抄録
新世界ザルは一般にX染色体性のL-Mオプシンに吸収波長の異なる対立遺伝子多型があることにより,高度な色型多型を示す。この多型は種を超えて非常に長く持続していると考えられることから,色覚多型には平衡選択が働いていると考えられてきた。しかし,L-Mオプシン遺伝子のヘテロ接合体である3色型色覚の採食における優位性は従来考えられていたほど明瞭ではなく,遺伝的多型の持続時間を左右する有効集団サイズは未知のままである。さらに20頭程度の小集団である野生群における遺伝的浮動や集団サイズ変動の遺伝的変異性への効果もこれまで評価されておらず,L-Mオプシン遺伝子に対する平衡選択は検証を要している。
そこで我々はコスタリカ共和国サンタロサ国立公園に生息するクロテクモザル(Ateles geoffroyi)とシロガオオマキザル(Cebus capucinus)の野生群を対象とし,機能遺伝子のイントロンや偽遺伝子を中立対照として,L-Mオプシン遺伝子の塩基配列レベルの多型性を評価した。両種ともL-Mオプシンの塩基多型性は中立配列のそれより大きい一方,種間で固定した塩基相違度は中立対照の方が高かった。このことは高い種内多型性が突然変異率を反映しているのではないことを示している。また,どちらかの種で固定した種間相違塩基サイト数に対する種内多型を示す塩基サイト数の比は,L-Mオプシン遺伝子の方が中立対照領域より有意に高かった(McDonald-Kreitman test)。
さらに,中立対照領域の塩基多様度に基づくcoalescence simulation においてTajima’s D値は,L-Mオプシン遺伝子では期待分布域から正の方向に有意に逸脱した。これらの結果はすべて平衡選択がL-Mオプシン遺伝子領域に働いていることを強く示している。