抄録
【はじめに】野生チンパンジーの群れは「離合集散」をすることが知られている。集団を構成するメンバーはいつも共に行動するのではなく、顔ぶれの固定しない複数のパーティにしばしば分かれて遊動する。互いに見えない距離に離れあう個体同士は、パント・フートなどの長距離音声によってコミュニケーションをおこなっていると考えられている。
【目的】霊長類研究所のチンパンジーも、野生チンパンジーと類似した離合集散をおこなっている。彼らは、屋外放飼場とそれに隣接する複数の部屋の間を自由に行き来することができる。認知課題に参加するチンパンジーは、さらに複数の実験室をわたり歩くことになる。ひとつの放飼場または部屋にいるチンパンジーの顔触れは、刻々と変化する。互いに姿の見えない位置にいるチンパンジー同士が声を交わすことも少なくない。本研究は、飼育下で離れあうチンパンジー同士が音声を用いてどのようにコミュニケーションをおこなっているかを調べた。
【方法】霊長類研究所の屋外放飼場にいるチンパンジーの発声行動を記録し、実験室内で認知課題中のチンパンジーがそれぞれの音声に対してどのような反応を見せるかを調べた。認知課題中のチンパンジーの行動分析には、実験室内の固定ビデオカメラで撮影された映像を用いた。
【結果と考察】屋外放飼場での発声に対する認知課題中のチンパンジーの反応として、1)無反応、2)頭部の向きを変える、3)胴体の向きを変える、4)課題を中断する、5)発声するといった行動が観察された。小さい音声に対する反応は少なかったが、悲鳴やパント・フートといった大音量の音声に対しては大きい反応が見られた。中でも、悲鳴をともなう闘争場面の音声に対する反応が大きかった。また、一組の母子では、普段よく接触する個体の音声に対してより大きい反応が見られ、攻撃交渉をはじめとするその動向により注意を払っていることが示唆された。