抄録
多くの霊長類で見られるような恒常的なメンバーで構成された集団では,どの個体と親密な関係を結ぶのかということが,個体の適応度に大きな影響を与える要因となりうる。そのため,自らにとって利益となる相手と親密な関係を結ぼうとすると考えられる。本研究では物理的に個体間距離が近く,かつ行動面でも高い親和性が認められる関係を“仲良し関係”と呼ぶ。この“仲良し関係”成立の要因を探ることを通じて,クモザルの社会において重要な個体関係を明らかにすることを目的とした。
観察の対象は江戸川区自然動物園で飼育展示されているケナガクモザル(Ateles belzebuth)集団(全16個体;メス11個体,オス5個体)のうち,観察期間中に生まれたオス1個体を除く15個体であった。各ペア間の個体間距離,各個体の行動,各ペアが給餌時に同所的に(同じ餌山で)採食している時間を記録した。
観察期間を通じて,対象集団において敵対的行動はほとんど観察されなかった。親和的行動については79%をグルーミングが占め,ほとんどのペアにおいてグルーミングする/されるのバランスに偏りが見られた。また,その偏りには集団内で一定の方向性が見られた。個体間の近接割合と,近接しているときのグルーミングの生起率との間に相関は見られなかった。同所的採食率と近接割合との間には正の相関が見られた。
以上の結果から,対象としたクモザル集団においてグルーミングは“仲良し関係”を介在するものというよりは,個体間の優劣や許容と関連するものであることが示唆された。対象集団においては,食物資源の共有が“仲良し関係”成立の重要な要因と考えられる。体サイズが大きいにもかかわらず,野生下では安定した獲得が難しい果実を主食とするクモザルの社会において重要な個体関係は,食物資源の安定した獲得に関連したものであることが示唆された。