抄録
生態学的な制約を受けている低順位オトナメスのグルーミングに注目して、オトナメスの順位による土地利用の違いを調べた。餌付け群においては、中高順位個体は優先的に人工餌を獲得できるが、低順位個体はあまり人工餌を獲得することができない。そのため、低順位個体は餌場から離れて、植物採食に時間を費やさなければならない(Soumah & Yokota, 1991)。一方、群れをつくる霊長類にとって社会交渉は非常に重要なアクティビティである。順位にかかわらず、群れとしてのまとまりを維持するためには群れ内の他個体がいる場所で社会交渉を行う必要がある。もし生態学的または人口統計学的な制約のために個体間関係が維持できなくなると、群れの分裂は避けられないと考えられている(Dunbar, 1992)。本研究では、嵐山E群のニホンザルを対象とし、低順位・中高順位オトナメスそれぞれ4個体の個体追跡を行った。1分ごとにアクティビティ(採食・休息・グルーミング)および位置を記録し、各アクティビティで利用された場所を示した。中高順位個体は、採食・休息・グルーミングすべてを餌場周辺で行っていた。一方、低順位個体は、餌場から遠く離れた場所で採食・休息を行うことがあったが、グルーミングについては中高順位個体と同様、主に餌場周辺で行っていた。つまり、順位によって採食・休息場所に大きな違いがあったが、グルーミング場所にはほとんど違いが見られなかった。ニホンザルでは給餌量の減少や群れの巨大化といった要因による群れの分裂が各地で報告されている(嵐山: Huffman, 1991; 霊仙山: Sugiyama & Ohsawa, 1982 など)。嵐山E群においては、餌場から大きく離れて採食するが餌場周辺でグルーミングを行う低順位個体の行動が、群れとしてのまとまりの維持に寄与していることが示唆された。