抄録
「文化」という観点から,ヒト以外の動物における行動の地域差に近年注目が集まっている。とくにチンパンジーでは,道具使用の種類,さらにはその技法にも集団間で違いがみられる。このような差異はどのようにして生まれるのだろうか。社会学習による個体間伝播を示唆する研究が報告されているが,道具使用技法の社会学習にかんする実証研究は少ない。とくに,他者がより効率のよい道具使用行動をしているのを見て自分の技法を変えるという,社会学習による「行動の洗練」がチンパンジーでみられるのかどうか,本研究では実験的に検討した。京都大学霊長類研究所のチンパンジー9個体に対し,壁に取り付けられた穴付き容器からストローでジュースを飲む道具使用行動を学習させた。個体ごとの訓練課程では,ストローを吸ってジュースを飲む個体(「吸う」個体:4個体)と,ストローをジュースに浸してなめる個体(「浸す」個体:5個体)とにわかれた。しかし,浸す方法ではジュースをほとんど飲むことができない。そこで,「吸う」個体(モデル個体)とペアにして「浸す」個体を訓練したところ,「浸す」個体が「吸う」個体を観察し,5個体中4個体が「吸う」行動を獲得した。これらの個体は,一度「吸う」技法を獲得すると「浸す」技法はとらなくなった。この結果は,道具使用の技法をチンパンジーが観察によって学習することを示している。「浸す」行動も「吸う」行動も,同じ道具(ストロー)を同じ対象(ジュース)に対して同じ場所(容器の穴)でおこなう行動である。先行研究でみられている道具の選択や場所の選択だけでなく,道具使用の技法という行動のわずかな違いをチンパンジーが理解し,より効率のよい技法を社会学習によって獲得したといえる。また,社会学習を示した中の1個体(Puchi)は41歳だった。老齢個体であっても,意欲が高ければ社会学習によって行動を変容させることも明らかとなった。