農研機構研究報告
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短報
果樹カメムシの主要種チャバネアオカメムシ Plautia stali (カメムシ目:カメムシ科)成虫の振動発生行動
上地 奈美 高梨 琢磨
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2023 年 2023 巻 15 号 p. 77-

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Abstract

果樹を加害するカメムシの主要種であるチャバネアオカメムシ成虫において,未交尾の雌雄成虫がパルス状の振動を発生することを初めて確認した.とくに,雌成虫では腹部を頻繁に上下方向に動かす行動が観察された.発生した振動のパルスの長さは約 0.18 秒,加速度は約 0.16 m/s2,優位な周波数は 150 Hz,実効値(優位周波数における加速度の二乗平均平方根)は0.006 m/s2であった.また,動画解析より算出したパルスの頻度は 1 秒当たり 7.5 回,振幅は約 0.077 mm であった.したがって,チャバネアオカメムシの成虫が雌雄および個体間の交信に基質を伝わる振動を用いていることが示唆されるとともに,人為的な振動を用いた行動制御技術を適用できる可能性が高まった.

緒言

物理的防除の個別技術として,植物などの昆虫が定位する葉や枝等の基質を伝わる振動を利用した行動制御技術に関する研究が発展している(Takanashi et al. 2019).これまで,多くの昆虫種で,個体間の交信や天敵を察知するために振動が利用されていることが報告されてきており,さらに近年では,交信阻害等による防除技術開発の取り組みも進んでいる.中でも,カメムシ目昆虫の多くは,交尾の際に振動を発生させて交信しており,人為的に振動を提示することで行動を制御することが可能であることが知られている。例えば,ブドウ Vitis spp. の病害 Flavescence dorée(ファイトプラズマ病)を媒介する Scaphoideus titanus Ball(ヨコバイ科)の交尾阻害(Eriksson et al. 2012),カンキツグリーニング病を媒介するミカンキジラミ Diaphorina citri Kuwayama(ヒラズキジラミ科)の雌雄の交信阻害(Lujo et al. 2016),トマト栽培施設におけるタバココナジラミ Bemisia tabaci (Gennadius)(コナジラミ科)に対する密度低減(Yanagisawa et al. 2021)等の報告がある.

チャバネアオカメムシ Plautia stali Scott(カメムシ目:カメムシ科)は果樹の果実を加害する果樹カメムシの主要種である.本種は主に針葉樹林で繁殖・越冬する.本種は時に大発生して成虫が果樹園に飛来し,吸汁により果実を傷つけ大きな被害を及ぼす(長谷川,梅谷 1974).本種は前述の通り針葉樹林を主な繁殖・越冬場所にしていることから林業の害虫でもあり,ヒノキの採種園に飛来し,種子の発芽率の低下をもたらすなどの被害も大きい(丹原,井上 1996).近年,本種では基質の振動を感知し,「停止」「伏せ」「歩行」などの反応行動を示すことが観察され(上地,高梨 2021),人為的な振動を用いることにより本種の行動を制御する防除技術開発の可能性が示された。

害虫のカメムシ類では,主に雌雄の交信に植物体などを介した基質振動が利用されている.例えば,同じく果樹カメムシの一種であるクサギカメムシ Halyomorpha halys Stål においては,雌雄の交信のほか,卵の一斉ふ化に振動が強く関わっている(例えば,Polajnar et al. 2016Endo et al. 2019).他にも,豆類の害虫であるホソヘリカメムシ Riptortus pedestris (Fabricius)や,イネ,ダイズ,野菜類を加害するミナミアオカメムシ Nezara viridula (L.)では雌雄が数種類の振動を交尾時に用いていると報告されている(Čokl et al. 1999Numata et al. 1989).一方,チャバネアオカメムシに関して,振動の発生や振動を用いた交信はこれまで報告されてこなかった.そこで,本種において振動の発生を確認するため,室内において加速度計およびビデオカメラを用い,成虫の行動の観察および振動の解析を行った.

材料および方法

試験に供したチャバネアオカメムシの成虫は,茨城県つくば市藤本(農研機構植物防疫研究部門)にて,乾燥ダイズ Glycine max (L.) Merr. および生ラッカセイ Arachis hypogaea L.を用いて累代飼育された個体である.本種成虫における振動の確認は,加速度計を用いた行動の観察による振動の記録・解析と,ビデオカメラを用いた動画解析によって行った.観察時の環境は,おおむね,室温(約 25℃),照度約 400 lux の条件である.行動の観察では,10 日~12 日齢の未交尾の性成熟した成虫を供試した.成虫 1 頭あるいは 2 頭を,直径 30 mm,高さ 15 mm のガラスシャーレに入れ,一定時間(10 分程度)行動の観察と記録を行った(Fig. 1).成虫の振動発生は,シャーレの下面に両面テープ(KPR-19,スリーエムジャパン社,日本)を用いて小型加速度計(352A24,PCB Piezotronics社,米国)を取り付けて測定し,加速度計で得られたデータはデータロガー(DT9837,Data Translation 社,米国)を介してソフトウェア(Quick DAQ,Data Translation 社,米国)により PC(DELL PRECISION M4800,デル株式会社,日本)で記録した(Fig. 1).同時に,コンデンサマイクロフォン(type 2670,Brüel & Kjær社,デンマーク)をシャーレから 1 cm の距離に設置し,成虫が音を発した際に記録できるようにした.振動の記録および解析には,解析用ソフトウェア(Quick DAQ)を用いた.得られた周波数のスペクトル解析を行い,優位周波数における振動加速度の実効値を算出するため,二乗平均平方根(RMS)を求めた。

動画解析では,22 日齢の未交尾の雌成虫 1 個体を供試した.雌成虫が振動を発生させる行動を,デジタル HD ビデオカメラ(Handycam HDR-SR12,SONY,日本)にて 60 fps で撮影し,株式会社東陽テクニカ(当時)に提供いただいた動画解析ソフト(Track Image/ Track Repot,ORME 社,フランス)を用いて腹部の振動の周期および振幅を解析した.

結果と考察

室内におけるチャバネアオカメムシ成虫の行動観察の結果,雌成虫はシャーレ放飼後 1 分以内に,腹部を細かく垂直方向に振動させる行動(以下、上下運動)を示した.小型加速度計による解析の結果,この振動は複数のパルスからなっており,10 パルスから求めた持続時間は平均 0.18±0.01 s,加速度は約 0.16 m/s2 であり(Fig. 2(A)),優位周波数は約 150 Hz,実効値(優位周波数における加速度の二乗平均平方根)は 0.006 m/s2 であった(Fig. 2(B)).また,振動行動の動画解析の結果,腹部による上下運動の 1 往復の周期は 133 ms,すなわち 1 秒当たり 7.5 回の頻度で振動しており,腹部末端の振幅(変位)は約 0.077 mm であることが分かった(Fig. 3).これらのことから,雌成虫が腹部を基質(シャーレ)に打ち付けることにより振動が発生するのではなく,腹部の上下運動により生じたエネルギーが,基質に接する脚部を介して振動パルスとして伝わっていることが考えられた.一方,腹部の運動により発生する音は今回用いたマイクロフォンでは検出されなかった.このことから,雌成虫の腹部の振動により音は発生しない,あるいは発生していたとしても検出限界以下であったと推察される.したがって,腹部の上下運動により他個体に伝達する信号は,基質を伝わる振動,視覚情報,もしくはその両方であると考えられる.雌成虫の腹部の振動は,1 頭のみの場合に観察されたほか,雌雄および雌同士の 2 頭の場合にも観察された.

雄成虫の行動観察では,1 頭のみでも時折,腹部を上下に激しく振動させる行動が観察された.しかし,加速度計でその行動に対応する振動の加速度を計測できなかった.振動行動自体は目視で認められる程度には大きかったため,雌の場合と同様,雄成虫も基質振動を発生すると考えられる.今回の観察結果より,チャバネアオカメムシの発する振動は,振動させた腹部を基質に打ち付けて伝わるものではなく,おそらく,成虫の脚等を通じて植物体等へ伝わるものであると考えられるため,Mukai et al. (2022) がナナホシキンカメムシ Calliphara excellens(Burmeister)(カメムシ目:キンカメムシ科)の求愛行動に伴う振動の計測や解析に用いた,レーザドップラ振動計のような機器を用いて,腹部の振動を直接計測する必要があると考えられる.

本研究において雌雄ともに振動行動が初めて確認されたことから,チャバネアオカメムシにおいて,基質を伝わる振動を用いて,雌雄間および個体間で交信が行われている可能性がある.今回計測された雌成虫の発する振動の周波数は 150 Hz 前後であるため,この周波数領域を交信に用いていることが予想される.150 Hz という周波数は,チャバネアオカメムシの振動受容器として機能する脚部内にある弦音器官が,おおむね 50 Hz から 200 Hz までの低周波領域で高い感受性を持つこと(向井ら 2020)や,成虫が 150 Hz や 500 Hz 等の低い周波数の振動刺激に対して頻繁に行動反応を示したこと(上地,高梨 2021)と矛盾しない.なお,これらの周波数領域の振動は,他のカメムシ類も交信に利用することが報告されている(Čokl et al. 2021).

カメムシ類の発する振動の特性には,周波数に加えて,振動のパルスの構成や長さの情報も含まれる.海外の複数の国で侵入外来種とされているクサギカメムシでは,雌成虫の発する振動の特性が解明され,イタリアにおいて,集合フェロモンと,交信に用いられる振動を併用することにより,捕獲効率を高めた誘引トラップの開発が試みられている(Mazzoni et al. 2017).チャバネアオカメムシにおいても,交尾や個体間の交信の際に振動が用いられることの実証とともに,発せられる振動の解析により,種特異的な振動の周波数領域やパルスの長さ等が解明されるであろう.これらの振動特性は,誘引・忌避等の行動制御を可能にする振動パラメータの特定に利用できると考えられる.

謝辞

本研究の実施にあたり,チャバネアオカメムシの飼育ならびに果樹カメムシ類に関してご教示下さった農研機構植物防疫研究部門・果樹茶病害虫研究領域・検疫対策技術グループの方々にお礼申し上げる.振動計測および画像解析においてご協力いただいた,株式会社東陽テクニカの久世千絵氏にもお礼申し上げる.なお,成果の一部は生研支援センターのイノベーション創出強化研究推進事業 「害虫防除と受粉促進のダブル効果!スマート農業に貢献する振動技術の開発」(02006A)の支援を受けた.

利益相反の有無

すべての著者は開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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