抄録
<目的>塩基配列を高速に決定できる次世代シーケンサーの登場により、ゲノム研究は質的な変貌を遂げた。国際コンソーシアムによる数千億円・13年掛かりのヒトゲノム解読から、1研究室による百万円・1ヶ月のヒトゲノム解析への変貌である。この技術革新の恩恵を受け、2012年4月現在2000人を超えるヒトゲノム配列がこの世に存在する。しかし、ヒトとは何か、あるいはヒトの特殊性を語る時にヒトだけを見ていても解を得ないのは明らかである。そこで、我々はヒトをより良く理解するために、ヒトパーソナルゲノム研究のチンパンジー版であるチンパンジーパーソナルゲノム研究を行っている。
<方法>京都大学霊長類研究所のチンパンジー親子(アキラ(父)、アイ(母)、アユム(子))の全ゲノム配列決定を行い、150Gb以上の配列を3個体すべてから得た。
<結果>チンパンジー参照ゲノム配列と比較した結果、250万前後の一塩基多型(SNPs)を検出し、そのうち80個前後の変異は遺伝子機能を喪失させる変異であった。3個体間の変異解析を行った結果、親子3個体間で遺伝子機能が異なる可能性のある変異を17箇所同定した。ゲノム解析により同定した父母間で異なる変異を持つ箇所を指標として、子供のアリル間の発現の偏り(allelic biased expression)をゲノムワイドに行なった結果、ゲノム全体のおよそ17%において発現の偏りが見られた。
<考察>チンパンジーの全ゲノムSNPsの数はヒトで報告されている数より少なく、これには両種での有効な集団サイズの大きさの違いが関係している事が示唆された。また、親子間においても変異の組み合わせの結果、個体の表現型の違いに結びつく可能性のある遺伝子を同定した。さらに、トランスクリプトーム解析の結果から、子供(アユム)のゲノムには父親(アキラ)由来のアリルを選択的に発現している箇所と母親(アイ)由来のアリルを選択的に発現している箇所が多数認められ、その生物学的意義を解明中である。