抄録
1997-98年のエル・ニーニョは歴史的にもまれに見る規模で起こり、カリマンタン島(ボルネオ島)をはじめ、広範囲な地域に深刻な影響を与えた。ジャワ島西部南岸のパンガンダランでも被害は甚大で、火災などの人身被害のほか、乾燥によっていく種かの常緑樹木までが葉を落とし、シルバールトン(Trachypithecus auratus auratus)には、消失(死亡)などを通じて個体群への影響が現れた。パンガンダランのルトンの多くはチーク(Tectona grandis)とマホガニー(Swietenia macrophylla)の植林跡と古い二次林に住み、採食対象の多くは若葉や新芽である。調査対象とした6集団で見ると、エル・ニーニョの起こった1997年には、オトナのメスとともに多くの赤ん坊が消失したが、エル・ニーニョの治まった1998年には、あたかも代償作用が起こったかのように、個体数は、赤ん坊を中心として回復していた。この原因としては、類推できる子殺しと、乾燥の後、一斉に芽吹いたマホガニーの新芽という採食資源増加の寄与が考えられる。ここで、たとえば生態学的条件のまったく異なるアフリカ中央部の熱帯林地域と比較すると、火山や地震、津波、そしてエル・ニーニョなどのかく乱は、東南アジア島嶼部で見られ、アフリカ中央部には存在しない。このかく乱の有無は、ルトン集団の個体群動態をはじめ、さまざまな霊長類を取り巻く生態学的現象に影響している可能性がある。発表では、おもに1997-98年のルトン個体群の動態を報告し、あわせてかく乱の種類とそこに住む霊長類の進化プロセスを議論したい。