抄録
フィリピンメガネザル(Tarsius syrichta)はLオプシン遺伝子、ニシメガネザル(T. bancanus)はMオプシン遺伝子を持っていることが報告されており、メガネザルの共通祖先におけるL/Mオプシン遺伝子の対立遺伝子多型及びそれによる色覚多型が示唆されている。しかし他のメガネザルのL/Mオプシン遺伝子は明らかにされていない。我々はメガネザルの共通祖先における色覚多型を検証するために、メガネザルの中で最も分岐の古いスラウェシメガネザル(T. spectrum)のL/Mオプシン遺伝子を調査した。まず東京都恩賜上野動物園のスラウェシメガネザル3個体の口内スワブからDNAを抽出し、L/M オプシン遺伝子のエクソン3から5までのゲノム領域の塩基配列を決定した。その結果、スラウェシメガネザル3個体はすべてLオプシン遺伝子を持っていた。また、フィリピンメガネザル1個体、ニシメガネザル1個体のL/Mオプシン遺伝子についても塩基配列を明らかにし、それぞれ先行研究で報告されていたL/Mオプシンと一致することを確認した。L/Mオプシン遺伝子の塩基配列情報を基に系統樹を作製したところ、イントロン及び同義塩基サイトではスラウェシメガネザル(Lオプシン)を外群としてフィリピンメガネザル(Lオプシン)とニシメガネザル(Mオプシン)がクラスターを形成する種の系統関係を反映した系統樹が得られたのに対し、非同義塩基サイトでは、スラウェシメガネザル(Lオプシン)とフィリピンメガネザル(Lオプシン)がクラスターを形成し、ニシメガネザル(Mオプシン)がその外群となった。このことは、L及びMオプシン遺伝子はこれら3種のメガネザルの共通祖先集団に対立遺伝子として存在し、少なくともフィリピンメガネザルとニシメガネザルの共通祖先までは色覚多型が存続していた可能性を支持している。