抄録
歯の萌出に関する資料は、生活史の比較研究において重要な役割を果たしてきた。霊長類では少なくとも46種についての資料が蓄積されてきたのだが、テナガザル類の歯の発達については殆ど何もわかっていない。現在までの知見は以下の通りである。乳歯の萌出齢については、シロテテナガザル7個体・ホオジロテナガザル1個体・フクロテナガザル1個体についての縦断的な記録がある。乳歯は生後まもなくに生え始め、半年頃に最後の歯が生えるようだ。種差が検討できるようなケース数ではない。また、観察間隔が未記載であるため、値の正確さに疑問が残ってしまう。一方、永久歯の萌出齢については、出版物が見つけられない。このような現状では事例を積み上げていくことが大切だろう。本研究は飼育下のアジルテナガザル2個体を対象に、全歯の萌出齢を縦断的に追跡した。彼らは同一父母から産まれた兄弟で、同様の環境で育ってきた。1998年6月から2005年8月までの7年間にほぼ毎日の観察がおこなわれた。対象児が自発的に口を開けた時に覗き込み、その歯式を日誌に記録した。結果は以下の通りである。乳歯の萌出は生後1週齢頃に始まり(8日齢以前と13日齢)、5ヶ月齢頃に終了した(4ヶ月齢と6ヶ月齢)。これは先行研究のテナガザル他種のものに似た結果となった。兄弟の結果には開きがあり、他種のものがこの間に挟まれた。永久歯は1.4歳に生え始め、6.6歳頃に最後の歯が生えた(6.9歳と6.2歳)。萌出順序にも兄弟で違いがあった。テナガザル類は同程度のサイズの旧世界ザルよりもゆっくりとした生活史を持っていることが知られているが、これとは異なり、各歯の萌出齢は旧世界ザルのものに近くなった。この結果の一般性を確かめるには、より多くの個体の観察が必要である。データの蓄積ができれば、未成熟で飼育下に導入された、履歴の明らかでない個体の齢推定に貢献できるだろう。