農研機構研究報告
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ISSN-L : 2434-9895
原著論文
リンゴ新品種‘錦秋’
阿部 和幸森谷 茂樹岩波 宏古藤田 信博副島 淳一岡田 和馬高橋 佐栄加藤 秀憲小森 貞男土師 岳別所 英男伊藤 祐司石黒 亮清水 拓
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2023 年 2023 巻 16 号 p. 29-42

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Abstract

‘錦秋’は 1994 年に‘千秋’に 4-4349(‘つがる’בいわかみ’)を交雑して得た実生から選抜した,着色と食味に優れる中生のリンゴ品種である.2009 年からリンゴ盛岡 70 号の系統名でリンゴ第 6 回系統適応性検定試験に供試し,2017 年 2 月の平成 28 年度果樹系統適応性検定試験成績検討会(寒冷地果樹)で新品種候補にふさわしいとの合意が得られ,2019 年 4 月に登録番号第 27428 号として種苗法に基づき品種登録された.‘錦秋’の樹勢は中程度,S 遺伝子型は S3S7 であり,‘つがる’とは交雑不和合性であるが,その他の主要品種とは交雑和合性を示す.斑点落葉病に対して抵抗性であり,黒星病には罹病性である.系統適応性検定試験の結果,短果枝の着生性はやや少なく,満開日は‘つがる’や‘ふじ’より 2 日程度遅い.果実の収穫盛期は‘つがる’より 17 日程度遅い中生品種である.果皮は濃赤色であり,果実重は 298 g,果肉硬度は 13.8 ポンドで,果実重と果肉硬度は‘つがる’と同等である.糖度は 14.7%程度で,‘つがる’より 1%以上高い.酸度は 0.34 g/100 ml 程度で,‘つがる’より高く,‘ふじ’より低い.温暖なリンゴ栽培地域において着色良好な高品質果実の安定生産が可能な中生品種として普及が期待できる.

Translated Abstract

‘Kinshu’ is a mid-season maturing red dessert apple (Malus pumila Mill.), resulted from a cross of ‘Sensyu’ and 4-4349 (‘Tsugaru’ × ‘Iwakami’) made in 1994. The original tree of ‘Kinshu’ was initially selected in 2006 in Apple Research Station (current: Morioka Research Station), NARO in Morioka, and was tested as selection Ringo Morioka-70 under the sixth apple selection national trial initiated in 2009. It was released as ‘Kinshu’ in 2018, then registered as No. 27428 under The Plant Variety and Seedling Act of Japan in 2019. The tree vigor is medium, and its flowering time is 2 days later than ‘Tsugaru’. ‘Kinshu’ is cross-compatible with major commercial cultivars such as ‘Fuji’, but is cross-incompatible with ‘Tsugaru’, since the S-genotype of ‘Kinshu’ is S3S7. ‘Kinshu’ is resistant to Alternaria blotch and is susceptible to scab. The fruit of ‘Kinshu’ ripens in late September to early October in Morioka. Mean fruit weight is 298 g, almost same as ‘Tsugaru’ in the national trial. The fruit has a dark red surface color at harvest time, and the flesh firmness is 13.8 lbs, no significant difference with that of ‘Tsugaru’. Soluble solids concentration averages around 14.7%, significantly higher than that of ‘Tsugaru’. Titratable acidity averages 0.34 g/100 ml, significantly higher than that of ‘Tsugaru’ and lower than that of ‘Fuji’. Fruit skin shows good coloration compared with ‘Tsugaru’. Coloration did not decline even in the relative temperate apple-growing regions of Japan. Therefore, ‘Kinshu’ is expected to be a suitable mid-season maturing cultivar with high-quality fruit for adapting to warmer climate.

緒言

我が国に近代的なリンゴ栽培が導入されたのは明治時代初期であり,明治時代後期には導入品種が国内に普及し,リンゴの栽培が定着した.明治 30 年代以降,経済性の高い優良品種の選択が進み,大正時代から昭和時代初期になると導入品種である‘国光’,‘紅玉’,‘祝’,‘旭’,‘倭錦’,‘紅魁’,‘紅絞’等が主要品種として各地で栽培された.中でも‘国光’と‘紅玉’は栽培面積が際立って多く,昭和 30 年代までは,両品種はリンゴの最重要品種とされていた(山田 1986).昭和時代初期に国公立試験研究機関におけるリンゴ育種が開始されると,‘ふじ’,‘つがる’,‘陸奥’,‘世界一’などの品種が育成され,昭和 40 年代以降になると,導入品種である‘国光’,‘紅玉’の栽培が急激に減少する一方,‘ふじ’に代表される国内育成品種が主要な栽培品種となった(山田 1986副島 1997).とりわけ,早生の‘つがる’は栽培面積の 12%,晩生の‘ふじ’は 51%を占め,国内における主要栽培品種となっている(農林水産省 2022).

リンゴの品種構成が‘ふじ’,‘つがる’等の国内育成品種を中心とする構成に大きく変わる中,中生品種についても多様な育成品種の普及が図られてきた.中でも 1980 年以降に品種登録された‘千秋’と‘北斗’は,食味の良さから中生の有望品種として栽培面積が増え,1990 年代には国内の栽培面積が 1,000 ha 以上に達したが,裂果や心かび果など障害果の発生が多く(上田, 丹野 2001岡本 1996),その有効な防止対策が確立されなかったことから,栽培面積はその後徐々に減少した.現在最も多く栽培される中生品種は‘ジョナゴールド’であり,果実外観の良さと生産性の高さから,全栽培面積の 6%程度を占めているが,甘い食味の品種を好む近年の消費者の嗜好に必ずしも合致せず,その栽培面積は漸減傾向にある.一方,酸味が少なく甘い食味の赤色品種‘シナノスイート’が育成されると,その品質が消費者の支持を得て普及が進み,リンゴ全体の 3%程度を占めている(農林水産省 2022).ただし,‘シナノスイート’は,着色・外観の良い果実生産の視点では寒冷な地域に適応した品種と考えられ,温暖な地域の果実は寒冷地の果実と比較すると着色が淡く,外観が劣る傾向にある(小松ら 1998).近年の気候温暖化による高温は,リンゴの着色不良や遅延に特に大きな影響を与えており(杉浦ら 2007),高温条件下における着色の良さは,中生品種においても良食味とともに具備すべき重要な特性となっている.

このような状況のもと,農業・食品産業技術総合研究機構(以下,農研機構)果樹茶業研究部門では甘味が多く食味に優れ,高温下でも着色が良好な中生の赤色品種の育成を進めてきた.このたび,糖度が高く肉質良好で,温暖なリンゴ栽培地域でも着色しやすい中生品種‘錦秋’を育成したので,その育成経過と特性の概要を報告する.

育成経過

‘錦秋’は,農林水産省果樹試験場盛岡支場(現・農研機構果樹茶業研究部門盛岡研究拠点)において,着色しやすく食味に優れる中生リンゴの育成を目的として,肉質や食味の良好な種子親の‘千秋’に,着色良好な 4-4349(‘つがる’בいわかみ’)の花粉を交雑して得られた実生の中から選抜された二倍体品種である(Fig. 1).

1994 年に交雑を行い,1995 年に播種して実生苗を養成し,2002 年 4 月に個体番号 6-2945 を付けて列間 2.5 m,樹間 0.6 m の 2 列植え,2 列毎に列間隔 3.5 m とする栽植距離の選抜圃場に定植した.2004 年に初結実し,着色と食味に優れる赤色個体であることから注目して調査を継続し,2006 年に一次選抜した.2009 年からリンゴ盛岡 70 号の系統名を付けてリンゴ第 6 回系統適応性検定試験に供試し,14 道県 17 カ所の公立試験研究機関,農研機構北海道農業研究センターと果樹研究所(現・果樹茶業研究部門)において特性を検討した.その結果,平成 28 年度果樹系統適応性検定試験成績検討会(寒冷地果樹)において新品種候補として適当であるとの結論が得られた.2017 年 2 月の果樹試験研究推進会議において新品種候補として品種登録出願することが決定され,2019 年 4 月に,種苗法に基づき登録番号第 27428 号,‘錦秋’として品種登録された.

当研究部門以外の系統適応性検定試験の参画場所と,当研究部門の育成担当者および担当期間は以下のとおりである.

系統適応性検定試験実施機関(機関名は系統適応性検定試験開始時の名称):地方独立行政法人北海道立総合研究機構中央農業試験場,地方独立行政法人青森県産業技術センターりんご研究所,岩手県農業研究センター,宮城県農業・園芸総合研究所,秋田県農林水産技術センター果樹試験場,秋田県農林水産技術センター果樹試験場鹿角分場,山形県農業総合研究センター園芸試験場,福島県農業総合センター果樹研究所,福島県農業総合センター会津地域研究所(圃場再編により 2014 年度をもって試験中止),茨城県農業総合センター山間地帯特産指導所,栃木県農業試験場,群馬県農業技術センター中山間地園芸研究センター,長野県果樹試験場,富山県農林技術センター園芸研究所果樹研究センター,石川県農業総合研究センター,石川県農業総合研究センター能登分場,岐阜県中山間農業研究所,農研機構北海道農業研究センター

担当者(担当期間)

別所英男(1994―1996),小森貞男(1994―1997),伊藤祐司(1994―1996),副島淳一(1994―2003),阿部和幸(1996―1999 および 2003―2017),古藤田信博(1996―2008),加藤秀憲(1997―2001),岩波 宏(1999―2010),石黒 亮(2001―2003),高橋佐栄(2001―2007),森谷茂樹(2004―2017),岡田和馬(2009―2017),土師 岳(2010―2012),清水 拓(2015―2017).

特性の概要

1.育成地における特性

1) 形態的特性

農林水産省品種登録・りんご(生食用)の審査基準(農林水産省 2015)による形態的形質の特性は以下のとおりであった.

‘錦秋’の枝梢の太さと節間長は中位,枝の色は褐色で皮目の多少は中程度である.葉は緑色で複鈍鋸歯を有し,葉身は短く,幅は狭く,毛じの量は中,葉柄の長さは中程度である.花の大きさは中,単弁で花弁数は 5 枚,開花直前の蕾の色は濃い桃色,開花前の葯の色は淡黄色である.成熟期の果実のがくあの広さは中,深さは浅く,こうあの広さと深さはいずれも中程度,果実の王冠の強弱は中位である.果粉は無または極少なく,果面は滑らかで,果点の大きさと数はいずれも中程度である.果梗の長さは短く,太さは中位である.

2) 樹性・栽培性・果実特性

2011 年―2016 年の 6 年間,わい性台木 JM7 に接ぎ木して栽培した‘錦秋’ 3 樹と,対照品種‘つがる’ 2 樹,‘千秋’と‘シナノスイート’各 1 樹の成績を Table 1 に示した.2011 年における‘錦秋’,‘つがる’の樹齢は 4 年生,‘千秋’,‘シナノスイート’の樹齢は 10 年生であった.樹性・栽培性・果実特性の評価は,育成系統適応性検定試験・特性検定試験調査方法(独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構果樹研究所 2007)に準じて実施した.なお,年次により成績が変動した離散的尺度の形質は,「中―多」,「中―高」のように,―で結び,「中」と「多」の間の特性値は「やや多」のように表現した.連続的変異を示す測定値については,品種と年を要因とする二元配置の分散分析を行い,F 検定で品種間平均平方が有意になった形質のみ,Tukey 法により平均値間の有意差を検定した.連続的変異を示す測定値のうち,日持ち性(スコア)については,ノンパラメトリックな Steel-Dwass 法によって品種間の有意差を検定した.また,発芽日,満開日,収穫日については,それぞれ 4 月 1 日,5 月 1 日,9 月 1 日からの日数により数値化し,解析に供した.

樹姿は「開張」であり,‘つがる’,‘千秋’,‘シナノスイート’と同様であった(Table 1).新梢の長さと太さにより総合的に判定するときの樹勢は「中」であり,‘つがる’,‘シナノスイート’と同等であった(Fig. 2).短果枝の着生は「やや少―中」と判定され,‘千秋’と同等で‘つがる’,‘シナノスイート’よりやや少ない傾向であった.腋花芽の着生は年次によって変動し,「やや少―やや多」であった.発芽日は 4 月 11 日であり,‘つがる’や‘千秋’より 3 日有意に遅かった.満開日は 5 月 15 日であり,‘つがる’より 7 日,‘千秋’,‘シナノスイート’より 3 日有意に遅かった.

収穫は数回に分けて行い,食味が優れ商品性が高いと判断される果実が最も多く収穫できた日を収穫盛期とした.‘錦秋’の 6 年間の収穫盛期の平均は 10 月 3 日であり,‘つがる’より 17 日有意に遅く,‘千秋’より 6 日,‘シナノスイート’より 14 日有意に早かった.収穫前落果については,‘ふじ’と‘さんさ’を「無―少」,‘つがる’と‘ゴールデンデリシャス’を「中」,‘スターキングデリシャス’と‘世界一’を「多」とする評価基準で比較した結果,「少」と判定され,‘つがる’よりも少なかった.生産力については,‘祝’と‘あかね’を「低」,‘つがる’と‘ふじ’を「中」,‘陸奥’と‘ジョナゴールド’を「高」とする評価基準で比較した結果,‘つがる’,‘千秋’と同等の「中」と判定され,‘シナノスイート’よりやや少ない傾向であった.斑点落葉病に対して‘錦秋’は抵抗性と判定され,‘つがる’等の対照品種と同程度であった.黒星病に対して‘錦秋’は罹病性と判定された.

‘錦秋’の果実重は 323 g であり,‘つがる’,‘千秋’とほぼ同等であった.果実は円形であり,‘つがる’,‘シナノスイート’と類似の果形であった.果実の大きさと形状を基に評価したとき,‘錦秋’の玉揃いは「中―良」と判定され,‘シナノスイート’と同等であった.果皮色は濃赤色(日本園芸植物標準色票値 0408)で着色程度は多く,縞状に赤く着色する‘つがる’,‘千秋’とは明瞭に異なった(Fig. 3).果実表面のさびの発生は,‘つがる’と同様ほとんど見られず,脂質の発生程度は‘つがる’,‘千秋’と同じく中程度であった.果肉の硬度は 14.2 lbs であり,‘シナノスイート’より有意に高かった.肉質は「良」と判定され,「中」の‘つがる’や‘シナノスイート’より良好であった.果汁の量は「やや多―多」と判定され,‘千秋’や‘シナノスイート’と同程度であり,‘つがる’より多汁であった.糖度は平均で 15.3%であり,‘つがる’,‘千秋’,‘シナノスイート’より 1%程度有意に高かった.酸度は平均で 0.33 g/100 mlであり,‘つがる’や‘シナノスイート’と同程度であり,‘千秋’より有意に低かった.みつの発生程度は「無―少」で,対照品種と同等に少なかった.‘錦秋’の日持ちは,20℃の室温で 10―17 日と評価された.供試品種の室温での日持ちを 0―9 の 10 段階(0: <3 日; 1: 3≦ <6 日; 2: 6≦ <9 日; 3: 9≦ <12 日; 4: 12≦ <15 日; 5: 15≦ <18 日; 6: 18≦ <21 日;7: 21≦ <24 日 ;8: 24≦ <27日; 9: 27日≦)に区分して評価したとき,‘錦秋’の日持ち性スコアは 4.3 であり,‘千秋’(4.0)と同等で,‘つがる’(2.0)より有意に高かった.

‘錦秋’果実における裂果の発生率は 0―6%の範囲で年次によって変動し,その平均値は 2.3%であった(Table 2).‘つがる’と‘千秋’における発生率の平均値は 0.4%,11.3%であり,‘千秋’より低い傾向であったが,有意な差は認められなかった.‘錦秋’果実における心かびの発生率は平均 3.0%(最低値―最高値:0―6%)であり(Table 2),‘つがる’(平均 3.4%)と同等で,‘シナノスイート’(平均 19.4%)より有意に低かった.

3) 交雑和合性

リンゴの交雑和合性は S 遺伝子によって支配されており,S遺伝子型が同一の品種間交雑では不和合性を示すことが知られている.‘錦秋’の S 遺伝子型は S3S7 であり,本品種と異なる S 遺伝子型を有する‘シナノゴールド’,‘シナノスイート’,‘ふじ’,‘ジョナゴールド’,‘王林’,‘きたろう’,‘もりのかがやき’,‘さんさ’と交雑試験を行ったところ,60―85%の結実率を示し,1 果当たり種子数は 3.6―11.1 であった(Table 3).品種間の交雑和合性を結実率と種子数の両指標で評価する場合,結実率 30%以上と種子数 3 個以上が和合性とされ(小森ら 1999),上記の結果から各品種と‘錦秋’は交雑和合性であると判定された.一方,同一の S 遺伝子型である‘つがる’と‘錦秋’の交雑における結実率と 1 果当たり種子数は各々 15%,1.0 であり,‘つがる’と‘錦秋’は交雑不和合であると判定された.

2.‘錦秋’の日本各地における特性

1)系統適応性検定試験における樹性・栽培性・果実特性

2009 年から,14 道県 17 カ所の公立試験研究機関,農研機構北海道農業研究センターと果樹研究所リンゴ研究拠点(現・果樹茶業研究部門盛岡研究拠点)において,JM7,M.26 等のわい性台木または‘ふじ’等の中間台に接ぎ木して養成した樹を供して試作栽培(系統適応性検定試験)を行った.調査樹の樹齢は,2016 年当時 5―9 年生であった.対照品種として‘つがる’,‘ふじ’を用いた.特性の調査方法は,1.と同様に,育成系統適応性検定試験・特性検定試験調査方法(独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構果樹研究所 2007)にしたがった.

全国 19 場所において 2013 年―2016 年に評価された‘錦秋’の特性を Table 4 に示した.なお,年次により成績が変動した離散的尺度の形質は,「中―多」,「不良―中」のように―で結んで表現した.1 年あるいは 2 年の値しか得られなかった形質もごく一部にあったが,その場合は 1 年の値,あるいは 2 年の平均値を用いた.Table 5 には,対照である‘つがる’,‘ふじ’と比較した成績を示した.対象とした形質のうち,離散的尺度で評価を行った形質については,1 間隔の順位尺度を与えて,その平均値を示した.日持ちについては,既報(阿部ら 2016)に従ってスコア化したときの平均値を記載した.各測定値について,‘錦秋’あるいは対照品種に欠測値のあった場所を除外して,品種と場所を要因とする二元配置の分散分析を行い,F 検定で品種間平均平方が有意になった形質のみ,Tukey 法により平均値間の有意差を検定した.離散的尺度の形質については Steel-Dwass 法によって品種間の平均スコアの有意差を検定した.日持ちについては,‘ふじ’の調査結果が少なかったため(3 場所),当該品種を除外して Steel-Dwass 法による検定を実施した.

樹姿については,8 場所が「開張」,5 場所が「中間」,2 場所が「中間」―「やや開張」,1 場所が「直立」と判定した(Table 4).樹勢については,「中」と判定した場所が 10 場所で最も多く,4 場所が「中」―「(やや)強」,3 場所が「(やや)強」,1 場所が「弱」―「中」と判定した.順位尺度にしたときの平均値は 3.4(中―やや強)であり,‘つがる’(2.5:中程度)より有意に高く,‘ふじ’と同程度であった(Table 5).短果枝の着生については,「中」と判定した場所が 7 場所,「(やや)少」―「中」と判定した場所が 6 場所と多く,「少」―「やや少」または「(やや)少」とそれぞれ 2 場所が判定した.全国平均値は 2.3(やや少)であり,‘つがる’(3.2:中位)‘ふじ’(3.2:中位)より有意に低かった.腋花芽の着生については,「中」と判定した場所が 10 場所で最も多く,次いで「少」―「中」と判定した場所が 4 場所あった一方,「やや少」―「(やや)多」と変動の大きい場所もあった.発芽日は,北海道で 4 月下旬,東北地方で 3 月下旬―4 月中旬,関東地方以西では 3 月下旬―4 月上旬であった.全国平均値は 4 月 4 日であり,‘つがる’,‘ふじ’より有意に 2 日遅かった.満開日は,北海道で 5 月下旬,東北地方で 4 月下旬―5 月中旬,関東地方以西では 4 月下旬―5 月上旬であった.全国平均値は 5 月 7 日であり,‘つがる’,‘ふじ’より有意に 2 日遅かった.

収穫盛期については,北海道で 10 月上―中旬,東北地方で 9 月上旬―10 月上旬,関東地方以西では 9 月上旬―10 月上旬であった.全国平均値は 9 月 24 日であり,‘つがる’より 17 日有意に遅かった.収穫前落果については,「無」,「無―少」あるいは「少」と判定した場所が 7 場所と多かった一方,「無」―「中」あるいは「少」―「多」と年次による変動が見られた場所も 4 場所あった.全国平均値は 1.6(やや少)であり,‘ふじ’(0.2:無)より落果が多く,‘つがる’(2.4:中程度)より少ないと判断された.生産力については,「中」と判定した場所が 7 場所と多く,次いで「(やや」少―中」と判定した場所が 3 場所であった.全国平均値は 2.9(中程度)であり,‘つがる’(3.2:中程度)と同等であるが,‘ふじ’(4.1:やや高)より有意に低かった.

果実重は,場所により 244 g から 342 g まで変動した.全国平均値は 298 g であり,‘ふじ’(347 g)より有意に小さく,‘つがる’(294 g)と同等であった.果形は円形または偏円形と判定する場所が多く,玉揃いについては,「中」または「中―(やや)良」と判定した場所がほとんどであった.果皮の着色については,「多」または「多―極多」と判定した場所が 11 場所と最も多く,「やや多―多」と判定した場所が 3 場所,「中―(やや)多」と判定した場所が3場所,「やや多」「やや少―多」と判定した場所が各 1 場所であった.全国平均値は 4.8(多)であり,‘つがる’(3.3:中程度)より明らかに着色の程度が多いと判断された.果実のさびの量については,「無」あるいは「無―少」と判定した場所が 12 場所と最も多く,「少」と判定した場所が 6 場所,「少」―「中」と判定した場所が 1 場所であった.さびの発生部位については,果梗基部にみられたとする場所が多かった.果肉の硬度は,ほとんどの場所で 13.0―15.0 lbs の範囲で,15.0 lbsより高かった場所が 3 場所,13.0 lbs 未満の場所は 3 場所であった.全国平均値は 13.8 lbs であり,‘つがる’(13.2 lbs)と同程度で‘ふじ’(14.7 lbs)より有意に低かった.肉質については,「中―(やや)良」と判定した場所が 8 場所と最も多く,「中」が 5 場所,「良」あるいは「やや良―良」が 4 場所,「やや良」が 2 場所あった.全国平均値は 3.9(やや良)であり,‘ふじ’(3.9:やや良)と同等で‘つがる’(3.0:中)より肉質が良好と判断された.果汁の量については,「やや多―多」あるいは「多」と判定した場所が 7 場所,「中―(やや)多」と判定した場所が 6 場所,「中」と判定した場所が 4 場所,「やや少―中」と「少―多」が各 1 場所あった.全国平均値は 3.8(やや多)であり,‘つがる’(3.2:中)より多汁であるが,‘ふじ’(4.4:やや多―多)より少なかった.糖度については,16 場所で 14.0―16.0%の範囲にあり,14.0%未満の場所は 3 場所であった.全国平均値は 14.7%であり,‘つがる’(13.4%)より有意に高く,‘ふじ’(15.1%)と有意差は認められなかった.酸度は,13 場所で 0.30―0.40 g/100 ml の範囲にあり,4 場所で 0.30 g/100 ml を下回り,2 場所で 0.40 g/100 ml を上回った.全国平均値は 0.34 g/100 ml であり‘つがる’(0.27 g/100 ml)より有意に高く,‘ふじ’(0.39 g/100 ml)より有意に低かった.

みつの多少と心かびの多少については,全場所が「無」あるいは「無―少」と判定しており,本品種におけるみつと心かびの発生程度は安定して非常に少なかった.両形質の発生程度は,‘ふじ’より有意に低く,‘つがる’と同程度であった.果肉の粉質化程度については,「中」と判定した場所が 8 場所,「やや易」,「易―中」,「易―難」と判定した場所がそれぞれ 1 場所あった.全国平均値は 2.9(中程度)であり,‘つがる’(2.2:やや易―中)と有意差が認められず,‘ふじ’(4.8:難)より粉質化しやすいと判断された.果実の日持ち日数は調査年次や場所により変動し,室温で 7―15 日程度とする評価が相対的に多く,低温での貯蔵日数は 7―60 日と場所間の差が大きく判然としなかった.本品種の日持ち性をスコア化したときの平均値は 3.6 であり,‘つがる’(2.1)との間で有意差が認められた.

2)試験地の気温と果実特性との関係

2013 年―2016 年における全国 18 場所の栽培地域の年平均気温と‘錦秋’の果実特性との関係を検討した(Fig. 4).年平均気温が 7.3―15.7℃の範囲では‘錦秋’の着色程度は 3(中)―6(極多)であり,気温と着色程度の間に有意な相関は認められなかった.果肉硬度と酸度についても,気温と各形質との間に有意な相関関係は認められなかった.高温による果実の着色不良,果肉軟化は,温暖化が果実品質に及ぼす影響の典型的な事例としてよく知られているが(杉浦ら 2007),今回の系統適応性検定試験における試作結果からは,試験地の中で年平均気温が高かった福島県(福島市)や石川県(金沢市)などの温暖なリンゴ産地においても‘錦秋’は良好な着色が得られ,果肉軟化による品質低下も発生しにくいことが示唆される.

なお,リンゴ果皮の赤色はアントシアニンの蓄積によるものであり,その蓄積を制御しているのは転写因子の一種である MdMYB1 であることが知られている(Ban et al. 2007Takos et al. 2006).着色性を決定する原因となる MdMYB1 の多型はプロモーター領域へのレトロトランスポゾン挿入の有無であることが知られており,トランスポゾンが挿入されている対立遺伝子が果皮へのアントシアニンの蓄積をもたらす(Zhang et al. 2019).この多型は SSR マーカー Mdo.chr9.4 の多型から間接的に推定することができ,着色型対立遺伝子の数が多いほどリンゴ果皮の着色が良好になることが明らかにされている(Moriya et al. 2017).‘錦秋’の遺伝子型は Mdo.chr9.4-R0/R0 であり(Moriya et al. 2017),着色型対立遺伝子をホモで有する.‘錦秋’の良着色性はこのような遺伝的背景からも裏付けられる.

3.適応地域および栽培上の留意点

‘錦秋’は北海道,東北地方や関東地方北部,長野県,北陸地方など既存のリンゴ栽培地域で栽培できる.特に着色不良につながるとされる温暖な気候の地域で‘錦秋’を栽培した場合に,着色良好な果実の安定生産が期待できる.また,本品種は晩生の主要品種‘ふじ’と同等の肉質と糖度を有し,心かび等の生理障害発生程度が少ないことから,‘つがる’と‘シナノスイート’の間に収穫可能な中生の高品質品種として普及が期待される.

謝辞

本品種の育成に当たり,多年にわたり実生養成,試験樹の管理などに多大なご協力をいただいた果樹茶業研究部門盛岡研究拠点の歴代圃場管理担当職員,ならびに系統適応性・特性検定試験を担当していただいた関係試験研究機関の各位に深謝の意を表する.

利益相反の有無

すべての著者が開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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