抄録
霊長類における毛づくろいは、互恵的利他行動として扱われており、毛づくろいのやり取りに互恵性が成立していない場合には、毛づくろいと毛づくろいを受けること以外の利益とが交換されていると考えられている。本研究では、成体メス内で優劣順位が最下位で、背中に急激な脱毛が広がったメスのニホンザル(脱毛メス 7歳)が、脱毛が確認された後、毛づくろい を行わないにも関わらず、毛づくろいを受け続けた事例を紹介し、なぜ、多くの優位メスがこの劣位の脱毛メスに毛づくろいを行い続けたのかを検討する。
勝山ニホンザル集団において、2006年2月から4月の期間に、脱毛メスとこのメスに毛づくろいを行った成体メス11頭を対象として、個体追跡法によって観察を行った。脱毛メスに対して30分間の連続観察を16回(計480分)行った。この個体に毛づくろいを行った成体メス11頭に対しても、後日、30分間の連続観察を3回ずつ(1個体につき計90分)行った。記録項目は、毛づくろいの開始と終了の時間、毛づくろいの相手と方向、毛づくろい中にグルーマーが何かをつまんで口に運んだ回数であった。
脱毛メスは、脱毛する以前の6歳のときには、毛づくろいを行うことの方が、毛づくろいを受けるよりも多かった。しかし、7歳となった本研究の観察中には、脱毛メスは11頭の成体メスから毛づくろいを受けたが、毛づくろいをすることはなかった。脱毛メスに毛づくろいした11頭の成体メスは、脱毛メス以外の個体への毛づくろいと比較すると、脱毛メスへの毛づくろいのときに、何かをつまんで口に運んだ回数が有意に多かった。この結果から、互恵的交換が成立していないにも関わらず、脱毛メスが毛づくろいを受け続けた理由として、毛づくろい中に何かを摘み上げて食べることがグルーマーの利益になっていた可能性が考えられる。