主催: 看護薬理学カンファレンス
会議名: 看護薬理学カンファレンス 2022 in 横浜
回次: 3
開催地: 横浜
開催日: 2022/11/20
「授乳と薬物」はこの10 年余りで大きく変化している。母乳育児の希望や合併症妊娠の増加に伴い、薬物療法を必要とする授乳婦が増えているからだ。「授乳 中はお薬を飲まない。飲んだら授乳しない」などの画一的な説明は、もはや時代 錯誤である。2019 年に改訂された厚労省授乳・離乳の支援ガイドでも、寄り添 いを重視した支援と多職種連携をもとに、妊娠期からの授乳・離乳等に関する 情報提供の在り方が強調されている。
薬物動態学的には、乳腺における薬物や内因性生理活性物質の輸送は受動 拡散であり、化合物の物性に従う対称性輸送である。ごく一部にトランスポーター を介した能動輸送も存在し、基質薬剤を非対称性に輸送している。輸送されや すさは薬物の特性によって決まる。分子量が小さい、蛋白結合率が低い、塩基性、 脂溶性などは、乳汁中に移行しやすい薬物である。
こうした薬物の特性だけで授乳の可否が判断される薬物はほとんどない。実 際に乳児に薬効薬理作用が生じるためには、輸送されやすさだけでなく、乳児の ADME(吸収、分布、代謝、排泄)、そして哺乳量が大きく影響する。実際の移行 量はほとんどの薬物で母体摂取量の1割未満であり、授乳によるメリットが優先 される場面が数多い。なお産後鎮痛薬に長期間コデインを使用し、代謝物のモル ヒネ中毒で乳児が死亡した事例が、唯一の死亡例である。また母乳分泌量を増 加させる薬物にドンペリドンやメトクロプラミドがあるが、安全性が確立した治療 法ではない。
実際には、産婦人科学会ガイドラインが分かりやすい。すなわち、服薬と母乳 育児が併用可能であることを伝え、医薬品の有益性・必要性および授乳の有益 性をもとに、授乳婦自身の決定を尊重し支援する(Shared decision making)。必 要に応じて、妊娠と薬情報センターなど専門機関を活用する。なお同センターホー ムページには一覧表も掲載され、電話によるオンライン診療も可能である。その 他の情報源には、米国国立衛生研究所の運営するLactmedⓇ や、各種診療ガイ ドラインがある。
母体をはじめとする養育者の健康なくして、児の健康は成り立たない。苦労をし ないこと、休むこと、気持ちよく育児をすることは養育者の権利とする価値観が増 えている。当日は、薬物動態に基づく基礎的な事項に加え実臨床での最近の考え 方も含めて、皆さんとともに情報を共有し確認したい。