抄録
【はじめに】<腕渡り+二足歩行>者のテナガザルは運動時の胸郭と腰の逆回転性が明瞭である.これはヒトの歩行と同一の前方推進機構が既にヒトニザル科の共通祖先型集団で獲得されていた可能性を示す.如何にしてこの機構が進化的に得られたのかは従来不明だった.2012年秋に,飼育下のセミブラキエーターであるドゥクラングール雌成体に於いて,ヒトの二足歩行に類似した水平掴まり立ち二足歩行が観察された.それを元にヒト型二足歩行成立の初期段階について考察した.【運動性】ドゥクラングール雌1成体で,体幹を直立して前肢を挙上し,垂直なケージ側面の金網を手足で把持しつつ,胸郭を進行方向にやや向け,腰の逆回転を軽度に発生しながら手と逆方向の足を交互に前方に進めて迅速に進む.更に雌は数ストロークに限定されるが前肢のみを用いた完全な腕渡り動作を頻繁に行う.一方,雄は足先を近くのケージ金網に周期的に接触させる半端なブラキエーションを行うが,水平掴まり立ち移動は横這い式に留まる.雌雄共に下肢のみに拠る二足歩行は示さない.雌の腕渡り時には,胸郭と腰がほぼ一体化した体長軸回りの回転性に留まるが,上下肢で体重を分担して支える壁面掴まり水平移動時には逆回転が観察される.【考察1】腕渡りを通じて体幹長軸回りの反復回転性を獲得したサルが,上下肢同時使用の立位移動,即ち<(広義の)腕渡り+二足歩行>の内に胸郭と腰の間の逆回転性.おそらくはより機能的な前方推進法.を更に獲得し,それが後に腕渡り並びに独立的な二足歩行の効率性を増大した可能性を示す.【考察2】ドゥクラングールは上肢の助けなく単独で地面の上で二足歩行能を可能にする段階には達していないが,腰を回転させ足を交互に進めて二足歩行するヒト型歩行への萌芽的な運動性を獲得している事を示す.進化的には上肢下肢おのおのでの独立したロコモーションを可能とするテナガザルの前段階にある.