抄録
ヒトの子どもには、おもちゃの選好性に性差があることが報告されている。例えば、男の子は車の模型などの動くおもちゃを好み、女の子はぬいぐるみや人形などを好む。これらの選好性の性差が先天的なのか後天的なのかについては長らく議論が交わされてきた。以前はこれらの選好性が親の教育方針などによって左右されるという見解も多くあったが、出生後すぐに男の子は動くものに対する選好性を示すことや、こうした選好性は出生前のホルモン暴露の影響を強く受けていることなどが示されて来て、これらの選好性の性差には生物学的要素が影響しているという考えが支持されている。さらにヒト以外の霊長類でも、ベルベットモンキー(Alexander and Hines(2002))やアカゲザル(Hassett and Siebert and Wallen(2008))でもヒト用おもちゃに対する選好性の性差があることが報告されている。もちろんベルベットモンキーやアカゲザルがおもちゃの意味を理解しているとは考えにくいが、こうした物体の何らかの要素に対する選好性の性差がヒト以外の霊長類に共通して存在するという可能性が示唆される。
本研究は、ベルベットモンキーやアカゲザルで報告されているような物体に対する選好性の性差が、新世界ザルであるコモンマーモセットにもみられるかどうかを調べることを目的とした。実験には2歳以上(アダルト)のコモンマーモセットのオス19頭、メス15頭を用いた。刺激物体としては、大きさがほぼ等しいぬいぐるみ(8cm×5cm×5cm)と車の模型(8cm×2.5cm×3cm)を用いた。マーモセットの飼育ケージにぬいぐるみと車のおもちゃを同時に一つずつ配置し、その後30分間の物体に対する反応を、カメラを用いて記録した。カメラは1分間に1枚の静止画を取得し、各々の物体に触っている静止画枚数を数え、頻度のデータとした。すべての個体は中2日をおいて再度実験し、その合計を各々の物体に接した頻度とした。オスもメスもぬいぐるみよりも車の模型により多く触れた。しかし、多くのメスは、頻度は高くないがぬいぐるみにも触れていたが、オスは2頭を除いてぬいぐるみにはまったく触れていなかった。ぬいぐるみに触れる頻度には性差が存在することがわかった。本実験の結果だけでは、この性差がぬいぐるみに対する関心・興味を反映しているものなのか、警戒すべき対象への接近行動を反映しているのか、ぬいぐるみのどのような特徴がこうした反応の性差を引き出しているのか分からないが、コモンマーモセットにも新規な物体に対する反応に性差が存在することが示された。コモンマーモセットは霊長類における行動の性差を研究するモデルになると考えられる。