抄録
メスが群を出る野生のチンパンジーの場合、養育環境が変わるため、母と子の養育態度を直接比較することは難しい。一方、飼育下の場合、メスが生まれ育った環境で出産、育児を行う場合もあるため、母と娘の養育態度を一定の範囲内で比較することが可能になる。
多摩動物公園で六頭の子育てをし たパイン(1963~2002)の三女チェリー(第4子 1990~)は2005年10月に第一子、ボンボン(オス)を出産。パインが二男トム(1996~)と四女ベリー (1999.12~)を出産、子育てを傍らで見ている。ベリーが幼い頃は、母親と共にベリーと過ごす時間が多く(柿沼他2003a)、パインの死後、ベリーの親代わりをしていた。
今回、パインがベリーを養育していた時の記録と、チェリーの養育の比較を行った。パインの特徴としては、群の他の個体に比べ子どもを肌身離さず抱いている傾向があり(柿沼 他2003b)、18ヶ月時でも子どもを近くに置こうとしていた(柿沼他2004)。また、放飼場内をうろうろする、おおげさに子どもをなだめるなど、不安傾向の高い様子が伺えた(柿沼他2005)。チェリーも落ち着き無く移動する傾向は見られたが、子どもを肌身離さずというよりは、腕を持ちながら体から離すなど、ペコ(1961~)のスタイルに似ている部分も見られた。また子どもの活動内容もベリーに比べ多く、5ヶ月時に母親の近くでロープにぶら下がって遊ぶなど、活発に動いている。活動内容はどちらかというとペコの子どもモコ(2001.4~)に似ている(柿沼他2003a)。
今後はチェリーの養育態度、ボンボンの活動内容の変化を他個体のデータと比較検討することで、養育態度の世代間伝達の可能性について検討する。