2024 年 2024 巻 18 号 p. 21-37
本研究は,大規模水稲作経営において,圃場別に収量コンバインで推定した収量と,網羅的に収集した栽培管理データをデータセットに統合して解析し,翌年の収量向上のための改善を進める「データ駆動型生産」の効果を定量的に検証することを目的とした.茨城県南部の経営体における約160 haの作付圃場すべてを対象として,研究プロジェクトに参画した2019年から2023年までの5年間,データを収集した.実施した主要な改善策とその効果は以下の通りである.有利販売の可能な低アミロース品種や糯品種の移植時期を繰り上げたことにより,出穂期が早まって登熟期間の良好な気象条件が確保されて,収量が安定した.「コシヒカリ」の作付を大区画圃場のあるブロックに集約したことで,作業能率が向上し,適期作業が可能になった.早生品種は周辺圃場より出穂が早いため,カメムシ防除を2020年から実施したことで,被害の集中を軽減した.さらに,水利の制約により移植時期が遅い圃場ブロックに耐倒伏性のある中晩生品種を配置したことで,ドローンを活用した2回追肥での多肥栽培が可能となり,収量が安定した.これらの改善により,茨城県南部の平年収量を10%以上上回る収量向上を実証した.
This research was conducted to verify quantitatively the effects of "Data-driven production", which depends on both the integrated agricultural datasets and their analysis to obtain higher yield of next year, in large-scale rice production. Datasets contains yield of each field measured by combine, and data collected from all cultivation practices. Data were collected at farm corporation, located in southern part of Ibaraki Prefecture, approximately 160 ha in total, growing its scale through "extension of both transplanting and harvesting duration through the combination of multiple cultivars", during 5 years since 2019, when the farm participated the research project of "smart agriculture acceleration demonstration" funded by Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries through 2 years, until 2023 with 3 years of follow-up. Major improvements and their results were as follows: Earlier transplanting orders were allocated to a low-amylose cultivar and a glutinous cultivar, those are sold at higher price, resulting in stable yield due to better climate condition during ripening. Fields of 'Koshihikari' were aggregated to the block where large-scale fields exist, resulting in faster machine operation. Pesticide for stink bugs was applied to the early-maturing cultivars, whose panicles emerged earlier than nearby fields, since 2020. Lodging-resistant late-maturing cultivars were chosen to the late-transplanting block due to the water constraints, and high fertilization of twice topdressing by unmanned aerial vehicle (UAV) stabilized their yields. The increase of yield, resulting in over 110% level of common annual yield in southern Ibaraki Prefecture, was proven through these improvements of cultivation practices, based on analysis of comprehensively collected data.
農業分野におけるデータ活用については,「未来投資戦略2018」(内閣府 2018)において,2025年度までに「農業の担い手のほぼ全てがデータを活用した農業を実践」するという進捗目標が掲げられている.水稲作においても,収量の確保と品質の向上を目的として,生産者のもとに栽培履歴,気象条件などの環境情報と収穫物情報を収集することで,栽培の改善につながる情報が可視化され,「データ駆動型」のPDCAサイクルを活用する基盤が整う(池田 2021).一方で,収集されたこれらの情報は多様で複雑であることから,改善策の策定にはデータの多角的な検証が必要であることが指摘されている.また,「生産者みずからの経営判断を支援するために,相互に有益となる試験を中心として農業関係者が集結する技術革新のプロセス」として定義されるOn-Farm Experimentation(OFE)においては,生産現場でのデータの収集に引き続いて,その精査と再構成の工程が提示されている(Lacoste et al. 2022).
著者らは,茨城県南部で大規模水稲作を展開する農業生産法人で2019年に作付した「コシヒカリ」155筆について,栽培管理データを網羅的に収集した圃場別データセットを構築し,収量コンバインにより得られた圃場別の推定収量とデータセット各項目との関係から,低収圃場に共通する問題点を摘出した.その結果,圃場別収量を正規化して算出した収量スコアは33筆で低く,移植時期が遅いことによる登熟期間の日射量不足が示唆された.そこで,「コシヒカリ」全体としての収穫量を増加させるため,良好な登熟条件が期待できる適正な時期に移植する面積を増加させるという改善策を提示した.移植時期を変更できない圃場での改善策としては,「コシヒカリ」から他品種への変更や,栽植密度を高めたり,基肥を増やすことによる生育量の確保を提案した(石川ら 2021).
2020年の「コシヒカリ」作付圃場139筆を対象に,実際に採用された改善策を検証したところ,他品種から「コシヒカリ」に変更して5月13日までの適正時期に移植した圃場13筆の収量スコアはすべてプラスとなった.移植時期が5月21日以降になる圃場53筆に対する栽培法の改善では,栽植密度を高めるとともに基肥窒素施用量を増やした場合に,低スコア圃場の比率は14.3%となり,栽培法を維持した圃場の23.3%より低くなった(石川ら 2022).このように,栽培管理情報を網羅的に収集した圃場別データセットは,改善策の有効性検証においても利用できることが示された.
これらの結果を踏まえて,本研究では,「データ駆動型」営農改善による収量向上を実証することを目的とする.対象を「コシヒカリ」から経営全体に広げるとともに,同様の改善を継続したその後の3年間の結果を含めて,5年間の実証を通じたデータ駆動型営農改善の経過と到達点について考察する.
1.データ収集の対象と収集方法
本研究は,茨城県龍ケ崎市の横田農場の作付圃場すべてを対象として実施した.研究期間の前半である2019年から2020年までは,横田農場が参画した農林水産省「スマート農業加速化実証プロジェクト」のうち,「関東平坦部における栽培管理支援システムとスマート農機の連携による大規模水稲作営農体系の実証」において実施した結果であり,2021年から2023年までは継続調査による結果を追加して,とりまとめたものである.既報(石川ら 2021,2022)では,横田農場の作付品種のうち「コシヒカリ」に着目して論述したが,本研究では経営全体を対象としてデータの収集と解析を実施した.
横田農場では,「多品種の組合せによる田植え及び収穫期間の拡大」による規模拡大を進展させており,8条田植機(湛水直播では播種ユニットに換装),乾田直播の8条播種機や6条刈り収量コンバインを,それぞれ1台ずつ運用して大規模水稲作を実現している.
本研究を開始した2019年には,4月5日の乾田直播から6月29日の機械移植まで,のべ11品種が作付された.各品種の早晩性は表3として後掲するが,早生品種を「コシヒカリ」より早く移植し,中晩生品種は「コシヒカリ」より遅く移植するか,直播栽培に用いることにより,収穫期間が長く確保され,原則として移植した順序で収穫が行われていた(石川ら 2021).本研究では,このような移植・直播という栽培法と品種との組み合わせを,以下「作型」と表記する.
また,2022年までの乾田直播栽培では溶出日数の異なる被覆尿素肥料を播種溝に同時施用して追肥なしで栽培し,それ以外は原則として基肥には鶏糞ペレットを全層に施用し,尿素を追肥する肥培管理が行われた.2021年以降は,追肥にドローンが使用された.
このような品種構成のもとで,実施した栽培管理の内容を圃場別データセット(石川ら 2021)に集約した.圃場別推定収量は,導入した収量コンバイン(クボタDR6130S-PFQW-C)を用いて取得した.圃場別データセットは圃場単位でデータを収集した.圃場名や立地するブロック,面積などの基本情報,前年までの履歴を含む作付品種や栽培方法などの情報,移植日または直播栽培での播種日,収穫日などの作業情報,基肥・追肥の種類や窒素施用量と施用日などの肥培管理情報,使用した農薬の種類と散布日などの防除情報を必須項目として定義した.
また,乾燥ロット別に取得した玄米調製量や屑米重量などを乾燥調製データセットに集約した.乾燥調製データセットでは,ロット番号,対応する圃場,乾燥前後の水分と,籾摺・選別後の玄米調製量,篩選による屑米重量,光選別による屑米重量を,必須項目として定義した(石川ら 2021).
乾燥ロットをまたぐ圃場については,水分を補正した籾収穫量に基づきそれぞれの乾燥ロットに対応する収穫面積を案分することにより,圃場別データセットと対応させた.
作業スケジュールや肥料・農薬などの資材投入量,また乾燥調製に関する各種データは,横田農場で使用している営農管理システム出力ファイルからインポートして収集した.収量データは,収量コンバインにより自動収集され,対応する営農管理システム上に蓄積された収穫量や水分データの出力を,インポートしてデータセットに収集した.また,既報(石川ら 2022,2023)と同様に,データセットは年次別に作成した.
これらのデータの収集には,汎用の表計算ソフトウェアであるMicrosoft Excelを使用した.
2.気象データと収量の年次間比較のための作況データ
稲作期間である4月1日から10月31日までの気象条件は,横田農場の作付圃場が分布する範囲の中心に近いライスセンターの位置を,農研機構メッシュ農業気象データ(大野ら 2016)に登録して,各年次の日平均気温および日射量を取得した.
収量の年次間比較にあたっては,農林水産省で公表している作柄表示地帯別の平年収量および作況指数(2022年までは確報,2023年分は12月12日公表値)のうち,農家等が使用している篩目ベースの値を参照した(農林水産省 2023a,2023b).横田農場の含まれる作柄表示地帯は,2021年までは茨城県南部,2022年以降は茨城県南部・西部であり,篩目は2019年が1.80 mm,2020年以降は1.85 mmであった.
年次別の作況指数は,2019年が95と低く,2020年以降は101から102の範囲であった(表1).基準となる平年収量は,篩目1.8 mmの2019年が519 kg/10a,篩目が1.85 mmに変わった2020年以降は506-507 kg/10aであり,大きな変化はなかった.したがって,2019年から2020年への改善の評価にあたっては,作況の影響を考慮する必要があると判断された.
農家等が使用している篩目幅は2020年に1.85 mmに変更されたため,2019年は篩目1.85 mmの収量を併記した.また,作柄表示地帯は2022年に再編された.
3.データの解析と収量改善策の適用
本研究では,収量の向上を目的として,圃場別推定収量に影響を及ぼす要因を特定して,翌年の収量向上のための改善策を立案・実施した(石川ら 2021).翌年には,実施した改善策を,その年のデータセットを解析して効果を検証するPDCAサイクル(石川ら 2022)を,2023年まで継続して実践した.なお,研究期間が長期にわたり,経営判断により実施されなかった改善策も多かったことから,本研究では実施された改善策について,以下の3点に着目して考察した.すなわち,1. 品種の変更,作付順序の見直しおよび圃場への配置の変更,2. 窒素施肥法,栽植密度の見直し,3. 病害虫防除の見直し,である.このうち,圃場への配置については,既報(石川ら 2022)に示した通り,横田農場では水利の関係から作付順序と密接に関連しているため,まとめて1.で考察した.
データの解析にあたっては,単年度の結果である既報(石川ら 2021,2022)を引用する場合は,以下の方法で作型別に算出した収量スコアを示した.
圃場別収量スコア = { ( 圃場別収量 - 平均収量 ) / 収量の圃場間標準偏差 } * 10
なお,圃場間標準偏差については圃場別収量から直接算出したが,平均収量は圃場面積を加味した加重平均値として算出し,小区画圃場の影響を小さくして実勢に近づけることとした.このため,収量スコアの算術平均値はかならずしも0とはならない.収量スコアが10を超えた圃場を高スコア,-10を下回った圃場を低スコア圃場と判定した.
年次間の比較にあたっては,公表された茨城県南部の作柄表示地帯別10a当たり収量と対比するか,作況指数を用いて以下の方法で算出した作況補正収量を使用した(農林水産省 2023a,2023b,いずれも表1の篩目1.85mmの値を使用).
作況補正収量 = ( 圃場別収量 / 当該年度の作況指数 ) * 100
本研究の統計解析にはEZR(Kanda 2013)を使用した.EZRはRおよびRコマンダーの機能を拡張した統計ソフトウェアであり,無償配布されている(自治医科大学附属さいたま医療センター 2024).
1.本研究実施期間の気象条件
気象条件は年次間の変動が大きく,2023年には7月から9月にかけて記録的な高温多照条件となった(表2).横田農場は多くの作型を作付して,移植・播種期間を長く設定していることから,標準的な品種の登熟期間の積算気温を1000℃と仮定して,積算気温が1000℃に到達する日数と,その期間の積算日射量を算出した(図1).各作型が出穂する可能性のある7月11日から8月31日までを積算の基準日とした.
斜体は5年間の最高値を示す.
日平均気温の傾向を反映して,1000℃までの到達日数は7月中旬から下旬に最小となり,その後は増加したが,高温だった2023年の最小日数36日は他の年次より少なく,到達日数が増加に転じた出穂日は8月3日で,他の年次より遅かった.これに対して,2021年の最小日数は39日で他の年次より多く,増加に転じた出穂日は7月26日で他の年次より早くなり,対照的な条件であった(図1上).
この期間の積算日射量は,出穂日にかかわらず2023年が多く,2020年も7月下旬から8月上旬の出穂日ではそれに次いで多かった.2022年は7月下旬以降の出穂日で積算日射量がもっとも少なかった(図1中).さらに,白未熟粒の発生に影響することが報告されているヒートドース値(西森ら 2020)を,出穂翌日から20日間,日平均気温が26℃を上回った場合の超過分を積算して示した(図1下).ヒートドース値は,高温だった2023年が出穂日にかかわらずほぼ最高であったが,年次によっては一部の期間に2023年に近い高温条件であったことが示された.
上図では,1000℃到達日数が前後の日のどちらかと異なる場合のみ,記号を表示した.下図のヒートドース値(HD_m26)は,出穂翌日から,日平均気温が26℃を上回った場合の超過分を20日間積算して算出した.
2.横田農場における品種の変更,作付順序の見直しおよび圃場への配置の変更
横田農場が作付した作型を,奨励品種特性表(茨城県 2023a,2023b)から引用した早晩性を付して表3に示した.主な栽培法は移植であることから,移植栽培の場合は「移植」を省略した.有機移植栽培のコシヒカリには「有機」を付して区別した.乾田直播栽培(以下,「乾直」と表記する)では5年間継続して「あきだわら」を作付した他に,2021年までは他の品種も使用した.湛水直播(以下,「湛直」と表記する)は2019年から2021年のみ実施された.2021年までに作付を取りやめた作型は,移植栽培を「その他粳品種」,「その他糯品種」,直播栽培(いずれも粳品種)を「その他乾直」,「その他湛直」とまとめて示した.2019年の「にじのきらめき」と「その他糯品種」の導入が,新品種では最後となった.
早晩性は主要農作物等奨励品種特性表(茨城県 2023b)および飼料作物奨励品種特性表(茨城県 2023a)に基づく. 「-」は作付なしを示す.四捨五入のため,合計面積と各作型の数値の合計はかならずしも一致しない.
横田農場における作型別の移植・播種作業の進捗状況を図2 および付図1に,収穫作業の進捗状況を図3および付図2に,それぞれ示した.
播種作業が分散した「その他乾直」と「その他湛直」を除いて示した.
収量コンバインにより得られた圃場別推定収量を,作型別に判定した低スコア圃場とそれ以外に区別し,各収穫日の最大値と最小値を両端とする線分で示した.収穫作業が分散した「その他乾直」と「その他湛直」は除外した. 同一日に複数の作型を収穫した場合は,判定結果ごとに作型を込みにして示した. 各作型の収穫期間を矢印で,各年次の茨城県南部の作況指数(篩目1.85 mm)に相当する収量を破線で,それぞれ示した.
作付順序の見直しでは,2020年に「ミルキークイーン」,「マンゲツモチ」および「その他糯品種」の移植時期が繰り上げられた(図2,付図1).低アミロースの「ミルキークイーン」や糯品種の「マンゲツモチ」のように付加価値を有する品種は,直接販売を実施している横田農場にとって有利販売が可能であり,経営上一定の生産量を確保する必要がある.既報(石川ら 2021)において,横田農場における2019年の全作型を対象として算出した収量スコアは釣鐘型の分布を示し,そのうち「コシヒカリ」より早く移植した早生品種の分布は正に偏っていた.また,圃場別に推定した出穂期が遅くなるほど,「コシヒカリ」の収量スコアは低くなったことから,出穂期を早めることが収量改善の有効な手法と推察された.実際に,出穂後の積算気温が1000℃に到達するまでの期間の積算日射量は,2023年は7月15日以降,2020年は7月28日以降の出穂日でほぼ単調に減少し,他の年次でも,7月中旬から8月上旬にかけて同様の傾向が認められた(図1中).そこで,「ミルキークイーン」や「マンゲツモチ」についても,出穂期を早めて日射量をより多く確保するために,移植時期を繰り上げた.
この見直しにより,横田農場では「ミルキークイーン」を2020年以降「コシヒカリ」より先に収穫を完了するようになり,同様に2019年には最後に収穫した「マンゲツモチ」を,2020年以降「乾直あきだわら」より先に収穫を完了するようになった(図3,付図2).糯品種を途中で収穫すると,次に収穫する粳品種への混入を防ぐため,乾燥調製施設の清掃に手間を要するが,後述する収量の安定を受けて,経営判断によりこの作付順序が継続されている.
上記した2品種の作付順序の見直しにより,2019年には5月下旬だった「あきだわら」の移植時期が,2020年から2022年までは6月上旬に繰り下げられた.「あきだわら」の出穂期から収穫適期までの積算気温は,図1中で積算したよりも長い1100-1200℃であるため(石川ら 2023,農研機構 2017),出穂が遅くなると収穫日が遅くなって10月中下旬となった(図3,付図2).そのため,気温が高く日射量が多い8月が登熟期間に占める比率が低下し,気温が低く日射量が少ない10月の比率が増加したと推察された(表2).横田農場での「あきだわら」作付は,乾直も継続しているが,その播種時期は,周辺圃場の入水・代かきによる横浸透が発生する前に作業を完了できるように,4月上旬ごろに実施されている.この時期の播種により,晩生の「あきだわら」を用いても,出穂期があまり遅くならないという利点を得た.その一方で,乾燥調製作業を品種別にまとめて実施したため,遅れて出穂する移植栽培「あきだわら」の成熟期まで待ってから「乾直あきだわら」を収穫することになり,刈り遅れの傾向となっていた.そこで,2023年に「あきだわら」の移植時期を5月上旬に繰り上げた(図2,付図1).
その結果,2023年の「あきだわら」の収穫は5年間でもっとも早い10月8日に完了し,「乾直あきだわら」の作付面積は12.1 haと5年間で最大となったものの,収穫は2019年に次いで早い10月10日に完了した(図3,付図2).
「あきだわら」を含めた他の作型の作付順序の変更により,「あさひの夢」の移植時期は,2019年の6月上旬から,2020年以降は6月中旬以降に繰り下げられた(図2,付図1).登熟期間の積算日射量は, 2020年や2023年には出穂期が8月中旬から遅れると減少幅が大きかったが,残りの3年はそれほど変化が大きくなかった(図1中).このように,移植時期の繰り下げにより登熟期間の日射条件が安定しなくなる可能性はあるものの,横田農場では,出穂期が遅くなる条件でも「あさひの夢」の玄米品質は低下しないと評価しており,後述する窒素施肥法などの改善により対応することで,最後に移植する品種として作付を継続した.
このような作付順序の見直しは,作型の圃場への配置の変更を伴った(表4,付図3).これは,既報(石川ら 2021)で述べた通り,横田農場が同じ水管理を実施可能で,連担しているか,または距離的に近い圃場により,管理の単位としてのブロックを形成していること,これらのブロックで効率的に作業を実施できるように作型を配置したことに起因する.「有機コシヒカリ」の圃場は固定されているほか,「乾直あきだわら」と「あきたこまち」では,もっとも作付面積の大きいブロックが5年間同一であった.その他ブロックは,横田農場のライスセンターから離れた圃場で形成され,立地条件の共通性はやや薄いが,2019年に「一番星」を作付した圃場12.7 haで5年間作付が継続しており, 各年次とも「一番星」の作付面積がもっとも大きいブロックになった.
これに対して,2019年にDブロックに配置した「ミルキークイーン」および「あきだわら」は,2022年にはすべてCブロックに変更された.また,2019年にAブロックに配置した「マンゲツモチ」は,2021年の作付面積増加にあたってA,Bブロックに展開したが,2023年には一部を残して大部分がE,Fブロックに変更された.2019年にC,Dブロックに配置した「あさひの夢」は,2023年にはDブロックに集約された.
このうち,「マンゲツモチ」の2023年の配置変更は,作付順序の変更とは異なる要因への対応であった.すなわち,糯品種で乾燥工程に時間を要する「マンゲツモチ」は,1日あたりの収穫面積が制約されるため,中小区画圃場が多く作業能率の向上がむずかしいE,Fブロック(2023年の平均圃場面積はそれぞれ30 a,21 a)に配置した.代わりに,大区画圃場が多く効率的に作業を進められるA,Bブロック(同それぞれ63 a,93 a)に「コシヒカリ」の配置を変更した.
また,圃場への配置の変更が部分的に実施された場合もある.2019年には,「コシヒカリ」の高スコア圃場・低スコア圃場の局在(石川ら 2021)を解消するために,2020年にはDブロックでの作付を減らして,より早い時期に移植可能で大区画圃場が多いBブロックに振り替えた(石川ら 2022).
その他ブロックは,横田農場のライスセンターから離れた圃場で形成され,立地条件の共通性はやや薄い. 太字は各年次における作付面積が最大のブロックを示す. 四捨五入のため,合計面積と各作型の数値の合計はかならずしも一致しない.
3.横田農場における窒素施肥法,栽植密度の見直し
横田農場は原則として作型別に,用途や耐倒伏性を考慮した窒素施肥法を設定しており,作型の配置が変更された圃場では,窒素施肥法が変更された.また,作型に最適な条件を検討する段階では,試験的に追肥方法が複数設定された.基肥は,乾直の播種同時施肥では圃場別の実投入量を,それ以外の栽培法ではブロードキャスタで散布した作業単位別の実投入量を反映し,追肥量も圃場別に計量した.2023年時点で追肥に使用しているドローンは,散布量の計測機能を有しており,より簡便なデータ収集が可能であった.
本研究実施期間の窒素施肥法の変化を表5に,施肥量の変化を図4 に示した.施肥法における大きな変化は,2021年途中からドローンの利用を始めたことである.その結果,1日あたりの作業面積が大幅に拡大し,適期追肥が可能になったことから,2回追肥を適用する作型が増え,面積比率が2023年には64.9%まで拡大した.また,2019年時点では追肥を実施していなかった作型でも,情勢の変化に対応して追肥を実施するようになった.「有機コシヒカリ」では,施用していた堆肥の確保が困難になったため,代替として鶏糞ペレットの追肥施用を2021年から開始した.「乾直あきだわら」では2022年まで被覆尿素を使用していたが,肥料価格上昇への対応と被膜殻の流出による環境負荷の低減(農林水産省 2022)を目的として, 2023年は移植圃場と同様に鶏糞ペレットを全層に基肥として施用し,入水後にドローンを使用して4回の尿素追肥を実施した.
追肥面積は複数回散布圃場については重複して集計した.追肥作業日数は,同一日の作業が回数の違う圃場を含む場合も,1日として集計した. 2021年の途中からドローンを使用した. 2023年のマンゲツモチは1筆だけ,施肥法の検証のために追肥1回となった.
圃場面積による加重平均窒素施肥量と,その圃場間標準偏差を,基肥と追肥に区別して示した.
このほかの窒素施肥量の変化では,「あきだわら」で2022年に追肥を減らして基肥を増やし,「マンゲツモチ」では2021年に追肥を増やした.この期間に新規導入した「にじのきらめき」は,品種の栽培特性を把握して基肥・追肥ともに増やしたが,一部の圃場では倒伏が発生した.より晩生で倒伏しにくい「あさひの夢」は,2020年から2021年まで1回追肥圃場を設定したが,追肥量の合計は年次間でほぼ一定であり,基肥と追肥を合計した窒素施肥量は「にじのきらめき」より多かった.
2023年には,「コシヒカリ」,「ミルキークイーン」も全圃場で2回追肥を実施した.
横田農場は,移植栽培での面積あたり使用苗箱数が大規模経営体としては比較的多い点も特徴であり,10aあたりの使用箱数は,2022年にはやや増加して15.0箱となった.使用箱数は株あたりの植付本数と栽植密度で決定されるが,このうち栽植密度について,本研究の実施期間で早生品種以外での見直しが進められた(表6).「コシヒカリ」では,2020年に生育量を確保するための改善策として,同年の茨城県における移植最盛期である5月7日から2週間以上遅く移植した圃場で,標準の18.2 株/m2(坪あたり60 株)に対して,より密植となる21.2 株/m2(同70 株)の栽植密度を設定した.栽植密度を単独で高めても有効性は認められなかったが,基肥窒素施肥量の増加と併用すると,低スコア圃場の比率は14.3%で,栽培法を維持した圃場の23.3%より低く,一定の効果が認められた(石川ら 2022).「コシヒカリ」は,翌2021年も一部の圃場で21.2 株/m2の設定を継続し,2022年以降は全面的に21.2 株/m2に切り替えた.
移植時期の遅い「にじのきらめき」と「あさひの夢」は,2020年に18.2 株/m2と21.2 株/m2を併用した結果を受けて,2021年以降は全面的に21.2 株/m2に切り替えた.「あきだわら」は併用なしで,2021年から全面的に21.2 株/m2に切り替え,「マンゲツモチ」は2021年に18.2 株/m2と21.2 株/m2を併用した結果を受けて,2022年以降は全面的に21.2 株/m2に切り替えた.
これらの見直しとは逆に,「ミルキークイーン」は2021年に21.2 株/m2に切り替えたが,倒伏が発生したため2022年は18.2 株/m2と21.2 株/m2を併用し,2023年には18.2 株/m2に戻した.
設定栽植密度15.2 株/m2,18.2 株/m2,21.2 株/m2は,それぞれ坪あたり50,60,70 株である. 「/」を含む作型は,複数の設定栽植密度が併用されたことを示す.
4.横田農場における病害虫防除の見直し
上述した作付順序の見直しや圃場への配置の変更に伴い,横田農場では病害虫防除も見直した.2019年の「ミルキークイーン」は,穂揃期に穂いもちとカメムシ防除を実施したが,移植時期を繰り上げた2020年以降は,穂いもちの発生リスクが低下したとの経営判断や,周辺圃場とほぼ同じ出穂期となったことにより,大部分の圃場では2021年のカメムシ防除のみ実施した.「マンゲツモチ」,「あきだわら」および「あさひの夢」は,葉いもち・穂いもちおよびカメムシ防除を継続した.
このうち,カメムシ防除は,作付順序を見直していない作型についても変更された.出穂期が早い「一番星」および「あきたこまち」で,防除しなかった2019年に一部圃場でイネカメムシが原因と推察される不稔が発生したことから,2020年以降は防除を実施した(図5).「コシヒカリ」は「ミルキークイーン」と同様に,2021年に全圃場で防除を実施したが,周辺圃場との出穂期の差が小さく,被害は集中しないとの経営判断により,2022年以降は実施しなかった.「乾直あきだわら」と「にじのきらめき」は全期間で防除を実施した.
このほか,種子消毒方法として,温湯消毒に加えて2020年には生物農薬であるタラロマイセス・フラバス水和剤を導入し,2021年以降は全品種に使用した.
「有機コシヒカリ」を除く2023年に作付した作型を示した.
5.横田農場における収量の変化
これらの改善の実施による各年次の横田農場の圃場別推定収量の概要を図3に示した.図3では,圃場別推定収量をそのまま示し,当該年次の茨城県南部の作況指数に相当する収量(篩目1.85 mm,以下,作況相当収量と略記する)と比較した.2019年は収穫時期が遅い作型で,登熟期間の日照不足や病害の影響により,低スコア圃場以外でも作況相当収量を下回った.作付品種と圃場配置を見直した2020年には10月に収穫した低スコア以外の一部圃場の収量が作況相当収量を上回った.2021年と2022年は,「コシヒカリ」の後半に収穫した低スコア以外の一部圃場が作況相当収量を下回ったが,2023年の圃場配置の見直しにより,これらの圃場には「マンゲツモチ」が作付され,「コシヒカリ」の収量は安定した.
さらに,各圃場の作況補正収量の算術平均値を算出して,年次間で比較した(図6).2019年の移植時期がもっとも遅く(図2,付図1),籾枯細菌病と推定される被害も発生して極端に低収だった「マンゲツモチ」は,作付順序の見直し(図2,付図1)や窒素施肥量の増加(図4),栽植密度の引き上げ(表6)および種子消毒法の改善(データ省略)により,2020年以降の収量が安定した.
2023年に施肥法を見直した「乾直あきだわら」は(図4),過去4年の収量を有意に上回り,作付順序を見直した「あきだわら」は(図2,付図1),「乾直あきだわら」並の収量となった.
2023年に作付した作型について,茨城県南部の作況指数(篩目1.85 mm)で補正した圃場別推定収量の平均値に圃場間標準偏差を付して示した(統計解析のため圃場面積による加重平均ではなく,算術平均である). Tukeyの多重比較により,同じ文字を付した年次間には,5%水準で有意な差がない.
改善の効果を示すもう一つの指標として,2023年に公表された茨城県南部の平年収量のうち,1.85 mmの篩目を使用した507 kg/10aという値を,良食味品種である「あきたこまち」,「ミルキークイーン」,「有機コシヒカリ」および「コシヒカリ」の目標収量として設定した.より多収が求められるそれら以外の作型では,10%高い558 kg/10aを目標収量とした.その上で,圃場別の作況補正収量との比較により,目標収量を達成した圃場面積を集計して,作型に占める比率を年次間で比較した(図7).作付順序を有利に変更した「ミルキークイーン」と「マンゲツモチ」,「あきだわら」は,目標収量を超過した圃場面積の比率がしだいに高くなった.不利な作付順序の変更になった「あさひの夢」では,2022年に一部の圃場で目標収量を超過したが,その面積比率は高温多照だった2023年(図1)でも23%にとどまった.
圃場への配置を変更し,窒素施肥法や栽植密度を見直した一方で,移植時期はほぼ維持された「コシヒカリ」では,目標収量を超過した圃場面積の比率は,作況指数が低く,補正の効果が大きかった2019年と比較すると2020年には低下した.2021年以降の比率は2019年より高くなり,2023年には44筆中41筆となって99%に達した(図7).
2023年の茨城県南部・西部の平年収量507 kg/10a(篩目1.85 mm)を,同年に作付した作型のうち良食味品種である「あきたこまち」,「ミルキークイーン」,「有機コシヒカリ」および「コシヒカリ」の目標収量として,それ以外の作型に対しては10%高い558 kg/10aを目標としてそれぞれ設定し,圃場別に作況補正収量と比較して面積を集計した. 「( )」内の数値は,作型全体に対する面積比率(%)を示す.
既報(石川ら 2021,2022,2023)では,対象とした経営体の作型のうち,「コシヒカリ」や「あきだわら」のようにひとつの作型を対象として,圃場間の収量差の要因を明らかにして,改善策を適用した経過を報告した.改善策には,圃場配置の見直しや品種の変更も含まれる一方で,特定の低収圃場に窒素増施を実施するようなきめ細かい対応も含まれていた.
これに対して,本研究では,前報(石川ら 2024)と同様に,対象とした経営全体の収量向上を目的とした改善を複数年にわたって継続した点が異なっている.Lacoste et al.(2022)は,OFEが経営体の営農に組み込まれて実施され,関係者による意見交換の過程で,改善に向けた洞察が得られると指摘している.本研究においても,作型に共通する栽培法の見直しや,作型そのものの導入および作付面積の増減,さらには作付をとりやめるといった見直しが実施された.
最初に,本研究期間の気象条件について述べる.既報(石川ら 2021)で対象とした2019年は,出穂後の積算気温が1000℃に到達するまでの期間の積算日射量が,7月下旬から8月中旬にかけて出穂が遅れるほど少なく(図1中),収穫日別に積算した推定収量も,出穂が遅くなったと推察される収穫日の遅い圃場ほど低くなる傾向が認められた(図3).その後の2023年までの4年間を含めると,年次によっては積算日射量の変化が少ない期間も見出されたが,全体的な傾向は,太陽高度が低く,日長も短くなることから,出穂が遅くなるほど積算日射量が少なくなる点で共通していた.したがって,移植時期が遅くなる作型において,より厳しくなる登熟条件を克服できるような収量向上策が必要となる.
また,コシヒカリの作況基準筆データの解析(西森ら 2020)において,白未熟粒率の95%信頼区間が0%を含まなくなるヒートドース値が約40であることから,これを基準として研究期間の気象条件を確認した.7月11日から8月31日までの出穂を想定した場合,2021年には40以上にはならず,2022年に40以上となったのは1日,2020年は2日であった.これに対して,2019年は7月21日から31日まで,2023年は7月20日から8月6日までと8月12日から13日までの出穂で40以上となり(図1下),8月前半までに出穂する可能性のある作型では,高温による品質低下の可能性があることが示唆された.
各作型の代表圃場での観察から,2023年のこの期間に出穂期が含まれた可能性のある作型は,移植・播種時期がほぼ維持されている「乾直あきだわら」,「あきたこまち」,「有機コシヒカリ」,「コシヒカリ」,「にじのきらめき」と,作付順序を見直した「ミルキークイーン」,「あきだわら」と判断された.高温登熟性が“やや強”とされる「にじのきらめき」(長岡ら 2020)が含まれるが,良食味品種や有利販売が可能な低アミロース品種,あるいは有機栽培米として出荷する作型の面積が多く(表3),高温耐性品種への変更は困難である.そこで,適度な窒素追肥により登熟期間中の葉身の窒素含有率を維持する(松波ら 2016)など,栽培管理により品質を維持する必要があると推察された.
実施された品種の変更では,2019年に作付した品種のうち,「その他乾直」「その他湛直」のみに用いられた晩生品種は同年限りで作付を取りやめ,移植栽培に用いられた「その他粳品種」は熟期がほぼ同じである「にじのきらめき」に収量が及ばなかったこと,「その他糯品種」は販売面で知名度が十分でなかったことから,それぞれ2021年限りで作付を取りやめた.横田農場全体としては着実に規模拡大が進み,5年間で作付面積が18.9 ha増加した条件で,早生品種では「一番星」の作付面積が「あきたこまち」の減少分を上回って増加した.中晩生品種では,作付を取りやめた「その他粳品種」の面積を「あさひの夢」と「にじのきらめき」の増加で補い,同様に作付を取りやめた「その他糯品種」の面積以上に「マンゲツモチ」が増加した(表3).作付面積の増加と,後述する作付順序の見直し(図2,付図1 )や窒素施肥量の増加(表5,図4)により,2023年の「マンゲツモチ」では目標収量を超過した圃場面積が17.4 haとなり,2019年の全作付面積16.8 haを上回った(図7).
作付順序の見直しと配置の変更では,特に「あさひの夢」に着目して論述する.「あさひの夢」の移植開始日は,2019年の6月2日から,「ミルキークイーン」と「マンゲツモチ」の作付順序を繰り上げた2020年にまず10日遅くなり,さらに2022年には「にじのきらめき」の作付面積拡大の影響もあり,7日遅くなったが,2023年には「にじのきらめき」の面積がやや減少し,作業が順調に進んだことから,5日早まって6月14日となった(図2,付図1).登熟期間の気象条件は,2023年のような例外的な高温多照年でなければ,移植日が遅くなるほど多収には不利となるが(図1),窒素施肥量を増やす(図4)とともに,栽植密度の見直しでより密植にする(表6)ことで生育量を確保し,2022年以降は収量の向上を実現した(図6,図7)と推察された.
また,「ミルキークイーン」については,登熟期間の気温がアミロース含有率に及ぼす影響は,他の低アミロース品種と比較して小さいと報告されており(松江ら 2002),作付順序の繰り上げにより出穂期が早まり,登熟期間の気温が高まったとしても,低アミロースという特徴は維持されるのではないかと推察された.
窒素施肥法の見直しでは,ドローンの導入により追肥作業の能率が大幅に向上したこと,少量の肥料でも圃場内に精密に散布することが可能となったことにより,良食味品種の「コシヒカリ」で2回の追肥を実施した点(表5)が大きな見直しである.「コシヒカリ」の2023年の加重平均窒素追肥量は2.9 kg/10aで,2022年の3.1 kg/10aとの差はごくわずかであったが(図4),分施により適期に適量を追肥したことで,高温多照の気象条件(図1)との相乗作用により,目標収量を超過した圃場面積が99%に達した(図7)と推察された.
また,減水深が大きく基肥窒素の利用効率が低いことから,通常は被覆尿素肥料などの緩効性窒素肥料を使用する乾田直播栽培(安本ら 2016,篠遠ら 2021)において,基肥の減量と多回追肥により過去4年の収量を上回った「乾直あきだわら」についても,環境負荷の低減や肥料費の節減につながる改善と判断された.
このほか,窒素施肥量の増加(図4)が大きかった作型である「にじのきらめき」と「あさひの夢」について,収量コンバインで推定した圃場別の玄米タンパク含有率と窒素追肥量を,それぞれ年次別に面積による加重平均値として算出した(図8).「にじのきらめき」は年々窒素追肥量が増加し,「あさひの夢」の窒素追肥量は2020年に一度減少し,2021年以降にまた2019年と同じ水準の窒素追肥量に戻った(図4).使用した収量コンバインでの玄米タンパク含有率の測定精度が±0.5%である(株式会社クボタ 2023)ことを考慮する必要はあるが,窒素追肥量と玄米タンパク含有率の間に明確な傾向は認められなかった.したがって,特に2023年の「にじのきらめき」のように,窒素追肥量の増加が収量の向上に反映された場合には(図6),窒素施肥量を増加する改善により,玄米タンパク含有率が上昇して食味が低下するとはいえないと推察された.
圃場別の窒素追肥量と収量コンバインにより推定した水分15%換算の玄米タンパク含有率を,年次別に圃場面積で加重平均し,圃場間標準偏差を付して示した.
栽植密度については,移植時期が遅い「コシヒカリ」の圃場で高めるとともに基肥窒素施肥量を増加する改善を実施して,一定の効果が認められた(石川ら 2022).より移植時期の遅い「にじのきらめき」でも,同様に栽植密度が高く,窒素追肥を増量した圃場で多収となった(石川ら 2020).「あさひの夢」では,栽植密度単独での明確な傾向は認められなかったが,2022年以降に全面的に21.2 株/m2に切り替える(表6)とともに,2021年以降に窒素施肥量を増加した(図4)相乗効果により,移植時期を遅らせたにもかかわらず作況補正収量が増加した(図6)可能性が示唆された.
一方,作付順序を繰り上げた「ミルキークイーン」では,栽植密度を高めたことで初期生育が旺盛になりすぎて倒伏した可能性が示唆され,2023年に18.2 株/m2に戻すことで倒伏が軽減されたと推察された.このように,栽植密度については品種特性や移植時期,窒素施肥量を考慮した設定が重要と判断された.
病害虫防除では,横田農場ではカメムシ防除を穂揃期に実施しているが,2022年以降は中生良食味品種を対象としていない(図5).石島ら(2020)は,大規模経営における作期分散により,出穂している圃場が連続して存在していることが,イネカメムシの増加する条件になっていること,推奨される出穂期の成虫を対象とした防除と出穂1週から2週後の幼虫を対象とした防除の2回をすべての圃場で実施するのはコスト・作業計画の両面でむずかしいことを指摘している.横田農場には,他の生産者の作付も含めて作型が異なる圃場が近接しているブロックや,不耕作圃場が存在したり,河川法面がごく近いブロックもあることから,使用する殺虫剤の選定も含めた更なる検討が必要と推察された.
最後に,すべての作型を対象とした作況補正収量を面積による加重平均値として算出して,年次間で比較することで,上述した改善が経営全体にもたらした効果を評価した(図9).作況補正収量は,2021年に茨城県南部・西部の平年収量507 kg/10a(2023年,篩目1.85 mm)を上回り,2023年には,経営全体の作型構成を考慮した目標収量や,平年収量より10%高く設定した558 kg/10aも上回った.したがって,経営全体の収量向上を目的としたさまざまな改善が,全体として有効であったと判断された.
作況補正収量を圃場面積により加重平均して,経営全体の作況補正収量を算出した. 目標収量は作型別に図6 と同様に設定し,作型別の面積により加重平均して,各年次の目標収量を算出した.破線は2023年の茨城県南部・西部の平年収量507 kg/10a(篩目1.85 mm)および10%高い558 kg/10aを示す.
以上のように,網羅的に収集した栽培管理データと収量コンバインで取得した圃場別の推定収量を組み合わせて解析した結果に基づき,大規模水稲作を展開する横田農場において各種の改善が実施され,収量が向上して,「データ駆動型」営農改善が実証された.同様の取り組みを波及させるためには,より簡便に栽培管理データを取集する手法の構築と,生産者や経営体が収集したデータを自ら解析できるように支援するための可視化ツールなどの整備が必要である.
本研究の実施にあたって,横田農場元職員の小笠原慎一氏より有益な助言を受けたことを記して謝意を示します.
本研究の一部は農林水産省「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト(課題番号:大C06,課題名:関東平坦部における栽培管理支援システムとスマート農機の連携による大規模水稲作営農体系の実証)」(事業主体:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)により実施されました.
すべての著者は示すべき利益相反はない.