抄録
ニホンザルは母系集団を形成し終日同じメンバで移動するが、その凝集性は可変性に富み、季節や状況によっては大きく広がることがある。一方で、ニホンザルはクーコールという音声を頻繁に発し、群れの個体同士で鳴き交わしをおこなっている。鳴き交わしは家系内で主にやりとりがなされ、発声頻度は周辺個体数や他個体との距離と関係があることから、クーコールは群れのまとまりを維持するために使われていると言われている。では鳴き交わしは離れた個体同士をつなぐように生起しているのだろうか。そこで本研究では、移動中の二個体における発声の同期性を分析し、群れの広がりの変化と発声及び鳴き交わしの関連を調べることにした。
調査は2008年4月から6月の非交尾期に、鹿児島県屋久島の西部海岸域に行動域をもつE群でおこなった。オトナメス6頭を対象に、二人の観察者が同時に2頭を個体追跡しながら、活動(採食、移動、休息)、発声回数、追跡個体の周辺個体数、移動軌跡の記録をおこなった。移動軌跡は追跡者が携帯したGPSによって記録され、そこから2個体間距離を算出した。
発声や鳴き交わしは2個体間の距離が開いているときに多い傾向が見られた。さらに、発声が同期しているとき(両者とも鳴いているとき)は、両者とも鳴いていないときに比べてより二個体の距離が開いていた。よって離れた距離で鳴き交わしをしていることが示唆された。ただし、一定距離離れると同調は低くなり、これは鳴き交わしが可能な範囲を示していると考えられる。2個体が血縁ペアか非血縁ペアかによって同調度合いは異なった。血縁度だけでなく、順位や個体性は2個体間距離にも影響しており、結果的に発声の同調に影響している可能性がある。