 日 12 時)を通して全ての面を展張状態にした.もう一方は保温資材(東京インキ,エナジーキーパー® EK-WF)であり,農 PO フィルムの外室側に設置した.本保温資材は日射をほとんど通さない資材(遮光率 99 ~ 100%(東京インキ(2020)))であるため,開閉することにより日射の取り込みおよび保温を行った.内張全ての面(両妻面,両側面,上面)の保温資材は同時に展張・収束させるものとした.保温資材の収束は妻面および側面はそれらの上端で,上面は間口方向の中央において直径 25.4 mm のパイプに巻き付けた.
本施設には加温機が 2 台有り,両内室を加温するためにそれぞれポリダクトで接続している(図1(b)).すなわち,南側加温機(ネポン,KA-325T)は南側内室と,北側加温機(ネポン,KA-205)は北側内室と連結している.両内室の設定温度は 15 ℃とした.南側加温機には灯油メータ(アズビル金門,GNDR-6)を設置し,メータからの出力パルス数を 10 分ごとにデータロガー(Campbell Scientific,CR10X)で記録した.両内室には二酸化炭素発生装置(ネポン,CG-254S1)があり,南側発生装置の灯油メータ(アズビル金門,GNDR-6)を毎日 9 時に読み取り,記録した.
供試施設から 70 m 離れた気象観測タワー(以降,気象タワー)において,屋外の全天日射量および気温を計測した.前者は日射計(Hukseflux,LP02,高さ 3.0 m)を,後者は気温計(クリマテック,CVS-HMP60,高さ 1.9 m)を用いて 10 s スキャンの 60 s(= 1 min)平均値をデータロガー(Campbell Scientific,CR1000)に記録した.観測期間は 2015 年 11 月 1 日から 2019 年 12 月 31 日までである.
2.内室入射日射量の計算方法
園芸施設内に入射する日射量は,本論文筆頭著者が開発した「園芸施設内入射日射量計算プログラム」(2020年11 月10 日現在,機構本部登録手続き中)を用いて算出した.すなわち,屋外全天日射量をChandrasekaranand Kumar( 1994) の方法により屋外直達および屋外散乱日射量に分離し,屋外直達日射量とフィルム透過率から施設内直達日射量を,天空率算定図を用いたフィルム透過率と屋外散乱日射量から施設内散乱日射量を算出し,これら日射量を合計する方法である.ただし,本計算では施設の部材,フィルム,周囲の地物等からの反射日射は考慮していない.供試施設における日射阻害部材および寸法を表 1 に示す.側柱,合掌等の構造材,フィルムを固定するフィルム留め材,扉のフレームや換気扇等を対象にした.内張の構造材や収束した保温資材は計算対象から除外したが,これらは今後計算対象に加える予定である.また,植物体(キュウリ)の上端高を 1.7 m,植物体と栽培ベッドは一体とみなして,その形状は直方体(幅 0.4,奥行 5.4,高さ 1.7 m)とした.なお,一番西側の植物体の列は他の 3 列より奥行が短いが,計算を簡略化するために他の 3 列と同じ奥行とした.すなわち,日射量計算に関して二酸化炭素発生装置は設置していないものとみなして,放熱量のみを熱収支計算に用いた.植物体は 9 ~ 12 月において棚内で繁茂しており,透過日射が少なかったことより,日射を透過しない日射阻害物体とした.入射日射量を計算するにあたり,供試施設における日射阻害部材・物体の位置や寸法を計算プログラムへ誤入力していないか,地表面の影分布を用いて確認した.なお,散乱日射量の計算には天空率算定図を用いた.天空率算定図は水平面に置き鉛直上方向を見ることを本来想定しているが,ここでは水平面に加えて植物体の垂直面にも適用するための座標変換を行うとともに,その変換方法に間違いがないか天空率算定図を用いたマッピング画像で確認した.また,日射阻害部材・物体の位置や寸法について,地表面の影分布とは異なる角度から確認するために,マッピング画像を用いて,実際の部材・物体と相違・矛盾がないか目視で確認した.なお,マッピングとは,本研究では以下の一連の作業を指す.(1)算定図内の算定点の法線方向と日射量算出点を中心とした半球上の交点座標を算出(Matsuda et al. 2020)(垂直面においては半球中の法線方向を水平方向に回転させ,それに伴い交点の位置も回転座標変換した)(2)日射量算出点におけるその交点方向(放射方向)に日射阻害部材・物体があるか判定,(3)日射阻害部材・物体と交われば(1)の交点を算定図と同じ円内に等距離射影し,点を表示する出力をした(マッピング).この作業を天空率算定図内の全ての算定点に対して実施し,得られた画像をここではマッピング画像と呼ぶ.また,全ての反射日射を考慮していないため,水平面より下の領域からの日射は無い.したがって,この領域における算定点は全て表示した.なお,本研究では日射は平行光線を仮定し,回折やフィルム等における屈折は考慮していない.
内室の入射日射量は以下のように計算した.内室の地表面(植物体直下は除く)および植物体 4 列全ての両妻面,両側面,上面を 1 cm グリッドに分割し,各グリッド中央において直達日射量を算出した.散乱日射量は各面を 10 cm グリッドに分割し,各グリッド中央に天空率算定図(算定点数 1 万点)を配置することを仮想し算出した.各グリッド中央における直達,散乱日射量はそれぞれ(1),(2)式を用いて算定した.
ここで,Sdir:内室入射直達日射量,Sdiff:内室入射散乱日射量,Idir:屋外直達日射量,Idiff:屋外散乱日射量(単位は全て W m-2),Td:日射量算出点における太陽方向の外張フィルム透過率,τ d:日射量算出点における太陽方向の内張農 PO フィルム透過率,Ti, j:日射量算出点における放射方向(算定図の第i 層j 番目の点の法線方向と半球面の交点を日射量算出点から見た方向)の外張フィルム透過率,τ i, j :日射量算出点における放射方向(算定図の第i 層j 番目の点の法線方向と半球面の交点を日射量算出点から見た方向)の内張農PO フィルム透過率,n set:算定図内の算定点数,n i:算定図の第 i 層の算定点数,i omt:算定図内の一番外側の層番号である.なお,天空率算定図内の算定点の配置はMatsuda et al.(2020) と同様とした.外張・内張に用いた農 PO フィルムの入射角別透過率は松田(2020) の値を用いた.すなわち,入射角 0°から 90°を 10°間隔で,0.890,0.884,0.878,0.872,0.866,0.860,0.820,0.700,0.450,0.000 として,これらの間の入射角は直近 2 つの値を線形内挿して求めた.直達日射計算における太陽方向および散乱日射計算における放射方向に日射阻害部材・物体があれば,その方向における透過率を0 とした.また,本保温資材は日射の遮光率が 99~ 100%(東京インキ(2020) )であることから,本資材展張時の内室入射日射量は直達・散乱ともに 0 とした.さらに,円形断面部材は矩形断面部材として扱った.具体的には,直径 32 mm の円柱パイプは 32 mm 四方の角柱パイプとした.なお,本研究で扱う時刻は全て日本標準時である.
3.内室の暖房燃料使用量の計算方法
内室の暖房負荷は林ら(1986)を参考にして,次式で表わした.事前の検討により,モデルの妥当性検証期間における夜間(16:10 ~翌 6:30)の燃料使用量(実測値)は全体の 96.7% であり,夜間の暖房負荷がかなり大きかった.夜間は各物体・部材の熱の出入りが日中に比べて緩やかであることから,本研究では定常状態を仮定した.
Qh =-αQr - Qc + Qt + Qv + Qs (3)
ここで,Q h:暖房負荷,Q r:内室に入射する日射量,Q c:二酸化炭素発生装置からの放熱量,Q t:貫流熱流量,Q v:隙間換気伝熱量,Q s:地表熱流量(単位は全て W),α:日射吸収率である.Q r は前節の方法を用いて算出した各グリッド中央の直達・散乱日射量から各面の入射日射量を算定し,それらを合計した値である.Q c は二酸化炭素発生装置の灯油メータにおける毎日 9 時の読み取り値および発熱量 17.5 kW,燃料使用速度 1.7 L h-1(いずれもネポン株式会社 2020b)より日別放熱量(ただし,日界は 9 時)を算定し,本装置の稼働時間帯で平均した値である.なお,本装置の正確な稼働時間帯は不明であったため,ここでは聞き取りより一律に 6 時 30 分から 9 時 0 分および 15 時 0 分から 16 時 30 分を稼働時間帯として与えた.
Q t,Q v,Q s はそれぞれ(4)~(6)式で表される.なお,ここでは簡易な熱計算として外気温と内室設定温度の差を用いた.
ここで,A fi:内張の被覆表面積(m2),A si:内張の地表面積(m2),h t:熱貫流率(W m-2 K-1),h v:隙間換気伝熱係数(W m-2 K-1),λ s:土壌の熱伝導率(W m-1 K-1),d s:計算対象土壌深度(m),θset:内室設定温度(K),θout:外気温(K),θs:d s の地温(K),f r:保温被覆時の熱節減率である.パラメータは以下の数値に設定した.(3)式の日射吸収率は 0.9 とした.熱貫流率は保温資材については 2.7( 東京インキ 2020),内張・外張の農 PO フィルムについては 5.2(単位はいずれも W m-2 K-1)(林ら 2011)とした.隙間換気伝熱係数は保温資材収束時については 0.2,同展張時については 0.15( 単位はいずれも W m-2 K-1)(林 2003),土壌の熱伝導率は 1.2 W m-1 K-1(日本熱物性学会 2008)とした.計算対象土壌深度は 0.5 m として,その地温は 18℃に固定した.これは 2019 年 11 月 1 日から同 12 月 31 日までの 0.5 m 深地温の平均値である.地温の測定は南側内室中央に T 型熱電対 2 本を埋設して行い,10 s スキャンの 600 s(= 10 min)平均値をデータロガー(Campbell Scientific,CR10X および AM25T)に記録した.本モデルに 0.5 m 深地温の実測値を用いず,一定値とした理由は後述する.保温被覆時の熱節減率は岡田( 1983)の値を参考にして,保温資材収束時については 0.35,同展張時については 0.65 とした.暖房燃料使用量は以下の式から求められる.
ここで,V:暖房燃料使用量(L 10min-1),Q o:加温機から煙突を通して施設外に排出される熱量(W),β:灯油の発熱量(= 34.4 × 106 J L-1),係数の 600 は秒から 10 分への変換係数である.なお,加温機から発生する熱量のうち,内室に供給されない熱量は全て煙突を通して施設外に排出されるものとして扱った.また,加温機から発生する全熱量(Q h と Q o の和)と Q h の関係は加温機の熱利用効率 η を用いて表されることから,(7)式は次式に変換できる.
熱利用効率は加温機の発熱量 42.3,熱出力 37.2(単位はいずれもkW)(ネポン株式会社 2020a)から 0.879 とした.保温資材開閉時刻は実際の値を用いた.10 分ごとの屋外全天日射量と外気温および二酸化炭素発生装置からの放熱量より 10 分ごとの Q h を計算((3)~(6)式)した.(8)式より 10 分ごとの暖房燃料使用量を算出し,1 時間毎に積算した.なお,北側内室は南側と同様に設定温度を15 ℃として,同定植日・栽培方法でキュウリの栽培試験を実施しており,北側加温機および北側二酸化炭素発生装置から北側内室に供給された熱量が外室の室温さらには南側内室の燃料使用量に影響を与えたことも考えられる.しかし,本施設において南側内室だけの加温試験では,外室と内室の容積比の観点から現実的な試験ではなく,同一条件の北側内室からの熱量を加えることは現実的な加温試験に近づけることを意味する.
4.暖房燃料使用量を最小にする保温資材開閉適時の計算方法
本施設および本内張を想定して,暖房燃料使用量を最小にする保温資材開閉適時を前節のモデルを用いて調べた.松田ら(2018) は燃料使用量を最小にする制御法は日射量に基づく制御であると結論付けている.しかし同論文の表では,時刻に基づく制御は日射量に基づく制御よりも燃料削減率が劣るものの,比較的高い削減率であることを示している.本理由および日射計が不要である利点から,本研究では時刻に基づく制御を採用した.なお,本研究では盛岡市の日出没時刻を基準にした.日出後 0 ~ 180 分を 10 分ごとに開時刻として,日没前 0 ~180 分を 10 分ごとに閉時刻として与え,前節の計算方法を用いて各開閉時刻における燃料使用量を算定した.計算期間は 2015 ~ 2019 年の 11 月 21 日~同 30 日であり,この期間の屋外全天日射量および外気温は気象タワーの測定値を用いた.二酸化炭素発生装置は非稼働状態,内張農 PO フィルムは常に展張状態とした.2015 ~ 2018 年の内室の 0.5 m 深地温は不明であるため,18 ℃とした.前節において 0.5 m 深地温に実測値を与えず,18 ℃とした理由はこのように地温観測を行っていない年にも本計算を適用するためである.なお,モデルの妥当性検証期間においてモデルの 0.5 m 深地温に実測値を用いた場合,燃料使用量は 1.2% 減少したものの,同期間における開閉適時は深地温を 18 ℃に固定した場合と比べて変わらなかった.このように,深地温に実測値を導入しても開閉適時に変動が無かったことより本研究では 18 ℃固定値とした.
また,本施設および本内張と同様の園芸施設を想定して,異なる園芸施設の向き・保温資材における暖房燃料使用量を最小にする保温資材開閉適時を,前節のモデルを用いて計算した.内張に用いる保温資材は表 2 に示す異なる熱貫流率,日射透過率を与えた.なお,資材 A,B,C,D はそれぞれエナジーキーパー®(東京インキ)の EK-B(EK-W),EK-S,EK-WF,EK-L である.熱貫流率はメーカー公表値である熱貫流率係数を用い,日射透過率はメーカーが公表している遮光率の上限値を割合に変換して,1 から引いた値である.計算期間は 2015 ~2019 年の 11 月 1 日~ 12 月 31 日であり,各旬内の開閉適時は年に関わらず一定とした.この期間の屋外全天日射量および外気温は気象タワーの測定値を用い,0.5 m 深地温は 18 ℃とした.二酸化炭素発生装置は非稼働状態,内張農 PO フィルムは常に展張状態とした.なお,資材 B および D の日射透過率は日射入射角に依存しないものとした.両資材の日射透過率は,(1),(2)式右辺に係数として与えた.園芸施設の向きは東西棟を 0°として,上から見て時計回りの回転角(°)とした.すなわち,南北棟は 90°である.0 ~ 170°を 10°ごとに園芸施設の向きとして与えた.さらに,内張保温資材を表 2 中の資材 A から資材 B,C,D に変更した場合における,暖房燃料使用量を最小にする開閉適時の遅れ時間を調べた.これは,開時については,資材 B,C,D の日出時~開時までの経過時間から資材 A の同項目を差し引いた値である.閉時については,資材 A の日没時~閉時までの遡及時間から資材 B,C,D の同項目を差し引いた値である.ここで,資材 A を基準資材として他の資材と比較した理由は,各資材との開閉適時を比較する上でその傾向が理解しやすくなるからである.
1.内室入射日射量および暖房燃料使用量の計算結果
日射計算に用いた各日射阻害部材・物体の位置・寸法に誤入力がないか地表面の影分布を用いて確認した.2019 年 6 月 22 日(夏至)10 時および同 12 月 22 日(冬至)10 時の影をそれぞれ図 2( a)および(b)に示す.両図ともに実態と大きく異なる箇所は見られなかった.また,南側内室地表面における鉛直上方向および南側内室の植物体北側妻面における水平奥行方向のマッピング画像をそれぞれ図 3 および4 に示す.図 4 の下半分は日射の無い領域であるため,算定点が全て表示されている.両図ともに日射阻害部材・物体に実態と異なる箇所は見られず,天空率算定図の回転座標変換も問題が無いことを確認した.
次に,内室入射日射量さらには内室の加温に用いた暖房燃料使用量を計算した.南側加温機の燃料使用量の実測値と計算値を図 5 に示す.その結果,毎日の加温開始時刻は実測値より早く,終了時刻は遅くなる傾向が見られた.実際,加温開始時刻は平均で 1 時間 30 分早く,終了時刻は平均で 2 時間 10 分遅かった.この理由の一つとして,保温資材展張時の日射熱の設定に問題があると考えられる.展張時に日射は内室に入射しないが,展張した資材の外室側に入射する.外室側で受けた日射熱が資材内を伝導や対流・放射により内室側に移動し,内室温度上昇および加温機の停止に寄与した可能性も考えられるが,ここではその現象を考慮していない.また,二酸化炭素発生装置の稼働時間を一律に与えたこともこの要因の可能性として挙げられる.稼働時間を実測し,モデルに与えることが重要である.さらに,実際の暖房開始・終了はある温度範囲内で作動しており,15.0 ℃で厳密に作動する本モデルとは異なることが理由として挙げられる.
ピーク時間帯を含む連続稼働時間帯における燃料使用量の相対誤差は日付順に 19.7,5.3,5.1 および 11.4% であった.1,4 日目は比較的燃料使用量が少なかったため相対誤差が大きくなった.一方,燃料を多く必要とした 2,3 日目は比較的精度が良かった.このように本モデルは大まかな日変動を捉えることができたが,その一方で,暖房開始・終了時刻は実測値と乖離が見られた.次節ではこのモデルを用いて計算しており,その妥当性については後述する.
2.保温資材開閉適時の計算結果
11 月下旬における日出没時刻と保温資材開閉時刻の時間差および暖房燃料使用量の関係を調べた.その結果を図 6 に示す.最小燃料使用量は開時刻を日出後 80 分,閉時刻を日没前 40 分にした場合であり,内張床面積あたりの日燃料使用量は 0.217 L m-2 day-1 であった.この時刻を中心にして縦長の同心楕円状に燃料使用量が増加した.これは松田ら(2018) と同様の結果であった.しかし,松田ら(2018)の結果では,最小燃料となる時刻を中心に開・閉時が 1 時間変わると,燃料使用量がそれぞれ 5.2,2.1 L 増加した.これは内張床面積あたりの日燃料使用量に変換するとそれぞれ 4.9 × 10-4,2.0 × 10-4 L m-2 day-1であった. 一方,本モデルではそれぞれ 5.9 × 10-3,3.1 × 10-3 L m-2 day-1であり,松田ら(2018)より 1 オーダー高い結果になった.これは,設定温度・内張空間の大きさ・計算期間の違いや水蓄熱・植栽・内張農 PO フィルムの有無等栽培管理条件が異なるためと考えられる.設定温度など多くの要因を解析する必要があるため,開閉時刻の変動と燃料使用量の関係について調べることは今後の課題としたい.なお,図 5 の暖房燃料使用量の計算において内張開閉時刻は実際の値を用いているが,開閉適時(日出後 80 分で開,日没前 40 分で閉)で内張を制御した場合,11 月 25 日で 1.2 × 10-2 L の燃料が削減された.他の日は開閉適時に近い時刻で制御していたため,削減量は小さかった.
次に,異なる園芸施設の向き・保温資材における暖房燃料使用量を最小にする保温資材開閉適時を計算した.その結果を表 3 に示す.バラツキはあるものの,全ての向き・全ての資材において日出時から開時までの経過時間および日没時から閉時までの遡及時間は 11 月上旬から 12 月下旬にかけて長くなった.この期間の外気温および屋外全天日射量はともに低下傾向にあるとともに 12 月下旬に冬至を迎えることから,熱損失を減らすためにこのように保温資材展張時間が長くなったと考えられる.また,その長くなった時間は資材により異なった.11 月上旬から 12 月下旬にかけて,日出時から開時までの経過時間においては資材 A,B,C は 70 分から 90 分に変化した園芸施設の向きが多かったのに対して,資材 D は全て 80 分から 90 分に変化した.一方,日没時から閉時までの遡及時間の変化時間平均値(11 月上旬と 12 月下旬の時間差を全園芸施設の向きで平均した値)は資材 A,B,C,D においてそれぞれ 29.4,27.8,29.4,23.3 分であった.すなわち,開閉どちらにおいても資材 D の変化時間は小さかった.資材 D は展張時においても透過日射が比較的あるために,断熱に依存する資材よりも開閉適時の変化が緩やかだったと推察される.
11,12 月各旬の資材 A に対する B,C,D の開閉適時遅れ時間を表 4 に示す.開時において,資材 B,D は同時刻か 10 分遅くなったのに対して,資材 C は同時刻か 10 分早くなった.一方,閉時において,資材 B は同時刻か 10 分早く,資材 D は同時刻か 10,20 分早くなったのに対して,資材 C は同時刻か 10 分遅くなった.資材 A,C はどちらも日射を通さない素材であり,熱貫流率だけの違いである.すなわち,熱貫流率の大きい素材に変更した場合,開時は早く,閉時は遅くなる傾向が見られた.資材C は夜間の展張時に A より熱が貫流しやすいため,日射熱をより多く取得できるように資材の収束時間が長くなったと考えられる.資材 B は A と比較して,熱貫流率にほとんど差異はないが,日射透過性がわずかにあり,保温しながら(展張しながら)日射を取り込むために,展張時間が少し長い傾向になったと推察される.資材 D は C よりも熱貫流率が大きかったが,日射透過率が比較的大きかったために資材 C ではなく,B と同様の傾向を示し,閉時刻は B よりも早い傾向が見られた.さらに,園芸施設の向きによる開閉適時の遅れ時間を調べたところ,バラツキは見られたものの,向きによる傾向は見られなかった.保温資材を内張に導入している生産者は,これまでの内張開閉時刻にこの傾向を考慮することで,比較的労力を掛けずに保温資材交換後の開閉適時を求めることができる.
本モデルは,前節において大まかな日変動を捉えることができたが,暖房開始・終了時刻は実測と乖離が見られた.このモデルを用いて本節の計算を行った妥当性を述べる.本モデルから実測に近いモデルに変更した場合,燃料使用量もそれに伴い変動し,開閉適時も表 3 と異なる可能性がある.しかし,本研究では異なる保温資材を用いた場合に,開閉適時が早くなるのか,あるいはその逆の傾向になるのか把握することを主眼に置いている.モデルを変更すれば燃料使用量は変わるが,同一モデルであれば異なる保温資材による開閉適時の変動傾向は変わらないと考える.なぜなら,本計算で得られた傾向(熱貫流率の大きい素材に変更した場合,日射熱をより多く取得できるように資材の収束時間が長くなり,日射透過性のある素材に変更した場合,保温しながら日射を取り込むために,展張時間が長くなる傾向)は開閉時刻が前後しても変わらない傾向と言えるためである.翻って,表 3,4 は上記の傾向を導くためのデータであって,精密な開閉適時および遅れ時間ではないことに注意する必要があろう.
以上まとめると,保温資材を熱貫流率の大きい素材に変更した場合,開時刻は早く,閉時刻は遅くなる傾向が見られ,日射透過性の大きい素材に変更した場合,逆の傾向になることが明らかになった.なお,本研究は燃料使用量のみで開閉適時を判断したが,キュウリは午前に全光合成の大半を行う(土岐 1991)ことから,開時は日射量を加味しながら適時を判断する必要がある.これは 0.5 m 深地温に固定値を用いない方法および土壌や植物体の熱容量を考慮した非定常計算の導入とともに今後の課題として残された.
岩手県陸前高田市のキュウリ栽培条件下の単棟パイプハウスにおいて,保温資材と農 PO フィルムを内張材に導入した場合の暖房燃料使用量を簡易なモデルで計算した.その結果,加温開始時刻は実測値より早く,同終了時刻は実測値より遅かった.また,燃料使用量の大まかな日変動を捉えることができた.次に,このモデルを用いて異なる保温資材を内張材に用いた場合の保温資材開閉適時について園芸施設の向きごとに調べた.その結果,園芸施設の向きによってバラツキはあるものの,熱貫流率の高い素材に変更した場合,開時刻は早く,閉時刻は遅くなる傾向が見られ,日射透過性の高い素材に変更した場合,逆の傾向になることが明らかになった.
本研究は農林水産省の「食料生産地域再生のための先端技術展開事業(JPJ000418)(きゅうり産地の復興に向けた低コスト安定生産流通技術体系の実証研究)」において実施したものである.供試施設の内張施工,加温機と内張のポリダクト接続,センサの設置等に本部管理本部技術支援部西日本技術支援センター西日本第2 業務科の桑田将能,松上勝利(現 本部管理本部技術支援部九州沖縄技術支援センター九州第 1 業務科),森江昌彦(現 本部管理本部技術支援部中央技術支援センターつくば第 1 業務科)の各氏にご尽力頂いた.また,図面の作成,計算結果のデータ処理,センサの製作に契約職員の山本由賀氏のご協力を得た.ここに記して各位に感謝する.
本論文筆頭著者は,農研機構の保有する「園芸施設内入射日射量計算プログラム」の発明者である.他の著者に開示すべき利益相反はない.