霊長類の利き手についての研究は、類人猿、オマキザル類、マカク類など様々な種について観察および実験的研究が行われており、とくにチンパンジーについては多くの報告がなされている。それらの結果から、チンパンジーでは個体レベルでの利き手の存在については、ほぼ認められている。しかし、ヒトにおける右利きの優位性のような集団レベルでの利き手については、飼育集団での実験研究から集団レベルでは右利きが優位であるとするグループに対して、野生のチンパンジーでの観察研究から、集団レベルでの利き手はみられないとするグループもあり、まだはっきりとした結論は示されていない。しかしながら、こうした結果は道具使用などの何らかの目的を持った行動における上肢の利用について調査したものがほとんどであり、個体が通常行っている運動時における左右差についての報告は数少ない。チンパンジーの行う垂直木登り運動の年齢的変化を記録する目的で、林原類人猿研究センター(岡山県玉野市、2013年3月に閉鎖)において、ビデオ撮影による継続的な観察研究を行ったが、それらの記録から、上肢利用における左右差が認められるかについて検討した。観察に用いたのは4頭の成体(オス2頭。メス2頭)で、その木登り運動時に、左右差の傾向が認められるかについて分析した。結果の一部については、2013年度の日本霊長類学会大会において、木登り運動の終了を示す木製ポールの上端に触れる際に用いる手について、オス2頭では有意な差がなかったが、メス2頭については、有意な左右差が認められたことを報告した。今回は、運動開始時に各個体が最初に利用した上肢の左右差について分析した結果を中心に、運動時の姿勢や速度から検討した結果も加えて発表を行う。