ストレスなどが原因の軽度な心身不調(軽度不調)に悩む人が増えている.我々は機能性成分(β-グルカン,GABA,フルクタン)を多く含む大麦「北陸裸糯68号」を使った蒸し大麦(試験食)または標準的な大麦「イチバンボシ」の蒸し大麦(対照食)を44人の健康な成人に8週間摂取させ,体調(軽度不調を含む精神状態,排便状態,体組成)への影響を調べた.職業性ストレス調査票B領域を用いた主観による軽度不調の判定4項目のうち,「活気」の値が試験食群で対照食群より摂取8週後に有意に高く,「疲労感」の値が低い傾向があったが,「イライラ感」,「身体愁訴」では群間の差はなかった.精神状態の主観評価では試験開始からの変化で試験食群は対照食群よりも4週後に「心が穏やかである」,「熟睡感がある」で評価が高い傾向があったが,8週後は群間の差はなかった.また試験食群は対照食群より排便回数が多かったが両群とも正常な範囲内であった.体組成に群間の差はなかった.機能性成分高含有大麦の摂取が軽度不調の緩和や良好な精神状態もたらす可能性が示唆されたものの,その影響を明らかにするためには,引き続き摂取期間や客観的指標の追加などの検討が必要である.
Recently people with minor health complaints (MHC) (i. e. irritability and fatigue) have been increasing. A randomized,single-blind study determines whether ingesting barley with high content of functional compounds (GABA, β-glucan, fructan) improves body condition including MHC in healthy adults was carried out. A total of 44 healthy subjects (ages: 23–60 years) were randomly assigned to one of two groups. The control group received steamed barley cv. “Ichibanboshi” and the test group received steamed barley cv. “Hokuriku hadakamochi 68”. Several stress responses including MHC, bowel movement, body composition were analyzed at weeks 0, 4 and 8 of the intake periods. MHC was assessed by the Brief Job-Stress Questionnaire that uses the items for liveliness, irritability, fatigue, and body complaints. The test group significantly showed higher liveliness and tended to show lower fatigue compared with control group at 8 week, and but not for other MHC items described above. Changes of several mental stress responses expressed visual analogue scale from 0 to 4 week tented to be improved in test group compared with control group, and but not for at 8 week. Defecation frequency in test group was higher than that of control group, but those were within normal status. There was no difference in body composition between two groups. Hence, an intake of “Hokuriku hadakamochi 68” might improve mental stress responses although future study using objective indicators and optimum intake period will be needed to clarify those effects.
厚生労働省による平成28年度の「労働者健康調査」によれば,「仕事や職業生活でストレスを感じている労働者」の割合が6割に上っている.ストレスとは,外部から物理的,化学的,心理・社会的刺激を受けた時に生じる緊張状態のことであり,この刺激に対応しようとして心身に生じた様々な反応をストレス反応という.特に,職場におけるストレス(仕事量,仕事への適性など)は職業性ストレスと呼ばれている.ストレス反応には,イライラ感などの心理的なものや,頭痛や便秘,不眠などの身体的なものがあり,ストレス反応が長く続くと体調を崩すなどして労働者の仕事の効率が低下し,労働者の不調は自身にとっても,企業経営にとっても大きな問題となっている(足立,木下 2021).このようなイライラ感や身体愁訴などで表される軽度な心身不調(軽度不調)については,厚生労働省が作成している職業性ストレス調査票B領域(活気の低下,イライラ感,疲労感,身体愁訴などを自己評価するもの)を用いる判定法が最近,提案された(Kagami-Katsuyama et al. 2023).さらに,この軽度な不調の状態は,放置すると疾患になる可能性が高いが,食事への配慮などで健康な状態に戻る可能性があるとして,軽度不調緩和効果が期待される食品素材の探索が行われている(Maeda-Yamamoto et al. 2022).
大麦は便通を促進するとされる食物繊維を豊富に含む穀物であり,主食として日常の食生活のなかで無理なく食物繊維を摂取できることから近年麦ごはんが注目されている.なかでも,水溶性食物繊維であるβ-グルカンへの関心が高まっており,β-グルカンを多く含む大麦品種の育成も進められている.例えば「北陸裸糯68号」は高β-グルカン含量系統として開発されたものである.一方でこの系統はデンプン合成に関わるADP-glucose transporterの変異遺伝子(lys5i)をもち,穀粒のデンプン含量が低下するものの,複数の機能性成分含量が高くなることが報告されている(中田ら 2018).すなわち「北陸裸糯68号」には精神的ストレスや疲労などを緩和する成分として知られているγ-アミノ酪酸(GABA)(Nakamura et al. 2009;Yoto et al. 2012;吉田ら 2015;外薗,斎藤 2016)が標準的な大麦よりも多く含まれている(吉岡ら 2021).加えて,「北陸裸糯68号」には水溶性食物繊維であるフルクタンも多く含まれている(吉岡ら 2021).これまでに慢性便秘や腹部症状が労働生産性やQOLに負の影響を与えることが示唆されていることから(木下ら 2020),「北陸裸糯68号」の摂取は精神的ストレス緩和作用があるGABAを多く摂取できることに加えて,多くの水溶性食物繊維の摂取につながり,腸内環境の改善を通じて軽度不調状態の緩和が期待できる.
そこで本研究では,複数の機能性成分を多く含む「北陸裸糯68号」を有用な系統として実用化することを目指し,「北陸裸糯68号」を摂取させた場合の勤労者の体調,ここでは,軽度不調状態を含む精神状態に対する効果,排便状態への影響,およびβ-グルカンが内臓脂肪面積を減少させる可能性が報告されていることから(Aoe et al. 2017),内臓脂肪を含む体組成に及ぼす影響を調べた.
1.対象者
研究対象者は農研機構職員とし,電子メールなどを用いて試験概要を周知し募集した.試験参加にあたり,次の条件をスクリーニングの際の除外基準とした.①妊娠中,妊娠の予定のある者,授乳中の者,②慢性疾患などにより通院や常時服薬している者,③試験期間中にライフスタイルが大きく変化する者(引越しなど),④食品(特に小麦)に対し,アレルギーを起こす恐れのある者,⑤GABAを含むサプリメントや整腸剤を常用している者,⑥便通に極端な異常がある者(試験前の1ヶ月間に下痢と便秘を繰り返す,排便頻度が週2回以下).ヘルシンキ宣言(1964年採択,2013年修正)の精神に則り,研究対象者に試験の趣旨,内容を十分に説明し,研究対象者より書面による自由意志に基づく同意書を得た.本研究は農研機構人対象倫理委員会にて審査,承認(令和3年11月30日付け,承認番号R03-09. UMIN000046302)を受け実施されたものである.
2.被験食品
蒸し大麦レトルトパウチ100 g(60%精麦大麦「北陸裸糯68号」)を試験食とした.対照食は,「北陸裸糯68号」よりもGABA量,β-グルカン量,フルクタン量が低い大麦品種である「イチバンボシ」を用いて調製した蒸し大麦レトルトパウチ100 gとした.製造法は次の通りである.原料の大麦を水で洗浄し,レトルトパウチに入れ,水を添加し,脱気後にシールをして加熱・殺菌処理(115 ℃,30分間)を行った.これらの食品にはアレルギー表示義務または表示推奨品目は含まれていなかった.また,これらの食品は,一般細菌数が300 cfu/g以下,大腸菌群が陰性,黄色ブドウ球菌が陰性であることを確認した.表1 に被験食品の一般成分の分析値およびβ-グルカン量,フルクタン量,GABA量を示す.
1パック(100 g)あたりの数値
3.試験デザイン
試験方法は無作為化単盲検対照並行群間比較試験とした.試験責任者が乱数を用いて作成した割り付け表に基づいて研究対象者を2群に分け,性別,年齢,1週間の排便回数,事前調査軽度不調の各項目で群間に差がないように割り付けた.被験食品の識別記号と中身の対応情報は被験食品提供者が管理し,同提供者は研究対象者および試験責任者に情報を開示せず,試験責任者によるデータ解析終了後に試験責任者のみに情報を開示した.
試験責任者は研究対象者に,被験食品を1日1回8週間にわたって摂取すること,摂取時間は制限しないが,被験食品の加熱後は当日中に摂取すること,被験食品を摂取し忘れた場合は翌日に繰り越して摂取しないことを指示した.被験食品の加熱方法は研究対象者の使用する機器に合わせ電子レンジ500Wで1分間などとした.なお研究対象者に試験期間中,新たに便通に影響を及ぼすと考えられるβ-グルカン,フルクタン,難消化性でんぷんと,精神的ストレス緩和作用が報告されているGABA,テアニン(Unno et al. 2013)を含有するサプリメントの摂取を禁止するとともに,これらを多く含む食品(もち麦,スーパー大麦,GABAリッチトマトなど)の摂取は控えるよう,摂取した場合はその旨を日誌に記載するよう指示した.
4.分析項目
被験食品摂取開始前,摂取4週後,摂取8週後にアンケート調査,体組成測定を実施した(表2 ).
● 検査の実施項目.↔ 研究期間中,研究対象者に毎日実施させた項目.
1)軽度不調状態
職業性ストレス簡易調査票( https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/dl/stress-check_j.pdf,2023年8月31日参照.)を用いたアンケート調査を行った.アンケートはA, B, C領域があり,すべての領域について回答させた.軽度不調を判定する際にはこのうちのB領域を用いた.すなわち研究対象者に過去1か月間の自身の状態について同調査票B領域の設問1-29まで回答させ,当該調査票のマニュアル( https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/150507-1.pdf,2023年8月31日参照.)に従い,各設問に対し,“ほとんどなかった”と答えた場合を1点,“ときどきあった”と答えた場合を2点,“しばしばあった” と答えた場合を3点,“ほとんどいつもあった” と答えた場合を4点とし,設問1「活気がわいてくる」,設問2「元気がいっぱいだ」,設問3「生き生きする」の合計点数を「活気」の点数,設問4「怒りを感じる」,設問5「内心腹立たしい」,設問6「イライラしている」の合計点数を「イライラ感」の点数,設問7「ひどく疲れた」,設問8「へとへとだ」,設問9「だるい」の合計点数を「疲労感」の点数とした.なお同調査票マニュアルでは,「身体愁訴」は設問19-29の合計点数とされているが,本研究では,Kagami-Katsuyama et al.(2023)の報告に従い,設問27「食欲がない」及び設問29「よく眠れない」は「身体愁訴」の項目より除外し,「設問19「めまいがする」,設問20「体のふしぶしが痛む」,設問21「頭が重かったり頭痛がする」,設問22「首筋や肩がこる」,設問23「腰が痛い」,設問24「目が疲れる」,設問25「動悸や息切れがする」,設問26「胃腸の具合が悪い」,設問28「便秘や下痢をする」の合計点数を「身体愁訴」の点数とした.軽度不調状態は,同調査票B領域への回答から,次に示す項目のうち,1つ以上の項目が,同調査票で定める「やや高い」「高い」(「活気」の場合は「低い」「やや低い」)に該当する以下の点数のときに軽度不調と評価した(Kagami-Katsuyama et al. 2023).
「活気の低下」:男性,女性ともに5点以下,「イライラ感」:男性8点以上,女性9点以上,「疲労感」:男性8点以上,女性9点以上,「身体愁訴」:男性17点以上,女性18点以上
加えて,同マニュアルにより高ストレス者(B領域の合計が77点以上の者,A領域の合計点とC領域の合計点を加算して76点以上かつ,B領域63点以上の者,不安感及び抑うつ感の項目が同調査票で定める「高い/多い」者)と判定された者は軽度不調者の層別解析より除外した.
2)精神状態
研究対象者の精神状態の評価には,VAS(Visual Analogue Scale)テストを用いた.VASは縮尺度によるスケール評価で自身の状態を可視化するものであり,本研究では,抗ストレス作用の調査項目として報告がある「心が穏やかである」「心配事がない」「すっきり目覚める」「熟睡感がある」(吉田ら 2015)の各項目において,105 mmの横直線に対し,左端を「すごく当てはまる」,右端を「全然当てはまらない」と設定した.研究対象者は当該横直線に現在の状態の位置に縦線を入れ,左端から前述の縦線までの距離をmm単位で測定して研究対象者の主観的な気分を表すものとした.
3)便通および便の形状
ブリストルスケール(人間の便の形状と硬さを7つのカテゴリーに分類するために設計されたもの)(O’Donnel et al. 1990)の見本図を研究対象者に渡し,日誌に排便回数および便の形状を記載させた.
4)体組成
デュアル周波数体組成計DC-430A-N(タニタ)を用いて,体重,体脂肪率,脂肪量,除脂肪量,筋肉量,体水分量,体水分率,推定骨量,基礎代謝量,内臓脂肪レベルを測定した.研究対象者から身長を聞き取り,BMIを算出した.
5.統計解析
試験を完遂した研究対象者のうち以下の基準に該当する研究対象者, 即ち①被験食品の摂取率が80%を下回った者,②日誌記録の欠損など試験結果の信頼性を損なう行為が顕著にみられる者,③スクリーニングの除外基準に該当していたことが試験開始後に明らかになった者や,研究期間中に制限事項を遵守できないことが判明した者,④試験期間中に生活環境等に大きな変化があったと判断された者を有効性解析対象者から除外した.測定項目それぞれについて被験食品の摂取前,摂取4週後,摂取8週後の実測値および試験開始前からの変化量について解析した.また,上述の通り,研究対象者のうち,試験開始前に軽度不調状態と判別された者について層別解析を行った.各調査時期において,アンケート調査(職業性ストレス調査,VASテスト),排便回数および便形状の群間比較をWilcoxonの順位和検定で,摂取後各時点での試験開始前からの変化についてはWilcoxonの符号付順位検定を用いて解析した.年齢の群間比較はt検定を,体組成の群間比較は被験食品,試験期間についての二元配置分散分析を用いて行った.統計的有意水準は5%未満とし,10%未満を傾向があるとした.
1.解析対象者
試験参加に44名(23歳~60歳)の応募があり,研究を開始した.試験開始後に同意を撤回した者はいなかった.個人的な事情により試験から脱落した者は1名であった.試験を完遂した43名のうち4名が有効性解析対象除外基準①③④に該当した(図1).結果として対照食群は20名(男性8名,女性12名:年齢:46.5 ± 10.2歳,BMI値:22.8 ± 3.5),試験食群は19名(男性8名,女性11名:年齢:45.2 ± 13.0歳,BMI値:21.5 ± 3.5)であった.事前測定項目のうち両群間で有意な差が認められた項目はなかった.試験期間中,腹鳴などの腹部の不調を感じた者が試験食群で11名,対照食群で2名見られたが,これらの不調の多くは1~2週間で解消し,重篤な健康被害は確認されなかった.
2.有効性の評価
1)軽度不調状態
蒸し大麦の摂取が解析対象者全体の軽度不調関連項目(「活気」「イライラ感」「疲労感」「身体愁訴」)へ及ぼす影響を図2 に示す.摂取8週後の「活気」の項目で試験食群の値が対照食群に比較して有意に高く,「疲労感」の項目でも試験食群で対照食群に比較して値が低い傾向が得られた.「イライラ感」「身体愁訴」の項目ではいずれの調査時期においても群間で差は認められなかった.群内比較では,試験食群では試験開始前に比べて摂取4週後に「疲労感」で有意な改善効果,摂取8週後で「活気」及び「身体愁訴」でそれぞれ有意な増加効果及び改善効果が見られた.加えて摂取4週後に「身体愁訴」で改善傾向が見られた.対照食摂取ではいずれの時点でも値に変動が認められなかった.試験開始前からの変化量を用いた群間比較では,摂取8週後の時点で,「活気」の項目で試験食群が0.5(-2—+4:最小値—最大値),対照食群が0(-9—+4:最小値—最大値)となり有意な差が見られたが,他の項目では有意な差が認められなかった(データを示さず).
箱は四分位範囲(25%–75%),箱の中の線は中央値を示す.ひげの両端は,それぞれ 最小値と最大値を表す.「活気」以外は値が小さいほど良好な状態を表す.一群あたりの被験者数:18人~20人. *,各期間における比較:P < 0.05. ☨,P < 0.1 .a,0wとの比較:P < 0.05.b,P < 0.1.
Kagami-Katsuyama et al.(2023)による軽度不調の定義により,前述の4つの項目のうち,試験開始前に軽度不調状態と判別された者は試験食群で10名,対照食群で10名であった.また,高ストレス者と判定された者は試験食群で2名,対照食群で3名であり,軽度不調者の層別解析より除外した.軽度不調者は高ストレス者を除いて解析対象者全体の58.8% であった.この軽度不調者の実測値を用いて解析を行ったところ(図3),試験食群が摂取8週後の「活気」の項目で対照食群に比較して値が有意に高かった.そのほかの項目ではいずれの調査時点でも群間で有意な差は認められなかった.群内比較では,試験食群では摂取4週後で「イライラ感」で改善傾向が見られた.対照食摂取ではいずれの時点でも値に変動が認められなかった.試験開始前からの変化量を用いた解析では,群間で差は認められなかった(データを示さず).
箱は四分位範囲(25%–75%),箱の中の線は中央値を示す.ひげの両端は,それぞれ 最小値と最大値を表す.「活気」以外は値が小さいほど良好な状態を表す.一群あたりの被験者数:8人~10人. *,各期間における比較:P < 0.05.0wとの比較:a,P < 0.1.
2)精神状態
VASテストにより研究対象者の精神状態を判定した.調査項目の「心が穏やかである」「心配事がない」「すっきり目覚める」「熟睡感がある」のいずれの項目,調査時期において群間で差は認められなかった(図4 ).群内比較では,試験食群では摂取4週後で「心が穏やかである」で有意な改善効果,「熟睡感がある」で改善傾向,摂取8週後で「熟睡感がある」で有意な改善効果,「すっきり目覚める」の項目で改善傾向が見られた.対照食群では摂取8週後で「熟睡感がある」で有意な改善効果,「すっきり目覚める」で改善傾向が見られた.
値が小さいほど良好な状態を表す.箱は四分位範囲(25%–75%),箱の中の線は中央値を示す.ひげの両端は,それぞれ 最小値と最大値を表す.一群あたりの被験者数:18人~20人.a,0wとの比較:P < 0.05.b,P < 0.1.
表3に前述の4つの項目における試験開始前からの変化量の群間比較の結果を示す.このうち,「心が穏やかである」および「熟睡感がある」の項目で摂取4週後に試験食群は対照食群に比べて良好な変化が大きい傾向が得られたが,摂取8週後にはどちらの項目でも対照食群との差は見られなかった.
数値は試験開始前からの変化量の中央値.値が低いほど良好な変化を表す.P値は各期間における比較.1群あたりの被験者数:18人~20人.
3)便通および便の形状
試験開始2週から4週まで試験食群の方が対照食群よりも排便回数が有意に多く,6週,8週では多い傾向が得られた(図5).一方,ブリストルスケールにおいて普通便とされる3から5のタイプの便の割合は,両群とも試験期間中を通じて中央値が90%以上であり,群間で差は認められなかった(データを示さず).
箱は四分位範囲(25%–75%),箱の中の線は中央値を示す.ひげの両端は,それぞれ最小値と最大値を表す.一群あたりの被験者数:18人~20人.*,各期間における比較:P < 0.05.☨,P < 0.1.
4)体組成
欠損値があった研究対象者を除いて解析を行った(試験食群:18名,対照食群:18名).研究対象者全体で摂取8週後に体水分量,体水分率が試験開始前,摂取4週後と比べて有意に増加していた.群間比較では摂取4週後,8週後でBMI,体脂肪率,脂肪量,除脂肪量,筋肉量,体水分量,体水分率,推定骨量,基礎代謝量,内臓脂肪レベルについて群間で差は認められなかった(データを示さず).内臓脂肪レベルに関して試験開始前からの変化量について群間で比較したところ,いずれの摂取期間においても差は認められなかった.さらに試験開始前に内臓脂肪レベルが通常の数値(1~9)を越えていた者(試験食群で5名,対照食群で5名)について層別解析を行った結果,実測値および試験開始からの変化量とも群間で有意な差は認められなかった(データを示さず).
かつて“麦ごはん”は高価な白米ごはんの代替として認識されていたが,最近では,大麦はβ-グルカンをはじめとした機能性成分を多く含む機能性穀類として知られている.米国やカナダ,EU,オーストラリア,ニュージーランドでは,大麦やオーツ麦に含まれるβ-グルカンの健康強調表示(コレステロール低下による心臓疾患のリスク低減,排便促進効果など)を認めており,日本でも2015年から始まった機能性表示食品制度において,大麦β-グルカンを関与成分とした健康機能表示がなされている.農研機構では大麦β-グルカンの食後血糖値の上昇抑制作用についてのシステマティックレビューを公開しており( https://www.naro.affrc.go.jp/org/nfri/yakudachi/sys-review/pdf/NARO_NFRI_review_bglucan1.pdf,2023年8月31日参照.),2023年7月までで34商品の届け出に利用されている.
本研究では,β-グルカンを含む複数の機能性成分量が標準的な大麦よりも多い大麦品種を利用した蒸し大麦の摂取が,体調,ここでは軽度不調状態を含む精神状態,便通,体組成に及ぼす影響について検討した.その結果,主要評価項目である軽度不調について,軽度不調を判定する項目のうち,被験食品摂取8週後の「活気」の項目で試験食群の方が対照食群よりも値が有意に高く,また,「疲労感」の項目でも試験食群で対照食群に比較して値が低い傾向が得られた.次に,試験開始前に軽度不調状態と判定された者について解析を行ったところ,今回の試験で軽度不調者は解析対象者全体の約6割であり,前述した厚生労働省の調査結果である「仕事や職業生活でストレスを感じている労働者」の割合と一致していた.軽度不調者においても,解析対象者全体と同様,摂取8週後に試験食群で対照食群よりも「活気」の値が有意に高かった.「活気」について高ければ高いほど良いわけではないものの,Kagami-Katsuyama et al.(2023)によると「活気」の値が5以下のときに軽度不調状態と判定されており,本研究では解析対象者全体および軽度不調者ともに「活気」の中央値が5以下でなかったことから,軽度不調状態からの改善ではないものの,「北陸裸糯68号」の摂取が「活気」を維持できる可能性がある.すなわち「北陸裸糯68号」は,軽度不調状態で認められる「活気の低下」を防ぐ可能性がある有効な素材として期待できる.またKagami-Katsuyama et al.(2023)によると,軽度不調な状態ではまず「活気の低下」が見られ,続いて「疲労感」「イライラ感」が表れ,その後「身体愁訴」の状態が見られる.すなわち「活気の低下」を抑制することができれば,その後の軽度不調な状態への移行を抑制することが期待される.
加えて,精神状態を可視化するVASテストの結果から,試験開始前からの変化において摂取4週後で「心が穏やかである」「熟睡感がある」の項目で試験食群が対照食群よりも評価が高い傾向があったことから,試験食群で良好な精神状態を示す可能性がある.一方で試験食群では「心が穏やかである」の項目において,摂取4週後では試験開始前からの状態から改善傾向が見られたが,摂取8週後に試験開始前の状態に戻った点については,原因は不明であるが,精神的ストレスの主観評価について経時的な変化を調べる際にこのような現象は他の論文でも報告されている(島本ら 2015).また対照食群で摂取4週後では試験開始前からの精神状態の変化は認められなかったが,摂取8週後では「熟睡感がある」の項目で試験前に比べて有意に改善,「すっきり目覚める」の項目で改善傾向が得られ,これらは試験参加への影響の可能性も考えられる.以上のことから試験食群においても試験への参加が結果に影響を与えた可能性もあり,主観的評価を解析する際には,エンドポイントだけでなく,経時的に調査をする必要があること,加えて、体調への評価についてはストレスマーカーや心拍数などの客観的な指標を追加するなどして引き続き検討する必要がある.
大麦には機能性成分として知られるGABAが含まれている.GABAは哺乳類の中枢神経系に多く存在する抑制性の神経伝達物質であり,一時的な精神的ストレス緩和効果などが報告されており,機能性表示食品としても展開されている.農研機構でもGABAの一時的な精神的ストレス緩和作用についてのシステマティックレビューを公開し( https://www.naro.affrc.go.jp/org/nfri/yakudachi/sys-review/pdf/NARO_NFRI_review_GABA2-1.pdf,2023年8月31日参照.)ており,GABAの有効量を28 mgとしている.本研究の「北陸裸糯68号」を利用した試験食に含まれているGABAの含量は17 mgであり,前述の作用の有効量には足りていない.しかしながら吉田ら(2015)の論文では,17 mgの GABAが含まれる被験食品を8週間摂取した被験者のVASテストの結果から精神状態の改善効果が得られており,その効果がGABAの摂取によるリラクゼーション効果の可能性によるものと推察している.本研究でも試験食には17 mgのGABAが含まれており,本試験で得られた「活気」の増加や良好な精神状態を示す可能性は,吉田ら(2015)の報告と同様にGABAの継続的な摂取によりもたらされたものと考えられる.有効量については今後も追試を行い検討する予定である.外薗,斎藤(2016)の報告でも,日ごろから睡眠の問題やストレス,疲労を感じている労働者にGABA(100 mg)を摂取させたところ,試験開始から摂取6週間までの変化量においてポジティブな気分の指標である「活気―活力」が対照群よりも高い値となることを確認しており,その理由として,GABAを連続して摂取することにより,リラックス状態が継続され,「活気―活力」が高まることが推察されている.
職業性ストレスを含む精神的なストレスが自律神経を通じて消化機能に影響を与えることがわかっており,腸内環境と精神的ストレスは密接な関係がある.自律神経には交感神経と副交感神経があり,この二つの神経のバランスにより体の調子を整えている.胃腸の動きは交感神経が優位になると悪くなり,副交感神経が優位になると活発になる.何らかのストレスが原因で過剰な緊張状態が長く続くと,交感神経が優位になり,腸の動きが悪くなり便秘などになりやすくなる.逆に腸内環境が良くなると,副交感神経の働きが良くなり,自律神経のバランスが改善されることもわかってきている.これまでに,乳酸菌CP2305株の摂取が精神的ストレスを緩和すること(Nishida et al. 2019),腸内環境を改善することが報告されている(Sugawara et al. 2016).今回用いた試験食,対照食に含まれる食物繊維量はそれぞれ10.9 g,3.8 gであり,平均的な日本人の食物繊維の摂取量は14 g程度であることから,一食の主食を被験食品に置き換えて考えると試験食群,対照食群での食物繊維量摂取推定量はそれぞれ24.9 g/日,17.8 g/日よりも少ないと思われる.厚生労働省策定の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では,一日あたりの摂取目標量は,18~64歳で男性21 g以上,女性18 g以上となっていることから,本試験における研究対象者の食物繊維量は過剰な量ではないと考えられる.一方でβ-グルカンを含む大麦由来の食物繊維については1日あたり3 g以上の摂取で排便促進効果があるとされているが(青江 2015),被験食に含まれる大麦由来の食物繊維(β-グルカンとフルクタン)は試験食で13.3 g,対照食で2.5 gであり,対照食は前述の有効量に達していない.排便回数について週2回以下,1日4回以上の排便を正常からの逸脱としたConnellら(1965)報告によれば,本研究では試験食群は対照食群より排便回数が多いものの,試験期間を通じて両群の排便回数は正常な排便回数内であった.加えてブリストルスケールによる便の形状について両群とも有意な変化は認められなかった.「北陸裸糯68号」摂食,腸内環境改善,精神的ストレス緩和の関係については,今後,便秘・便秘傾向の者を研究対象者として用いるなどして今後の検討課題としたい.
以上のことから,「北陸裸糯68号」摂食による「活気」の増加や良好な精神状態を示す可能性は,腸内環境の改善ではなく,「北陸裸糯68号」に含まれるGABAの摂取によるものと推察された.加えて「北陸裸糯68号」を用いた蒸し大麦にはβ-グルカンのほか,水溶性食物繊維であるフルクタンも多く含まれている.これまで大麦食による内臓脂肪減少効果(松岡ら 2014)や水溶性食物繊維量の摂取量と内臓脂肪の蓄積に負の相関があることが報告されている(Hairston et al. 2012)が,「北陸裸糯68号」の8週間摂取により内臓脂肪減少の効果は得られなかった.今後,サンプルサイズを大きくする,内臓脂肪面積を測定するなどの検討が必要と思われる.体組成のうち,水分量が両群で試験開始前に比べて試験終了後に増加していたが,これは試験期間が冬から春にかけて行われたことから外環境の変化(気温の上昇等)によるものと思われる.
大麦はもち性とうるち性に分けられるが,食べやすく,β-グルカン含量がうるち性よりも高くなるもち性品種の需要が高まっている.今回試験で使用した「北陸裸糯68号」はもち性であり,食べやすいことに加え,軽度不調緩和,良好な精神状態をもたらす可能性がある機能性大麦として今後,利用拡大を目指しさらに検討を行っていく.
著者のうち,山本(前田),河合については軽度不調評価法に関する特許を出願している.その他の著者には開示すべき利益相反はない.