コミュニケーション創発における契機の必要性に関する計算論的分析

抄録

コミュニケーションの創発メカニズムの解明は，AI技術への示唆が期待される重要な課題であるが，創発過程の考古学的な証拠の不足を補うために計算モデルを用いた検証手法が注目されている．しかし，既存研究では状態空間が小さい環境や，コミュニケーション以外の報酬源がない環境など，コミュニケーションが必然的に創発するような環境を使用しており，コミュニケーションに直接関係のない行動も選択可能な環境における創発条件は十分検証されていない．本研究では，進化生物学の分野においてコミュニケーション創発過程の始まりとなる偶発的な信号の産出を表す概念である契機に着目して，マルチエージェント強化学習環境を用いて契機の必要性を分析する実験を設計した．実験結果から，契機となる信号を産出する動機の有無によって，PPOアルゴリズムで学習する強化学習エージェント同士でのコミュニケーション創発に有意な影響があることが示された．また，環境が十分に大きい場合では契機が必要である一方で，環境が小さい場合では契機は必ずしも必要ではないことが示された．