看護薬理学カンファレンス
Online ISSN : 2435-8460
2022横浜
選択された号の論文の8件中1~8を表示しています
シンポジウム1
  • 小林 正悟
    セッションID: 2022.3_S1-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/12/12
    会議録・要旨集 オープンアクセス

    悪心・嘔吐、口内炎、便秘・下痢などの消化器症状は、小児がんに罹患した多くの患児が経験し、重症化すれば化学療法の継続が困難となることもある。 特に化学療法による悪心・嘔吐は治療の全経過を通じて反復して体験され、化 学療法の副作用として最も患者に嫌われるものの1つである。患児のQOL(生 活の質)を著しく低下させ、その後の治療への不安を増大させるばかりでなく、 辛い治療体験の記憶がその後の児の発達に大きな影響を及ぼすこともあり、そ の予防対策は患児の化学療法に対する恐怖心をなくし、計画通りに化学療法を 実施するうえで重要である。

    抗がん剤による悪心・嘔吐は、①第四脳室に存在するCTZ(chemoreceptor trigger zone)、②消化管、③前庭器官、④大脳皮質(感覚や精神刺激)の4つ の経路を介して延髄外側網様背側に位置する嘔吐中枢が刺激されることによっ て引き起こされる。また、症状の発現時期によって①急性(化学療法開始後 24 時間以内に出現)、②遅発性(化学療法開始後 24 時間以降に出現)、③予期性(以前の化学療法による悪心・嘔吐の経験から、治療開始前に出現)、④突出性(制吐剤の予防投与を行っていても出現)の4つに分類される。 抗がん薬による悪心・嘔吐に対して使用される主な制吐薬は NK1受容体拮抗薬、5-HT3 受容体拮抗薬、副腎皮質ステロイドである。これらに加え、ベン ゾジアゼピン系抗不安薬、H2 受容体拮抗薬、プロトンポンプ阻害薬等を補助 的に使用する。

    悪心・嘔吐に対する予防対策は、化学療法の開始前から悪心が解消される時 期までに行われる。初回の化学療法からそれぞれの催吐リスクに応じた適切な 制吐薬の使用がルーチンワークとして行われるべきである。催吐リスクが高度な 化学療法では、5-HT3 受容体拮抗薬、副腎皮質ステロイドに加えて NK1受容 体拮抗薬を併用する。予防薬を使用していても生じてしまう突出性悪心・嘔吐 に対してはオランザピンやドパミン受容体拮抗薬の使用を検討する。特に年長 児において認められやすい予期性悪心・嘔吐に対してはベンゾジアゼピン系抗 不安薬の使用を考慮する。最も重要な対策は、急性および遅発性の悪心・嘔吐 を経験させないことであり、初回の化学療法から十分な悪心・嘔吐の予防を行 うことが予期性悪心・嘔吐の予防となる。

  • 馬場 園恵
    セッションID: 2022.3_S1-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/12/12
    会議録・要旨集 オープンアクセス

    小児がんは急性リンパ性白血病や急性骨髄性白血病などの血液がんが多く、次いで脳腫瘍等の固形がんが多い。その治療内容は化学療法・放射線治療・外科 的切除・造血幹細胞移植の単独またはこれらを組み合わせた治療法である。これ らの治療では口腔内の有害事象の一つとして口腔粘膜障害があり重篤な口腔粘膜 障害が出現すると疼痛による苦痛や食事摂取困難等、QOL の低下を招く。

    当院小児科におけるがん治療の口腔管理を医師・看護師と連携を取りながら歯 科口腔外科・矯正歯科で行っている。その中で 2019 年 1月から2021年 12 月まで の過去 3 年間において小児科より紹介があった小児がん患児は急性リンパ性白血 病 27名 急性骨髄性白血病 12 名 悪性リンパ腫 2 名 骨髄異形成症候群 1 名 脳腫 瘍などの固形がんが17名 計59名であった。その中で、化学療法のみが54名 手術・ 化学療法・放射線治療などを組み合わせた治療法を受けた患児が2名 造血幹 細胞移植が 3 名みられた。小児がん治療での口腔粘膜障害の出現率は 40 ~ 80% という報告が多い中、当科の検討では口腔粘膜障害の評価分類 CTCAEvo4 の Grade 分類においてGrade1 以上の口腔粘膜障害が出現した患児は 59 名中 18名(30%)であり、当科での口腔管理が他施設と比較して成績良好と考えられた。し かしながら Grade2 4 名(6%)Grade3 2 名(3%)の患児では食事形態の変更が必 要であり粘膜障害期間中の慎重な加療が必要であった。これらの口腔粘膜障害は 平均 3 ~ 6日で改善を認めた。

    小児がん治療後においても継続的に口腔管理が必要である。その中でも注目す べき点として小児がん治療後の齲蝕の罹患率が高いという事である。前述した 59 名のうち乳歯萌出時期の 7~ 8 か月以降から 3 歳までの期間に小児がん治療を開 始した患児が 31 名、その中で 1 名のみ治療開始前に 5 本の齲蝕(C1)を認めたが その他の患児はノンカリエスであった。しかし、退院後、13 名(42%)の患児が齲 蝕に罹患していた。特筆すべきはその本数である。厚生労働省の 2016 年度齲蝕対 策ワーキンググループの報告によると3 歳児の平均齲蝕本数は 0、 54 本 12 歳児で は 0、 84 本という報告がある中、小児がん治療後では平均 6、 5 本の齲歯を認めた。 これは治療後の副作用も関係があるが、小児がん治療後の食事指導や歯、歯周組 織に対する継続的な口腔ケアの徹底も小児がん治療の周術期口腔機能管理にお いては非常に重要であると考えられた。

    今回の講演では当科にて行った小児がん治療中・治療後の口腔管理方法、成績 およびその重要性について講演する。

  • 坂田 友
    セッションID: 2022.3_S1-3
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/12/12
    会議録・要旨集 オープンアクセス

    小児がんの治療には、化学療法や放射線療法、造血幹細胞移植などがある。

    これらの治療に伴う嘔気・嘔吐、粘膜障害、味覚異常、食欲不振などの症状によ り、子どもは食べられない状況となる。小児がん治療による口腔粘膜障害の発生 は、40 ~80%にみられ、一度発生すると骨髄抑制などの影響により症状の悪化 が生じやすい。症状に伴う苦痛により口腔ケアが思うようにできず、更に悪化する という悪循環を招きやすく、"食べる"ことが困難となる。また味覚の変化は、味 を感じにくい、あるいは強く感じてしまうことや、食感の変化により今まで好きだっ たものが「食べられない」「食べてもおいしくない」ことから"食べる"という行為が 進まない状況となる。さらに、食欲不振は、長期間"食べる"ことができなくなり 低栄養に陥りやすい。このように、治療中の子どもは、身体症状により食べられ ない期間が生じやすく、状況が長引くことで栄養障害に陥りやすい。さらに低栄 養は、治療にも影響を及ぼす可能性がある。"食べる"を維持するためには、早期 介入が重要である。治療前から歯科と連携し、定期的な受診と口腔ケアの習慣 化、味覚異常や食欲不振に対しては、栄養士と連携し食事内容や食事形態の変 更、さらに苦痛の強い時期は、緩和ケアチームへの介入依頼など、多職種との協 働が重要となる。看護師は、子どもの症状をアセスメントし、必要なケアを提供 できるよう工夫していく。

    "食べる"という行為は生きるために必要なだけでなく、日々の生活を豊かに してくれる。それは小児がんの子どもにおいても同じである。さらに子どもにとっ て"食べる"とは、成長発達を促し、食習慣の獲得、QOL においても重要となる。 しかし、治療に伴う食事制限や病院の規則により子どもの"食べる"という気持ち に沿えない状況がある。JCCG 施設調査によると小児がん治療中に何らかの食 事制限を行っている施設は、約 8 割であった。また、入院中の小児がんの子ども の生活に対する家族への調査では、78% の家族が「子どもが病院食を全く食べ ない」と捉えていた。食欲が回復した時期には、食べたいと思えるような工夫も 重要となる。当院では、個別対応食の導入や子どもの要望を取り入れた行事食の 提供を行っている。

    治療中の症状の強い時期の子どもと家族への関わりはもちろんだが、食べられ る時期の関わりについても紹介し、看護師の役割について考えたい。

特別講演
  • 永松 健
    セッションID: 2022.3_SP-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/12/12
    会議録・要旨集 オープンアクセス

    女性の体は、妊娠に伴い大きく変化する。エストロゲンやプロゲステロンの性ホルモン以外にも、胎盤からは様々な調節因子が産生されて妊婦の全身臓器の 機能が胎児の発育に適した内部環境の確立へとシフトする。こうした妊娠中の変化は、生理学的、代謝栄養学的そして免疫学的視点から理解が進められてき た。そして、妊娠に対する身体の適応過程もしくは、妊娠終了後の復元の過程では、病的とは言えないまでも、いわゆるマイナートラブルと称される様々な症状が現れる。それらに対して、西洋薬の中で解決を試みる場合には胎児への影響へ の懸念から使用できる製剤の選択肢は決して広くはない。そのため、漢方薬の活用は妊娠期の症状改善のための選択肢を広げる有効な手段となる。漢方医 学において妊娠母体の特有の変化は養胎優先という概念で表現され、妊娠に伴 う証の変化として気血水が血虚、腎虚、水毒など、いずれも陰虚証タイプに偏移 するとされている。妊婦に漢方薬を使用する場合にはそうした妊娠に伴う証の変化に合わせた薬剤選択が重要となる。

    さらに、マイナートラブルのみならず母児の予後に重篤な影響を与える周産期 疾患に対しても、予防的あるいは治療的な目的で漢方を利用する試みも行われ ている。免疫学的には、父親由来の抗原を有する胎児・胎盤に対して母体免疫 システムが受容的に反応することが健康な妊娠に重要とされている。そして不育 症、胎児発育不全、妊娠高血圧症候群などでは、母児間免疫応答が破綻するこ とが発症の主要な要因となっている。当帰芍薬散に代表される安胎薬と呼ばれ る一連の漢方薬は、妊娠中の諸病を避け母児の健全な妊娠維持をサポートするとされてきた。しかし、その安胎作用の分子生物学的機序については未解明の 部分が多い。

    本講演では、妊娠中の漢方薬の使用に際して必要な知識について整理する。 そして母児間の免疫応答異常の改善効果という視点から、当帰芍薬散が発揮す る安胎作用について近年の研究的な知見を示しながら、周産期疾患に対する漢 方療法の応用可能性について論じる。

シンポジウム2
  • 大石 時子
    セッションID: 2022.3_S2-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/12/12
    会議録・要旨集 オープンアクセス

    厚生労働省の 2022 年 4 月の医療施設調査では、2020 年 9月、無痛分娩の実施率は全分娩の 8.6%であった。日本産婦人科医会の調査では 2007年、2.6%、2016 年 6.1%、であったので、この15 年間で 3.3 倍となっている。後半の増加率が高く、 特に診療所よりも病院で急増している。コロナ禍での孤独な出産の影響があるとも 言われている。 "無痛分娩"が増えているのは、医療者が勧めているからなのか、それとも女性 が選択しているのか? 女性は、何を求めて、何を通して情報を得て、"無痛分娩"を するのか? 

    "無痛分娩"とは硬膜外麻酔分娩のことを主に言うが、その内容を知っている女 性は少ないのではないかと思われる。何の薬剤が使用され、どこに効くのか、赤ちゃ んへは胎盤を通過して影響があるのか、母乳にはどうなのかを始めとして、メリット、 デメリットはどうなのか?

    また、硬膜外麻酔に伴う処置(点滴、バルーンカテーテル、禁食、自動血圧計、足 が動かない等)によって、どんな分娩の様子になるのかをイメージできる女性も少な いのではないだろうか。

    「無痛分娩の実態把握及び安全管理体制の構築についての研究」の代表者とし て、硬膜外麻酔分娩に伴う事故を調査した海野信也医師は、無痛分娩とは「産痛を 除去した自然経腟分娩」ではない。侵襲的医療行為を伴う、自然経腟分娩とは異な るリスクを有する分娩様式である、と定義している。

    女性たちは「産痛を除去した自然経腟分娩」と思っているようにも思われる。女 性への情報はどのように流れ、女性はどのように選択しているのか(または選ばされ ているのか)?

    自然分娩とは違う医療介入の多い硬膜外麻酔分娩を助産師や看護職はどのよう に受け止めたらよいのか、そして、それを選ぶ女性たちに助産師や看護職はどのよ うに関わればよいのか? 硬膜外麻酔分娩をする女性のケアはもとより、硬膜外麻酔 に頼らないですむような女性の力を育むことも必要なのではないのか?

    このシンポシウムでは、まず、evidenceに基づいた硬膜外麻酔分娩の作用、副作 用について解説し、上記のような論点を整理し、助産師や看護職として、どのように 捉え、何をしていくことが課題なのか、痛みを医療によって除くことを選ぶことによっ て、女性、家族、社会が得るもの、失うものは何かを皆さんと考えてみたい。

  • 菊地 栄
    セッションID: 2022.3_S2-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/12/12
    会議録・要旨集 オープンアクセス

    出生が年々減少し続ける社会において出産/誕生は産科・周産期医療のみならず、領域を越えて議論しなければならない課題である。日本はコロナ禍で少子化が さらに加速し、今年の出生数は 80 万人を割ると予測されている。また産科では陽 性者以外でも帝王切開が増加し、麻酔分娩へのニーズが高まっていると言われてい る。こうした背景を踏まえ、産痛緩和と麻酔分娩のあり方について社会デザイン学 の視点から考えてみたい。

    社会デザイン学とは学際的な視点で社会課題を見通し、市民にとってより良い社 会をデザインする(形づくる)方法を考察、提案する学問領域である。産科医療に ついては出生数が減少している社会を前提に、麻酔分娩は出生率の低下を食い止 めることができるのかという問いが立ち上がる。コロナ禍では出産立ち会いや面会 の禁止など、日本の産科医療体制は欧米に比べ母子への規制が厳しいと言われて いるが、麻酔分娩へのニーズの高まりは、孤独な分娩室でのリスクを軽減するため の女性たちの選択とも考えられる。少子化の要因は子育てしにくい社会状況が挙 げられているが、ジェンダーギャップ指数が 146 か国中116 位と先進国の中で最下 位であることや、妊産婦の主権のあり方は影響していないだろうか。出生率を回復 したフランスでは、麻酔分娩が全体の 70 ~ 80%、ジェンダーギャップ指数は 15 位、 子育て関連の国家予算は OECD の調査で日本の2倍以上ある。

    次に環 境の 視 点から考察してみよう。国連 が 推し進めている SDGs は次 世 代、すなわち人類誕生の持続可能性を前提とした未来社会のための目標である。

    「reproduction 再生産」は女性の身体に託されているが、女性の身体を自然環境と 見なすエコフェミニズムの考え方に照らせば、環境(身体)へテクノロジーを投入し て管理する従来の開発主義的な麻酔使用は見直す余地があるかもしれない。

    私が訪れたフランスのパリ市内の病院では、出産の約7割が麻酔分娩だったが、 呼吸法で乗り切る自然出産や水中出産など、オルタナティブな選択肢も提示されて いた。ダイバーシティの社会ではさまざまな価値観が存在する。施設で麻酔分娩を 取り入れるか否か、という二者択一の議論ではなく、当事者の女性たちがさまざま な選択肢から選べる柔軟な環境を用意した上で、女性たちが自身で決められるよ うに出産準備教育で主権者意識を育てる。女性をエンパワーする産科医療の姿勢 が持続可能な出生につながるのではないだろうか。

看護薬理学教育セミナー1
  • 伊藤 直樹
    セッションID: 2022.3_ES-1
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/12/12
    会議録・要旨集 オープンアクセス

    「授乳と薬物」はこの10 年余りで大きく変化している。母乳育児の希望や合併症妊娠の増加に伴い、薬物療法を必要とする授乳婦が増えているからだ。「授乳 中はお薬を飲まない。飲んだら授乳しない」などの画一的な説明は、もはや時代 錯誤である。2019 年に改訂された厚労省授乳・離乳の支援ガイドでも、寄り添 いを重視した支援と多職種連携をもとに、妊娠期からの授乳・離乳等に関する 情報提供の在り方が強調されている。

    薬物動態学的には、乳腺における薬物や内因性生理活性物質の輸送は受動 拡散であり、化合物の物性に従う対称性輸送である。ごく一部にトランスポーター を介した能動輸送も存在し、基質薬剤を非対称性に輸送している。輸送されや すさは薬物の特性によって決まる。分子量が小さい、蛋白結合率が低い、塩基性、 脂溶性などは、乳汁中に移行しやすい薬物である。

    こうした薬物の特性だけで授乳の可否が判断される薬物はほとんどない。実 際に乳児に薬効薬理作用が生じるためには、輸送されやすさだけでなく、乳児の ADME(吸収、分布、代謝、排泄)、そして哺乳量が大きく影響する。実際の移行 量はほとんどの薬物で母体摂取量の1割未満であり、授乳によるメリットが優先 される場面が数多い。なお産後鎮痛薬に長期間コデインを使用し、代謝物のモル ヒネ中毒で乳児が死亡した事例が、唯一の死亡例である。また母乳分泌量を増 加させる薬物にドンペリドンやメトクロプラミドがあるが、安全性が確立した治療 法ではない。

    実際には、産婦人科学会ガイドラインが分かりやすい。すなわち、服薬と母乳 育児が併用可能であることを伝え、医薬品の有益性・必要性および授乳の有益 性をもとに、授乳婦自身の決定を尊重し支援する(Shared decision making)。必 要に応じて、妊娠と薬情報センターなど専門機関を活用する。なお同センターホー ムページには一覧表も掲載され、電話によるオンライン診療も可能である。その 他の情報源には、米国国立衛生研究所の運営するLactmedⓇ や、各種診療ガイ ドラインがある。

    母体をはじめとする養育者の健康なくして、児の健康は成り立たない。苦労をし ないこと、休むこと、気持ちよく育児をすることは養育者の権利とする価値観が増 えている。当日は、薬物動態に基づく基礎的な事項に加え実臨床での最近の考え 方も含めて、皆さんとともに情報を共有し確認したい。

看護薬理学教育セミナー2
  • 倉原 琳
    セッションID: 2022.3_ES-2
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/12/12
    会議録・要旨集 オープンアクセス

    本シンポジウムは以下二つの話題についてご紹介致します。

    1.新生児における腸内環境の発達と母乳の役割

    2016 年より、医学雑誌「Lancet」は「Lancet Breastfeeding」シリーズを設け、 母乳育児によって、多くの疾病の予防に繋がり、82 万人の命を救うことができる という調査結果が発表された。母乳育児によって、乳幼児期の感染症予防や小 児期以降の肥満・糖尿病・心血管疾患・炎症性腸疾患など多くの疾患への予 防効果が報告されているが、母乳がどのような機序で、母乳育児によって形成さ れる腸内細菌叢が関与しているのか、さらには、母乳が治療的に有効であるか ということに関しては、多くの不明な点が残されている。デンマークの 300人の 乳児の研究によると、母乳授乳児は消化管保護作用を有する乳酸菌・ ビフィズ ス菌を増やす作用が報告された。メタゲノム解析により、乳児の腸の免疫形成 に影響を与える菌が母乳に含まれていることが明らかにされている(Kim et al. Exp. Mol. Med. 2020)。母乳に含まれる菌の役割についての最新知見をご紹介 したい。

    2.母乳由来プロバイオティクスの炎症性腸疾患(IBD)改善効果

    2017 年のハーバード大学による世界規模の調査結果 (Xu L, 2017, Aliment. Pharmacol. Ther.) によると、一年以上の母乳育児によって、白人では 22%の IBD 罹患リスク低下に過ぎなかったのに対して、アジア人では 69%もIBD 罹患 リスクが低かった。母乳育児が IBD の罹患リスクを顕著に低下させるとする知 見を受け、我々は海外共同研究により開発した母乳由来乳酸菌 Lactobacillus rhamnosus Probio-M9 および難消化性ミルクオリゴ糖を用いた実験を行い、炎 症性発癌モデルマウスにおいて、炎症を抑制し、腫瘍数を劇的に減少させること を見出した。母乳由来プロバイオティクスは、安全性が担保され、生きたまま腸 に到達して消化管にて有益な効果を持つ。すなわち、母乳由来プロバイオティッ クスおよび母乳成分をもとに治療効果の高いIBD 治療薬を開発できることが示 唆された。消化管免疫維持における母乳育児の重要性は既に知られており、今後、様々な疾患に対する母乳由来プロバイオティックスの治療効果を検証し、母 乳に含まれる菌による腸管免疫再構築の観点から母乳育児の重要性を強調・発信したい。

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