農研機構研究報告
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原著論文
近代米国品種由来の多収性を有する関東から九州地域向けのダイズ新品種「そらみずき」の育成
加藤 信 青木 恵美子南條 洋平猿田 正恭山崎 諒高橋 浩司山田 哲也髙橋 幹湯本 節三菱沼 亜衣羽鹿 牧太平田 香里山田 直弘
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2023 年 2023 巻 16 号 p. 43-64

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Abstract

国内の育種選抜によりダイズの病虫害抵抗性や豆腐等の加工適性は改善されてきたが,収量は停滞傾向であり,多収品種の育成は喫緊の課題である. 「そらみずき」は優れた豆腐加工適性を有する「作系 76 号」(後の「フクユタカ A1 号」)を種子親,米国の多収品種「UA4805」を花粉親として交配後,系統選抜を繰り返し,2022 年に農研機構作物研究部門において育成された.茨城県つくばみらい市で実施した生産力検定試験の結果から「そらみずき」の成熟期は“やや晩”,種皮の地色は“黄白”,へその色は“淡褐”で,百粒重は 18~22 g 程度である.裂莢の難易は“難”,倒伏抵抗性および最下着莢節位の高さは機械化適性に優れる「サチユタカ A1 号」並みであり,コンバイン収穫により収量評価を行った現地実証試験での「そらみずき」の収量は慣行品種「里のほほえみ」や「フクユタカ」より 37%以上高かった.粗タンパク含有率は「サチユタカ A1 号」より 3%程度低いものの,豆腐加工適性は実需者から評価が高い「フクユタカ」並みに優れる. 奨励品種決定調査等の結果から「そらみずき」の栽培適地は関東から九州地域である.本品種はダイズモザイクウイルスおよびダイズシストセンチュウに対して感受性であることから,同病害の発生が確認されている圃場での作付けは避ける必要がある.

Translated Abstract

Breeding efforts in Japan have improved the pest and disease resistance and food processibility in soybean, Glycine max (L.) Merr. However, progress in improving yields has been stagnant, making the development of high-yielding varieties one of the most urgent breeding objectives.

A new soybean variety, “Soramizuki,” was developed in 2022 by the Institute of Crop Science, National Agriculture and Food Research Organization (NARO). It resulted from crossing “Sakukei 76” (later registered as “Fukuyutaka A1 gou”), a breeding line well-suited for tofu production, with “UA4805,” a high-yielding variety from the United States.

Trial cultivation tests were conducted in Tsukubamirai, Ibaraki (36°00’ N, 140°02’ E). The seed coat color of “Soramizuki” was yellowish-white with light brown hila, and its hundred seed weight was approximately 18–22 g. Its date of maturation, dehiscence resistance, lodging resistance, and the lowest pod height were similar to those of “Sachiyutaka A1 gou,” a variety suitable for mechanized harvesting. Demonstration tests using a combine harvester in farmers’ fields revealed that “Soramizuki” yielded 37% more than conventionally grown varieties such as “Satonohohoemi” and “Fukuyutaka.” Although its protein content was 3% lower than that of “Sachiyutaka A1 gou,” “Soramizuki” displayed tofu processing suitability on par with the excellent processing suitability of “Fukuyutaka.”

Regional yield trials confirmed that “Soramizuki” is suitable for cultivation in all regions from Kanto to Kyushu. However, due to its susceptibility to soybean mosaic virus and soybean cyst nematodes, it should not be grown in fields severely impacted by these pathogens.

緒言

ダイズ(Glycine max(L.) Merr.)は豆腐等の日本の伝統的な食品に加工される重要な作物であるものの,2020 年度のダイズの自給率は 6%,食品用に限っても 20%であり,需要の大部分を輸入に依存している.こうした状況の中,食料農業農村基本計画(農林水産省 2020)では自給率向上に向け,現在の国内生産量の 21~24 万トンを 2030 年度に 34 万トンとする目標を掲げている.本目標を達成する上で単収向上は喫緊の課題であり,多収品種の育成が強く求められている.

日本における本格的な育種は 1910 年代に入って始まり,国費により育成された優良品種に付与される農林番号の 1 号(「だいず農林 1 号」)の育成年は 1939 年である(羽鹿 2010).それ以後,生育特性の類似する近縁品種や系統同士を交配することで,粒大,粗タンパク含有率等の種子品質に関わる形質,病虫害抵抗性等は着実に改良され,「里のほほえみ」,「サチユタカ」等の優良品種が育成されてきた(高橋ら 2003羽鹿 2010菊池ら 2011).

しかし,主要な生産地である南米や北米と比較して,国内のダイズの収量は明瞭な進歩が得られているとは言い難く,1961~2021 年における米国の平均単収の増加速度は 3.01 kg/10a/年であるのに対し,日本は 0.69 kg/10a/年と停滞傾向にある(FAO 2023).米国の単収増加の要因として栽培技術の向上が挙げられる一方,品種そのものの収量ポテンシャルの向上も大きい.Boehm et al.(2019)は 1928~2008 年の過去 80 年間の間に育成された 93 品種を 3 つの成熟期群(Maturity group V,VI,VII)に分け,2 ヶ年で延べ 27 栽培環境で品種間の収量比較試験を実施し,育成年次と収量との関係について調査した.その結果,その単収の増加速度は 3 つの熟期群を平均して 1.37 kg/10a/年であることを示しており,米国の単収増加要因の半分程度は品種育成による収量ポテンシャルの向上によるものであることが推察される.

一方,米国品種は主に搾油用として育成されていることから,国産大豆の主用途である豆腐の加工適性が不十分であることが懸念されており(平 1992),日本品種が有する優れた豆腐加工適性と米国品種が有する多収性の両方を具備する品種の育成が国内において求められている.そこで農研機構では,フクユタカに難裂莢性を導入した「作系 76 号」(後の「フクユタカ A1 号」)を種子親,米国の多収品種「UA4805」を花粉親として交配し,育種選抜を行うことにより関東から九州地域での栽培に適し,優れた豆腐加工適性を有する多収品種「そらみずき」を育成した.本報では,その育成経過や特性等について報告する.

来歴および育成経過

「そらみずき」は作物研究所畑作物研究領域大豆育種研究分野(現,作物研究部門畑作物先端育種研究領域畑作物先端育種グループ)において,日本品種の優れた豆腐加工適性と米国品種の多収性を両立した品種の育成を目標として,フクユタカに難裂莢性を導入した「作系 76 号」を種子親,米国の有限伸育型の多収品種「UA4805」を花粉親とした交配から育成された品種である(図 1).2011 年の春季に温室にて交配を行い,2011 年夏季に F1 養成,2012~2015 年に集団(F2~F5)を栽植し,世代を進めた.F6 より系統選抜を繰り返し,2018 年に「作系 350 号」の系統番号を付し,生産力検定予備試験,系統適応性検定試験に供した.その結果,成績が良好であったので,2020 年に「関東 146 号」の系統名を付し,生産力検定試験および奨励品種決定調査等の栽培試験に供試するとともに,特性検定試験および加工適性試験に供試してきた.2022 年における世代は F12 である(表 1).なお,品種名は大豆の生長をはぐくむ“空”と“水”に感謝し、収穫を“喜”ぶ姿を想像して「そらみずき」(英語表記:Soramizuki)と命名した.

特性の概要

「そらみずき」の形態的特性,生態的特性,品質特性を,「サチユタカ A1 号」(羽鹿ら 2016)および「フクユタカ A1 号」(羽鹿ら 2019)を比較品種として,農林水産植物種類別審査基準(ダイズ)(農林水産省 2018)に従い,主に後述の育成地における生産力検定試験および特性検定試験に基づいて分類した(表 2~表 4).

1)形態的特性

「そらみずき」の胚軸のアントシアニン着色の有無は“有”,その強弱は“弱”である(表 2).伸育型は“有限”,分枝の数は“中”,茎の毛じの色は“白”,茎の長さは“中”,茎の節数は“中”である(写真 1).小葉の数は“3 枚葉”,側小葉の形は“鋭先卵形”,側小葉の大きさは“大”,葉の凹凸の強弱は“弱”,葉の緑色の濃淡は“濃”,花の色は“紫”,熟莢の色の濃淡は“淡”である.子実の大きさは“小”,子実の形は“球”である.種皮の色数は“1 色”,その地色は“黄白”,子実の子葉の色は“黄”,へその色は“淡褐”で,胎座残の色は“種皮と同じ”である(写真 2).

2)生態的特性

最下着莢節位の高さは“中”,裂莢の難易は“難”である(表 3).開花始期は“やや晩”,成熟期は“やや晩”,生態型は“中間型”である.ダイズモザイクウイルスの A,A2,B,C,D および E 病原系統に対して“感受性(モザイク)”である.ダイズシストセンチュウのレース 3 抵抗性は“弱”で,ラッカセイわい化ウイルスに対して“抵抗性”である.

3)品質特性

種皮のパーオキシターゼによる着色の有無は“有”,子実の粗タンパク含有率は“低”である(表 4).7S および 11S サブユニットの有無は“全有”,リポキシゲナーゼアイソザイムの有無は“全有”で,子実の外観品質は“中上”である.

試験成績

1.育成地における生育および収穫物の調査成績

2020~2022 年の 3 ヶ年に育成地(茨城県つくばみらい市)で実施した生産力検定試験の結果を表 5 および表 6 に,耕種概要を表 7 に示す.

6 月播種区の「そらみずき」の開花始期は 8 月 2 日で,「サチユタカ A1 号」より 4 日遅く,「フクユタカ A1 号」より 3 日早かった.成熟期は「サチユタカ A1 号」と同じ 10 月 31 日で,「フクユタカ A1 号」より 9 日早かった.7 月播種区の開花始期は 8 月 24 日で,「サチユタカ A1 号」より 1 日遅く,「フクユタカ A1 号」より 5 日早かった.成熟期は 11 月 11 日で「サチユタカ A1 号」より 1 日遅く,「フクユタカ A1 号」より 11 日早かった.

茎の長さは 6 月播種区で「サチユタカ A1 号」より 7 cm 長く,「フクユタカ A1 号」より 20 cm 短かった.7 月播種区では「サチユタカ A1 号」より 5 cm 長く,「フクユタカ A1 号」より 12 cm 短かった.茎の節数は 6 月および 7 月播種区で「サチユタカ A1 号」より 0.8~1.5 節多く,「フクユタカ A1 号」より 1.1~1.5 節程度少なかった.最下着莢節位の高さは 6 月播種区で「サチユタカ A1 号」より 0.9 cm 高く,「フクユタカ A1 号」より 2.8 cm 低かった.7 月播種区では「サチユタカ A1 号」,「フクユタカ A1 号」より,各々,1.4 cm,2.5 cm 低かった.分枝の数は 6 月および 7 月播種区で「サチユタカ A1 号」と同程度で,「フクユタカ A1 号」より 1 本程度少ない.倒伏は 6 月および 7 月播種区で「サチユタカ A1 号」と同様にほとんどなく,青立ちは 6 月および 7 月播種区で「サチユタカ A1 号」と同程度の“無”であった.

収量は 6 月播種区で 38.9 kg/a,7 月播種区で 28.5 kg/a であり,「サチユタカ A1 号」より 4.0 kg/a,1.3 kg/a 多く,「フクユタカ A1 号」より 10.1 kg/a,4.7 kg/a 多かった.百粒重は 6 月播種区で,「サチユタカ A1 号」が 33.0 g,「フクユタカ A1 号」が 30.1 g であるのに対し,18.4 g と軽く,7 月播種区でも「サチユタカ A1 号」が 34.4 g,「フクユタカ A1 号」が 31.7 g であるのに対し,20.7 g と軽い.

紫斑粒,褐斑粒は 6 月播種区および 7 月播種区とも「フクユタカ A1 号」,「サチユタカ A1 号」と同様にほとんど認められなかった.裂皮粒の発生は「サチユタカ A1 号」が“少”,「フクユタカ A1 号」が“中”であるのに対し,「そらみずき」は“無”~“微”であった.品質は 6 月播種区では,「フクユタカ A1 号」が“中中”であるのに対し,「サチユタカ A1 号」と同程度の“中上”,7 月播種区では「フクユタカ A1 号」,「サチユタカ A1 号」と同程度の“中中”であった.

「そらみずき」の子実の粒形は 2020~2022 年に育成地の生産力検定試験の収穫物を用いて調査した結果,2020 年の 6 月播種区で“偏球”に分類された以外は全て「サチユタカ A1 号」や「フクユタカ A1 号」と同じ“球”に分類されたことから,総合判定で“球”とした(表 8).子実の粒度分布は 2021~2022 年産の収穫物を用いて調査し,6 月播きでは 6.1~6.6 mm および 6.7~7.2 mm,7 月播きでは 6.7~7.2 mm および 7.3~7.8 mm が大半であった(表 9).

2.品質特性調査成績

1)子実成分

2020~2022 年の 3 ヶ年に育成地で実施した生産力検定試験の収穫物を用いて測定した子実成分を表 10 に示した.「そらみずき」の粗タンパク含有率は 6 月播種区で 41.9%,7 月播種区で 40.8%であり,“高”の「サチユタカ A1 号」や「フクユタカ A1 号」より 3~4%低く,“中”の「タチナガハ」より 1~3%低いことから“低”に分類した.粗脂肪含有率は「サチユタカ A1 号」や「フクユタカ A1 号」より 1~3%高かった.また,全糖含有率は 6 月播種区で「サチユタカ A1 号」や「フクユタカ A1 号」とほぼ同等,7 月播種区で両品種より 1%程度低かった.

2)豆腐および豆乳加工適性

2019~2022 年産の育成地産の生産物を用いて,第三者検定機関および実需 A 社,B 社において豆腐加工適性試験を計 4 回実施した.

第三者検定機関における試験は 2021,2022 年産の生産物を用いて 2 回実施した.いずれにおいても豆乳抽出率および色調(色差 L 値)等は標準品種である「フクユタカ」とほぼ同等で,豆乳粘度は 2022 年産で同品種よりやや低かった(表 11).豆腐破断強度は 56~61 g/cm2 であり,「フクユタカ」より 9~18 g/cm2 小さかった.官能評価では外観,甘味,こく,不快味,食感,おいしさの 6 項目について評価し,食感のみ 2022 年産で「フクユタカ」よりわずかに劣ったものの,その他の評価項目においては同品種と有意な差は認められなかった.

実需 A 社における試験は 2019 年産の生産物を用いて実施した.豆乳の濃度は「フクユタカ」並みで,味は「やや黄白色で,粘度がとても強く,口内全体に残る.まろやかで黄な粉のような風味が感じられる」と評価された(表 12).また豆腐の官能評価では「フクユタカ」より外観や硬さで優れていたが,食感でやや劣り,総合判定では「フクユタカ」並みであると判定された.

実需 B 社における試験は 2021 年産の生産物を用いて実施した.豆乳については「フクユタカ」より白味が強く,艶や旨味があり,色を除いた評価項目の平均値でも同品種並みであった(表 13).また豆腐の官能評価では,硬さで「フクユタカ」よりやや劣るものの,外観,食感でやや優れ,総合的な評価では同品種並みであると判定された(表 14).

3.特性検定試験成績

1)ダイズモザイクウイルス抵抗性

2021,2022 年に農研機構東北農業研究センターで実施したダイズモザイクウイルス(Soybean mosaic virus,以下,SMV)の病原系統別の人工接種試験では,「サチユタカ A1 号」および「フクユタカ A1 号」が A,B 系統に抵抗性,A2,C,D および E 系統に感受性であるのに対し,「そらみずき」は A,A2,B,C,D および E 系統に感受性で,いずれにおいても接種後にモザイク症状を示した(表 15).

2)ラッカセイわい化ウイルス抵抗性

2022,2023 年に農研機構西日本農業研究センターで行った人工接種によるラッカセイわい化ウイルス(Peanut stunt virus,以下,PSV)抵抗性検定試験において,接種した 10 個体全てで発病がみられなかったことから,「フクユタカ」と同じ“抵抗性”と判定された(表 16).

3)ダイズシストセンチュウ抵抗性

2022 年に北海道立総合研究機構十勝農業試験場で行ったダイズシストセンチュウ(Heterodera glycines Ichinohe,soybean cyst nematode,以下,SCN)のレース 3 抵抗性検定試験において,シストの着生指数が感受性の標準品種「キタムスメ」,比較品種「Lee」,「いわいくろ」,「ハヤヒカリ」並であったことから“弱”と判定された(表 17).

4)裂莢性

2021 年および 2022 年に土屋,砂田(1978)の方法に従い,60℃で 3 時間の通風加熱処理による裂莢性検定試験を実施したところ,「そらみずき」の裂莢率は 16.6%で,裂莢性が難である「サチユタカ A1 号」や「フクユタカ A1 号」よりやや裂莢率が高いものの,裂莢率が 60.1%で裂莢性が“中”と判定されている「リュウホウ」よりも低いことから,裂莢性は“難”と判定された(表 18).

4.系統適応性試験成績

2019 年に「作系 350 号」として茨城県,栃木県,新潟県,香川県,熊本県の計 7 箇所にて系統適応性検定試験を実施した.成熟期は「里のほほえみ」より 5~15 日遅く,「フクユタカ」より 3~9 日早かった(表 19).「サチユタカ」や「サチユタカ A1 号」との成熟期の比較において,茨城農研において 8 日晩熟となったが,他の試験場所での成熟の差は 3 日以内で,ほぼ同等であった.収量は中農研(北陸)では標準品種「エンレイ」より低かったが,それ以外はいずれも標準品種「里のほほえみ」,「サチユタカ」等よりも 13~46%高かった.また,百粒重は 16.7~26.7 g,粗タンパク含有率は 41.0~44.6%で,他の品種と比較して最も低かった.なお,各試験における耕種概要は表 20 に記した.

5.固定度

2022 年に開花まで日数,茎の長さ,茎の節数および分枝の数について系統間および個体間の変異を調査した結果,変異は比較品種の「サチユタカ A1 号」とほぼ同程度で,実用的に支障のない程度に固定しているものと判定された(表 21).

6.配付先における試験成績

2020~2022 年の 3 年間に北陸地域以南の 9 県,11 カ所,延べ 15 試験で奨励品種決定調査等の試作試験に「そらみずき」を供試したので,その概要を表 22,個別の配付先における試験成績を表 23 に記す.「そらみずき」は百粒重が比較品種より軽く,粗タンパク含有率が低い傾向にあったため,7 試験で再検討,他の試験ではやや劣るまたは劣ると評価されたが,収量は 2022 年の愛知県を除き,いずれも標準品種より優れるまたは同等という結果となった.石川県では多収であるものの,標準品種である「里のほほえみ」より成熟期が 22 日遅いため栽培に適しているとは言い難く,栽培適地は関東から九州地域である.なお,試験の耕種概要は表 24 に示した.

7.コンバイン収穫試験成績

1)生育および収穫物の調査

2021 年および 2022 年の現地実証試験で実施したコンバイン収穫試験の成績を表 25 に,粒度分布調査の結果を表 26 に,耕種概要を表 27 に示した.

(1)茨城県筑西市

茨城県筑西市では 2021 年および 2022 年の 2 試験実施した.2021 年は「里のほほえみ」に比較して成熟期は 5 日遅かった.茎の長さは「里のほほえみ」より 11 cm 長かったが,倒伏程度は「里のほほえみ」と同様に“少”であった.機械刈りの収量は 31.4 kg/a で「里のほほえみ」より 37%多収であった.一方,2022 年は干ばつによる発芽不良となり 7 月 21 日播き直しを行ったため,「里のほほえみ」は生育期間が短く,収量は 10.9 kg/a と極めて低くなった.一方,「そらみずき」も 8 月中旬までは生育不良気味であったが,それ以降に栄養成長が盛んになり,収量は 25.4 kg/a で「里のほほえみ」より 133%多収であった.両年とも百粒重は 19.2~19.8 g で「里のほほえみ」の半分程度,粗タンパク含有率は 41.3~42.2%で「里のほほえみ」より 3~4%程度低かった.また,粒度分布調査では,6.1~6.6 mm および 6.7~7.2 mm が大半であった.

(2)三重県菰野町

三重県菰野町では 2021 年の 1 試験実施した.茎の長さは「フクユタカ」より 17 cm 短く,倒伏程度は同品種より 1 ランク小さく“微”であった.収量は 35.7 kg/a で「フクユタカ」より 49%多収であった.百粒重は 19.5 g で「フクユタカ」の 3 分の 2 程度,粗タンパク含有率は 44.0%で同品種より 2%程度低かった.また,粒度分布調査では,6.1~6.6 mm および 6.7~7.2 mm が大半であった.

(3)兵庫県たつの市

兵庫県たつの市では 2021 年および 2022 年の 2 回実施した.茎の長さは「フクユタカ」とほぼ同等で,倒伏程度は同品種より 2 ランク小さく“微”であった.収量は 27.4 kg/a で「フクユタカ」より 57%多収であった.百粒重は 20.9 g で「フクユタカ」の 3 分の 2 程度,粗タンパク含有率は 43.0%で同品種より 2%程度低かった.また,粒度分布調査では,6.7~7.2 mm が大半であった.

(4)福岡県朝倉郡

福岡県朝倉郡では 2021 年の 1 試験実施した.主茎長は「フクユタカ」より 5 cm 短く,倒伏程度は同品種より 1 ランク小さく“微”であった.収量は 31.2 kg/a で「フクユタカ」より 39%多収であった.百粒重は 20.0 g で「フクユタカ」の 3 分の 2 程度,粗タンパク含有率は 43.7%で同品種とほぼ同等であった.また,粒度分布調査では,6.7~7.2 mm が大半であった.

2)加工適性試験

第三者検定機関における試験は 2021,2022 年に筑西市および菰野町で収穫した生産物を用いて試験を実施した.いずれにおいても豆乳抽出率および色調(色差 L 値)等は比較品種である「フクユタカ」とほぼ同等で,豆乳粘度は 2022 年の筑西市の産物で同品種よりやや低かった(表 28).豆腐破断強度は年次や産地による栽培環境によって異なり,2021 年の筑西市の産物は「フクユタカ」よりやや高く,2022 年産はやや低かった.2021 年の菰野町の産物の破断強度は「フクユタカ」とほぼ同等であった.官能評価では食感のみ 2022 年の筑西市の産物で,「フクユタカ」よりわずかに劣ったものの,その他の評価項目においては同品種と有意な差は認められなかった.

考察

「そらみずき」は生産力検定試験,奨励品種決定調査,系統適応性検定試験,生産者圃場でのコンバイン収穫試験等の栽培試験において既存の品種より高い収量を示した.「そらみずき」の多収要因の解明は今後の課題であるが,交配母本に用いた「UA4805」の多収要因についてはいくつか報告がある.Matsuo et al.(2016)は日米 12 品種の収量構成要素の比較において,「UA4805」は百粒重が小さいものの,莢数や一莢内粒数が多く,多収性に貢献しているのは粒数の多さであることを示している.また,Kawasaki et al.(2016)は子実肥大始期(R5 期)以前は「UA4805」と日本品種「タチナガハ」との間に地上部乾物重の増加速度に差が認められないが,R5 期以降の「UA4805」では「タチナガハ」より高い乾物生産速度を示すことを見出しており,この差異が多収に影響していると考察している.さらに,Soleh et al.(2016)は植物体の光環境を暗条件から明条件に変化させたときの光合成速度の変化について調査した結果,「UA4805」が「タチナガハ」より最大光合成能の上昇速度が速く,めまぐるしく変化する光環境に敏感に反応していることを示している.生産力検定試験等の結果から,粒重ではなく粒数の多さが多収性に貢献していることは「そらみずき」でも共通しているが,光合成能の変化や乾物生産速度等については本試験では調査していないことから,これらの要因も含めた「そらみずき」の多収要因の解明が今後の課題である.

国産ダイズのほぼ全ては食品用として利用されており,その半分以上は豆腐として利用されるため,新品種を流通させていく上で品種の豆腐加工適性は極めて重要である.豆腐加工適性において豆腐の硬さは重要で,その指標として破断強度の値が用いられる(斉尾,豆腐研究協議会 1985神山,西成 1992).破断強度が低い,すなわち豆腐が柔らかいと製造工程の過程で崩れやすく,豆腐の割れによる不良品率の増加等につながることが懸念される.一般的に豆腐の破断強度は粗タンパク含有率と正の相関があり,粗タンパク含有率が高いほど硬い豆腐ができることが知られている(谷藤,加藤 2004).「そらみずき」の粗タンパク含有率は「サチユタカ A1 号」や「フクユタカ A1 号」より 3~4%低かったことから,十分な破断強度が得られないことが懸念された.しかし,実際に加工試験を実施してみると,産地や年次等の栽培環境により多少の差はあるものの,各々の標準品種と比較して破断強度が問題になるということはなく,官能評価の「硬さ」または「食感」の項目においてに明らかに劣るということはなかった.豆腐の破断強度については,前述の通り粗タンパク含有率の高低が要因として重要である一方,脂質濃度,タンパク質の 11S と 7S の比,タンパク質サブユニット,フィチン酸の含量の違いなどの要因が複雑に関与していることが報告されており(Tezuka et al. 2000Toda et al. 2006小野 2010),「そらみずき」は粗タンパク含有率が既存の国内品種と比較してやや低いものの,その他の成分の総合的なバランスが良く,十分な破断強度となるための適正な範囲内に収まっていたと推察される.供試系統や栽培管理にもよるが,一般的に収量と粗タンパク含有率の間にはゆるやかな負の相関があり,粗タンパク含有率の高い系統の選抜は収量向上の障壁となると可能性も指摘されており(田渕 2003Assefa et al. 2019),加工適性と収量を最適化する種子成分の量や組成について今後さらなる基盤研究の推進が求められる.

一方,「そらみずき」は病虫害抵抗性の観点から課題も残されている.本研究ではダイズの主要な病虫害として SMV,PSV,SCN について抵抗性の評価を行っており,SMV の全系統および SCN のレース 3 に対して感受性であることが判明している.SMV は日本全国に分布する Potyviridae に属するウイルスで感染すると葉に縮葉やモザイク症状や引き起こし収量を低下させるとともに,種子に褐斑症状を生じさせ種子の外観品質の低下を招く(越水,飯塚 1963高橋ら 1980).また,SCN はダイズに寄生し,黄化や萎縮症状を引き起こし,収量,粗タンパク含有率,粒大の低下を招くことが知られている(相場 2002).また,SCN 個体群は判別品種に対する寄生性によってレース分類がなされており,国内で発生する個体群の大部分はレース 3 である(相場 2002).現地実証試験を含め本研究で実施した複数の栽培試験においては SMV や SCN の被害はほとんど認められなかったが,産地を選定する際には同病害の被害履歴がある圃場での栽培を避けるなどの判断が必要となる.一方,両病害に対する抵抗性の遺伝解析がすでに進んでおり,SMV 抵抗性は Rsv1Rsv3Rsv4 座,SCN 抵抗性は Rhg1Rhg2Rhg4 座により支配されていることが分かっている(Cook et al. 2012Liu et al. 2012Kato et al. 2016加藤ら 2017Liu et al. 2017Ishibashi et al. 2019Suzuki et al. 2020).これらの抵抗性遺伝子座の原因遺伝子または遺伝子領域は特定され,DNA マーカーも開発されていることから,育成地においてはこれらの情報を活用し,早急に「そらみずき」に抵抗性を付与する対応が求められる.

栽培適地および栽培上の留意点

奨励品種決定調査等の結果から「そらみずき」の栽培適地は関東から九州地域である.なお,栽培上の留意点は以下の通りである.

1.ダイズモザイクウイルスやダイズシストセンチュウ抵抗性がないため,被害履歴のある圃場での作付けを避ける.

2.難裂莢性を備えているが,成熟後の長期間の圃場での放置は品質低下をもたらすので,適期収穫に留意する.

育成従事者

育成従事者と担当世代を表 29 に示した.

謝辞

本品種の育成は農林水産省の「革新的技術開発・緊急展開事業」(うち「先導プロジェクト」)の「海外遺伝資源等を活用した極多収大豆育種素材の開発」(2016~2020 年度)および「国際競争力強化技術開発プロジェクト」(うちの「輸出促進のための新技術・新品種開発事業」)の「大豆生産基盤強化のための極多収品種の育成」(2021~2023 年)の支援のもと実施された.

また,本品種の育成にあたっては,系統適応性検定試験や奨励品種決定調査等の栽培試験を実施していただいた各育成地,各県の関係者には多大のご協力をいただいた.さらに,農研機構の業務関係職員各位には育種試験を支える圃場管理,調査等にご協力いただいた.ここに記して深く感謝する.

利益相反の有無

すべての著者は示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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