抄録
進化の究極的な駆動源はゲノムに生じる変異である。その変異率の推定には、異なる種(ヒトとチンパンジーなど)それぞれに固定した変異を用いることで推定されてきたが、その場合、異なる種の分岐年代・世代時間・有効集団サイズの正確な推定が常に問題となってきた。近年になり、新型シーケンサーによる大規模配列解読が可能となり、特にヒトにおいては、パーソナルシーケンス時代に突入したことも相まって、全ゲノム配列解読が短時間・低コストで可能となった。その恩恵を受け、ヒトにおいては親子トリオまたはカルテットの全ゲノムを解読することにより1世代間での変異の数および変異率の直接推定に関して複数の報告がされている。しかし、ヒト以外の霊長類においては、比較しうる研究例が皆無である。そこで、本研究では、京都大学霊長類研究所において飼育されている1組のチンパンジー親子トリオの全ゲノムシーケンスを前例のない精度の高さで配列解読を行い(3個体ともゲノムの150倍以上の被覆度の配列量を解読)、また、可能な限り擬陽性を排除した結果、2x10-8/site/generationという変異率の結果を得た。この値は、これまでヒトのいくつかの先行研究で得られた値よりも2倍程度高い値である。しかし、これはチンパンジーの世代時間を20年と仮定した場合、これまでもっとも一般的に用いられてきた中立進化速度である1x10-9/site/yearと合致する結果である。さらに、今回の極めて精度の高いデータを用いる事で、単一塩基レベルの変異の同定だけでなく、個体間のコピー数多型の検出、さらにコドモにおける新生(de novo)コピー数変異の同定なども可能となった。
今回の研究により、進化および遺伝におけるもっとも基本的な推進力である変異の1世代における動態を直接推定すること、およびその解析の枠組みを提示することが可能となった。