抄録
採食選択には味覚による判断が伴う。味覚受容体遺伝子には顕著な種間、種内変異(アミノ酸変異、遺伝子数変異など)があり、採食環境に対する適応や退化を反映しているとされている。霊長類は虫食性、果食性、葉食性など、種間で多様な食性を有するが、このような霊長類の食性多様化に伴い、味覚受容体レパートリーはどのように進化してきたのだろうか?
霊長類及び近縁種18種の全ゲノム配列から、甘味、うま味、苦味の受容体遺伝子を相同性検索により同定した。各々の相同遺伝子について、霊長類の系統にわたるアミノ酸置換の程度(ω)を求め、自然選択の強さを推定した。その結果、TAS1Rファミリーに属する甘味、うま味受容体は、どの分類群でも明確な遺伝子重複は認められず、ωの平均は0.313であった。一方でTAS2Rファミリーに属する苦味受容体には多くの分類群で遺伝子重複が存在した。遺伝子系統樹から、霊長類の共通祖先は少なくとも24個の機能的なTAS2Rを持ち、真猿類と狭鼻猿類の共通祖先でそれぞれ数個ずつ段階的に遺伝子重複が起きた歴史が示された。曲鼻猿類の共通祖先では明確な遺伝子重複は認められなかった。ωの平均は0.517であった。
TAS1Rファミリーで種間変異が少ないことは、甘味やうま味が普遍的な栄養物の受容感覚であることに関係しているだろう。一方でTAS2Rファミリーの遺伝子数が進化過程で変化していることは、苦味が環境間で変化に富む毒物の受容感覚であることと関係しているだろう。TAS2RファミリーのωがTAS1Rファミリーよりも高いことは、重複遺伝子を持つことによる選択圧の緩和か、機能変異に伴う正の自然選択の結果と考えられる。真猿類における顕著なTAS2Rファミリーの遺伝子重複は、虫食性であった真猿類の祖先が多様な植物採食レパートリーを獲得する過程で、植物に特異な毒物を検出するように進化した結果かもしれない。