抄録
(目的)チンパンジーのアリ釣りには、「地上でのアリ釣り」と「樹上でのアリ釣り」がある。地上ではサスライアリ(Dorylus spp.)が釣られ、樹上ではオオアリ(Camponotus spp.)が釣られる。ボッソウでは「地上でのアリ釣り」のみ報告されていた。今回は、これまでに2例見られた「樹上でのアリ釣り」を報告し、そこから示唆される新しい行動の獲得過程について考察する。
(方法)ボッソウでの「樹上でのアリ釣り」は2003年3月に山越が発見した。その後2005年1月に山本も観察し、ともにビデオ記録した。観察個体はどちらの場合もオスの子ども(JEJE、7歳2ヶ月:2005年1月現在)だった。釣り棒を2003年には5本、2005年には3本採取した。
(結果)「樹上でのアリ釣り」は木のうろに巣を作っているオオアリに対して行われた。その際JEJEが使った釣り棒の長さに2003年と2005年とで変化があった。JEJEは、2003年には地上でも樹上でもともに長い釣り棒(それぞれ平均44.8cm、33.7cm)を使った。しかし2005年では、地上では長い釣り棒(平均44.3cm)を使ったのに対し、樹上では短い釣り棒(平均16.4cm)を使った。この短い釣り棒の長さの値域は、他の場合のどの値域とも重なっていなかった。JEJEはこの短い釣り棒を作る際、少なくとも1本は、葉柄を1度長めに噛み切ったあとさらにもう1度噛み切って短くしてから使用した。
(考察)釣り棒の長さはアリの性質に左右されると言われている。JEJEは、2003年に「地上でのアリ釣り」をそのまま樹上に適用し、その後2年間でアリの性質を学習して釣り棒の長さを変えたと考えられる。過去29年間に2度しか観察されていない低頻度な行動であるため、この学習は社会的学習とは考えにくい。JEJEは自らの経験を通して学習したと考えられる。